飛鳥馬トキの姉なる者   作:てれととん

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アルシュベルド強い


強くて、優しい

 高等部へと進学しセミナーに加わった私 調月リオはここ1ヶ月近くにわたって不自然な活動に勤しんでいるエンジニア部を訪れた。

 

 夜遅くまで残って何かを一心不乱に作成している。

 寝不足なのが丸わかりなのにどこか生き生きとした表情をしている。

 武器の素材と思しき強化プラスチックや弾薬用の火薬、用途不明なアルミニウム合金等を大量に購入している。

 

 挙げ句の果てには人体実験を行っている等というミレニアムサイエンススクールの名前に傷をつけかねない噂まで発生する始末。

 これにはセミナーとしても静観を決め込む訳にはいかず、正式にエンジニア部からの許可も得た上で私が視察に派遣された。

 

「……おおぉ、お?」

 

 人手が足りていないから迎えには行けない。最初にエンジニア部からそう通達が来た時、セミナーの皆は首を傾げた。私も傾げた。

 

 エンジニア部は部活として認定されるに足る実績があり、技術や情熱の類を持て余している奇人変人がその実績や名声につられて集まっている部活だ。

 人手が足りないとはならないであろう規模のエンジニア部が、迎えを寄越せない程に人員を何かに割いている。

 

 人体実験とまではいかずとも何かとてつもないことをしているのではないか……

 

 嫌な予感に胸中へ陣取られてしまった私がエンジニア部の工房を訪れると、その中で繰り広げられている光景に感動に似た何かと強烈な困惑を混在させる声を漏らさせた。

 

「遂に……遂に出来たぞテメェ等ァ! 俺の新たな手足、俺の新たな武器、俺達みんなで生み出した可愛い我が子だァ!!」

 

 トリニティ総合学園で悲惨な事故に巻き込まれて四肢と右目を欠損しながらも、それを乗り越えて精力的な活動に勤しんでいる有名人 飛鳥馬シオン。

 彼女が事故にあった事でミレニアムサイエンススクールとトリニティ総合学園には今まで以上に密接な関係が構築されることになった。

 

 最初こそ被害者の在籍する高校と加害者の在籍する高校という関係だったが、当の本人が『俺をダシにして理不尽押し付けたらキレる』と現会長に怒鳴ったことで対等な関係のままである。

 悪い言い方にはなるが一個人としても、ミレニアムサイエンススクールとトリニティ総合学園が対立するような構図は避けたかった。

 

 それを回避させてくれたのだから、いつか面と向かってお礼をしたい相手だった。

 その彼女が小高い台の上に立っている。失ったはずの手足は生え揃っているように見えて混乱しそうになったが、私もニュースや新聞で彼女の事は知っている。

 四肢を失っているのは確かだ。トリニティ総合学園から送られてきた謝罪文や書面がそれを裏付けている。

 

 精巧に作られた義肢だと気付くのには、一瞬の間を要した。

 その義肢を装着している彼女が台の上で、右腕を真上へと突き上げている。

 その手には銃身の上面に円盤型の弾倉を接続した、軽機関銃とアサルトライフルの中間に見える特徴的な外見の武器を持っている。

 

「「「私たちとおふくろの娘たち可愛いなぁあああああぁぁぁぁぁ!!」」」

 

「「「そこは可愛いじゃなくて格好良いダルルォォォォォォ!?」」」

 

 シオンの張り上げた声に疲れ果てながらも満ち満ちた表情とエンジニア部が負けじと声を張る。言い争いこそ起こっていないものの、何か意見が分かれたように私には聞こえた。

 

「姉さんが、立った……姉さんっ、姉さんが立ったぁぁぁ!」

 

 立像のように不動のシオンには妹である飛鳥馬トキが抱き着いてわんわん泣いている。

 

 不動と騒音と号泣

 

 何をしているのか不安な気持ちになりながら踏み込んだ工房内で繰り広げられていた光景は、私の頭のフリーズさせるには十分すぎる情報量を誇っていた。

 


 

「いやァ、すまねェな。完成したのが嬉しくッてよ、ついついはしゃいじまった。ま、まずは駆けつけ一杯」

 

 宴会の席でお酒を進めるようなノリでシオンは腰掛けている私の目の前に、白い湯気を立ち登らせるお茶を注いだコップを置く。

 

 何をしていたのかエンジニア部の面々に聞かなければ。

 フリーズしていた頭が当初の目的を思い出して正気を取り戻した。

 

 誰でも良いから何をしていたのか問いただそう。そう思って私が声を掛けようとした時、エンジニア部の部員達はバタバタと倒れてしまった。

 相当に根を詰めて取り組んでいたらしく、疲れているはずの寝顔は満足感や幸福感を感じさせる緩くて年相応の女子らしい可愛らしさをしていた。

「……」

 

 起きているのは飛鳥馬姉妹だけ。2人ともエンジニア部には所属していない部外者だが、この場にいたということは部や学年の垣根を越えて何かを企てていたという可能性が考えられる。

 

 工房の隅に設けられた休憩スペース。そこに置かれている長テーブルを挟んで私とシオンは向かい合う形で座っている。

 本命であるエンジニア部の誰かしらが起きるまで、彼女から何をしていたのかを聞き出すために。

 

「おン? なんだ、酒の方が良かったか? だがいくらアンタが大人の色気ムンムンな年齢逆詐称ガールだとしても、悪いが酒は出してはやれねェなァ」

 

「……初対面の相手に向かって随分な口の利き方をするのね」

 

 クラハハハハ、独特な笑い声を上げながらシオンは用意したお茶を飲む。

 湯気がまだ立ち上っているのに冷ます様子もなく、私に真っ直ぐな視線を向けながら。

 

 苦手なタイプだと、少し言葉を交わしただけで理解した。

 巫山戯ている様な物言いをしているがそれは撒き餌みたいなもの。食い付いてしまえばその反応から胸の内や性格、その他の私という人間を構成する情報を抜き取られてしまう。

 

 巫山戯て見せて巫山戯ていない。

 ペースを乱されたら食らい付かないよう気を付けている撒き餌に食らい付いてしまうという確信があり、シオンという人物に対する私の中での警戒度が上がる。

 

「姉さん。リオさんが早く本題に移らせろ、と言いたげな目をしていますよ」

 

 厄介なのはシオンだけでは無い。シオンの隣に座っているトキも注意しなければならない手合いだ。

 

 彼女は無表情が基本なようで、姉と比較しても表情の変化に乏しい。

 シオンが話している間は少し表情が緩んでいたが、それが止まるとまた無表情に戻る。

 

 視線の動きや表情筋の僅かな動作でもある程度は読み取れるが、それを封じられてしまうと胸の内を読み取るのは難しくなる。

 

「エンジニア部の活動についての調査、ですね。ですがそれに関しては()()()()()()()()()()()()()と、最初のうちに報告をしているはずですが」

 

「確かにその報告はセミナーにも届いているし受理されているわ。問題は我が校でも随一の技術と知識と熱意と狂気の煮凝りであるエンジニア部が、その最新鋭義肢の制作に1ヶ月も要した事よ」

 

 エンジニア部の技術、知識、熱意、狂気、その他諸々の要素を加味して考えれば如何に最新鋭の義肢とはいえ1ヶ月も時間を要するとは思えない。

 実力を買っているからこそ、セミナーとしてもそれだけの時間を使って何をしているのかと不審に見ていた。

 

 本来ならエンジニア部に所属する生徒に尋ねるべきものであり部外者であるトキに聞いても意味は無いと思っていた私の耳は、そのトキから疑問への回答を聞かされる。

 

「それは私のせいですね。制作された義肢はどれも素晴らしいものでしたが、様々な機能を内包する過程でどうしてもサイズ感にばらつきが生じました。それを私が認可出来なかったのです」

 

 これが証拠になります、とパソコンで制作した表を手渡される。

 

 表の左上にはRAとある。図解と照らし合わせて考えるにRight Arm、右腕の義肢に関する表というのだろう。

 試作番号、重量やサイズ、上腕と前腕それぞれの流さ、肘関節の大きさ、内包した機能等々についての記載が細かい文字でびっしりと書き詰められており、見た瞬間に軽いめまいを感じた。

 

「姉さんが望んだものとはいえ、私にも口を出す権利はあります。私の知る姉さんと合致しないものは遠慮なくダメ出しをさせてもらいました」

 

「その結果がこれだけの試作品を作っていたことになるのね……これなら大量のアルミニウム合金を仕入れていた理由にも説明が付くわ」

 

 トキの真剣というか、軽く狂気が混じっているようなガン開きの瞳に気圧されたのもあって私は何も言わなかった。

 そこまでしなくても……なんて口が滑ろうものなら、拳なり弾丸なりが飛んで来てもおかしくない凄みがあった。

 

 それにこれだけの試作品を作った果てに完成された義肢ともなると、私個人としても興味がある。

 シオンの義肢に視線を向けようとして、そのシオン本人と目が合った。

 

「いいねェ。俺の新たな手足が気になるって面構えだ」

 

 ゆっくりと立ち上がる姿は義肢を使用しているとは思えないほどに自然で滑らか。

 見た目を整えるのと現在開発中の外装パーツの接続部を保護する為に人工皮膚を被せていると言っていたが、それにしても人体そっくりだ。

 

 知らない人が見れば普通の手足と変わらないように見えるであろう義肢は、エンジニア部のもてるもの全てを注ぎ込まれた最高の逸品。

 誰かに自慢したくて仕方なかったというのが、シオンの表情からは読み取ろうと意識せずとも伝わって来た。

 

「だけど残念ながら、こいつは現状だと日常生活での俺の手足の代わりって役割しか果たせねェ。まだまだ外装パーツが出来上がっちゃねェからな……お披露目まではまだ時間をくれよ」

 

 シオン的にはまだまだこれからという認識らしい。ウロウロと歩き回りながら今後の展望を語る彼女の姿は自然体そのもので、とても義肢によって可能となった動作には見えない。

 

「……既に相当な完成度に見えるけど?」

 

 血肉で構成されている生きた四肢では無い、作り物の四肢でそこまで人間的な動作が可能な時点で既に義肢としては逸品と言えそうに私は思うのだが、シオンはそれで満足していない。

 

 私の言葉を否定するのでもなければ不快がりもせず、彼女はトキにチラッと視線を向けた後に笑った。

 

「それでもまだ、俺は満足しちゃいない。トキの姉として相応しく有る為にはこの程度じゃまだまだ満足出来ねェ。俺ァ、トキにとって最高で最強の姉で無くちゃ俺じゃねェんだ」

 

 何となくだが、シオンという人物が分かった気がする。

 

 強い人物だ。手足と目を失うという取り返しのつかない悲劇に見舞われても諦めず、自分で自分を奮い立たせて進もうとする強い意志の持ち主。

 

 そして優しい。血の繋がりがある妹であるトキにとって相応しい姉であろうとして、彼女を守れるだけの力を持とうと必死に足掻いている優しい人。

 

 私とは正反対で苦手なのに、どこか羨ましく思ってしまう人物というのがシオンに対しての私の認識となった。

 

「テな訳でよ、セミナーには極力迷惑かけねぇよう気ィ付けっから怖い顔すんなッて伝えといてくれよ」

 

 トキに似た顔付きをしていることで余計に印象が強くなる三白眼を閉じて、にっこりと笑いながらシオンは手を差し伸べて来た。

 

 彼女の顔を見て、私は自然とその手を握り返す。軽くではなく、少し力を込めてしっかりと。 

 

「……えぇ。私としても、貴女のような人物と不仲になることは望まないわ。一人のセミナー所属生徒としても、それがトリニティ総合学園と我が校の関係性の変化及び悪化を招きかねないと認識している」

 

 今思えば、当時の私らしくない。

 

 差し伸べられた手を握り返すのも、誰かの笑顔を見入るのも。

 

 感情や機微を下らないものと見ていた私が、一切の思惑無しに手を握り返すという感情に任せた動きをしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりも差し込まない暗黒の中、チクタクという時計の針の音と私を抱き締めて眠るシオンの寝息を聴きながら、私は当時の自分を客観視していた。

 

 いつから居たのか、私を羨ましそうな目線で見つめてくるトキの視線を感じながら。

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