"砂ネズミの穴ぐら"外に出ると、辺りは夕焼けの赤い光に照らされていた。
「さすがに今からドーターに帰るのは厳しいかな?」
サジが流石に無理だよねという意味を込めてラムザに視線を向けると、
「エルムドア侯爵に無理をさせる訳にもいかない。今日はここで一夜を過ごそう」
とラムザが頷いたため、野営ができる場所を探すことにしたのだが、
「それなら、"砂ネズミの穴ぐら"を使えばいいんじゃないか?」
というディリータの提案に対して
「奴らの拠点を使うのか? オレは気が進まないが…」
あまり気が乗らない様子のアルガスだったが、
「だが、砂漠の夜は相当冷え込むぞ? 侯爵殿の身体も考えると、"砂ネズミの穴ぐら"で休んだ方がいいだろう」
「…アンタはそれで良いのかよ」
「あぁ、良いとも。ここは骸旅団の拠点だ。つまり、私が良いと言えば良いのだよ」
茶目っ気を交えてウィーグラフが言ったため、アルガスはため息をつくと、エルムドア侯爵に伺いを立てた。
「ハァ…。仕方がないか。侯爵様、また穴ぐらに戻りますがよろしいですか?」
「私は大丈夫だよ。すまないね、私が万全なら今日中にドーターまで行くこともできたのだろう?」
エルムドア侯爵はラムザではなく何故かサジに目線を向けてそう言出だした。
「…何故私に言うのですか?」
「ふふふ、勘だよ」
サジが面倒な事になりそうな予感を感じたが、エルムドア侯爵は笑うとそれ以上追及してくることはなかった。
"砂ネズミの穴ぐら"に戻ったラムザ達は使えそうな部屋と、拠点に残されている水や食料の確認をしていた。それが一段落して拠点の中の広間で各々が一休みしている時に、ウィーグラフがサジに話しかけた。
「サジ、君の国について聞きたいことがあるのだが」
「俺の国についてですか? …あっ」
そこでサジはアルガスと戯れていた時にした発言を思い出す。まぁウィーグラフだけに話すならいいかなと思っていたら、
「僕もサジの国については興味があるね」
「そういえば、サジはあまり自分の事を話して無いから俺も気になるな」
「貴族じゃないとかなんとか言ってたけど、本当のところはどうなんだよ」
ラムザ達が集まってきてしまった。
「ふむ。私も東国の話には興味があるよ。私が好んで使う刀も、東国で造られたものだと聞いているしね」
エルムドア侯爵まで興味津々なようだったので、サジは観念するのだった。
「はぁ…、わかりましたよ。それで、ウィーグラフさんは何を聞きたいんですか?」
「君の国の政治体系についてだ。貴族はもういないと言っていたが、それはどういうことなんだ?」
やはりというか、一番面倒な所を聞いてきたウィーグラフ。それに対してどう答えたものかとサジは考えた後、民主政治についての概要を説明した後、
「ただ、残念ながらイヴァリースにはまだ早いと思いますよ」
と付け加えた。
「何故だ! 君の国では実際に貴族ではなく民が中心となって国を治めているのだろう! 何故それが我が国では出来ないと言い切れるのだ!」
「出来ないとは言ってないです。まだ早いってだけですよ」
「だからそれは何故なのだ!」
予想通りにヒートアップするウィーグラフに対し、サジは静かに問いかける。
「イヴァリースって、識字率ってどれくらいあります?」
「何? それがどう関係するのだ?」
「…読み書きができる平民はそれほど多くは無いだろうね」
思わぬ問いかけにウィーグラフが困惑していると、エルムドア侯爵が答えた。それに対してサジは礼を言った後で言葉を続ける。
「まず大前提として平民のほぼ全員が文字を読み書きできることが必要なんですよ」
「…投票で代表者を選ぶのに、文字が読み書きできなければならないからか?」
「それも含めて、国民の全員が
「サジ、その
「どれくらいといわれると難しいなぁ。今話した内容とかは入ってくるんだけど…」
ウィーグラフとやり取りをしていると今度はラムザから質問が出てきたが、それに対してサジは困ったように首をかしげながら曖昧な返答をする。
サジがうーんと唸っていると、またエルムドア侯爵がサジに問いかける。
「つまり、君にとってはその教養は当たり前なものだということだね?」
「そうですね。専門的に学んだものではなくて、誰もが子供のころから受ける教育で身に着けるものですから」
「子供の頃からときたか。君の国は恐ろしいな」
エルムドア侯爵の予想外の反応に、サジは思わず聞き返す。
「恐ろしい…ですか?」
「あぁ、恐ろしいとも。君の国は子供を労働力とする必要が無く、教育を施す余裕があるということだからね」
それがどれほどイヴァリースと国力の差があるとか考えたくもないと首を振りながら言うエルムドア侯爵。それに続けて、
「一体君の国とイヴァリースではどれだけ文明の差があるのだろうね。100年では済まないだろうと思われるが」
そう意味深な笑みを浮かべてサジを見るのだった。どうやらエルムドア侯爵はサジが
「民が主導の体制を作るのには、途方もない時間が掛かるということか…」
そんなやり取りを聞いていたウィーグラフはエルムドア侯爵の発言をそう捉えたようで、先ほどまでの勢いから一転して力なく俯いていた。
「まぁ、そういうことですよ。革命の道も一歩から。一世代で成し遂げようだなんて無理無茶無謀ですよ」
「…私は間違っていたのか?」
「
「それは腐った貴族に正義の鉄槌を下すためだ」
「それは建前ですよね。実際に会って話してみて思ったけど、掲げた建前ほどウィーグラフさんは貴族を憎んでいるわけではないですよね。エルムドア侯爵にも丁寧な対応をしていますし」
ウィーグラフが結果的にはサジの言いたかった事を理解したようだったので、それに乗っかってこの場を乗り切ろうとするサジ。そのついでというわけでは無いが、ウィーグラフと会ってからずっと抱いていた違和感をサジはぶつけた。
「…エルムドア殿は腐った貴族などではないからだ。全ての貴族が悪いわけでは無いのは私もわかっているよ」
「そうでしょうね。だからこそ不思議だったんですよね」
「不思議とは、何がだ?」
「ウィーグラフさんが在野に居ることですよ」
サジのその言葉にウィーグラフは一瞬固まり、エルムドア侯爵はさらに笑みを深める。
「…骸騎士団は約束されていた報酬もなく解散させられたのだ。だから私はこうして骸騎士団を骸旅団と名前を変えて活動している」
「確かに、
「…何を根拠にそんな事を」
「ウィーグラフさんが50年戦争の英雄の一人として語られているからですね。50年戦争でイヴァリースは優秀な騎士を大勢失いました。そんな中で優秀だとわかっている人を遊ばせておくとは考えられないんですよ。ザルバッグ卿からの覚えも良かったですし、そう的外れな想像ではないと思うのですが」
サジがそこまで言うと、ウィーグラフは目を瞑り俯いてしまう。その様子に喉の奥を鳴らすようにエルムドア侯爵は笑うと、
「確かに、オルランドゥ伯などは惜しがっていたな」
とサジの想像が合っていると言外に言うのだった。
「もしかして、ザルバッグ兄さんも?」
「その可能性は高いと思うよ。実際に勧誘したかどうかはわからないけど、北天騎士団に欲しいとは思ってたかもね。そうじゃないと市井でもただの盗賊団と認識されてしまっている骸旅団を、義賊と言い切らないかなって」
「ザルバッグ卿の言う"義賊"とその評価は、骸旅団じゃなくてウィーグラフの事を言っていたって事か…」
未だ沈黙を貫くウィーグラフの周りで、ラムザとディリータもザルバッグ卿の発言を思い出す。
「何だよそれ。じゃあウィーグラフは正式に騎士と成れたのに骸旅団をやってたってことかよ!」
アルガスはそう言うと、わけわかんねぇと呟いた。そのアルガスの言葉に対して、
「私だけが騎士になるのでは駄目なのだ…」
とウィーグラフが絞り出すように答えるのだった。
「つまり、骸騎士団の人たちのために、骸旅団を立ち上げたんですね」
「…あぁ、そうだ。だが、掲げた理想も決して嘘ではない!」
サジの言ったことを肯定しつつも、骸旅団で掲げた理想も本当だと顔を上げてウィーグラフは反論した。
「その"理想"は、骸騎士団の団員が共鳴しやすいように変えてますよね。ウィーグラフさんの
ウィーグラフは、今度は反論できずに言葉に詰まってしまう。そして、
「…なら、私はどうすれば良かったのだ」
おそらく、骸旅団を立ち上げてから今まで一人で抱えていたであろう弱音を吐きだした。
「手の届く範囲だけをなんとかしようとすればよかったんですよ」
そんなウィーグラフに対してサジは自身の考えを伝える
「イヴァリース全土も広すぎますし、骸騎士団全部でもまだ広すぎです。国王にだってどうにもできなかったのだから、ウィーグラフさんがどうしようもなくても誰も責めないでしょう」
あっけらかんと言うサジにこの場の全員がギョッとした顔でサジを見る。ウィーグラフはともかく、ラムザ達やエルムドア侯爵にまで同じ表情をされたためサジは何事かと考えた後、
「…もしかして、今のって不敬罪になります?」
と震える声でその場の全員に聞いた。
「あー…、その、な。この場に居るのはウィーグラフを除いて一応国王陛下に仕えている立場だからな」
頭を掻きながらディリータがそう告げると、サジは無言でどこからともなく立派な赤身のブロック肉を取り出して
「どうか、どうかこれで内密にしていただけませんでしょうか」
と腰を90度に曲げた見事なお辞儀で差し出すのだった。
「思いっきり賄賂じゃねぇか! しかもそれが肉って!」
「…それはもしかして、ベヒーモスの肉かね」
アルガスがサジの行動に思いっきり突っ込んだが、エルムドア侯爵はサジの差し出した肉の正体に気が付く。
「ベヒーモスの肉って超高級品じゃないか!」
「なんでそんな肉をこんな新鮮な状態で…って、もしかして時魔法か?」
「見ただけでわかるとは、流石ですね。ディリータの言う通り時魔法で保存しているので品質は保証します。なので、これでどうかご勘弁を」
ラムザは驚き、ディリータは一周回って冷静に推察している中、サジは平身低頭のまま重ねてお願いをしていた。そんな中、今まで黙っていたウィーグラフが突然笑い出した。
「ハッハッハッハ! そうだな、国王ですら解決できなかったものが私一人でどうにかできるはずもなかったな」
そう言うとまたしばらくウィーグラフは笑った後、
「未だに私を信じてついてきてくれた者には怒られるかもしれないが、活動を変えるべきなのだろうな」
そう晴れやかな顔で言うのだった。
「いや、今は俺の首が斬られるか否かの瀬戸際なんですが!」
「サジ殿。私はしばらく監禁されていたためか、恥ずかしながらとてもお腹が空いていてね。満足するまで食べられれば先ほどの発言は空腹が満たされた満足感で忘れてしまうかもしれないな」
「私めの持つ在庫の限りベヒーモステーキを提供させていただきます! エルムドア侯爵様!」
あまりにも現金な態度のサジにエルムドア侯爵は愉快そうに笑い、ウィーグラフは苦笑し、ラムザ達は呆れながらも夕食の支度へと動いていくのだった。
その日の"砂ネズミの穴倉"での夕食は、ヤケになったサジが出血大サービスだとばかりにベヒーモステーキを大量に用意したため豪勢な食事となり、翌日にサジは大事に少しづつ食べようと思っていたベヒーモステーキを想い涙するのだが、それはどうでも良い話である。
ここでは、ウィーグラフの制御が効いている骸旅団はザルバッグ卿の言う通り義賊としてしか活動していないとします。ザルバッグ卿の情報収集能力は優秀なのです。
FFT原作は想像の余地が多く残されているので、独自の解釈が多くなってきておりますがご容赦ください…