飛鳥馬トキの姉なる者   作:てれととん

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心に従え

 エンジニア部の気持ちを煽り立てて数日。既に大量のA義肢の試作品が生み出されては俺に取り付けられ、その度に判明する長所と短所を割り出した。

 重さが軽すぎる、リーチが以前の四肢と比べて長過ぎる、動きを想像してから実際に動き出すまでのラグが何秒遅い……どれもこれも色々と不具合や気に食わない点を抱えてはいたが、そのどれもこれもが俺を俺たらしめる品々であり愛おしい。

 

「ふぅ……」

 

 トキの姉として少しでも相応しくあろうと肉体を鍛えてきた。トキは可愛いから言い寄る不敬な輩が現れるのは時間の問題だからと、少しでも早く強くなれるよう寝る間も惜しんで己を鍛えた。

 体力にはそれなりの自信ってやつがあったのだが、それでも日に十数時間も重みのある義肢を取り付けては取り外すのを繰り返すと疲れが溜まる。

 

 肉体がこんな有様だから現在の俺は休学扱いになっている。だから時間は腐るほどあるし、試作品の実験台としては十分に役立てた。

 

「もうこんな時間になっちまったか……クハハッ、熱中すると時間が過ぎるのが早ェな」

 

 重量もリーチも最高だが、思考に対してのレスポンスがやや過敏過ぎる本日最後の1品を取り外して時計を見る。

 時刻は午後の8時。体感では4時くらいの感覚だったから、どれだけ義肢作りに熱中していたのだと我ながら呆れてしまう。

 

 まぁ、熱中しているのはなにも俺だけでは無いのだが。

 

「ほらテメェ等、今日はもう終いだ。さっさと風呂入って汚れだ汗の臭いだのを落として布団入って寝ろ」

 

 エンジニア部の面々も俺から終了の合図が出て、その後の発言が完全に終わるまで手を止めないほどに熱中している。

 愛おしい品々達は原材料を節約する為に悲しいが分解した。強度に問題がないと判断できて再利用可能としたパーツは取り出し、再利用不可能なパーツもデータ収集の素材に当てられる。

 

 どいつもこいつも根っからのエンジニアだ。寝る間も休憩も最小限に抑えて、少しでも時間を作っては俺のA義肢を作る為に貴重な人生の一部を割いている。

 四肢のない俺が張り切ってんだから負けてられねぇって思考なのか、それともそんな俺の姿につられてバカになっちまっているとか……恐らく、こいつらはその両方だ。

 

 嫌いじゃない。何かのために狂っちまえるようなバカ共、だれが嫌いになれるってンだ。

 

「もう少し…あともう少しだけこのパーツを」

 

「そンな眠りかけの目ん玉と頭でどれだけ正確に作業出来るって踏んでんだアホンダラ。それでヘタこいたら(自主規制)に(自主規制)突っ込んでヒンヒン言わせてやっかんな」

 

 もう限界ッてツラしながら無理を通そうとするバカも勿論大好きだが、それとこれとは話が別だ。無理に付き合わせている気はないし、無理に付き合わせるつもりもない。

 熱にやられて無理に限界を超えようとするバカを引っぱたいて休ませるのも、焚き付けた俺がやるべき仕事だ。

 

「良いかテメェ等。俺は無理を理由に逃げ出す奴を嫌ったりはしねェし、それを責めるつもりも毛頭ねェぞ。何せこの場で一番非難されるべき輩は他でもねェ、俺なんだからな」

 

 決して褒められた手段では無い。

 人の心を利用した。人の感情を悪用した。必要な金を稼ぐ為に顔も名前も知らない赤の他人を平気な顔して食い物にして、今はこうしてやりたいようにやっているド畜生だ。

 

 そんな馬鹿で下劣な俺を、俺は愛している。そうでないとトキが大好きな相手を、その大好きな相手自身が嫌うという最悪の絵面になるからだ。

 感銘を受けた言葉も影響している。

 

「俺は俺の心に従って生きて来たし、利用するものはなんでも利用した。今後もそれは変わらねェ……テメェ等も無理はするな。限界だと思ったら休め。飯を食って風呂に入って温い布団で朝までグースカ寝コケりゃイイんだ。テメェ等はテメェ等の心に従え」

 

 俺が気絶している間に見た夢の中に、深く心に残るセリフがあった。

 良い年した爺さんが娘らしき女の子の映る写真を見て顔を押さえ、泣きそうになりながら、イカつい面構えに似合わない優しい声色でロボットに乗っている女性に投げ掛けたセリフ。

 

 心に従え

 

 どうしてそのセリフを爺さんは吐けたのか、どうして写真を眺めていたのか、その他諸々のシチュエーションは残念ながら覚えちゃいない。

 

 でもそのセリフだけはしっかりと俺の胸に残っている。

 元々の俺の生き方と合致するというのもあったのだろう。どれだけ卑劣であっても、人の心が無いと言われようとも、俺は俺のやりたいように生きて来た。

 

 全部、可愛い妹トキの為に。彼女が俺を自慢の姉さんだと笑いながら言ってくれるように、いつまでも強い姉さんだと誇ってもらえるように、努力も重ねて覚悟も決めて突っ走って来た。

 今回の事故だってそうだ。手足が千切れた程度で止まってなんか居られない。今まで通りにやりゃあ良い。

 

「……よぉし! 皆、あともう少し頑張ろう! あまり長々やってるとうちらのおふくろがゲンコツ食らわせに来るから程々にね!」

 

 心に従えなんて、コイツらにとっちゃ絶好の撒き餌だってのも分かってはいたさ。無理なら休めという意味で放ちこそしたが、こうなることは数週間の付き合いで理解していた。

 俺の働きかけで本来とは違う方向に流されて行っているだろうに、どいつもこいつも俺をおふくろと呼んで気に入ってくれてやがる。

 

 馬鹿な奴らだ。俺はテメェ等より歳下なんだぞ、それがおふくろはおかしいだろうがよ。

 何遍そう言ったって聞きやしない。肝っ玉なおふくろだとか抜かして、まだ出会って日の浅い俺を受け入れている。

 

「全くよォ……なぁ、トキ。俺って女は人の上に立つにゃ向かねぇのか?」

 

 試作品の付け外しを手伝ってくれているトキに問い掛けてみる。彼女も普段の学業で忙しいだろうに、こうして俺を手伝ってくれている。

 

 俺の問い掛けに『お前は何を言っているんだ』とでも言いたげな視線を返してくる。

 お前、俺は姉だぞ? もっとこう、なんかこう、あるだろう? 姉に向けるのに最適な視線って訳がよ。

 

「人の心が無い姉さんですが、懐に迎え入れた相手はどれだけ酷く罵られようが利用されようが許すのが飛鳥馬トキの姉、飛鳥馬シオンです」

 

「オメェ、そりゃあ俺がお人好しのバカって言いてぇのか?」

「違うのですか?」

 

 違ぇねぇわな。トキの言葉に間違っている点は一つもない。

 

 俺は人の心が無いとよく言われるが、そんな俺でも人を気に入ったり好いたりはする。

 そんな奴等であれば利用されたって気にしないし、裏切られたとて説教した後に許す。余程の事がない限り俺が嫌う道理は無い。

 

 言葉にして直接伝えられると少々小っ恥ずかしいが、トキがそれだけしっかりと俺を見ていてくれるという証拠でもあるその恥ずかしさを受け入れる。

 頑張って姉をしてきた甲斐が有るというものだ。

 

「そんなお人好しのバカだから皆さんも心を許して、考えに賛同して、自分の人生の1部を費やしてまで付き合っているんです。誘導されたからどうのとかでは無い、自分の意思で自分の心に従っているんです」

 

 もちろん、私も。

 

 後ろから体重をかけてのしかかってくるトキの顔が、俺の後頭部に埋められる。

 そこから放たれた声は耳からではなく直接脳内に囁かれるような異質な響きがあって、背中にゾクゾクとした感覚が走った。

 

「私も私の心に従っています。大好きな姉さんを助けたいからこうして付き合っているんです。きっと血の繋がりがなかったのなら、私も姉さんをおふくろと呼んでいたでしょうね」

 

「……アホ抜かすなハナッタレ。俺は妹が居てこその俺だ、そして妹は飛鳥馬トキただ1人だ。血の繋がりがねェなんて事は有り得ねェ」

 

 大好きな姉さんと言われて嬉しくはある。四肢があったら小躍りして喜んでいただろう。

 でも、血の繋がりがなかった際の想定を口にされると寂しさがある。俺の今までの人生が丸っとなかったことになる最悪の想定だ。

 

 トキの姉として相応しくあろうと生きてきた俺に、飛鳥馬トキという最愛の妹が存在しないイフは有り得ない。仮に俺の存在の方がイフなのだとしても、有り得てなるものか。

 

「……さぁテメェ等! そこまでやる気なら日を股がねぇ限り目ェ瞑ろうじゃねぇか!」

 

 湿っぽい空気は嫌いだ。俺の性格には合わん。

 

 手を叩いて空気を切り替えるなんてことも出来ないから、代わりに声を張り上げる。やめろって言ってもやめる気がない愛すべき馬鹿共に向けて。

 

「A義肢の制作もかなり順調だ! そろそろ武装の制作にも取り掛かってくれ! 一先ずは俺が提案した通りな!」

 

「「「おおおおおおおおーっ!」」」

 

 もう外も暗いというのに俺たちの意欲はますます激しく燃え盛っていた。武装制作にも取り掛かって良いと俺が判断したせいで余計に意欲を滾らせたのかもしれない。

 

 日を股がなければ目を瞑る。俺は確かにそう言った。

 逐一時計も確認していたし、アラームもセットして睡眠時間や休息時間が不足してしまうことがないように細心の注意を払っていた……つもりだった。

 

「……朝じゃんね」

 

 外から差し込む明るい日差しに、俺たちは乾いた笑いと軽い絶望感を感じさせられた。

 寝不足であり休憩不足。皆揃って汚れているし汗臭いし、目の下には可愛らしいクマまでこさえる始末。

 

 それでも、言い表しようのない充実感があった。

 心に従うことの心地良さを再認識させられた。

 

「眠いですね」

「ああ、ねみィな」

 

 トキも可愛い顔に普段は存在しないクマをこさえて、俺の頬に触れていた。

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