イグーロス城に着いたラムザ達に待っていたのは、サジが予想した通りダイスダーグ卿からの叱責だった。
「…いったい、どういうことだ? 何故、ゼクラス砂漠へ行ったのだ?」
「…申し訳ありません」
「それではわからん。理由を説明しろと言っている…」
「…貿易都市ドーターで骸旅団とエルムドア侯爵の姿を見たとの情報を得たので、救出するために向かいました」
事前に何を聞かれるのかを想定していたこともあり、ダイスダーグに気圧されはいるもののしっかりとラムザは返答する。ちなみに、返答内容について当初は正直にザルバッグから言われたことをそのままラムザは言おうとしていたが、サジがそれだとザルバッグ卿に責任を擦り付けるような言い方になるからダイスダーグ卿を怒らせるかもしれないと懸念を伝えた上で、
始めは嘘をつくことにラムザは抵抗していたが、サジより本当の事はザルバッグ卿から聞いているはずだからダイスダーグ卿から求められるのは軍を率いる一人の将としての姿だと説得され、さらに命令違反の責をリーダーである自身が負う姿勢を見せた方が良い筈だと言われて最終的には納得してこのような返答となった。
「…皆が勝手気ままに振る舞うとしたら何のために“法”が存在するのだ? 我々ベオルブ家の人間は“法”を順守する尊さを騎士の規範として示さねばならぬ。ベオルブの名を汚すつもりかッ?」
「…すみません、兄さん」
台詞の最後の語気を強めてラムザを叱責するダイスダーグ。そのダイスダーグの声が聞こえたのが合図となったのか、
「もう、よいではないか、ダイスダーグ」
そう言いながら、イグーロス城の主にしてイヴァリースの王妃の兄であるラーグ公爵がダイスダーグ卿の執務室へと入ってきた。ラムザとディリータ、サジはすぐに膝をつき、その様子を見て入室してきた人物がどのような立場の人間か察したアルガスも遅れて膝をついてラーグ公を迎えた。
「侯爵を救出した功績は大きい。そう目くじらを立てなくともよい。功をあせる若い戦士たちの気持ちもわかるというもの。かつては、我らもそうであった」
鷹揚とした態度でダイスダーグに話しかけるラーグ公に対して、ダイスダーグは苦い顔をしながら
「…甘やかされては他の者たちに対してけじめがつきませぬぞ、ラーグ閣下」
と言うものの、ラーグ公は笑うだけだったため、ダイスダーグはため息をつくとそれ以上言葉を重ねることは無かった。どうやら、"お叱り"は
「そなたがダイスダーグの弟か。…楽にしてよいぞ。なるほど、亡きバルバネス将軍にそっくりだな…。よい、面構えだ。まずは、エルムドア侯爵救出についての報告をしてもらおうか」
そのようにラーグ公より促されたため、ラムザはエルムドア侯爵救出の顛末を報告し始めた。報告の中でまず突っ込まれたのは、その進軍速度だった。
「ガリランドからドーターまでを一日でか? …確かに、お前たちがイグーロスを出て行ってから帰還するまでの日数から換算すればそうなるのだが」
「ふむ…。斥候を走らせたのならそれくらいでも走破できようが、小規模とはいえ軍団でその速度となるとな…」
ダイスダーグとラーグ公が疑問を示す中、ラムザはサジの魔法で素早い進軍ができたことを語った。サジは正直に言ってしまったラムザにチベットスナギツネのようなジト目を送りたい気持ちでいっぱいだったが、状況が状況なのでラムザの方を少し見るだけで留めていた。
「ヘイストとレビテトの併用か、確かにそれなら足場の悪い地形でも走破は可能か。だが…」
「何か引っかかるのか、ダイスダーグよ」
「レビテトを集団に掛ける魔法、レビテガだったか。そのような魔法は聞いたことが無いのだが…」
「文武両道、ルーンナイト*1の称号を持つダイスダーグでも知らない魔法か…」
ここでダイスダーグが魔法にも精通していることが災いし、ついにサジの魔法に疑問を持たれてしまう。だが、その直後にサジが実演して見せたことと、集団に掛ける魔法が無いとされていただけで浮遊を付与する魔法『レビテト』は存在していたため、この場を乗りきることに成功する。尤も、ダイスダーグはもちろんラーグ公にもサジは名前を覚えられる羽目になってしまったのだが。
それからも、問題は続く。ドーターに着いてからは骸旅団団長のウィーグラフと行動を共にしているからだ。今度は流石にラムザも正直に話していいか迷ったらしく、サジに視線を向けてきた。それと同時にディリータとアルガスもサジに目線を向けてきたため、サジは俺が判断するのかと困惑しながらも、ラムザに話してしまえと合図した。その結果、
「何っ! ウィーグラフがエルムドア侯爵救出のために単独で動いていただとッ!」
「はっはっは。これは弟君が
「笑いごとではないですぞ、閣下」
「弟君のおかげでベオルブも、そして北天騎士団の面目を保つことができたのだから良いではないか」
暢気そうに笑うラーグ公に、頭を抱えて唸るダイスダーグ。その様子にサジは悩め、もっと悩め、そしてちょっと禿げろと邪念を送っていた。
その後は、"砂ネズミの穴ぐら"に殴り込みをかけたことや、アルガスがギュスタヴを討ち仇を取ったこと、そしてエルムドア侯爵を救出してイグーロスまで帰還したことをラムザは語ったのだが、
「監禁されていたというが、エルムドア侯爵は随分と、その、元気なようだったな」
そうダイスダーグは言葉を濁しながら尋ねた。ダイスダーグが言葉を濁したのも無理はない。イグーロス城にたどり着いたとき、エルムドア侯爵の鎧には返り血がついており、その癖侯爵本人はいたって無傷で機嫌良さそうに腰の刀をチャキチャキさせていたのだ。正直ちょっと引く光景である。
「それは…、その…」
ラムザもどう説明したものかと考えた末、エルムドア侯爵がマンダリア平原でモンスター相手に
「ほぅ、ベヒーモスの肉…か」
「あれは私でも中々お目にかかれない代物だからな。肉のために北天騎士団に犠牲者を出すわけにもいくまい」
案の定興味を示してしまうダイスダーグとラーグ公に対し、サジは状況などもはや知った事かとラムザをジト目で睨む。ラムザは冷や汗をかきながらしれっとサジから視線をそらしていたが、
「それだけ豪勢に振舞ってしまったということは、流石にもうベヒーモスの肉は残ったりはせぬか?」
言外にまだベヒーモスの肉の在庫は無いかと聞いてくるラーグ公と、そんなラーグ公に呆れたように目線を向けるダイスダーグ。後でラムザを絶対に〆るとサジは心に誓いながらも、あの日と同じようにベヒーモスのブロック肉を取り出して
「今出せるのはこれだけです。これ以上となると、またベヒーモス狩りに出かけなくてはなりません」
そう宣言しつつ、ダイスダーグの机の空きスペースに置くのだった*3。
「おぉ、これはまさしくベヒーモスの…!」
「サジ殿、…閣下がすまない」
「いえ、後ほどご賞味ください…」
目を輝かせて喜ぶラーグ公に対して、眉間を抑えながらサジに謝るダイスダーグ。そのダイスダーグの姿に、自分が攻めるまでもなく胃痛枠だったのかと若干の憐憫の情を抱くサジなのであった。
そして、ラムザによる報告が終わったところでラーグ公がダイスダーグに目線で合図をすると、
「…骸旅団せん滅作戦も大詰めだ。今回の件で実力は十分だと考え、おまえたちの参加を許そう。いくつかの盗賊どものアジトを一斉に襲撃する。そのひとつをおまえたちに任そう」
そうラムザ達に次の命令を下すのだった。
ラムザ達が退室した後、
「申し訳ありませぬ」
とダイスダーグはラーグ公に謝罪する。
「気にするな、ダイスダーグ。所詮、ギュスタヴもその程度の男だったということだ。侯爵誘拐がガリオンヌ領で行われた時点で、計画変更は避けようがなかったのだ…」
どうやら、エルムドア侯爵誘拐は本当にダイスダーグが仕組んだ事件のようだった。
「しかし、ウィーグラフが侯爵救出に向かっていたとは。ザルバッグがやけに肩を持つような事を言うと思っていたが、あ奴の
「あと少しでも行動が遅れていたら、計画は破綻どころではなかった。だが、結果として、貴公の弟君の行動が我々を救ってくれた。侯爵も命を助けたこちらの要求に対して妥協しないわけにはいくまい。だが…」
「…何か気になることでも?」
ラーグ公が言いよどんだため、ダイスダーグが問いかける。その口調は今は二人きりだけのせいか、主君と家臣といったものではなく、幼馴染の友人としてのものになっていた。
「サジと名乗ったあの青年がな…」
「あれなら、特に問題は無いだろう。野心は感じられぬし、その性根もお人よしの類だろう」
「だが、
今回のラムザの対応について、ダイスダーグもラーグ公も違和感を感じていた。叱責された時に彼らの予想よりもずっと
「そなたの弟君に
ラーグ公からすると、善良で欲が無さそうに見える人間だからこそサジに警戒していた。欲で動く人間はある意味わかりやすく、その行動を誘導することも簡単だ。だが、そうでない場合は何で
「…あのサジという青年がラムザに悪影響を及ぼすようなら考えよう。だが、今のところラムザの成長に貢献こそしているが、問題を起こしたわけでもないからな」
だが、ダイスダーグはラーグ公の懸念を言外に切り捨てた。そんなダイスダーグに対してラーグ公は苦笑しながら、
「そなたは相変わらず身内には甘いな」
「何を言う。ラムザを甘やかしているのはおまえの方だろう…」
「そのしかめっ面でごまかしているが、私にはお見通しだ。私はそなたの幼馴染で友なのだからな」
険しい表情で否定するダイスダーグに対して、ウィンクしながら返すラーグ公。そんな様子の幼馴染の友人にこれ以上何を言っても無駄だと判断したダイスダーグは
「サジについてはラムザのもとを去った時に、その後動向を逐一追うことにする。あ奴を野放しにしたままにするのは危険だというのは私も同意見だ。それでいいな?」
「ふふふ、わかったわかった。それでよい」
そうサジの扱いについて結論を出した。ラーグ公は、ラムザが気に入っているようだから引き離そうとせず様子見に徹しようとしているダイスダーグの内心を理解しつつもそれ以上踏み込むような事はせずに、笑いながら返答した。
そんなラーグ公に対して気恥ずかしいものを感じたのか、ダイスダーグは一つ咳ばらいをしてから話題を変えた。
「何にせよ、国王の命もあとわずか。事を急がねば…」
「ああ、期待しているとも。我が友よ」
たとえどんな策謀を練っていようとも、彼らもまた血の通った人間ということなのだろう。