ノリに乗ってるうちに書くんだ。
だから推敲なんてひとつもしないんだ僕は。
目覚まし時計がけたたましく朝を知らせる。
眠い瞼を擦りながら のそりと上体を起こして軽く伸びをする。カーテンの隙間から漏れる朝の日差しが眩しい。
「んーっ。今日も仕事だ……。今日は確か相澤先生が欠勤だから……」
その日の予定を口に出すルーティーン。
幼い頃から、ブツブツと呟く癖が抜けなかったのを逆に利用する形で、朝イチの寝ぼけた頭を回転させるという試みは果たして功を奏していた。
(これを提案してくれたのは、かっちゃんだったな)
あまりにも癖が抜けないものだから、いっそ有効活用してみろや、と不機嫌そうに言った彼。その顔はかつて僕を見下していた頃の表情とは違って、どこか楽しそうでもあったのはきっと気のせいじゃないと、僕は勝手に思っている。
(本人に言ったらすごい顔して否定するんだろうなぁ)
何せ今の彼はツンデレそのものだ。
僕が揶揄う側に回るなんて、かつて思いもしなかった。
ひとりでクスリと笑っていると、階下から声が聞こえた。
「出久ー?そろそろ学校行く時間だけど起きてるー?」
「あ、うん、起きてるよー母さん!」
起きてこない僕を待ちかねたのか、母さんが声を掛けてきた。
それに返事をして——違和感。
確かにそろそろ準備しないと学校に遅れてしまう。それは間違いない。
では階下からの母さんの声。
(母さんの声?)
それはおかしい。
今の僕はマンションに一人暮らしだ。
階下は当然、赤の他人が住んでいて、そこに母さんが居ようはずもない。
それに、だ。
僕の部屋に目覚まし時計はない。
使っているのはスマホのアラーム機能だ。
嫌な予感と共に覚醒していく意識と理解。
ベッドから見える部屋は確かに見慣れた部屋だ。
ただしそれは——
「子どもの頃の部屋……?!それに……」
驚きは次々と襲いかかってくる。
気分は死柄木弔の波状攻撃を前にしたときの様。
おそるおそる目線を下に向けて行くとそこには。
「出久?本当に起きないと遅刻——」
「子どもになってるーー?!?!」
僕の過去一番の絶叫が、心配して部屋に来た母さんの声をかき消して、きっと折寺の町全体に轟いた事だろう。
* *
そんな衝撃の朝から早いもので10年程が経ちました。
中学2年生になった僕は、今。かつての敵、トガヒミコもとい渡我被身子——ヒミコちゃんとふたり。動物園に来ています。
「イズクくん、どうかしました?ほら!ひよこちゃん、カァイイですよ!」
輝く笑顔を僕に向けて、ヒミコちゃんはふれあいコーナーのひよこを手に乗せて見せてくる。
「本当だ。小さくてカワイイね」
「ですよねですよね!食べちゃいたいくらいです」
「やめてあげてね?せめて今ひよこであるうちは見逃してあげてね?」
目の前の彼女は、記憶にある歪で凶悪な笑みではなく。
年相応の女の子の振る舞いをしている。
……時々言動が猟奇的になるのはやっぱり『トガヒミコ』だからなのだろうか。
「イズクくん!クレープ!クレープ屋さんがあります!」
「あー、困ります!引っ張らないで!困りますお客様!」
まるで犬が飼い主を急かす様に僕の袖を引っ張って、ヒミコちゃんはクレープの屋台へ僕を引き摺っていく。
(僕、だいぶ鍛えてるはずなんだけどなぁ……)
確かに記憶にあるトガヒミコも、そのフィジカルに目を見張るものがあり、実際苦戦を強いられることもあった。しかし僕を引き摺る彼女はあくまで、ヴィランになっていないヒミコちゃんだ。
この時代にやってきて10年。僕は鍛錬を、研鑽を欠かさなかった。いつどこで、あの孔で僕をここへと連れてきた個性の持ち主が現れるか知れなかったからだ。
もっとも『この世界』において、その意義があるか甚だ不明ではあるが……。
——『この世界』の話をしよう。
あの朝 僕は、20年前の僕になっていた。
そして思い出した。
同窓会の夜。麗日さんに自分の”特別”を伝えるために駆けた夜。伝えた途端、宙に孔が空いて——伸ばされた彼女の手を取れなかった夜。
僕はすぐさま思考を切り替えて、頭を回転させた。
まず考えたのはヴィランの攻撃。あるいは個性事故。
そしてこれは、かつて戦ったダークマイトの部下——ゴリーニファミリーのデボラといったか——の個性の様な、対象者に強力な幻覚ないし夢を見せるものと仮定した。
そしてすぐさま、目醒める為の行動に移った。
自分を抓る、叩く、殴る。あげく机に頭をぶつける。そして最後の手段。忌まわしきワンチャンダイブに賭けようと、部屋の窓を開けたところで、大泣きした母さんに身体を張って止められた。そして怒られた。物凄く怒られて、心配した。あんな母さんは初めて見た。
かつての神野決戦の後。全寮制になるときの家庭訪問でオールマイトに真っ向から立ち向かった、強い”母”の姿を思い出して、己の軽率な行動を恥じた。
ともあれ、これが夢 幻の類ではないらしいことを受け入れて、まず情報収集をした。
そして更なる驚愕の波が僕を飲み込んだ。
まず結論から述べると、僕が今いるのは
『僕の生きた時間、世界とは異なるパラレルワールド』
である。ということだ。
いつか常闇くんと遊んだ時に彼が語っていた事がある、パラレルワールドという概念。
並行して存在する、”もしも”の世界。
いくつかオススメされて読んでみたことがあるが、まさかその知識が役に立つ、どころか自分がその状況に放り込まれるだなんて誰が予想出来ようか。
パラレルワールド。
もしもの世界。
ではこの世界におけるボタンの掛け違えはどこなのか。
まず、『この世界』には『ヒーロー』が居ない。
テレビで流れる物騒なニュースは、誰々が殺人容疑で逮捕、だとか。窃盗で逃走した犯人の捜査状況だとか。
『ヴィラン』という個性犯罪者ではなく、ただの犯罪者がそこに報道されるのみだった。
そもそも、『この世界』には『個性』が存在しない。
個性という言葉は本来の意味を保ったまま現存していた。
必然、個性犯罪というものは無く。
個性を振るい活動する『ヒーロー』も『ヴィラン』も、『ヴィジランテ』も存在しない異様な世界だった。
個性に準ずる特殊な能力についても調べたが、都市伝説レベルの眉唾物が出てくるばかりだった。
そして、『ヒーロー』も『ヴィラン』も存在しないと言うことは、平和の象徴オールマイトも、巨悪であるオール•フォー•ワンも存在しないということになる。
つまり、あの数々の悲劇が起こり得ない、異常ではあるが平和な世界であるということだ。
では何故、僕はここに来たんだろう。
時間どころか、世界さえ超える個性の持ち主が元の世界に存在したとして、何故僕をここに連れてきたのだろうか。
疑問が頭を埋め尽くす。
そしてもうひとつの大きな違い。
『この世界』に、かっちゃんが居ない。
正確には、居た……らしい。
母さんに聞くと、困った様な顔をして言った。
「勝己くんはね。家族の都合で遠くに引っ越してしまったんだよ」
何かを隠している様な母さんの様子に怪訝な反応を返すも、それ以上を母さんは教えてくれなかった。
あるいは、本当に詳しい事情は知らないか、子どもに聞かせるような内容ではないと考えたのだろうと思い、そこから先は聞けなかった。
その代わり、というわけではないのだろうけど。
『この世界』に来た翌年、隣の家に渡我家が引っ越してきて、とある事件を経て、渡我家の一人娘であるヒミコちゃんに少々過剰とも思えるほど懐かれて——
「はい!イズクくん、あーん」
「はい、あーん」
「んー、甘くて美味しいです!イズクくんに食べさせてもらって美味しさ百倍です!」
「さっきの流れだと食べさせてもらうの僕なんじゃないかなぁ」
現在、中学3年生の夏休み明けに至るまでこの調子である。
いやね?確かに犬みたいでカワイイし、実際ブンブンと振られる尻尾を幻視することもあるよ?
だけどもっとこう、年相応の距離感をといいますか、なんというか。
「どうしてこうなった……」
この言葉に尽きるのであった。
夏休みなんて朝から晩まで、毎日一緒にいた。
比喩?ただの事実です。
陽は傾いて、夕暮れの帰り道。
二人で手を繋いで並んで歩く。
未だ恥ずかしいが、繋がないとヒミコちゃんが捨てられた子犬のような目でジッと僕を見てくるのだ。それでも手を繋がないと遂には目に涙を溜め出してくるのだから、手を繋がない以外の選択肢が僕にあろうはずがなかった。
ヒミコちゃんはご機嫌で、繋いだ手をブンブンと振りながら、今日の動物園での思い出を語っている。
ゾウさんがね。あのキリンさんがね。ライオンさんが……。嬉々として話す彼女をみて、トガヒミコのあり得たかもしれない”もしも”を想像してしまう。
麗日さんはずっと後悔していた。
あの日の彼女の慟哭は今でも思い出せる。
——もっと早く……!!気付けてたら!!
——もっと 子どもの時に会えてたら違ったかなぁ!?
ずっとひとりで抱え込んだ彼女。
大粒の涙を溢して、後悔を、もしもを叫んだ、彼女。
その”もしも”が今、僕の目の前にある。
僕と麗日さん、二人分の”特別”な今この瞬間、目の前にいるヒミコちゃん。
黙り込んで、ヒミコちゃんの顔を見る僕を、不思議そうに、楽しそうに首を傾げて覗き込む、彼女。
「なんでもないよ。ヒミコちゃん」
そう声を掛けると、ヒミコちゃんは目を丸くして
「スゴイですイズクくん!トガが言いたいこと、分かっちゃったんですね!」
無邪気に笑ってそう言った。
瞬間。背後に異様な気配を感じて振り返る。
夕日を背にして、季節外れのロングコートを着た男性がそこに佇んでいた。
「……なんですか、貴方は」
警戒しながら声を掛ける。
不安そうに僕の腕を掴むヒミコちゃんの肩に手を回して、いつでも駆け出せるように右足を後ろに引く。
ロングコートの男は、僕の言葉が聞こえているのかいないのか、ぶつぶつと何かを呟いている。
「……ノ。……ズの……ミノ」
嫌な予感が脳内に警鐘を鳴らす。
かつてその力を借りていた四代目OFA継承者の個性『危機感知』にも似た感覚が全身を疾る。
それに、男の言葉。どこかで聞いたことがあるような——
「……Mサイズの……隠れミノ……」
「ッ!逃げるよ!ヒミコちゃん!」
ヒミコちゃんの手を引いて一目散に駆け出す。
後ろをチラリと見てみれば
「見ィ付けたァ!!」
ロングコートの中から、人間の形を失ったヘドロが飛び出した。その姿はまさしくあの運命の日に遭遇した——!
「昔かっちゃんを襲った、ヘドロヴィラン!」
「身体ァ寄越せェ!」
「この世界に個性はないんじゃないのかよ!」
「イズクくん!なんですかアレ?!なんなんですか?!」
一歩分後ろを走るヒミコちゃんは恐怖の色が顔に滲んでいる。
「後で話すから今は走って!」
「え!あ、はい!トガ、走ります!」
「いい子だ!」
「褒められましたぁ!」
恐怖の色が喜色に変わり、元気な返事をするヒミコちゃん。
うん。かわいい。
じゃ、なくて。
今のところヘドロヴィランとの距離は縮まってないものの、これでは埒が開かない。
(こんな時にOFAかアーマー……せめて残り火でもあれば)
もしもに備えて鍛えた末がこのザマか。
結局、OFAやアーマーがないと僕には何もできない。
無力な無個性ない木偶の坊だ。それがひたすらに悔しくて、何よりも
(無力を言い訳に、大切な人を守れないのは——嫌だ!)
その瞬間、自分の奥底にボウッと火が灯るのを感じた。
「これは——まさか!」
感じた熱を、”あの頃”の様に全身に広げる。
バチリと紫電が身体に疾った。
これなら——!
「ヒミコちゃん!」
「なんですかイズクくん!」
「ごめん!跳ぶよ!」
「え——」
返事を待つ事なく、僕は彼女を抱き上げた。
「フルカウル——!」
出力は最終決戦のときに遠く及ばず。しかしそれは確かにOFAのチカラだった。
身体の奥底から引き出し纏ったそのチカラは、かつてのフルカウル5%程度のものだったが、それでも今は十分過ぎるほどで。
「ごめんね!」
「わっ、お姫様だっこ!トガ、イズクくんにお姫様だっこされてます!」
腕の中ではしゃぐヒミコちゃん。
咄嗟に抱き上げたその態勢はまさしく彼女が言う通り、お姫様だっこそのものだった。
「黙っててヒミコちゃん!舌噛むよ」
「はい!」
日の落ちた町を屋根伝いに跳躍する。
しかしヘドロヴィランはまだ追ってきている。
(身体能力が高くなってる。やっぱりあのヴィランとは違う人なのか……?)
考察しながらも、足は止めない。
そして唐突に始まった鬼ごっこは、果たして唐突に終わりを告げた。
「とうとう……観念したか……。ヨコセ、オマエの身体。隠れミノ……」
「だれが渡すか。観念するのはそっちのほうだヘドロヴィラン。——ヒミコちゃん。合図したら走って隠れて。いい?」
「……はい!わかりました」
ただがむしゃらに逃げていたわけではない。
ここは僕が普段鍛錬に使っている裏山の開けた場所。
戦える場所まで誘導してきたのだ。
この世界にはヴィランというものが存在しない——目の前のコイツは一旦考えないことにする——から、町中で戦うのは得策ではない。おそらくパニックによる二次災害が発生してしまう。
しかしここなら、思う存分に戦える。
「行くよ。3、2、1……走って!」
カウントダウンを終えると同時にヒミコちゃんは木々の生い茂る方へ。僕はヘドロヴィランへと駆け出した。
「デトロイトスマッシュ!」
フルカウルを纏ったまま、一撃を繰り出す。
しかし流動体の身体を拳が突き抜けてしまう。
「無駄だムダ。ようこそオレのカラダの中へ」
突き抜けた拳から腕を覆うようにヘドロが蠢く。
……狙い通りだ。
「打撃が効かないのは知ってるさ!出力集中、デラウェアスマッシュ!」
ヘドロに包まれた拳を返して、エネルギーを指に集中させて、上方向へとデコピンを放つ。
その衝撃波でヘドロの一部が散らばる。
「ぐぉぉぁぁぁ」
どうやら痛点を掠ったらしく、苦しむヘドロヴィラン。
本来ならエアフォースで、衝撃波による遠距離攻撃を行うところだが、今ある力では行使できないため、危険な賭けに出るほかなかった。
「デラウェアスマッシュ•バレット」
四本の指を、親指につがえて連続してデコピンを放つ。
クロスレンジでの非接触戦闘を想定して咄嗟に作った技だ。即座に反対の手でも同じ事をして、体勢を整える隙を与えない。
「ぬ、ぐぅぅぁぁ」
しばらく攻撃の手を休めずにいると、ヘドロヴィランはその流動体を人間の形へと戻していく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
酷く疲れた様子であるが汗ひとつかいていない。
汗、ひとつも?もしかするとこれは
「水分不足か。だったら」
仮説。このヘドロヴィランはヘドロ化する際にある一定の水分が必要で。ヘドロ状態では常に水分が、おそらくは体温で蒸発、気化するために、脱水症状を起こすとヘドロ化できなくなる。
つまり今この瞬間は。
「打撃が有効!デトロイト、スマッシュ!」
水分を失い流体ができなくなったら相手に、今度こそ一撃を叩き込む。
男は、身体をくの字に曲げて数メートル吹き飛んだ。
無事倒せたことに安堵して、一息つく。
「ヒミコちゃん!大丈夫?」
「はい!イズクくん、すごくカッコよかったです!」
とてとてとこちらへ駆け寄ってきて目を輝かせて興奮気味のヒミコちゃん。とりあえずパッと見では身体や心に傷を負った様子はないが、念のために確認をする。
「怪我してない?それに怖い思いさせちゃって——」
「全然怪我してません!たしかに怖かったけど、イズクくんが守ってくれました!やっぱりイズクくんはトガのヒーローです!」
彼女にとってのヒーロー。その言葉に胸が熱くなる。
何故だかわからないが、熱が込み上げて、目尻に雫を溜める。
「あれ?!トガ、なにかイズクくんが悲しむようなことしちゃいましたか?!」
「いや、違うんだ。ただ、その。嬉しくて」
かつて救えなかったトガヒミコと目の前の渡我被身子を重ねてしまい、どうにも涙が溢れて仕方がない。
そんな僕を見て、珍しくオロオロとした様子のヒミコちゃん。それを見た僕は、穏やかな優しい気持ちになって
ぐちゃり
「ッ?!」
その水音に反応できたのは殆ど偶然だった。
「よごぜぇぇぇぇ!カラダぁぁぉぁぁ!」
最後の力を振り絞ったのだろうヘドロヴィランが、飛びかかってきた。ぎりぎりの反応だったため、僕に出来たことといえばヒミコちゃんの前に出て、身を挺することだけで。
「おいおい、カッコいいじゃんか」
声とともに、ヘドロヴィランを黒い塵が覆った。
水分を塵に奪われたヘドロはたまらずにヘドロ化を解除。
その瞬間に人影が現れて、人型に戻ってヘドロヴィランの顎に綺麗な上段回し蹴りを叩き込んだ。
そのままヘドロヴィランは意識を失い、今度こそ戦闘不能になったのだった。
「全く。カッコいいけどカッコ悪かったぜ、さっきのオマエ」
ヘドロヴィランを倒した長身痩躯の黒髪の男が僕に向かってそう言って、顔をこちらに向けた。
「お、まえは……」
その顔には、確かに見覚えがあって。
「死柄木……弔……?!」
僕の目に映るその顔は。
かつて死闘を繰り広げた先に、皆と一緒に打ち勝った人。
最強最悪のヴィラン、死柄木弔そのものだった。
ちなみにこれ、iPhoneのメモで書いてるのでルビとか傍点使えてねーんですよね。悲しいね。
明らかな誤字脱字あったら優しく教えていただけるか見逃してくれると幸いです。