飛鳥馬トキの姉なる者 作:てれととん
いつ閉じたのかも分からない瞼を開いた時、清潔感のある白い天井と純白のカーテンに私は覆われていた。
ぴぴ、ぴぴ、と聞き慣れない音。普段使用している携帯からの通知音かと思ったが、それなりに長い間使っている携帯からそんな音は聞いたことが無いと思い出す。
「ここ、は……」
顔を起こす。体のそこかしこから激痛が伝わってくるものの、その痛みに負けてのたうち回っている暇があるのならば情報を収集すべきだと己に言い聞かせる。
掛けられている布団は私自身の体温で心地好い温度となってはいるが、寝起きでぼんやりしている頭の中にある記憶を掘り返しても見覚えがない布団だった。
天井やカーテンの雰囲気、それ等と同じく清潔感を感じさせる掛け布団、枕の横に置かれている見慣れない衣装棚と画面の真っ暗な小型テレビ。
「病院…なのか…?」
自室とも雰囲気が異なる。中等部の保健室とも違うとなれば、視認した複数の証拠を元に選択肢に浮上させられるのは病院の病室くらいなものだろう。
何故かは分からないが、私は病院の病室で寝かされていた。
頭から右目にかけて何かが巻き付いているのか軽い圧迫感がある。ここが病室なのであれば、巻かれているのは包帯だろうか。
経緯の不明な睡眠だったとはいえ、寝起きに頭に何かが巻き付いているというのは何とも絶妙な不快感を私に与えていた。
包帯であれば目的は保護なのだろうから外すのは良くないと分かっていても、寝起きに不快感を与えてきた相手をそのままにしておくのは気分が悪い。
取り払ってやろう。そう思った私は右腕を動かし、頭の包帯を外そうとした。
「……あれ?」
外せない。固く固定されているのではなく、外す為の腕が動かない。
いや、違う。動かないのではない。拘束されて動かせないのでもない。
「…なんだ……これは…なんだ、これはッ!?」
無いのだ。生まれてこの方10数年連れ添ってきた私の右腕が、肩口からバッサリと切り落とされて姿を消してしまっている。
パニックになった。寝起きで僅かなぼやけを残していた頭が混乱と恐怖によって一瞬で焼き尽くされるのを感じ、私は怖くなって大声を張り上げた。
そこで初めて気付く。右腕だけでは無い。
左腕も、右足も、左足も、なくなっていた。
「なっ、なんだコレは!? わた、私はどうなって!? ねぇ! 誰か! これなに!?」
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い
訳が分からない。なんで私は見ず知らずの病院で寝かせられていて、なんでこんなに痛くて、なんで四肢を失っているのか。
何も分からない。混乱と恐怖しか分かるものがない現状は頭が情報の処理を満足に
今の私に出来ることは半狂乱になって、誰かに助けを求めることだけだった。
病室で寝かされているということは看護師がいるはずだから、その看護師に状況を説明してもらおう……等という論理的思考は私には無かった。
「シオンさん大丈夫ですか!?」
私が大騒ぎをしているのを聞き付けたのか、相部屋の入院患者が騒ぎに気付いてナースコールを押してくれたのか。
バタバタとした足音を伴って数名の看護師
「……は?」
肉体は人間に似た構造をしている。胴体と腰、そこから生える四肢、どこを見てもおかしくは無い。
問題は頭だ。頭がおかしい。物理的におかしい。
機械の頭が乗せられている。モニターには電気によって半円形やら丸やらが表情に見えるよう表示されているが、どう見ても人の頭ではない。
「なん、だ、それ! なんだ、っそれは! なっ、きゅう」
混乱が許容限度を突き抜けたらしい。
私は気絶した。看護師らしき人間モドキ達が何やら声を掛けているが内容までは分からず、視界の端に見えた金髪の少女だけがやけに印象に残った。
数分の気絶を経て、私は意識を取り戻した。今ここである。
気絶前と比べれば幾分か冷静であった。気絶を挟むことで冷静さが取り戻されたのだろう……気絶して冷静になるってなんだよ。
「……大体の事は分かりました。一度、整理しても?」
看護師らしき人間モドキは頷く。いや、ここキヴォトスにおいてはこれが普通か。
数十分に及ぶ説明を受けた私は立ち直した頭で情報を整理した。パニックを起こしていない今の私なら整理に困ることもない。
個室にしてもらっている事、1週間も意識が戻らなかった事といった現在必要無い情報は一旦思考から外し、現状に対する認識が正しいかを確認してもらう為に取捨選択をしながら言葉に起こす。
「私の名前は飛鳥馬シオン。そこの美少女、飛鳥馬トキの双子の姉。
姉妹水入らずでトリニティ総合学園の観光をしていたら抗争に巻き込まれてしまい、不幸にも黒塗りのトラックに追突されてしまう。
妹を庇って追突が直撃した私は肉体がトラックの車輪に巻き込まれ、奇跡的に一命は取り留めたものの四肢と右目は……使い物にならなくなってしまった、と」
言われて思い出した。
私は飛鳥馬シオン。ミレニアムサイエンススクール中等部に所属していた。
妹の飛鳥馬トキとは双子の姉妹であり、一緒に観光に行くくらいに仲良し姉妹。
旅行ガイドブックをたまたま手に入れたトキがページをパラパラと捲り、目に付いたのがトリニティ総合学園だった。
2人で観光に行こうと私は誘われて、興味もあったから同意。その結果が
「四肢はあまりにも損傷が激しく、そのままにしては壊死の進行や感染症拡大の恐れもありました。右眼球も目としての機能を果たせない状態でしたので……本人の意思を確認できない状況だったとはいえ、大変申し訳ございませんでした」
担ぎ込まれた私をどうにか生かそうと奮闘してくれた恩人である執刀医は、ベッド上から動けない私に向けて深々と頭を下げていた。
その頭を、私は疑問で頭を埋め尽くされながら見つめている。
「何故頭を下げるのですか。貴方は私を救おうとして、死にかけの私に適切な手術を施して生かしてくれた。命の恩人に頭を下げられては、此方も下げねば無作法というものです」
彼に頭を下げられる筋合いはない。むしろ救ってもらったことへの感謝を込め、私の方こそ頭を下げるべきだろう。
命を救われたのだから土下座が相応な感謝の姿勢なのだろうが、今の私ではそれも無理である。上体を起こし、軽く頭を下げるのが精一杯だった。
腰と胴体と首と頭しかない、ダルマというやつだ。
「……」
四肢を予期せぬ形で失ったせいで最初はかなりの混乱に苛まれていたものの、気絶を挟んだことで私は落ち着けた。
私のことをずっと泣く寸前の表情で見つめている可愛い妹、トキのケアをしなければならないと気付けるくらいには。
「すみません、少し妹と2人きりにしてください。色々と話したいこともありますので」
「分かりました。何かあれば、廊下に控えていますのでお呼びくださいね」
看護婦長と思われる人物がぺこりと頭を下げて退室し、他の人達も続いて退室する。
病室の扉は閉じられたが、その向こうから気配はする。本当に控えているようだ。そこまでベッタリ張り付いて対応しなくても良いのに、真面目な看護師達だ。
この病院で世話になれる患者は幸せ者だろうなと思っていると、それまでじっとしていたトキが私の肩にそっと触れてきた。
普段の無表情はどこへやら。ちょっとした拍子で決壊を引き起こして号泣してしまいそうなくらいに、綺麗な瞳に大粒の涙を溜め込んでいる。
「……」
触れたきり、何も言わない。口はパクパクと開閉を繰り返しているけど、そこからは何も聞こえない。
実の姉が右目が破裂、四肢を切断しなければならない大事故に巻き込まれた。それも、トキを庇ったせいで。
自分のことを深く深く責めていることは簡単に想像出来た。彼女は何も悪くないのに、私の有様を見ては自分を責めずには居られないのだ。
言葉でそう訴えられた訳では無いが分かる。血を分けた姉妹なのだから語られずとも理解出来る。
「そんな辛気臭ェツラすんなや。あんたは何も悪かねぇよ。俺が力不足で自分を守り切れなかった、そんだけだ」
私、いや、俺はトキとそっくりな顔をしている。見分けるにも声の違いむ瞳の色、目付きが三白眼か否かを見分けるくらいしか判断材料が存在しないくらいにはそっくりだ。
双子だし当然なのだが、性格や口調は全く違う。トキへの怒りや恨みで荒い口調になっているのでは無く、俺は幼い頃から口調が荒い。
小さい頃に呼んだ漫画に登場する巨大な薙刀を振り回して大暴れする巨体の老人キャラクターがこんな感じの話し方だったような気もする。
名前なんてものは忘れてしまったが、あのバナナみたいな形の白いヒゲは強く印象に残っていた。彼から受けた影響は大きいのだろう。
「でも……」
「デモも暴動もねェよアホンダラ。俺ァあんたの姉だぞ? 危ねェ場面で妹守らねぇ姉が何処にさ居るッてンだよ」
第一声が『でも』だった事から、このまま喋らせたらトキ自身の言葉でトキを卑下する物言いが飛び出していただろう。
そんなものは俺は望まない。可愛い妹を悪く言うのはたとえ妹本人であっても許されない。
それに卑下を始められてしまっては、目覚めて彼女を視認してからずっと伝えたかった言葉を伝える機会を喪失してしまうことになるから。
「トキ」
「っ……はい、姉さん…」
真剣な声色で名前を呼んだものだから、トキも泣きそうな顔を無理に引き締めて俺の声に返事をする。
こりゃ誤解しているな。叱られたり罵声を浴びせられると思っているのが顔に書いてある。
無表情な割には表情豊かなのが面白くて可愛い、それが飛鳥馬トキという俺の自慢の妹だ。
その妹が事故を無事に乗り越えた。そうとなれば、この言葉を伝えたくなるのも自然だろう。
「無事で良かったぜ。自慢の妹を守り抜けたようで、俺ァ姉冥利に尽きるッてモンだ」
「……〜〜〜!!」
トキの表情が崩れたのを見て泣くのだと理解したのと、彼女が飛び付いてきて抱き締められたのを理解したのは同時。
強く抱き着かれる。まだまだ痛みの残る肉体に本気の抱擁はかなり響くものがあったが、この痛みと与えてくる人物の存在が俺の負傷に意味はあったのだと教えてくれた。
身動きが取れない俺を強く抱き締めながらトキはわんわん泣き始める。
そんな状態で話しかけてくるものだから声も音程等々がぐちゃぐちゃで聞き取りにくいったらありゃしない。姉じゃなきゃ聞き取れなかっただろうよ。
「なんで責めねぇのかって……そりゃオメェ、俺が助けたかった相手助けてソイツに当たるバカじゃねェからだよ」
飛鳥馬トキは俺の大事な大事な妹だ。深く信頼しているし愛している。彼女を守る為なら身を売ることさえ厭わない覚悟で生きてきた俺が、四肢と右眼球を喪失したくらいで責める訳が無い。
それにこの負傷はただの負傷ではない。都合の良い負傷であり名誉の負傷でもある。何なら今後役立つ負傷ですらある。
しかも大切な妹の抱擁まで受けられるとはね。怪我の功名とはまさにこの事だ。
「トキ、少し真面目でイカれた話がある。一旦離れて、俺の横に座ってくれや」
さて、大事な話をしなければならない。気絶している間に見たあまりにもおかしくて、四肢欠損を好都合と捉えるに至らせた素敵な夢について。
どうにかして泣いているのを押さえ込んだトキはベッド横のパイプ椅子に腰を下ろす。泣き腫らした顔は普段の美人さんが嘘のようにくちゃくちゃで、これがまた可愛らしかった。
肩を大きく上下させて息を整え、落ち着かせている。
泣いたせいでピクピク動いていた体も次第に大人しくなり、落ち着いたのが視覚的にも感じ取れた俺は口を開いた。
「俺、変な記憶があるンだわ。多分、前世や異世界に相当する類の記憶だと思う」
「……姉さんは、まだ混乱しているようですね。看護師を呼んでくるので診てもらいましょう」
「待て待て待て待て」
すくっと立ち上がり看護師を呼ぼうとするトキを止めた。腕があれば手を掴んで止められたろうに、それが出来ないものだからその分を口で止めなきゃならなかった。
「俺の今後に関わる重要な話だ。決して世迷言の類じゃねェし、もう頭ン中で今後の動きも考えついてある。トキの手助けも必要だ……頼めねェか?」
頼めねェか この言葉を聞いたトキの表情の晴れ具合ったら凄いものだった。
ぱぁっと花開くみたいに明るくなりやがる。俺に頼られるのが嬉しくて嬉しくてたまらないって感じのツラだ。
「何でも言ってください姉さん。姉さんの為なら私、なんでもやります。普段のお世話から下の世話、夜のお相手まで全部」
「最初のうちは頼ることになっちまうわな……ッて違ぇよ。いやそれも頼まにゃいけねぇと思ってたけど、今はそこじゃねぇ」
強い子だ。立ち直ったのか無理して立ち直った風を演じているのか、どちらせよ頼もしい限りだ。なんか変なことも口走っていたような気がするが……まぁ、気の所為だろう。
「まずは、金を稼ぐぞ」
こうして俺は失った四肢に変わる、生来の四肢以上の利便性を感じさせる素敵な夢の内容とそれを基とした計画について語り出した。
見慣れない部屋で、見慣れないゲーム機のコントローラーを握り、見慣れないゲームを遊び、見慣れないアニメを見た夢。
登場人物の顔や声も思い出せない漠然としている。
辛うじて覚えているのはアニメが戦争とロボットを題材にしたもので、ゲームの方はそのアニメを元にしたシリーズものだということくらい。
そして、それ等のタイトルくらいなものだった。
「四肢を義手義足に置き換えて必要性に応じて換装、様々な状況に対応出来るようにする……正気ですか? どれだけのお金がかかるか分かりません。開発する設備も知識も私たちにはありませんよ」
「そこに関しちゃ問題ねェ。俺に任せろ」
トキの心配に関しても対策は思い付いている。
人々の善意を利用する酷い対策だが、生憎と俺は妹と友人さえ無事なら後はどうなろうと構わない非道な奴だからな。悪く思わないし悪く思わないでもらいたいモンだ。
「俺をよりトキの姉として誇れるようにする計画……その名も、プロジェクト:ガンダム!!」
「あまりに安直なネーミングですね」
「うっせぇわ」
トキの遠慮の無いツッコミに、私も遠慮なく返した。