後ろはみないで駆けるんだ!!
というわけで14話、よろしくお願いします!!
結果だけを言うならば。
出久と被身子は最悪の未来を回避することができた。
それは咄嗟の判断。
出久は両手を前へ出し紫炎を集中させ、迫る死の刃を受け止めた。紫炎により赤熱する刃の直撃こそ防げたが、物理的な衝撃を殺すには余りある暴力。背後には無防備な被身子。極限状態で出久は思考する過程を飛ばして、紫炎を操る。
前に集中させた紫炎を爆発させ、ほんの一瞬 能無の刃を押し返す。瞬間、身体を反転。被身子を抱き締めて自らの背中に紫炎を集中展開し、その背で攻撃を受ける寸前に自ら前に跳び、更に再び紫炎を爆発させて能無の攻撃の威力を殺し、吹き飛ぶ形で空へと脱出した。
痛みに顔を歪ませながらも紫炎の爆破を駆使して、被身子を抱えたままグラウンドへと着地した。
崩れ落ちそうな膝に鞭を打って立つ二人。
この一撃で二人の身体には大きなダメージが入った。出久は全身に火傷、打撲、骨折などの重傷。被身子は出久が庇ったとはいえ、何本かの骨にヒビが入っている。差はあるものの共通しているのは、立っているのがやっとな状態であることだ。
出久は、先程まで二人がいた教室の方に向き直って、被身子の名を呼び問い掛けた。
「被身子ちゃん。まだ、戦える?」
それは守るべき対象への言葉ではなく、共に戦う“仲間”に対する言葉だった。
その問い掛けに、被身子は喜びを感じた。出久からの”仲間”としての信頼が嬉しかった。
身体中を痛みが走り回る。今すぐにでも意識を手放したいほどの激痛。人生で初めての大怪我。しかし目の前の彼はそれ以上の怪我で、未だ敵を見据え、戦う意思を示している。その上で自分を頼ってくれているのだ。答えは当然決まっている。意思を示すべく、被身子は声を絞り出す。
「もちろんです。まだ、戦えます……!」
手首から真紅が再び溢れる。しかし、先程までと比べるとその総量は目に見えて減っていた。
出久の纏う紫炎も、明らかに弱々しくなっている。
それでもここで立ち向かわなければ、戦わなければより多くの人が死ぬ。
絶望が再び舞い降りた。
文字通り、飛んできた能無は轟音と共にグラウンドへ着地。砂埃を上げながら咆哮する。
「GrrrrrrrrrrrAhhhhhhhhhhhh!!」
「来るよ!」
「っはい!」
再び、赤熱する暴風域が吹き荒ぶ。
精彩こそ欠いているものの、一振り一振りが必殺。掠めるだけでも致命傷になりうるそれを必死に回避する。
刃が抉ったグラウンドのあちこちが日光を反射してキラキラと輝く。超高温の刃によって溶けた砂がガラスとなっているのだ。これにより、地面を転がるようにして回避をするにも全身に切り傷が出来る環境が形成されてしまった。
つい先程まで優勢に傾いていた天秤は、既に壊れんばかりの重さで能無側へ振れている。
被身子が辛うじて、真紅で構築した弓で矢を放つ。
出久が紫炎で推進力を増した拳で殴る。
しかし、狂乱状態となっている
腕のたった一振りで空気は唸り裂かれ、地面は抉り捲られる。それが能無の巨躯、一挙手一投足から放たれる脅威。グラウンドに降り立ってからほんの数分で、辺りの景色はがらりと変えられてしまった。
ほんの指先が掠める程度で瞬く間に致命傷なそれを、出久は至近距離で紙一重に躱し続ける。わずかに狙いが逸れれば出久に刺さる緊張の中で被身子は矢を射る。
もはや気合いのみで行使されている二人の偉業は、果たして終わりを迎える。
キッカケは被身子の集中がほんの僅かコンマ以下の時間途切れたこと。そのズレが想定外に、矢を出久の後頭部に運んだ。それに気付いた出久は驚異的な反応で飛来した矢を躱わす。しかし瞬間、能無から意識が逸れたことにより次の回避に一瞬遅れが生じて、能無の刃が出久の胸元を掠めた。冷たく感じるほどの高熱から生み出される激痛に、視界が真っ白になる。それから一秒すら経たないうちに放たれた追撃の蹴りが出久にクリティカルヒット。その体躯は宙を舞った。
「イズクくん!!!!」
喉が裂けるような被身子の悲壮な叫びがグラウンドに木霊する。
裂傷が潰れるほどのⅢ度熱傷、重度の全身挫傷。人のカタチを保っているのが奇跡と言えるダメージ。死を免れない被弾。
(今度こそ死んだかなぁ)
宙を舞う出久は引き延ばされた時間の中で、どこか他人事のように思っていた。
それは諦観。
思い起こすのは師のかつての言葉。
『次は君だ』
これまでに仲間たちと起こして来た“奇跡”を引き寄せる糸は断たれた。
助からなかった命があった。助けられなかった命があった。
“次”が自分へと回ってきたのだと、出久は半ば悟ったように考えたのだ。
(もう、いいかな)
“個性”が無いと知ったあの日の絶望。オールマイトからヒーローになれると言われたときの希望。OFAを継いだときの重圧。雄英で出来た戦友と呼べる程の級友たちと駆け抜けた日々。手のひらからこぼれ落ちた人たちへの無力。AFOという巨悪に立ち向かい手繰り寄せた奇跡。日常に遺された数々の後悔。初めて自覚した特別。謎の現象によってこの世界で目覚めたあの日。救えなかったあの子を見つけた日。目まぐるしい日々。新しい日常。壊された日常。守れなかった日常。
(いいよね。僕はもう、十分頑張った)
(なんの取り柄もない、“デク”の僕にはここが限界なんだ……)
闇に沈む意識の中で、出久は回顧し己の限界点に諦め呑まれていく。
所詮、自分は木偶の坊。人から貰った力がないと、仲間達の力がないと、何も出来ない木偶の坊。結局自分は何も変われていないのだと。
出久の全てが暗闇の中に消えていく。最期の時を迎えようとしたとき。
『でも「デク」って…「頑張れ!!」って感じで』
『なんか好きだ 私』
光が、差した。
コペルニクス的転回。どうして忘れていたのだ。
自分にはまだやるべきことがある。守るべき人がいる。伝えなきゃいけないことがある。帰るべき場所が、戻るべき場所がある、世界がある。
笑顔が見たい、人がいる。
(ああ、そうだ。僕はこんなところでやられてちゃいけない!今僕の後ろには被身子ちゃんがいて。帰るべき世界には麗日さんがいる!約束がある!)
(でもどうする。OFAのない僕にはアイツを倒せない。僕だけの
『せいぜい、頑張れ』
そうだ。僕に出来ることなんてそれだけだ。
“初心忘るるべからず”
——僕の異能。
“位置について”
——目醒めたチカラ。
あの夜に手に入れたのはあくまで
今僕が立っているのはスタートライン。
僕は人より何倍も頑張らないとダメなんだ。
だから全力で、僕に出来ることを。
だったら走れ!だったら進め!足踏みしてたら何処にも行けやしない!
——
やるべきことは単純明快ただひとつ!!
——
* *
死んだ、そう思った。
壊れた人形のように宙を舞うイズクくんを見て彼の名前を叫んだ。
だけど私の体は動かない。彼を救けると誓った
伸ばしたこの手が……届かない……。
「あ、ああぁ……っ」
どしゃりと落ちて、ぴくりとも動かない彼の姿が私にこれが
能無は勝利を確信したのか先程までの狂乱を潜ませて、悠々とこちらに歩み始めた。
しかし私は動けない。いや、たとえ動けたとしても動かない。
だってもうイズクくんは死んでしまった。そんな世界、私は耐えられないから。
彼はきっと怒るだろう。後を追う私を。だけど、それでもいいから彼のもとへと行きたいんだ。
彼我の距離はすでに十メートル余り。死ぬならせめてイズクくんの傍でと這いずり近付く。身体が重い。それでも行かなければ。
ざりざりと鋼が地を擦る音が、死の足音が近付いてくる。
イズクくんまであと僅か。手を伸ばせば届きそうな場所まで来たとき、私の上から影が落ちた。目を向ければそこには能無の巨躯。顔には歪な三日月が浮かんでいる。
(あと、少しだったのになぁ)
最早届かない手を伸ばしながら、数秒後には訪れる私の死を想い目を瞑る。
「ごめんなさい。イズクくん」
「ホントだよ、もう」
言葉が、返ってきた。
その声はもう聞けないと思っていた、大好きな人の声で。
目蓋の向こうが白く眩しくなる。ゆっくりと目を開ければ、煌々と揺らめく紫炎の輝きが私の眼を灼いた。脳裏に焼き付いた炎の色。その輝きを超える力強い熱が私の肌を焼く。
「イズク、くん?」
「そうだよ。……ちょっと待ってて」
紫炎を纏うイズクくんは能無に向き直って無造作に歩み寄る。その足取りは、おおよそ死に体の怪我を負っている人のものとは思えない程にしっかりと地を踏みしめていた。
目と鼻の先まで来たイズクくんに、能無はどこか困惑したような空気を醸している。低く唸る声はまるで、お前は俺が殺したはずだと言わんばかりのものだ。
「とりあえず、返すよ。一発だ」
イズクくんの声が聞こえた直後、爆撃のような轟音と共に巨躯が吹き飛んだ。後に残ったのは拳を振り抜いた彼の姿。埃を払うように拳を一振りしてフンと息を鳴らす。
先程と全く逆の構図。一撃で宙を飛んだ能無に、余裕のイズクくんの対比。
「被身子ちゃん」
「は、はい!」
急に呼ばれた私の名前に、いろんな意味で飛び上がるように返事をする。
少し声が裏返ってしまって恥ずかしい。
「僕のこと、想ってくれるのは嬉しいよ」
急なデレが私を襲う。
実は私、もう死んでる?ここは天国ですか?ヤッター!……違う。
我に返ってそれでも、え、え?!とつい周囲にお花畑を展開してしまう私に、でも、とイズクくんが続ける。
「死のうとしたね?被身子ちゃん」
「ひえっ」
なんでしょう。とてもイズクくんが怖い。
あ、これはもしかしてもしかすると……。
「あ、あのー怒って……ます、よねぇ?」
少し遡って私が思っていたことを思い出す。
“彼は後を追う私をきっと怒る”
つまりこれはそれが現実になったというわけで。
「そうだよ現実だよ、怒ってるよコノヤロウ」
心読まれてます、はい。
少し嬉しい自分が誇らしい。
「そこは憎らしいとかじゃないの」
「好きな人に分かってもらえるの最高じゃないですか」
「ねぇ僕怒ってるんだけどな???」
「ぴぇッ。ご、ごめんなさいぃ……。えへへ」
つい舞い上がって調子に乗った私にお灸を据えるように圧を掛ける彼に反射的に謝ってしまう。時々みる本気で怒ったときのイズクくんは怖い。それでも彼が生きて目の間に立っている実感が湧いて、顔がほころんで涙が溢れる。
そんな私を見てイズクくんは、仕方がないなとでも言いたげに短くため息をついて笑った。
「さて。そろそろ起き上がってくる頃合いだろうから、いってくるよ。被身子ちゃんは休んでて」
「あぇ、わ、わたしも行きます!戦えます!」
そう言って私は立ったけれど、膝が抜けてしまう。
落下する体はひしっとイズクくんに支えられていた。
「ほら、無理しない。体力回復させておかないとこの後のお説教が辛いよ?」
「えっ、お説教回避したんじゃ……?!」
「しっかりするからね。ステイ、だよ」
「くぅん……」
わしゃわしゃと私の頭を撫でてイズクくんは私をゆっくりと地面に降ろして座らせる。お説教コースが確定してしまったけれど、なんだかとても幸せな気分。
なんでしょう、こういうのを”わからせ”られてるっていうんでしょうか。こう、胸が熱くなりますね。癖になります。
「被身子ちゃん」
ぽかぽかしている私に、イズクくんは目を合わせて私の名前を口にしました。
「そこで見てて。僕、頑張るから」
瞳の奥に炎を宿したイズクくんの目にどきりとされられた。この数分の間に果たして彼はどれだけの気持ちを私にくれたんだろう。私の方が好きだって自慢したいのに、それを超える感情をいつだってイズクくんはくれるんだ。
だからそんな愛してやまない彼のお願いに、私はとびきりの笑顔で送り出してあげるのだ。
「——はい。いってらっしゃい!」
彼が帰ってきたら、ご褒美にキスでもねだってみましょうか。このくらい願っても罰は当たらないですよね。
「いってきます!」
そう返してくれたイズクくんは、異能の紫炎を轟と滾らせて倒すべき相手、能無のもとへと駆け出したのでした。
その背を見送りながら、夫婦みたいなやりとりだったなぁ。なぁんて妄想を膨らませた私はやっぱりイズクくんに敵わないんだろう。今までも、これからも。そんな彼の隣に私は立てるだろうか。並んで進めるだろうか。彼は全力で駆けて行く人だから。立ち止まっても、また進むことができる人だから。
だから。だからせめて、私は私に今 出来ることを全力でやるんだ。
「ここで見守ってますよ!私のヒーローさん!頑張れ!!」
今 私に出来ること。
彼に、最大限のエールを。
読んでくださっている皆様へ最大限の感謝を。
お気に入り、感想、評価、誠に!ありがとう!ございます!
沁み渡りました。えぇ本当に。筆が折れそうになったときに励みになるんですね。こればかりは実感しないとわからないことなんだなぁと。
拙い文章ではありますが今後ともよろしくお願い致します。
それでは次回、15話で。
出久くんにも頑張ってもらいましょう。
ウチも頑張るからさ。