~Die Undinen~ Schwarzesmarken 隻影のベルンハルト EXTRA 作:燈夜4649
彼女らの予選競技が終わり、見学モードのアクスマンが他国の分析をしている。
「アメリカ帝国主義がやはり上位だな」
「中華人民共和国も、年々力をつけているかと」
「いい分析だ、アイリス、そしてベアト。彼らは強力なライバルとなりえるだろう」
「あなたそんな事も知らなかったの? コーチアクスマン」
「え? コーチ! こんな基本情報もご存じなかったのです!?」
シンクロナイズドダイビング。
その競技国の選手団に着いて、アクスマンはほとんど把握していない!?
「馬鹿にするな、これでも我が同胞シュタージは米帝大統領が使っている歯磨き粉の種類や、その消費サイクルまで知っている……はずだ」
二人の乙女の杞憂に、くだらない都市伝説を交えてアクスマンが不貞腐れる。
「やはりコーチは変態ね。そんな個人情報に興味があるなんて。しかも男の歯磨きなんて」
「酷い言われようをするのだな、ベアト」
「これよりアイリスよりましだけど」
「え? 私? ベアト?」
「ほら、聞いていないふりをしているだけよ? 実のところのアイリスは、耳先がピコピコ小刻みに揺れているわね」
「やだ、ベアトったら!」
「はあ、いや、そんな事は無い。今度の君達の栄光が私の道も開いてくれることだろう……とはいえ、中佐の私にも、米帝大統領のプライベート、その情報への閲覧許可を持ってはいないのだがな」
「意外ね。本当に中佐なのね。もっと偉いんだと思っていたわ」
「ええ、いつもプールサイドに座って適当な指示を出していらっしゃるだけですし」
「やっぱりコーチは変態だったわね。危険思想の持ち主だから、いつまでたっても閑職なのよ」
出てくる出てくる、アクスマンへの悪口。
「こ、この小娘ども! 言わせておけば!!」
「そうそう、そんなところよコーチ、アクスマン。あなたの沸点を見極めた気がするわ」
「ええ、かなり追い詰めないと本性が出ない方のようです」
と、二人はアクスマンを追い詰めるが、アクスマンは一瞬で顔に不自然な笑みを貼り付けて。
「──と、大声を上げてすまなかった、二人とも。では予選通過おめでとう。決勝でも期待している。明日は決勝だ。明日は早い。君達も早く休みたまえ」
「はあ、偉そうに」
「そうですね、ベアト? 若い娘にちょっと言われただけでいじけるなんて、アクスマンコーチも可愛いところがあるんですね」
冷や汗を流すアクスマン。
「それだけ神経が図太ければ精神面も心配不用! では、祖国万歳! 君らの健闘を祈る!!」
「「祖国万歳!」」
と、コーチの号令の後、予選を突破した二人の選手の唱和が響く。
◇
そして、決勝である。
前日の夜、眠れなくて両者の目の下にクマが……できてない。
そんな事はありえない。
彼女らはアクスマンの指示通り、早くに就寝し、心身の体長を最高に高めた。
少なくとも、アイリスディーナはそう自負している。
逆に、昨晩アイリスディーナの部屋に遊びに来た兄とアクスマンを追い返したぐらいである。
あの男達二人は、自分らで『明日の本番に備えよ』と指示しておきながら、学生の合宿さながらに、夜半過ぎまで遊び明かそうとしてきたのだ!
全く、ろくでもない兄とコーチであった。
まあ、アイリスディーナはそんな昨晩を思い出し。
兄とコーチは緊張で固まっていないかどうか、心配して身に来てくれたのだろうと、アリスディーナにはわかるけれども。
うん、もう準備はできた。
そう、これから本番なのだ。
アイリスディーナとベアトリクス。
ついに彼女らの出番。
「ゆきたまえ、二人の妖精たちよ。練習は充分だ。我らが祖国、東ドイツに栄光をもたらすのだ!!」
「いけぇ! アイリスディーナ! ベアトリクス!!」
と、コーチや兄、そして無数の東ドイツ出身の観覧客の声援を受け、二人は戦場に赴く。
シンクロナイズドダイビングの決勝である。
◇
モントリオールの飛び込み台に今、ドイツ民主共和国の花、すなわち東ドイツ代表である、金と黒の妖精が立っている。
そして、合図が下る。
二人は同時にステップを踏み、飛び込み台から飛び込んだ。
一度目の飛込みでは、イルカのように。
二度目の飛込みでは、ペンギンのように。
三度目の飛込みでは、カジキのように。
四度目の飛込みでは、背中を逸らせてシャチのように。
五度目の飛込みでは、人間以外不可能と思える背面飛び込みと数度の捻りと脚を腕で抱えて三回転。
いずれも、着水の見事さよ。
飛沫もなく、するっと妖精たちは水面下に消えていく。
彼女らは水の妖精。
いずれもアイリスディーナとベアトリクスはお互いを意識することもなく。
だが、お互いを無視することもなく。
全ての動きが同時に。
全ての呼吸も同時に。
寸分違わぬ同じ挙動。
それはそれは、素晴らしい以外に言いようがなくて。
プールサイドで先に上がったベアトリクスから、アイリスディーナは抱きしめられて。
そして下される評価点は、正当なものだった。
◇
彼女らはついに登壇する。
世界の頂点。
彼女らは、アイリスディーナとベアトリクスは金メダルを掴んだ。
厳かな吹奏が始まる。
彼女らは、その美声も高らかに謳う。
それは忘れえぬ、祖国の歌を。
Auferstanden aus Ruinen
und der Zukunft zugewandt,
laß uns Dir zum Guten dienen,
Deutschland, einig Vaterland.
Alte Not gilt es zu zwingen,
und wir zwingen sie vereint,
denn es muß uns doch gelingen,
daß die Sonne schön wie nie
über Deutschland scheint, über Deutschland scheint.
Glück und Friede sei beschieden
Deutschland, unserm Vaterland.
Alle Welt sehnt sich nach Frieden,
reicht den Völkern eure Hand.
Wenn wir brüderlich uns einen,
schlagen wir des Volkes Feind.
Laßt das Licht des Friedens scheinen,
daß nie eine Mutter mehr
ihren Sohn beweint, ihren Sohn beweint.
Laßt uns pflügen, laßt uns bauen,
lernt und schafft wie nie zuvor,
und der eignen Kraft vertrauend
steigt ein frei Geschlecht empor.
Deutsche Jugend, bestes Streben
unsres Volks in dir vereint,
wirst du Deutschlands neues Leben.
Und die Sonne schön wie nie
über Deutschland scheint, über Deutschland scheint.
廃墟より復興し
未来へ向かって
一つの祖国ドイツの
公共のため奉仕しようではないか。
克服しなければならない古き苦境は
団結して克服にあたろう。
私たちは成し遂げなければならない
太陽をかつてないほど美しく
ドイツの上に輝かせることを、ドイツの上に輝かせることを。
ドイツ、私たちの祖国に
幸福と平和がありますように。
全世界は平和を切望し
諸国の人民とドイツの人民の手を繋がせる。
私たちが同胞として団結すれば
人民の敵を打ち負かすことができる
平和の光を輝かそう
母がもう二度と
息子の死を嘆くことのないように、息子の死を嘆くことのないように。
耕そう、建設しよう
かつてないほど学び、創り出し
自分の力を信じた
自由な世代が立ち上がる。
ドイツの若者よ
私たちの人々の最善の努力は君の中に集約されている。
諸君はドイツの新しい命となり
太陽はかつてなく美しく
ドイツの上に輝く、ドイツの上に輝く。
(廃墟からの復活(独: Auferstanden aus Ruinen)ヨハネス・ロベルト・ベッヒャー作詞、ハンス・アイスラー作曲)
◇
プールサイドでは。
「やったぜ見たかヤンキーども! あの金髪は俺の妹、そして黒髪は俺の婚約者! 神よ、彼女らの勝利に感謝します!! よくやった!! アイツはやったぜやった、最高だあ!!」
と、東ドイツ選手団の随行員である若い武官が叫び。
「流石だ、さすが我が精鋭! アイリス、ベアト、君達こそ英雄に相応しい! そしてその英雄を育て上げた私は……ッ! くぅ、きっと昇進が待っているぅ!!」
と、同じく文官にてコーチでもある国家保安省の犬が欲望ダダ漏れに叫び散らして。
そして、二人の男は握手する。
「やりましたな妹君とフィアンセは」
「おう、やったな! コーチ!! あなたの金星だ! これは大きいぞ!? いえ、大きいですよ!?」
「あはは、その栄光は全て選手たち、あの二人の娘の努力の賜物ですな! 祖国万歳! 新たな英雄の誕生に幸いあれ!!」
「「祖国万歳!」」
その万歳斉唱は、東ドイツ五輪派遣団と同国の観衆に広がっていく。
そんな観客席に、二人の親子がいた。
「ほら、ウルスラ! 私達の国の選手が勝ったぞ? 綺麗な競技に、二人とも別嬪だ。まあ、心配することは無いぞウルスラ」
「え? お父さん?」
その栗毛の幼女は聞く。
「お前はいつか、あの表彰台の二人より綺麗になる。親の贔屓目ではないよウルスラ。お前はきっと美人になる! 東ドイツどころか二つのドイツで一番! いや、世界一の美人になるぞ!?」