メンヘラ魔法少女憑依もの 作:xa
それは、ある日突然起こった。いや、突然というには語弊があるかもしれない。私は、薄々気付いていたはず。先輩たちは、まだ諦めていないって。
穏やかな日々がずっと続けばいいって、そう思っていた。
次の遺跡はどこに行こうかとか、明日の昼は何食べようとか、悩み事と言ったらそれくらいの、些細な日常。
でも、その穏やかさは、誰かを犠牲にして作られたもので。あたしが犠牲にしたものは、あたしの先輩と可愛い後輩だった。
自分が正義の味方じゃなくてもいいって、もう魔法少女じゃなくてもいいって心の底からそう思えるようになってきたときだった。
あたしの闇を一緒に背負ってくれるバリが居て、満足している自分が居て。もう、誰かを傷付けたり、悪になることもなく。
それなりの冒険を重ねて、そろそろ帰って町のみんなに、お土産とか、旅の話とかとか話してあげたいなってそう思って実家に帰省しようとした、その時だった。
結局のところ、あたしが逃げたから追ってきただけだった。
故郷に帰りあたしを出迎えてくれたのは、みんなの笑顔ではなく、一面に広がる死体の山だけだった。
血が赤い絵の具のように町中にまき散らされて、広がるのは死体、溶けた死体、貫かれた死体、肉が焦げ付いて嫌な匂いがする、死体だけ。
あたしの...過ごした町が、町じゃなくなっていく。
固まった土は、灰色のレンガへと。くすんだ灰色に染まっていく空、変貌していく建物たち。
王城だ、街がねじ曲がって、どんどん侵食されて見覚えがあるあの日の心が引き裂かれた王城だ。
何が起こっているかも、わからないまま。あたしはただひたすら駆け抜けた。残酷すぎる現実を無視するために。
無限に続くかのような、空高く続く長階段を駆け上がり、王の間へと。
急いで急いで、急いで走って息も切れて、それでも駆け寄った。
玉座に座っていたのは...あまりにも見苦しくて、醜悪な今にも溶け落ちそうなあの道化師と...
「ちょうどよかった、待ってたのよあなたを。」
は...?
その髪は水色と紫が入り混じった色。象徴的なハート型の髪飾り。星と愛を象ったハートの杖。
あたしだ、あたしがいる。身長から、顔付き、体格、そして声まで同じだ。
「おかしいおかしいなんで、どうして?あたしは今ここに立っていて...考えていて...あたしは憎しみの女王なのに...どうしてもう一人あたしがいるの?」
幻想体は、同一の存在が複数同時にいても良い。だから、あたしがもう一人いても何の不思議もない。
そう自分を納得させるには、その事実は重すぎた。
「なにって、あなたを連れ戻すために決まってるじゃない。ほんと、不愉快だわ、混じりものの私...自分1人だけまだ正義ごっこ続けて。」
「ふざけるな!!!殺すなら、あたしだけでよかっただろうが!」
「まあいいわ、先輩たちはあなたをもう見限ったから。だって私たち、もう4人揃ったんだもの。あなたはもういらないわ。だから、消えてちょうだい。気持ち悪いのよ、自分が2人いるなんて。
あの時見限られた私達の絶望と苦しみを味わって、世界で一番苦しんでいるのは自分だと思いながら私達と一緒になるのよ。」
「このっ、クソ野郎が!!」
正義とか善とかどうでもいいんだよあたしの大切なものを奪った奴は誰だって許さないたとえそれがもう一人の自分だろうが先輩だろうが。
こんな奴、こんな悪がこの世に存在していいはずがない、消さなければならない。どうしてなんだ、なんでこの町だったんだ、あたし?あたしが居たから?あたしのせいなの?
あぁあぁぁ、だめだ、くじけるな、誰か生きてるかもしれないだろ、倒れるならあいつらを消し飛ばしてからだろ、あたし。
憎悪、絶望、貪欲、憤怒。溶けて、混ざり合っていく姿はあまりにも醜くて、思わず目をふさいでしまいそうなひどさだが、あたしが勝てるチャンスはここしかない。
道化師になったら、絶対勝てない。前勝てたのは三人分で不完全極まりなかったからだ。だから、揃う前に嘲って調子に乗っている私自身を殺す。
生まれて初めて、憎しみを込めて戦う。
魔力を爆発させて、全速力で飛び掛かり...幾度も鍔迫り合う。気持ち悪い、動きまであたしだ。
お互いの考えている動き方、戦い方が手に取るようにわかり、しかし相手のほうがキレがない。この世界に生まれ落ちたから培った経験と少しの修練の差が...勝ち目を分けていて、でも間に合うはずもなく。
「やだなあ、私なんだからわかるでしょ?あのクソッタレの子犬と決めたじゃない、悪が居ないなら、私が悪になって次の善を作るって。」
その声は魂よりも深く響いた。頭に鋭い痛みが走って、カンカンと頭に声が鳴り響く。
ねぇ、決めたでしょ?私達は、どんな時でも一緒だって。なのに、あなただけは未だに正義面して、なんでみんなを守ってるのよ。
ずるいずるいずるいじゃない!なんで!あんただけが堕ちてないのよ!
初めはただ誰かの幸福を願うだけの、純粋だった先輩。誰かの幸福を願うには、自らが幸福でなければならないと気付いたのが、全ての終わりだった。
誰かを守ることにずっと執着している、絶望に囚われた騎士。誰かに裏切られても、人生全てを懸けた目的を裏切ることはできなかった。習慣を裏切ることはできない。
友達を失った悲しみ、裏切られたことへの怒り、憤怒を忘れられないあの子。いつまでも終わらない怒りは、何度でも繰り返す。
あの...日の、約束を...今は忘れろ、思い出すな。動いてくれあたしの身体、何も考えず、ただ敵を殺せ。
「あハハッ、何その間抜け面、ほんと私のくせにどんくさくて嫌になっちゃうよね。ほんと愉快だわ、道化になるのが惜しいくらいに。」
すべての悲しみが一つになるとき、人は何も感じなくなる。もう一人のあたしと先輩たちが、黒い墨になって溶けて、人形の...ピエロに。
ほんとは、四人揃わなきゃ勝てない、でもあたしは一人。
からだが、おもい。あたまがいたい、足がふるえてうごかない。何もしたくない。手の指一本すら動かす気力がおきず、ただ唇を震わせる。燃えるような怒りがどんどん静まって、泥沼のように波一つ立たない心。
心が空虚だ、考えが空虚だ。そうする程に恐怖が無くなる。もういっか、疲れちゃったし。みんな死んだら、あたしはもう戦う理由がない、もう、いい。受け入れて、溶けて、みんなと一緒になってしまえばいい。
「ね、私たち気付いちゃったの。あなたが一緒にならないなら、もう一人あなたが居ればいいって。
これでようやく、あなたは本当に私になる。良い顔になったね、前より、ずっと。」
もう...あたしは、
心が折れて、絶望しかけたその時に、視界の端に、煌めく泉の竜が映り込んで、それはあたしの友達だった。
そうだ、まだあたしにも残された人がいる。こんなに体が重いのに、バリは戦っている。
私は正義のヒーローじゃないけど、決して諦めてはならない。フィクサーは、どんな時でも最後までやり遂げるから。
身体が死ぬほど重くて、希望なんてないけど、憎しみだけはまだ残っている。
考えろ、今から勝つ方法。長期戦をするなら、毒液だけは絶対に食らっちゃいけない、避けなきゃいけない優先度でいえば、次に先輩の研ぎ澄まされた剣。
黄金狂とあたしの攻撃は最悪食らっても痛いだけで済むが、あれは食らったら終わる。
普段の練習を思い出せ、近距離はバリが制圧してくれる、だからあたしは遠距離からひたすら打ちまくって相手を一歩も動かすな。
手首のスナップを効かせて、只管弾を打ち続ける。放たれる剣の速度は速いけど、誘導はそこまでじゃない。一歩ずらせば避けきれる。
バリが切り、あたしが打つ。雨のように降り注ぐ剣を搔い潜りながら。食らいつくその姿は、あまりにも苛烈で。
しかしいつにもなく弱弱しく力のない剣戟、素早さを生かした攻勢故に渡り合えているが、それでも押され気味なのは否めない。
むしろ、全身を縛り付ける虚無を受けながらもあれだけ動けているのは流石としか言いようがない。
時折ビームや拳が掠り、当たってはいるのに、致命打は入らず、お互いを庇い続ける。
あいつがイライラしているのは、すぐにでも立ち回りからわかる。
毒液がぴしゃりと騎士に向かって散布され、床が汚染され接近を拒否するが、なんとか避けきって電子加速レールの甲高い駆動音がすぐさま響く。
挟撃が効いている、攻めるなら今だ、今度はあたしが前に出て、叩き潰す。
空気をすさまじい音とともに切り裂いて、迫りくる矢がそのどてっ腹を貫いた。
ピエロの臓物ともいえぬナニカがどす黒い血とともに弾き飛び、大きく膝を付いて硬直する。
今がチャンスだ、走って、直接なぶり殺してやるから...待ってろ。
上段から大きく杖を振りかぶり、その頭をカチ割ろうとして。
視界に広がるのは突き出された黄金狂と、はじきだされたあたしの身体だけだった。
っぅぅ!!ケホッ、ゴホっ、
油断、した。隙を見せて、隙は作られた罠だった。
痛烈なカウンターが、全身の骨を揺らす。あまりにも強烈な一撃に、壁に叩きつけられ、あまりの衝撃に身体を起こせない。
先輩は、隙を見逃さなかった。身体中をぼこぼこに殴打され、毒液をまき散らし、剣でめった刺し。
急所を庇うことすらままならない猛攻に、すぐにでも意識を手放しそうになって...まだ、諦めきれない。
あた、しに...気を、ケホッ、取られすぎじゃないの?
駆け付けた蒼白な軌跡が、身体を真っ二つに引き切った。
だが、ぶくぶくと黒いインクを基に、すぐ身体が再生していってしまう。何度切り刻んでも、憎悪を叩き込んでも、倒れない。
ならせめて、前に出る。力の限り、叩き潰してやる。やられたことを、死ぬまでやり返すだけだ。
死ね、死ね、死ねってば。殴って、殴る、殴る。
血とも言えない白黒の体液が流れ出て、歪んだ顔。こうなったのが全部あたしのせいなのはわかってる、ちゃんと、殺すから。その後にあたしも消えてなくなるから、お前が先に消えてくれよ。
「正義よりも昏き者よ、愛よりも黒き者よ!運命の飲み込まれしその名の下に我、ここで光に誓う!
我が眼前に立ちはだかる憎悪すべき存在達に私とそなたの力をもって、偉大な愛の力をみせしめん事を!」
もういい、これでも死なないなんて、ほんとにしぶとい。だから、今持てる全力の力を注ぎこむしかない。
一撃で終わらせてやるから、待ってろ。塵も残さず焼き尽くしてやる。
「自分事巻き込むつもり?ほんとバカだよね昔っからそうだったあんたは...なにもかわって」
その憎たらしい口を今すぐ永遠に塞いでやるから。
「アルカナ・スレイヴ!」
動けないように、ぎゅっと抱き着いて、ただ終わる時を待った。
眩しい光彩と、憎悪に焼かれていくあたしと私たち。肌がひび割れ、身体中が隅から隅まで炭化していく。自分自身の激しい憎しみ。こんなにも、痛かったのか。
気が狂いそうなほどの、憎悪と痛みが溢れて、意識を保っていられなかった。だが、先に倒れるのはお前だ。
惨めでも、這いずってでも、まだ諦めてない。
光彩の中から浮かび上がったのは、無残にも黒い血に濡れた卵だけ。ただ立っているのは...白い月の騎士だけ。
止めをさそうとして、既に死んでいることにふと気づく。
色を失った世界が急速に色づいていく。
崩れ落ちる王城、土煙と無数に降り注ぐがれきに、頭を庇おうとして、でもそれは必要はなかった。
道化師から生み出されたすべてのものが、光の粒子になって消えていく。
まるで全てが幻であったかのように...ただ更地になった町があった。
最後には、何も残らなかった。
息も絶え絶えで、身体が鉛のように重いが、死なない幻想体を殺すには、あそこへ帰すしかない。あの、私たちが生まれた黒い森の井戸に溶かすしか。
薄暗い、森の中を足を引きずって歩く。この森には、何もいない。冷え冷えとした真っ暗な夜だけが永遠と続いている。死に場所には、相応しいと思えた。
歩き慣れた道。暗くて、冷たくて、けれど何度も歩いたから、どこか安心感を覚える。黒い樹々をかき分ければ、そこには世界の底があった。
覚悟はもうできている。卵を抱きかかえながら泉に飛び込もうとして、腕を掴まれて引き留められる。
「待って、あなたまで死ぬ必要はないでしょ。」
その言葉には力強さと重みがあって、絶対に手を放してくれなさそう。
「ううん、みんなはあたしを探して、繋がりを辿ってここに来たから。あたしが生きてたらまたいつか出てくるだろうね。だから、あたしも消えればいい。」
少し戸惑い、でもすぐに目線が定まって。
「消えちゃイヤ。一人旅は寂しいし大変だし、あなたが居てくれないと困る。」
そっか、じゃあ、これあげる。結んだ紐をとき、髪飾りを一つ。手渡した。
これはあたしの心の欠片。あたしがいなくなっても、ずっと寄り添ってくれるから。
そんな顔しないでよ、あたしがいなくても、世界はどうにか回っていくから。だから心配しないで。
最後の力を振り絞り、身を投げる。真っ黒い井戸の底へと。
ほどけたその手は空を切り、ぽちゃりと身体は沈んでいった。
ああ、濁流に飲まれていく。心が溶けていく。世界と一つになって、身体が混じり合っていくの。意識がだんだんなくなってきた。
ぼんやりと意識の中で、置いて来た四人。あたしが見捨てたみんながだきしめてくれた。凍えるような寒さがぴとり、と止まって今はもうない溶けた指先の震えが止まる。
みんなの貪欲、絶望、憤怒。そして憎悪が一つになって、あたしは虚無になった。もう何も感じない。寒さも、暖かさも。光も、闇も。