ジークデン砦にたどり着いたゴラグロスは焦っていた。
「"南天"からの連絡はまだか!」
「ベオルブ襲撃が成功してすぐに人を送ったのですが、返答は未だに来ません…」
「クソッ…」
当初は、ウィーグラフが既に起こしてしまった
だが、全てはタイミングが悪かった。貴族との交渉などしないと思っていたウィーグラフはいつの間にか北天騎士団の長であるベオルブ家と渡りをつけていたのだ。尤も、それは計画的なものではなく、偶然できた縁だったようだが。
仮にウィーグラフがベオルブ家と話をつけて北天騎士団からの討伐を回避したとしても、既にベオルブを襲撃してしまった自分たちが助かる保証はどこにもない。ならば自分についてきた者たちだけで南天騎士団入りを果たそうとゴラグロスは考えたのだが、南天騎士団から来るはずの連絡がまだ来ないのだ。
「まさか、オレ達は見捨てられたのか…? いや、そんなはずはない。オレはギュスタヴとは違う、違うんだ…!」
ゴラグロスの頭に、南天騎士団から
そんなゴラグロスに、さらなる凶報が届く。
「ゴラグロス! 大変なことになったぞ!」
「何があった!?」
「正面に陣取っている北天騎士団の中に、エルムドア侯爵が居る!」
「馬鹿なッ!? 侯爵は"黒獅子"側の貴族だろう! それが何故北天騎士団に手を貸して…」
そこまで言ったところで、ゴラグロスはエルムドア侯爵がイグーロスに居る理由を思い出した。
「…クソッ! ギュスタヴのせいかッ! 何もかも奴のせいじゃないか、畜生めッ!!」
そもそも自分が窮地に陥っている理由もギュスタヴのせいだとゴラグロスは吐き捨てる。ギュスタヴが侯爵誘拐などしなければ、ウィーグラフがベオルブの坊ちゃんと会う事も無かっただろう。そうなれば、ウィーグラフも自分の策に乗るはずだったのにと今は亡き元副団長に恨みを募らせるが、そんなことをしていても状況は改善されない。
ゴラグロスが唸っていると、別の団員がゴラグロスのもとにやってきた。その団員は南天騎士団との連絡役として送り出していた者だったのだが、その表情は沈んだものだった。
「ゴラグロス。俺たちは南天騎士団に見捨てられたようだ」
「…どういうことだ?」
「"取引場所"の南天騎士団の詰所が既に引き払われた後だった。それも一日や二日前とかじゃない。もっと前にだ!」
「何!? ということは」
「あぁ。"取引"をした後、すぐに引き払ったんだろう。南天騎士団の奴ら、最初っから俺たちを捨て駒にする気だったんだッ!」
「~~~~~ッ!!! 貴族のクソ共があぁぁ!!!!!」
連絡役からの報告に、ゴラグロスの怒りの慟哭を上げるしかなかった。そんなジークデン砦の外では雪がただ静かに、しんしんと降っていた…
一方その頃、ジークデン砦前の北天騎士団の陣地にある作戦指令室用の天幕では、一人の北天騎士団の騎士がザルバッグに報告をしていた。
「ふむ…。奴らに
「はっ! 先日ダイスダーグ卿を襲ったゴラグロスの姿は確認できましたが、そこに奴らの団長の姿はありませんでした」
「…ティータは、人質となった娘の姿はあったか?」
「いいえ、砦に入っていったのは全員男でした」
「わかった。下がって良いぞ」
その言葉を受けて、一礼して去っていく騎士。その騎士が天幕の外へ消えていったところで、同じ天幕の中に居たエルムドアは笑みを深めた。
「やはり、ウィーグラフ殿は居なかったようだね」
「はい、そのようです、侯爵殿」
「ふふっ、そうかしこまらなくても良い。今の私はザルバッグ殿の指揮下にあるのだからね」
「そうは言われましても…」
どうやら、ザルバッグはエルムドア侯爵の扱いに困っているようだった。それもそのはずである。ベオルブは"伯爵"なのに対してエルムドアは"侯爵"、つまり家の格はエルムドアの方が上なのだ。それに加えて、ザルバッグはベオルブ家の次男である。北天騎士団の団長であり、平時は王家の近衛騎士団長も務めているザルバッグではあるが、エルムドアの方が様々な要素を鑑みても格が上の貴族となる。フランクな面もあるものの、基本的には真面目なザルバッグがエルムドアを相手にかしこまるなという方が無理な話だ。
だが、当のエルムドアはあまりそのあたりに頓着しない性格なようで、ザルバッグに対して気さくな態度を取っていた。
「おや、そう壁を作られるのは悲しいな。先の戦争では戦場を共にした戦友でもあるというのに」
そうわざとらしく悲しそうな素振を見せるエルムドアに対してザルバッグはため息をつくと、
「…わかった。だが、ある程度はご容赦いただきたい」
とあきらめたようにエルムドアに返答するのだった。その返答にエルムドアは満足したようで、話題が別の物に移る。
「しかし、ゴラグロスがウィーグラフの元から
そう語るエルムドアだったが、依然として笑みを浮かべたままだった。
「何か心当たりが?」
「無いわけでも無い。といっても普通ではあり得ない事ではあるのだが…」
ザルバッグに問われて言いよどむエルムドアだったが、その表情はどこか楽し気だ。
「普通ではあり得ない…? まさか! ラムザ達は3日前にイグーロスを出発したのですよ!? ジークデン砦に裏から回るルートなら5日か…どんなに早くても4日は掛かるはずだ!」
「それができるのだよ。彼らにはな。正確には"彼"が、か」
「"彼"? …サジの事か! 確かに、報告ではドーターまでの行程も通常の半分にしていたようだし、可能ではあるのか…? しかし、今回は平地ではなく丘を越えねばならんのだぞ!?」
「それをどんな
さすがにラムザ達がウィーグラフの居る場所にたどり着いたというのはあり得ないと否定するザルバッグだったが、エルムドアはそうは思っていないらしい。実に楽しそうに喉の奥で笑うエルムドアを見て、エルムドアの側仕えをしているアルガスは侯爵様が元気なのは良い事だとどこか他人事のように遠い目をしているのだった。…胃痛枠が増える日は近いのかもしれない。仲間が増えるぞ、やったなディリータ。
「もしそうなら、ティータはラムザ達が既に救出したということだな。それならば良いが…」
「おや、あまり嬉しそうでは無いな、ザルバッグ殿」
「意地悪を言わないで下さい、エルムドア殿。ティータの姿をこの目で見るまで安心できぬのだ…」
「最悪の場合、彼女は諦めるつもりだったというのにか?」
「それが貴族として、そして北天騎士団団長としての私の務めですから。だが、ティータは
そう言うザルバッグの声色から、ティータの身を本当に案じている事を感じ取ったエルムドアはそれ以上ザルバッグを揶揄うことを止めた。その後はジークデン砦に詰めている骸旅団の人数の予想や、攻め込む場合の騎士の配置や侵入経路などの確認から当日の部隊運用等の話に移行し、夜は更けていった。
そして翌朝、多くの人間の運命が変わる一日がやってくる。
エルムドア侯爵視点だと、当初はベオルブ及びラーグ公は警戒対象でもありました。自身が骸旅団に襲われた時の状況もそうですし、ギュスタヴも侯爵誘拐後に侯爵の前でちょいちょい口を滑らせていましたので。
ですが、ベオルブ邸が骸旅団によって襲撃されダイスダーグが重傷を負ったことで、エルムドア侯爵の中でベオルブ&ラーグが黒に近いグレーから白確定になったため、遠慮なく恩返しのために行動を開始してしまったというわけです。
本当は黒なんですが、時の巡りあわせのおかげで疑いが晴れてしまったダイスダーグは強運ですね…