~Die Undinen~ Schwarzesmarken 隻影のベルンハルト EXTRA   作:燈夜4649

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005_口を出す観察者たち

「な? 妹よ、兄の言ったとおりだったろう?」

「ただの変質者なのではなくて、正真正銘の変質者だったんですね、兄さん」

「そんな風に言うなよぅ! 俺は妹激ラブの兄貴としてだな!?」

「はいはい解っています。兄さんの指摘は的確でした。私はその指摘を克服すべく、とにかく負けません! 例えそれがベアトでも!」

 

 と、アクスマンから発破をかけられたその日を境にアイリスディーナは目覚めたのだ。

 

「で、兄さん。私は明日から朝早くと、晩も練習をすることにします。自主練です。食材は用意しておきますから、兄さんはご自分で調理して食べてくださいね?」

「なに!?」

「不服ですか?」

「俺はお前の料理を食えないとなると、心が引き裂かれてしまいそうだ!」

「では、私の練習を兄さんが邪魔をする、と言うことですね?」

「違う!」

「どう違うんです?」

「俺も付き合う! お前の練習に付き合う!! だから、朝も晩も、一緒に食べさせてくれアイリスディーナ!!!」

「お断りです。それに兄さん? 軍の仕事はそんなに暇なんですか?」

「お前達強化選手をガードするのが俺の務めだ!」

「そうですか」

「そうだとも。不逞のやからにお前達二人に対して指一本も触れさせない」

「ありがとうございます」

「当然のことだ。俺は国家人民軍の上官から直々に特命を受けている」

 

 一瞬の沈黙後。

 

「はあ、兄さんには負けました」

「そうだろう? 兄の愛が分ったかい?」

「ええ、兄さんが極度のシスコンであることに。ベアトにも伝えておきますね。兄さんが予想の斜め上を行くシスコンだって事」

「うぇらぁぁああああああああああ!?」

「兄さん、もう夜も遅いです。静かにしてください」

「言ぅなよぅ!?」

 

 ユルゲンは今夜も叫ぶ。

 愛しき美妹のために。

 

 

 

 で。その日以来。

 朝も。夕も。夜も。

 強化メニュー以外に自主練を課し、アイリスディーナは自分の体を苛めに苛め抜いていた。

 周囲の目。

 そしてベアトリクスと兄である。ついで、今もプールサイドで欠伸を噛み殺している、コーチのアクスマン。

 皆、アイリスディーナの自主練に付き合ってくれているのだ。

 何だかんだ言っても、持つべきものは絆である。

 今もライカと双眼鏡を手に観察してくる頭のネジが飛んだ超シスコンの肉親と、欠伸を噛み殺して更なる閑職に追い込まれないよう最低限の仕事をこなす官僚は、彼らの一側面に過ぎない。

 

 そんな中、ベアトリクスの眼が光る。

 

「あの子、変わったわ」

 

 と、ベアトリクスはある日、そう言った。

 

「私も、負けられない」

 

 と、危機感を覚えさせるほどに。

 

 

 ◇

 

 上手くいったとしても、繰り返される練習。

 

 

 今回もドボンでもぽちゃんでもない。

 するっと二人は同時に着水を決めたのだ。

 確実にシンクロ率が上がっていると言えた。

 

「よくやったぞ二人とも! よくあわせたぞアイリス!! さすが俺の美妹! さすが俺の婚約者!!」

 

 アイリスディーナとベアトリクスはプールサイドに上がる。

 

「いやあ、眼福眼福! お前達のペアは最高だぜ!」

 

 と、先ほどから怒鳴り散らしているのはアイリスディーナの兄ユルゲンだ。

 何を理由にして強化選手の練習風景を見学しているのかはわからないが、観覧席に騒がしくもユルゲンがいることには違いは無い。

 選手団の同行武官として、上司に働きかけているとかいないとか。

 シスコンここに極まれり、である。

 そんな兄について。

 アイリスディーナは濁った目でそれを見つめ。

 ベアトリクスは氷の眼差しで彼の姿を認めた。

 

「アイリス、ベアト」

 

 と、演技の終わった彼女らに近づき声をかけるのはアクスマン。

 

「見事だった、と言いたいが……」

「はい! はい! 俺に一言言わせてくれコーチさん!!」

 

 アクスマンの眼が観覧席のユルゲンに流れ。

 

「……まずは君たちに詳しい者の評価を聞こう」

「ベルンハルト少尉! 少尉から見て妹君らの演技はどうだったかね?」

「発言を許可してくれるとは! 最高だぜあんた、コーチさん、ありがとよ!」

 

 ユルゲンは唾を飛ばして喜ぶ。

 

「早く言いたまえ。時間は有限だ」

「ああ。お前ら二人! アイリスディーナにベアトリクス!! 着水は完璧だ! 10点満点を誰でも出すだろう。しかし、飛び込み台を踏み切った後がまだ問題だ! 形が僅かにずれてるぞ! ベアトリクスは自分の演技を変えることはなさそうだからアイリス、お前がもっと自分の体を柔らかくしろ! そうだよ、体の関節全ての稼働域を増やすんだ! つまり、ストレッチ! これしかない!!」

「兄さん?」

 

 兄の指摘と勝手に増やそうとする追加練習メニューの内容に、兄の越権行為では無いかとアイリスディーナはアクスマンに視線を流す。

 

「あなたのお兄様、そして私の婚約者にしては全うな意見よ? 体を舐めるような目つきで見て。もう、ただの変態だと思ったけれど、そんな感想をくれるとは、確かにその審美眼に間違いはなさそうね。ああ、これで警察に不審者として突き出す理由がまた一つ消えたわ。ねえ、アクスマンコーチ」

 

 それはアイリスディーナだけでなく、ベアトリクスも同じであるようだ。

 

「ああ、そうとも。彼に先に言われてしまったな。もっとも、彼を指名したのは私だが。私も彼と同意見だ。アイリスディーナ、君に毎日の基礎訓練、その強化を命じる。つまり、ストレッチ運動の強化だ。みっちりやりたまえ」

「はい!」

 

 ユルゲンが先走ったものの、アクスマンは少しも気分を害してないようで。

 

「ああ、いい返事だ。パートナーは練習すると言っている。ベアと、君はどう思う?」

「私は私でまだまだ美しい飛び込み方の練習をするわ」

「そうか。それは素晴らしい」

 

 と、アクスマンは満足そうに微笑む。

 内心は不明極まりないが。

 

「大丈夫でしょう? ここまで私に追いつき、追い越そうとしているアイリスだもの。私がもうちょっとだけハードルを上げても、いえ、もっと思いっきりハードルを上げても食らい付いてくるはずよ。それも長短期間でね」

「ふむ、ベアト。私の意見と同じだな。では、党と祖国と民衆のために、もっと段階を上げた高度な技量を持つペアとなり、必ず祖国に勝利をもたらすのだ。いいな、アイリス、ベアト」

 

 国家保安省の人間らしい言葉を吐いた。

 

「ふん、私が勝つのは当然よ」

「いえ、ベアト。あなたが強く出れるのは今のうちだけなんだから。油断してると、人民からの人気を私がそのうち奪ってあげる」

「言うようになったわねアイリス」

 

 ベアトリクスが目を丸くする。

 

「あなたの気の強さがうつっただけですよ、ベアトリクス」

「仲の良いことだ。どうか二人には、英雄になる前も、英雄になった後も、強い絆で結ばれていて欲しい。それが人民の理想足らんことを願わずにはいられない。そうすれば、党と祖国が君たちに栄光を授けるだろう」

「で、アクスマンコーチはいつも人の意見に追随、と」

「郷に入れば郷に従え。コーチは処世術が御上手なようで」

 

 図星である。

 世渡りが上手くなければ、国家保安省で中佐の肩書きなど得てはいまい。

 アクスマンは二人の視線にたじろぎながら。

 

「英雄になった暁には、その生みの親であるこの私、コーチに対して送ってくれるか? スコットランドの銘酒でも」

「高級酒? 資本主義に染まりまくった敗北主義者ね」

「そうねベアト。ここまで西を賛美して処分されないコーチの秘密が知りたいと思うの」

 

 流石に冷や汗もののアクスマン。

 彼の言動の限界はいったいどこにあるのだろう。

 

 

 

 ◇

 

 そしてある日のことだった。

 練習を重ねれば、結果は必ずついてくるものなのだ。

 特に、天分の素質を持つ二人なら。

 

 ベアトリクスが先に、続いてアイリスディーナが十メートル飛び込み台に昇る。

 ベアトリクスはアイリスディーナを盗み見る。

 引き締まった姿態。

 成長過程特有の、それでいて筋肉で引き締まった体。

 流線型の、女性特有のプロポーション。

 

「いくわよ?」

 

 ベアトリクスは声に出す。

 珍しいことである。

 アイリスディーナは驚きつつも。

 

「いきましょう」

 

 と、短く答え。

 

 二人はプールを背面に向け。

 笛が鳴る。

 二人は一回飛び上がり、飛び込み台の先端に向け一歩踏み出す。

 二回飛び上が利さらに先端へ。

 三回飛び上がり、さらに先端へ。

 そして四回目、大きく飛び上がり、飛び込み台を後ろ背に踏み切った。

 同時にエビゾリ回転、一回捻り、回転三回で着水。

 コンマ一秒の差もなく、飛沫も上げず。

 二人は水の妖精さながらに水中へと決めた。

 

 応援にと騒いでいたユルゲンはあまりの華麗な演技におし黙り。

 今回も寝ぼけていたアクスマンは大きく欠伸する。

 だが、アクスマンは眠っていても眼が空いているようで。

 そしてただ、この二人は意見が合うのであった。

 

「「まるで水の妖精だ」」

 

 と。

 

 

 

 アイリスディーナが兄の書斎に紅茶を運んでくる。

 

「兄さん、お茶が入りましたよ」

「くぅう! やっぱり最高だ! 美妹に誘われ、美妹に奉仕され、その花のような笑みを占有できる至福の時間!」

 

 と、ユルゲンが口にした途端。

 

「兄さん、兄さんのカップはキッチンにおいておきますね」

「妹よ!? 俺はお前を愛しているぞ!?」

 

 ユルゲンは妹に食らいつく。

 

「兄さん、体温計持ってきましょうか?」

「あー、早くアイリスのお茶を今日も味わいたいな。きっと格別な味がするはずだ」

「はいはい」

 

 アイリスディーナの目からハイライトが失われ。

 

「朝から晩まで美妹の姿が見れる。もう感動モノだよ俺は。今の任務最高!」

「兄さん、せめて国家人民軍の恥さらしにならないよう、注意してくださいね?」

 

 アイリスディーナは零す。声のトーンがやけに低くなっていた。

 するとユルゲンはすかさず叫ぶのだ。

 

「そんな冷たいこと言うなよぅ! 俺の妹、世界で最高の美少女、神の作りたもうた奇跡! これを称えて何が悪い!!」

「私、兄さんのそんなところが恥ずかしいです」

 

 と、ユルゲンの言葉をアイリスディーナは切り捨てる。

 だがしかしユルゲンは。

 

「なあにアイリス。そんな謙遜することないさ。お前は本当に全てが美しい」

 

 

 

 ◇

 

 そしてある日。

 アクスマンが教え子二人を絶賛する。

 しかしこれはいつものことと言えばいつものこと。

 もっとも、この日はより一層テンションが高かった。

 

「素晴らしい仕上がりだ、アイリス、そしてベアト! 君達はきっと、いや、必ず君達は党と祖国と人民に、これ以上ない栄光を証明することになるだろう! はっはっは! よく頑張った、二人とも!」

 

 アクスマンは吼える。

 

「コーチ、私たちの指導のお仕事が気に入っておられないのですか? 国家保安省のお偉方のご指名と聞いていましたが」

「そうだともアイリス!」

「はい、コーチ」

「でもコーチの閑職扱いは変わらないと思うのだけど。お父様に聞いたわ?」

 

 とのベアトリクスの言葉でアクスマンは顔を引きつらせつつ。

 

「……で、ベアト。先ほど君が口にした、私の待遇の件だが……ほどの辺りまで確実な情報なのかね? ちょっとだけ教えてくれないか?」

 

 そろりそろりと、そして小さく自信なさげにアクスマン。

 

「コーチアクスマン。もし私がここで本当の事を言えば、あなたは男泣きしかねないわ。男の涙なんて見たくない。まあ、胸で男を泣かせることができれば、私も一人前の女、ということでしょうね」

「べ、ベアト?」

 

 ベアトリクスは見下すように氷の視線。

 

「何を動揺してるのかしらコーチ。ほら、特別に私の胸を貸してあげるから、自分の運命の行く末を思って泣きなさい?」

「私の評価は君達を五輪の表彰台の上に上らせても、変わらないというのかね?」

「ええ」

 

 ベアトリクスは言い切った。

 アクスマンは歯を鳴らし。

 さらに小さい声で尋ねるのだ。

 

「くっ……仕方が無いベアト。その時は君の胸を貸してもらえるかね?」

「ええ、もちろん。でも──今でなくて良いの?」

「なに!? い、今私に泣けと!?」

 

 ベアトリクスは鼻で笑って。

 

「あなたの事、セクハラがあったとお父様に報告しますわ?」

「私は無実だ!」

「いえ、ベアトリクス。その必要ありません。私が警察に通報しますから」

「冤罪だ!」

 

 アイリスディーナまでベアトリクスの側に回っていた。

 

「アクスマンコーチ、時は金なりと申します。残念でした。もう、ベアトリクスはコーチに胸を貸すなどとは言わないでしょう」

「ナイィイイイイイイイイイイイイイイイイン! おお、ベアトどころかアイリスまでこの私で遊ぶというのかね!? 面白いのかね、人生がけっぷちの大の男を陥れて!」

 

 アクスマンの痛恨の大声。

 

「ええ、ペットとして飼いたいぐらい。でも、首輪なんか付けずに鉄筋コンクリートの檻の中でね」

「はい、コーチは弄りがいがあってとても面白い方です。おかげで五輪本番に向けて、張り詰めていた緊張の糸がとけた気がします」「き、君達は!」

 

 アクスマンは苦しげに呻く。

 

「どうされましたかコーチ」

「ええ、次の指示をコーチアクスマン」

 

 二人は今のことなどさらりと忘れて次の指示を仰ぐのだった。

 

「アイリス、ベアト。君らは天使だ」

 

 アクスマンの表情が緩むも。

 

「通報しますね、シュタージに。宗教を信じているなんて」

「そうねアイリス。危険人物は密告するに限るわ」

「ナイィイイイイイイイイイイイイイイイン!」

 

 アクスマンに味方はいなかった。

 

「あら、私は天使みたいではないの? コーチアクスマン」

「ああ、ベアト。心変わりしてくれたのか。密告など冗談では無い。私の生きがいはまだここに残されているのだな」

 

 アクスマンは胸を撫で下ろすも。

 

「ええ、私が死の天使カマエルに成り代わってあなたを成敗して差し上げますわ」

 

 しかし、死告天使ベアトリクスが言葉を紡ぐのであった。

 

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