~Die Undinen~ Schwarzesmarken 隻影のベルンハルト EXTRA 作:燈夜4649
空港内。
アイリスディーナはベアトリクスと、なんとアクスマンに連れられてバーガーショップにいた。
もう、選手団は発着ロビーに集合している時間なのにだ。
で、おまけに二人は兄のユルゲンも連れてきた。
アクスマンを除けばいつもの面子。
アイリスディーナは思う。
自分達は出発ロビーにいるだろう選手団から離れていていいのかと。
「兄さん、私たち、こんな所で油を売っていて構わないんですか?」
「ああ、いいとも。それより食え食え、西側の一般的な食い物らしい」
「え、ええ」
少し引っ掛かるものの、アイリスディーナはハンバーガーの包みに手を伸ばす。
兄のユルゲンは、選手団護衛任務はどうしたのか、とにかく彼女の横でハンバーガーにかぶりつく。
「まず」
「え?」
ユルゲンが吐き捨てる。
「これがハンバーガーか。米帝はこんな不味いもの食ってるんだな」
「兄さん? そこそこ食べれると思うのですが」
「そうか? ま、俺の口には合わないってこったな。やはり俺には美妹の作る飯が最高ってこった」
ハンバーガーをこき下ろす兄に対し、アイリスディーナは都市伝説を口にした。
「このチェーン店、日本で出るハンバーガーが一番美味しいそうですよ?」
「日本なあ、『世界で一番繁栄している社会主義国』かよ」
ユルゲンが呟く。
ベアトリクスが口を挟んだ。
「でも、大会が終わって直ぐ帰国だなんて急すぎ。思わない? アイリス」
「ええと」
「ベアト、アイリス。それを言うな。カナダは西側、資本主義諸国の一員だ。下手に観光などされて、好き勝手どこへでも行かれても困る」
と、アイリスディーナの一言をアクスマンが遮る。
「コーチアクスマン。こんな所に来ても硬いこと言うのね。あなた──ユルゲンもだけど、本来の任務をほおっておいて、アイリスをを連れてまわしてバーガーショップに来ている人間のいう事じゃないわね」
「当然だとも。西側の食事の不味さ、これでわかっただろう? 食べ物の味は大事だ。それこそ亡命を希望するほどに。だから私は君達二人をここにつれてきた。私としては今さら君達が西に転んでもらっては困るからな」
ベアトリクスはハンバーガーにかぶりつく。
「あら、美味しい……でも、何か足りないわ」
ベアトリクスの頬が綻んだ。
「と、なるわけだ。君らの胃袋をがっしりと西側に掴まれるわけにはいかない。君達二人にはハンバーガーが好評のようだしな!」
「美味しいものは美味しいわ。ただ、東ドイツにもこれを上回るご馳走は山ほどあるわね」
「君達の胃袋が西に亡命を希望していなくて安心したよ。なに、君達二人は今では祖国の英雄なのだから」
「英雄ねえ」
「英雄、ですか」
と、当の祖国の英雄が二人して。
「年金が増えるぞ? 二人たりとも! それでこの不味いハンバーガーじゃなくて、上手い東ドイツ料理を食べれば良いだけだ」
「兄さんって、単純ですね」
アイリスディーナとしては極普通の反応で。
「おう! 今の俺は美妹と麗しい婚約者の快挙に感動しまくっているからな!」
「でも、コーチ。私たちだけみんなの列から抜けてしまって大丈夫なんです? もう皆さん搭乗口に集合している頃かと思いますが。まさか私達を置いて出発してるのでは?」
アイリスディーナは五輪で一緒に戦った、東ドイツ選手団の事を気にかけて。
「祖国の英雄を置いてかね?」
「ああ……英雄……それもそうですね」
「なあに、ゆっくりすると良さ。このハンバーガーチェーンこそ西側の象徴。もう解っただろう? 西側の正体が、こんなにも高い金を払っても、ベルンハルト少尉の言うように、『このように不味いもの』しか食べていないと」
「うーん、特別この店が不味い可能性も……?」
アイリスディーナは小首を少し右に傾げた。
「いけないぞ? アイリスディーナ。西側に希望があると? あののは脂肪だけだ。このハンバーガーはとにかく脂質が多い。ブクブク太った君やベアトなど、私は見たいくない」
「はあ、太るんですね、油のとりすぎで」
「そうだとも」
「で、アクスマン。私達を太らせて食べる気ね?」
ハンバーガーに今だ食らいつくベアトリクスがアクスマンが追い込む。
「もう、充分に君らには太ってもらったよ。これ以上ない英雄。祖国の誉れ。君ら二人を育て上げたのは私。これ以上の喜びはないよ」
「ふーん、ま、そういうことにしておいてあげるわ。お父様に報告しておくわね。アクスマンは良くやった、ってね?」
「ありがとうベアト。ああ、感謝の極みとはこのことだ! これで私も窓側とはおさらばだ!!」
アクスマンは喜ぶも。
「「「それは無い」」」
と、皆が唱和した。
「何かね? 君達は私で遊んでいるのかね?」
沈んでみせるアクスマン。
「よく言うわよ、コーチこそ私達でこうして遊んでいるくせに。ハンバーガー、コーチこそ一番これを食べたかったのよね?」
「いやいや、何事も体験だよ。それを教えることもコーチである私の使命だ」
アクスマンが笑う。
そのバカ笑いのアクスマンを、ユルゲンが肘でつついて天井に眼線を流す。
「で、アクスマン中佐。そろそろ良いんじゃないですか? あれから随分たちました。空港のパトライトの点滅も終わっています」
「ん、合図か。西側も良くやってくれる」
声のトーンを落すアクスマン。
「国家保安省、ぱねぇっす! 正に恐るべきはシュタージファイル」
「まあそう言うな、君も使ってみるかね? ベルンハルト少尉。私から国家人民軍に掛け合って、国会保安省に引き抜いてもらうように頼んでも良いが?」
「いやいや、こんな恐ろしい手管みせられたら、とても関わりたくもなくなります」
「私も国家保安省の人間なのだがね?」
「あなたは別ですよ、アクスマン中佐」
「ははは、言葉どおりに受け取っておくよ」
なんのことだか、アイリスディーナはかすかに震え。
ベアトリクスは大きく深呼吸をし。
男性二人は目で合図を繰り返す。
「コーチ、兄さん? 時間って?」
「ん、気にすることは無いよアイリス」
「そうそう。そのためにこの苦痛な席をコーチとあなたのお兄さんに頼んで用意させたのよ?」
「え? え? ベアトがこの席を用意したの?」」
アイリスディーナにはなんの事だかわからない。
「アイリス。俺の美妹の事を気にかけているのが、そして大切に思ってくれている人間が、お前だけじゃないってことさ」
「兄さん? あ! さてはみんなで悪巧みですね!? やはり私たちはこのカナダに置き去りに? 無理矢理亡命させようって魂胆なんじゃ! どうして!!」」
アイリスディーナは、皆の隠し事が面白くない。
さらに、祖国に捨てられたのかと、心配だけが膨らんでゆく。
「思いついたのはユルゲンだし。ほかならぬアイリスの兄さんよ?」
「ああ、ベルンハルト少尉はなかなかの策士だ」
「兄・さ・ん!?」
アイリスディーナの視線は鋭く兄を射抜き。
「違うから! 俺はだな、お前の幸せだけを思って!!」
「兄・さ・ん!? 兄さんはそんなに西側に亡命したかったの!? 私は嫌です!!」
と、ユルゲンはとアイリスディーナの叫びは空港の喧騒を一際大きく破ったのである。
◇ エピローグ
アイリスディーナとベアトリクスは行きと同じ、政府専用機に搭乗していた。
もちろん、お互い隣同士の席である。
「ねえベアト。帰りの便って私たちだけ? 他の選手はまだ競技を?」
「さあ。そんなの、祖国の英雄が気にすることじゃないわ」
「先ほどのバーガーショップ、軽食にと列を離れる前は、もっと私たち以外の選手がいたような気がするのだけど……」
「さあ、他の人は空港警察に連れて行かれたわよ? 薬物検査が何とか、国際オリンピック委員会が動いたようね」
「え!? 私たちは大丈夫なんでしょう? 金メダルの返還なんて、それこそ大問題……私、変な薬も飲んでないし、注射も打ってない! あ、もしかして食事に混ぜ物!?」
「無い無い。私たちは大丈夫よ」
「え?」
「掴まったのは亡命を希望してカナダ空港警察に保護を頼んだ裏切り者だけ」
「え?」
「西に行くような人間たちに、祖国の英雄なんて似合わないから」
ベアトリクスの言葉にアイリスディーナは押し黙る。
逆であった。
ベアトリクス、ユルゲン、そしてアクスマン。
彼らは選手団の亡命騒ぎから、アイリスディーナを救ってみせたのだ。
全て、国家保安省が仕組んだのだろう。
亡命。
それを実行した彼らは、西側に保護してもらう代わりとして、東ドイツの英雄としての立場と、薬物使用選手として国際オリンピック委員会からも締め出されるのだ。 亡命を決めた選手団の一部は、これまでのキャリアだけでなく選手生命と引退後のスポーツ関連職への就職の道を絶たれたのである。
ヨーロッパに帰る政府専用機。
大西洋の上空を進み行く。
その飛行機は白い雲海を越えて。
優しく太陽が白い翼を照らす。
二人の水の妖精を故国へと運びながら。
五輪金メダリストの彼女らには大統領であるヴィリー・シュトフ自ら黄色の祖国功労勲章が授与されるだろう。
栄誉である。
こうして新たな英雄が生まれ、それに憧れた子供達が彼女達に続くのだ。
二つのドイツ。
その意味を噛み締めながら。
~Die Undinen~ Schwarzesmarken 隻影のベルンハルト EXTRA
END