メンヘラ魔法少女憑依もの 作:xa
抑止力なしの幻想体はかなり強力だ。THTEの真鍮の雄牛君もK社職員を軽くぶっ飛ばしてたし、シャーデンフロイデ君も赤い視線の血を流させた上で手に余るとまで言わせる中々の活躍をしている。
そしてあたしは憎しみの女王。規制済み、3だんご、蒼星、溶ける愛などの大半のALEPHに勝てるくそつよWAWだ。勝てない奴には勝てないけどね、流石に白夜とか終末鳥とかポチとか持ち出されたらむり。
そんなつよつよWAWがあたしなのだが、抑止力なしのフルパワー状態ならどれほど強いのか?もう、つよつよ。疲れるからあんまりやりたくないけど、アルカナスレイブも実は三連射くらいならできる。
問題は、あたしだけじゃなくて敵もフルパワーだということ。
この遺跡、幻想体がうじゃうじゃひしめいてる。しかも怪生物もセットで。
なんとか見つからずに躱せたのは銀河の子、戦わずに済んだのは壁に向かう女。そして、一番やばかったのが次元屈折変異体。嫌な予感がするなーとは思ったけど、正直全く見えなかった。
ふと気づいた時には全身が浮き上がってて、身体中があらぬ方向に引っ張られ捻じ曲げられ骨がボキボキに折られてクソ痛い。
しかも透明でどこにいるか全くわからないから攻撃のしようもなく、結局辺り一面をアルカナスレイブの掃射で消し飛ばしてなんとかした。まだ肩がミシミシいってるしつらすぎる。
やばいやつが多すぎていちいち戦ってられない、相手は幻想体だから疲労なんて概念ないけど、バリは一応人間だしあたしもしんどい、疲れる。
逃げたり隠れたりが基本で、神経が磨り減ってる気分だ。音を無くして進むのはかなり難しい。
あたしは浮けるから足音を立てずに済むけど、浮けなかったら間違いなく見つかっていただろう。バリは謎の歩法で音が殆どしない、すごい。
ほんと、キツすぎる。一人だったら絶対死んでるわ、魔境としか言いようがない。悪党のアジトかと勘違いしそうになっちゃう。
でも、これだけ幻想体が多いということは世界の一番下に流れる川にとても近いということだ。花畑に対する期待が高まる。
バリに他の遺跡もこれくらい大変なのかと聞いたら、いや全然そんなことないって真顔で言われた。
あなたが居なければ、死んでたかもしれないね。ありがとうって言われて、思わず胸がきゅんとしちゃった。
そうして数多の幻想体と怪物を搔い潜って深く潜るにつれて、遺跡の風貌も変わってくる。
どこからか流れる水音を辿って、せまっ苦しい洞窟を抜ければ、あたしたちは崖に立っていた。
思わず空を見上げる。あまりの巨大さに、圧倒される。数十キロはありそうな、だだっ広い開けた空洞。
遠くに目を凝らしても端が霞んで見える程度だ。天井には、青と紫が入り混じったガスに似た星間物質で満たされ、地下世界を星々が照らしている。
空洞中に西洋式の建築物がびっしりと築かれ、どこからか水が流れ込んで莫大な広さの地底湖を形成している。
町は半ば水没しており、例えるなら水の都といったところか。ヴェネツィアによく似ている。
「この街、なんて名前かな。こんなすごいところ、絶対後世に名前が伝わってると思うんだよね。」
「遺跡や川に関する伝承は沢山あるけど、思い当たる節はないかも。多分、この街までたどり着いたのは私たちが初めてじゃないかな。普通の遺跡なら、先人の残した痕跡が残っている場合が多いんだけどね。あまりにも危険で先人が生きて帰れなかったのかもしれないし、だから名前が伝わってないんだと思う。」
「じゃあ、わからないか。ちょっと意外、バリって何でも知ってると思ってたんだけど。」
人生で見た中で一番雄大な景色だ。
魚がぴちぴちと跳ねたり、それを狙う水鳥なんかもいる。まともな生き物もいて、少し安心する。
今まで見かけたのがコズミックホラーを連想させる化け物ばかりだったから。
都を見渡せば、町の中心部に進むにつれてくぼんでいき、中心部は完全に水没してしまっている。
だけど、島のように聳え立つ大きな塔の、頂上部分だけは沈んでいない。
水の流れを辿るに、あの塔の底から、水が湧き出ている。あそこが終着点だ。
家々の屋根伝いに飛び移りながらゆっくりと進む。
ぴょいぴょいと建物を飛び越えているけど、今更ながらファンタジーの世界に来た実感が湧いてる。
ベスパ君がアパートの18階まで跳躍してたとはいえ、バリはそれ以上だ。オリンピックに出場したら優勝間違いなし。
ただ、あたしもそんなファンタジーの住人の一員であることになんかもやもやする。100m走走ったら多分3秒くらいいくし、林檎も握りつぶせちゃうし、真っ二つに切られても死なない。
あたしも立派な化け物だ。しかも時々闇堕ちして暴れだすし、魔法少女やめたい。
そうして余計なことをばかリ考えながら無意識に足を動かし、ぴょいと次の足場に飛ぼうとして、地面がないことに気づく。
あれ、このままだと水没一直線?やばいどうしよう濡れたくないそもそもあたし泳げな待ってあたし浮けるじゃん、あぶな、よかったあたしが魔法少女で。今人生で初めて自分の力に感謝したわ。
あたしがアホなことしてる間に、いつの間にかバリは小舟に乗ってオールを漕いでいた。
地に足ついてないと不安だし、乗らせてもらおう。浮けるの便利だけど、やっぱり浮遊感が苦手。
今までに比べれば、随分ゆったりした速度だ。今までが危険と戦いの連続だったから、落ち着いて遺跡を見る機会がなかったけど、こうしてみると本当にきれいだ。
波一つ立たない、静謐な湖。とても透き通っていて、底がはっきりと見える。
沈んだ塔に近づくにつれて、水が少しずつ淀んで、宇宙の深い紺色と、闇そのもののような黒ずんだインクが混ざり合っているような、そんな色に変わった。
これは...きっと、コギトに近しいものだ。あたしには、わかる。あそこが、故郷に繋がるってことが本能で。
「この川は、どんな効果があるんだろう。きっとろくなものじゃないってのはわかるけど。」
「黒色ならウルズ、いやミーミルかな。伝承によると、飲むと莫大な知識と知恵を得て、世界の真理を知るとされているね。でも、たった一口で知ってはならない悍ましい事実まで理解してしまい、恐怖に耐え切れず狂ってしまうらしいって。」
ただ賢くなるだけならいいけど、やっぱりえぐいデメリットあるよね、そう美味しい話はないか。
だいたい皮膚の予言って感じ。飲まないに限るな。
「覗いてみるだけでも、何かの気付きや悟り、知識を得ると言われている。その知識が望む疑問に答えてくれるかはわからないけど。」
身体を船から乗り出して、顔を水に近づける。何を知れるのか、眺めるだけなら、多分大丈夫。
声が聞こえる。黒く濁った水から。その中には聞き覚えのある声も、あたしがかつて大切にしていた者の声もある気がする。
そして一際響き渡る...なんだこの、暖かくて美しい声は。
『初めまして、というべきかな。』
うっわでた、お前光の種撒かれてないのに出てこれんの?
誰か助けてくれ、アルミホイル切実に巻きてえ、これがテザリング・ハイツってやつ?沈潜溜まってる感半端ない。
『あなたの心はとっても不思議。誰かの殻の上に、また別の誰かが覆いかぶさっていて、一つのキャンバスに二つの絵の具が交じり合っているの。でも、混ざり合っていても一線は越えていない。冷めた目で自分を見つめる自分がいる。』
あーうるさいうるさい、クソリプがどんどん飛んできてる。
落ち着け、レスバに勝つ方法を考えろ。実はカルメンはレスバ強者に見えてメンタルが弱い。
それに、あたしは今極限状態ってわけじゃなくて精神に余裕がある。論理で勝てる自信はないが、自分の意見を一方的に押し付けて退散させるしかない。
『だから、いつも苦しんでいて、自分が嫌いなのね。』
うるせぇあたしは好きにやってるし自分が一番大事だしあたしの生き方と存在方式が世界そのもので一番偉いからお前のいうことは聞かん。
『心を許してしまえば、きっと脆弱な自我は飲み込まれて、すぐにでも悪になったでしょう。自分を抑圧し続けるのは、ずっと苦しいまま。そうなってしまえばとても楽でしょうに。』
カルメンさぁ、皆の為とか実験とか言い訳でただ責任感と罪悪感に耐え切れなくなって自殺したんでしょ?
死ぬ寸前になってやっぱ生きたいとか言い始めて、人々が自分に正直になれるようにとか言ってねじってるけど自分自身の思想もねじ曲がってませんか?
最初は人々が諍いなく自分の夢を見られるような世界を作りたかったんじゃなかったんですか?
『ちょっと、酷くない?私だって人間よ、逃避だったのは嘘じゃないけど。私は皆が自分の色を隠すことのない世界を見たいの、人は結局最後に自分だけを愛するしかない。あの子が私の意志をつないで、自分を曝け出す機会を皆に作ってくれた。
このままだと、ずっと自分に嘘をついたままよ。あなたの、そのもう一つの殻を騙し続けるのは...悲しくて、自分を愛しているとは言えないわ。』
Aいつの言葉を借りるなら、人間は人の形を保ったまま衣服と道具を通じて最も人間らしい姿で世界と戦わなければならない。
私は獣に堕ちたくない、衝動のままに身体を動かせばきっと楽だろうけど、その後の自分を愛せる気がしないんだ。
それに、お前の意見は聞かないって最初に決めた。これ以上メンヘラになってたまるか。
あたしも人のこと言える立場じゃないけど、あなたも大概メンヘラクソ女ですよね?だから帰ってくださいねじれるにしてもお前が原因だとムカつくから。
もう美しい声は聞こえない。あー危なかった、正直口論に勝ったというよりは勝負を放棄したって感じだ。相手の弱みに付け込んだ感が半端ない。
ちょっと部外者の立場で強く言いすぎちゃったかな。まあカルメンも部外者の立場でクソリプ飛ばしてるしいいか?
いや、きっとあたしもあの場にいたらこんな酷い罵倒言えないよな。
あたしはカルメンの考えと気持ちを理解する努力をするつもりはなかったし、だからとてもひどく接したけど、今思えば最低すぎる、人の弱みに付け込んでまくしたてるなんて。
そもそも、あの声はカルメンだったのだろうか。あたしが生み出した幻聴なんじゃないか、だめだ、頭がぐるぐるする。
「大丈夫?深刻そうな顔してるけど、怖いものでも見た?」
肩を揺すられて、やっと正気に戻る。こんなところずっと覗いてられない、息を整えて、胸に手を当てて、息をゆっくり吐く。
いや、いい。忘れよう。さっさとこの遺跡から抜け出して美味しいもの食べてまだやりたいこともいっぱいあるから。
「ねぇバリ、バリはチキンとピザどっち派?」
「...変な知識でも見たの?どっちも好きだけど、あえて決めるならピザかな。」