エタらんぞウチは!
血はその者がその者たる根源である。
そして心にも、血は通っている。
* *
「これは思ったより大事だな」
「先生から急に連絡が来てこれですものね」
マンションの屋上で、転弧と百が一部崩壊してしまっている折寺中学校を眺める。
遡ることおよそ三十分前。転弧へ一本の電話が入った。その相手は”先生”。
彼には珍しく焦った様子で声を荒げていた。
『緑谷出久と渡我被身子は今どこにいる?!』
「急にどうしたよセンセー」
『いいから答えろ!』
「耳が……っ」
開口一番スマホから漏れるほどの声で先生は叫ぶ。大声に思わず耳を離す転弧の手から百が、ぱしりとスマホをひったくる。
「失礼しますわ」
「あ、おい」
「失礼と言いました。——先生、ご無沙汰しております八百万ですわ。お二人は今おそらく学校です。どうかなされましたの?」
『ヤツらの次の狙いは折寺だと判明した。そして緑谷からの次は学校という情報を合わせて、目標が折寺中学であることが高確率で予想される。そして先のテロだ。犯人たちの目的が異能持ちを殺すことだとすれば——』
「ガキ二人が危ないってことかよ」
耳をやられていた転弧が言葉を繋ぐ。百がそちらへ目を向ければ、彼は既に外出の準備を半ばまで完了していた。
「シューイチと飛田は口田の保護。八百万は俺と来い、折寺中に向かう」
「わかったよ」
「承った」
「わ、わかりましたわ」
与えられた指示にそれぞれ頷き、転弧は百からスマホを取り返してスピーカーモードに切り替える。
「センセー。今わかっているだけの敵の情報を」
『ああ。犯人はおそらく二名。瑠彦の現場付近でそれらしい姿の目撃情報があった。身長四メートル程の大男と、性別はわからないがおそらく中高生と思われる。目撃者はその異常さに見間違いだと思って警察に言っていなかったらしい』
「仕方のない……ことでしょうね」
「そうだ。言ってても仕方ねぇからとっとと動くぞお前ら」
そうして折寺へとやって来た転弧と百は、
「緑谷さん、戦ってますわね。なんでしょうかあの大きな化け物は」
「知らんが大方そいつだろうよ。警察襲ってヘドロも殺したのは」
双眼鏡を手にした百が感慨もなく言い、転弧も同様に話す。
そこに危機感はなく、ただ日常風景を眺めているだけの光景が存在していた。
「参ったな。異能持ちがいるとは踏んでたが搦手がすぎる。近付くどころか近付く気も湧いてこねぇ」
「異能の影響を受けているのを知覚できている私たちですらこの有り様。普通の方々が影響を受けたなら、たしかにあのテロの不可解な状況も理解できますわね」
言いながらもただ現場を遠目から眺め立ち尽くす二人が動く気配は、微塵も感じられなかった。
* *
まず私の目に飛び込んできたのは、校舎の外に溢れている生徒たちだった。
昼休みもあと僅かなこのタイミング。その光景が普通でないことはすぐにわかった。
ただ分からない。そこにいる生徒たちは特に何か気にするわけでもなく会話に興じたり、本を読んだりと思い思いに過ごしている。
そもそも放課後でもないのに校門付近に生徒がたむろする状況など通常あるだろうか。
気味悪さを感じながらも、学校に入らなきゃ始まらない。
そう思って校門を跨ぐ——ことが出来なかった。
踏み出したはずの右足は、左に揃えられて私は校門の前に立っている。
「……あれ?」
確かに私は足を踏み出したはずだ。
それとも学校に行きたくない思いから無意識に足を下ろした?
疑問に思いながらも、もう一度校門へ足を踏み出す。
「えっ」
気付けば再び足は揃えられて。挙句身体は校門を背にして反対を向いていた。
なんだこれ。
全く身に覚えがない。確かに足を踏み出したはずなのに。
そこで違和感を感じた。
そもそも、だ。
「誰も、私を見ていない……?」
少なくとも近くでこんなおかしな行動をとっている人がいれば、誰かしら気付くはずだし、それが生徒なら声を掛けてきたっておかしくない。
考えたところで、知った顔を見つけた。同じクラスの回原くん……だったかな。彼がちょうど近くまで歩いてきた。
どういう状況か聞くために、校門を隔てて声を掛ける。
「回原くん、こんにちは。どうしてみんなこんなところにいるんです?」
「…………」
「回原くん?トガです!おーい。無視?無視ですか?!回原くん!!」
「…………」
「行っちゃいました……」
人混みの中に消えていく回原くん。彼は私の声に何の反応もしてはくれなかった。まるで
そう思った瞬間、ドガン!!という明らかに何かが爆発したような音が学校から聞こえてきた。音がした方向へ目を向ければ校舎の奥の棟、グラウンド側の方から灰色の煙が上がっている。
明らかな非常事態。にも関わらず、目の前の皆は特に気にした素振りを見せない。
複数の異常が同時に起こっている。
そんな悪夢じみたことが現実に起こっているなんてそんなこと——ありえる。
「まさか……異能?それにあの爆発。学校……」
“次は学校だと言いました”
ふと思い出した文面。
テロ事件、異能、学校そして……
「——イズクくん……ッ?!」
急いで校門の反対側。グラウンドへと走る。
着いた先、グラウンドを囲う柵の外から煙の発生源の校舎を見れば、そこは抉られたように破壊されていた。そこはたしかイズクくんの教室があるあたり。
まさかと思い現場を注視した時、何かに薙ぎ払われるように煙が晴れた。
そこから見えたのは何かを振り回して轟音を上げる巨大な影と、その周りを舞う紫の炎。それは記憶に新しく、眼に脳裏に灼き付いた輝き。すぐにわかった。
イズクくんが戦っている。
たったひとりで、戦っている。
「行かなきゃ」
スピナーさん仕込みのパルクールを使って柵を飛び越える。
そして気付けば元の位置。
もう一度跳ぶ。柵は越えられない。
跳ぶ。戻る。跳ぶ。戻る。跳ぶ。戻る。戻っている。戻されている。
何度繰り返しても、越えられない。
繰り返すうちに柵を越えなければという感情が薄れていく。
イズクくんの元へ向かわなければという想いが薄れていく。
そんなことありえない。
分かっている。これは異能による妨害だ。
力のない私には越えられない。超えられない。
なら。超えられるだけのチカラを、異能を。私も掴めばいい。
——あの時感じたドロリとしたものが心の中で脈打った。
想い人からの思いを踏み躙ってまで普通を捨てたいか?
志村さんの言葉が脳裏をよぎる。
でも、イズクくんが危ない。私が守るって決めたんだから。
だから行かないと。
——心の中で蠢くそれが徐々に溢れ出す。
緑谷が望んでるのはお前の平穏じゃないのか?
わかってる。わかってるそんなこと。
彼は優しい人だから。私を巻き込みたいなんて微塵も思うわけがない。
でも、彼は今ひとりで傷付いてる。
——私の中のバケモノは徐々に私を侵していく。
いつかお前は吠えたな。緑谷を守ると、独りにしないと。でも現実はどうだ。異能に覚醒すればあいつを守れると?その力があいつの心を傷付けないと?この非日常の中でお前が死んだらアイツは独りだぞ。お前が望むのはそんな未来か?お前のエゴで緑谷を独りにするつもりか?
わかってる。彼の心はきっと傷付いてしまう。私が傷付けてしまう。
そうなったら彼は彼自身を、私は私自身を許せないだろう。
——バケモノは叫ぶ。彼は私のものなのに。
隣に立ちたいと思うのも、守りたいと思うのも自由だよ。だがね、その先に待ち受ける未来を果たして緑谷は望むかな
わかってる。そんな未来、イズクくんはこれっぽっちも望んでない。
『そうだね。でも私は、トガは
バケモノが、私に語りかけた。
「嘘、ウソです。トガが、私がそんな」
『あのとき私は何を思った?何を願った?』
「それは……っ」
『独り占め、したいんだよね?イズクくん。守るだなんて真っ赤な嘘。彼の一番近くで独占したいだけ』
「違います!私は——!』
『血』
そのたった一言。一文字で私は凍りついた。
やめて。その先を言わないで。言わないでよ
『彼が傷付けられて血を流したら、私だけのものじゃなくなるもんね。心だってそう。彼が傷付いたときのボロボロになった心だって独り占めしたい。痛そうな顔、笑った顔、苦しそうな顔、楽しそうな顔、悩んでるときの顔、怒ったときの顔、何もかもぜぇんぶカァイイもんね。昔見た血、キレイだったよね。飲みたくなったよね。全部全部ぜぇんぶ私のものにしたい。私どうなっちゃうんだろう、だっけ?決まってます。イズクくんの全部を私のものにして、最後は緑谷出久くんに成るんですよ!最高ですよね!それが
「違う!違います!!そんな……そんな酷いこと!好きな人に、大好きなのに!するわけがありません!」
『何も違わない。そう言うのはイズクくんが
「あ、あぁ……」
私は私の
信じたくない。だけど、言葉の上でしか私は
志村さんの言った通りだ。私は
好き好んでなったと思っているのか?なるわけがない。こんなの私であるわけがない。あってほしくなんかない。
——あぁ、それが異能というものか。
肥大化した自我の、精神のバケモノ。
それに呑まれたときに人は異能を発現する。
『ね?だから、行こ?彼のところへ。彼を
優しく微笑む
その手を取れば、私は楽になれるの?イズクくんとずっと一緒に居られるの?
私が。渡我被身子が望んだこと。
バケモノの手を取って、イズクくんの隣にずっと居る。
そうして最後には
だから、私はその手を取ろうとして。
——だからヒミコちゃんは自分を傷付けないで。
寸前で止めた。
『どうしたの?一緒に行こうよ』
「そうですよね……。うん。思い出しました」
『一体何を言ってるんですか』
「私が傷付くのを、彼は望んでない」
『それがなんだっていうんですか』
「分からない?アナタは私なのに』
『だから何を——』
「
『…………は』
気が付けば目の前のバケモノは涙を流していた。
いや、違う。バケモノの皮を被った
「ごめんね。ずっと気付いてあげられなくて。確かにアナタは私なのに。私はイズクくんを言い訳にして、ずっとアナタを見ないフリして閉じ込めてた。ホントは知ってたんです。私が、渡我被身子がそういう異常者だなんて。だけど彼が助けてくれた。それが眩しくて、私は私を見る目を閉じてしまったんです」
『うん。……うん』
「イズクくんを独りにしないだなんて。私はアナタを独りぼっちにしてしまったのに。
『そう、ですよ。バカ……』
泣きながら笑う私。その笑顔はかつて抑え込んだ幼い日の私だ。
だから私は彼女を優しく抱きしめた。
精一杯のごめんねと、ありったけのありがとうを込めて。
「うん。アナタは私で私はアナタ。イズクくんに見捨てられたくない孤独な私も、イズクくんになりたいほど欲深な私も。どっちも正しく渡我被身子だから。どっちも緑谷出久くんに救けてもらって、救けたいと願う渡我被身子だから」
『そうです。今更気付くなんて、ホント私はダメダメですね。だから、私が助けてあげます』
「でも、そうしたらアナタが消えちゃうんじゃ」
『大丈夫。確かにこの私は消えるだろうけど、アナタの心の大事なところに還るだけ。アナタが彼にそうしてあげたいように、私もアナタを独りにさせたりなんてしないから。ほら、泣かないで』
いつの間にか私も泣いていて、それを彼女は優しく拭ってくれた。
そして私の肩を優しく掴んで真っ直ぐ目を合わせてくる。
『ねぇ、お姫様に憧れてたよね私』
「……うん。でも——」
『でも守ってもらうだけのお姫様なんて真っ平ごめんです』
「!」
『じゃあ、聞くよ?
「お姫様にだってなりたい。だけど、イズクくんのことを守る騎士様にだって、彼を白馬で迎えにいく王子様にだってなりたい』
『うん!私は、私たちは何にだってなれる!なりたい自分に成れる!だってそれが』
——
「行こう“
何度でも言おう!
魚津はライブ感で書いている!
ので、評価感想等もドシドシ受け止める覚悟です!ライブ感だから!
ライブ感といえばGWに出る舞台の稽古、セリフが全然覚えられなくなってきて齢を感じるようになりました!悲しいね!
疲れた魚津がわけのわからない宣伝をぶちまけてるのでぜひマイページからXも覗いてみてね!!