許してね⭐︎
「それじゃあ、進路希望用紙を回収するぞー」
教室の最前。教卓で先生が間伸びした声を出す。
毎年のことだからだろうか。少し面倒くさいと感じているような雰囲気を醸し出している。不良教師め。
プリントを集め終わり、先生は気だるさそのままに、けれど僕ら生徒に語りかけるように言う。
「こっから先は義務教育じゃない。受験、入学、授業なにもかもにお金がかかる。それを払ってくれるのは親御さんで、その上でお前らの未来も掛かっている人生で一番大切な時期という事を覚えておくように。高校に行けるっていうのは決して当たり前のことなんかじゃないからなー」
先生は現実を語る。
ここでの選択が未来を決定的に方向づける一因となる。そしてそれは僕たちだけの力では選び取れない。
それでは委員長、終礼。と先生は締めくくり、学級委員長が号令をかけてLHRを終え、学校での一日が終わる。
各々が思い思いに動き始め、騒がしくなる。
その中にあって、廊下からバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。
……ああ、またか。
そう思った途端、ガラッと教室の扉が乱暴に開かれた。
「イズクくん!帰りましょう!!トガ、今日はシェイクが飲みたい気分です!」
そこに現れたのは当然のようにヒミコちゃんだった。
クラスメイト達は口々に、嫁が来たぞーだとか、愛犬のお出ましだよーだとか言って囃し立てる。すでに慣れてしまった恥ずかしい光景。
「ダメだよヒミコちゃん。今日は行くところあるの、忘れた?」
「ハッ、そーでした。うっかりです」
そう。今日僕たちは寄り道をする。
しかしその行き先は、周りで好奇の目を向けてくる生徒たちの思うような青春の1ページとは程遠い。この平和な世界の外。非日常の入り口だ。
発端は昨日。
ヘドロヴィランに襲われた後の話。
「死柄木……弔……?!」
あまりの衝撃に思考が止まる。
個性のない世界で現れたヘドロヴィラン。
残り火以下のチカラだが復活したOFA。
そして、目の前に現れたかつての強敵。
そんな僕を見て、ヒミコちゃんは心配そうに僕の名前を呼ぶ。
声も発せずに立ち竦んでいると、死柄木の顔をした男が口を開いた。
「シガラキ?あのキンタマ丸出しのタヌキがどうしたってんだよ」
「……え?」
彼は、先ほど僕が呼んだ名前が自身を指したものでなく、そもそも人の名前とも認識していないようで。
「お前は……。あなたは、死柄木弔じゃない……のか?」
「あン?そりゃ俺のこと言ってんのか。ご生憎とタヌキの知り合いはいねーよ。人違いだろ」
こんなヤツ二人もいたら困るしな、と男は笑った。
「まぁ、どっかのタヌキは置いといて、だ。あそこでくたばってるヘドロ野郎と戦ってたろ。俺は回りクドいのは嫌いでね。単刀直入に聞くが、オマエ——異能持ちか?」
「異能、持ち……?」
僕は鸚鵡返しに言う。
「ホラ。さっきスゲー速さと力で戦ってたろ。そういう異能、持ってんじゃーねぇの?オマエもさ」
「いえ、あれはその……。そもそも異能持ちってなんですか」
うげ、と男は明らかに面倒そうな空気を醸し出して、気怠げに頭をガシガシと掻く。
「見たとこ中坊ってところか。なら噂に聞いたことぐらいあンだろーが。この世には超能力者が実在するなんて話をよ。他には、ホラ。あるだろ?現代の妖怪とか言われるやつら」
「ありますけど……」
そのどれもが、個性という超常が常識となった世界に生きた僕にとって響くようなものではなかった。
しかしその常識が非常識な世界に来たからこそ、先ほど男が言った言葉が引っかかる。
「俺たちって言いましたよね。つまりアナタたちがその噂とやらの正体だと?」
「案外頭が柔らかいな?そうだ。その通り俺らがその噂の一部を構成してるんだろうよ。なにせ——」
男が無造作に手を振ると、その軌跡に黒い塵が生まれて意思を持つかのようにうねる。
「——こんなことができるんだ。ヘドロ野郎にしたって都市伝説そのものだろうよ」
その光景は、まさに個性の行使だった。
(塵を操る個性……。やっぱりこの人の言う異能は個性のことを指すのか?)
ここに相澤先生——イレイザーヘッドが居たならこれが個性であるか判別できるのに。などと考える。
「やっぱり驚かないんだな。お前。それにその様子だと他にも異能持ちをそれなりに知ってるな」
ドキリとした。
これで個性、超常の力の存在を知らないと言うことが不可能になった。あまりに迂闊だ。僕にとっては当たり前過ぎてその辺りの対策を怠った。
「……もしそうだとして、アナタは僕をどうするつもりですか」
次の瞬間に戦闘が始まることも想定に入れて身構える。
今優先すべきはヒミコちゃんの安全。
いつでも抱えて駆け出せるように、彼女の肩に手を回す。
「わっ。びっくりしました嬉しいです」
黙って状況をみていたヒミコちゃんが小声で言う。
結構余裕あるね?君。
「そう警戒するなよ色男。妬けるじゃねーか。別にとって食いやしねぇし、ただ確認したかっただけだよ。オマエが異能持ちかどうかな。異能持ちを把握することが俺たちの益に繋がるだけだ」
「はい!質問です!」
ヒミコちゃんが手を挙げて元気に言う。
「ちょっ、ヒミコちゃん?!」
「なんだ彼女ちゃん」
「そう見えますか?!嬉しいです!」「彼女じゃないです!」
ヒミコちゃんと僕は殆ど同時に言った。
それを見て黒モサ男はくっくっと笑う。
「お似合いじゃんかよ。ますます妬けんぜ。それで?質問は?」
「えとえと、黒モサさんには別の異能持ちのお友だちがいるんですか」
「ぶっ」
「くろもさ……」
思わず吹き出す僕に、微妙な顔をする彼。
確かに黒髪を不精に伸ばしているため、初めて会った頃の相澤先生のようなモッサリとした印象は受けていたけれど、さすがはヒミコちゃん。初対面の不審者相手によくも真正面からあだ名として言えるものだ。
微妙な顔をして、死柄木弔似の彼。暫定黒モサ男が口を開く。
「……あー。うん。そうだよ。友達、仲間がいる」
「それは、異能持ちの集団があって、アナタがそれに所属していると?」
「詳しいことは今のオマエには教えてやれねぇが、そうだな。その認識であってるよ」
「楽しそうです!」
割ととんでもない事実だと思うが、ヒミコちゃんの無邪気さに警戒も毒気も抜かれてしまいそうになる。
それは向こうも同様らしく。
「はぁ。なんだかチョーシ狂うな……。まぁ、その集まりの関係上な、異能持ちの存在は把握しておきたいんだよ」
「……正直、色々情報が足りなくて信用できたものじゃないですが。それでもある程度譲歩して話してくれたであろうアナタに僕も譲歩しようと思います」
「なんだ。中坊にしちゃ随分とオトナな事言うじゃんか」
多少軟化した空気の中で、けらけらと笑う彼に交渉じみた会話を始める。
「茶化さないでください。……確かに、きっと僕はアナタの言う異能持ちかもしれません。ただ、さっきヘドロから逃げてる最中、急に発現したから何も知りません」
「その割に随分と使いこなしてたみたように見えたケドな」
「普段から鍛えてますから」
そう誤魔化す。
嘘は言っていないし、なんなら『この世界』の僕にとっては本当の事だ。
彼は、数秒値踏みするように僕を見て言う。
「なるほど、うん。いいなオマエ」
「イズクくんが褒められました。トガは誇らしいです」
「うん。ヒミコちゃん少し黙ってようね」
ヒミコちゃんの頭を撫でる。
気をよくした彼女は、はい!と返事をして口を閉じた。
「提案だ色男。オマエ、俺たちの仲間にならないか?」
黒モサ男が何処かで聞いた鬼のような事を言う。
ポーズまで合わせてくるなよな……。
「……目的は。アナタたちの目的はなんだ」
「それも仲間にならないと詳しく教えられないが。それでも敢えていうなら——ヒーローってやつだよ。コミックみたいなやつな」
「え——」
「恥ずかしいから二度は言わないぞ。その気があるなら明日の夕方ココに来い。今日はもう遅いからな。少年少女は帰る時間だぜ」
そう言って。ポケットから取り出した紙にさらさらと、場所を書いて僕に手渡して、彼は背を向け歩き出す。
その背中に向けて僕は問い掛ける。
「名前を——!アナタは、アナタは誰ですか」
ずっと気になっていた。
あまりにも男は似過ぎていた。
かつて戦った、『彼』の最期に見た顔に。
男は立ち止まって、首だけをこちらに向けて言った。
「転弧——志村転弧だ」
そして彼は今度こそ、すっかり暗くなった夜の闇に消えていった。
一晩越えて迎えた今日。
朝からそわそわしてしまってしまい、授業も殆どうわの空。
気分としては、放課後になった今ようやく起きたようだ。
そんな僕に、ヒミコちゃんは楽しそうに言う。
「黒モサさんのお友達さんたちに会うの、楽しみだねぇイズクくん」
「……やっぱりヒミコちゃんには敵わないなぁ」
「え!褒められてますか今!嬉しいです!」
彼女にブンブンと振られる尻尾を幻視する。
ヒミコちゃんかわいいやったー。
こんな調子のヒミコちゃんだが実はひとつ年上だ。
だから本来は彼女は3年生のはずなのだが、ワケあって同学年に在籍している。
彼女とはクラスが違うため、昼休みの度に、LHRが終わる度にウチのクラスにやってくる。
やいのやいのと囃し立てるクラスメイトに、はいはいまた明日ねとあいさつをして、ヒミコちゃんを伴って教室を出る。
廊下を歩く時もヒミコちゃんは手を繋いでくるので、すれ違う生徒達の羨望や嫉妬の混ざった視線が痛い。
この視線ばかりは生粋のクソナードたる僕に慣れることはできなさそうだ。先生たちは最初こそ注意してきたが、ヒミコちゃんの子犬ムーブに当てられたのか、今となっては微笑ましいものを見る目を向けてくるのだった。
それでいいのか折寺中学の風紀は。
下駄箱で一旦別れて、靴を履き替えて校舎を出る。
再び手を繋いだヒミコちゃんは、そういえばと話し始めた。
「イズクくん、進路希望どこ書きました?」
「んー。とりあえず優英にしたよ。スポーツ科で」
繰り返すが。『この世界』にヒーローは居ない。伴って、ヒーロー科というカリキュラムも存在しないため、その最高峰たる雄英高校も存在しなかった。
代わりに、『優英高校』という進学校が出来ていて、そこにはスポーツ科が、ヒーロー科の代わりに設けられていた。
このスポーツ科。
何か一種の競技だけでなく、運動というものを満遍なく、かつ専門的に学び体得するというもので、その先の進路としては、防衛大に警察学校、消防士や警備会社など身体能力がモノを言う世界へのパイプが強い。
ヒーローが存在しないこの世界で僕は、無個性でも人を助けられる仕事を、と思い、心身を鍛え直すという意味も込めて優英スポーツ科を志望していた。教員免許はこの先取ればいい。だから今は自分に出来ることを。
「じゃあトガもそこにします」
「えっ」
ヒミコちゃんはいつもの調子で言った。
それに対して僕は困惑する。
「あのね、ヒミコちゃん。そっちでも先生言ってたと思うんだけど、この進路っていうのは未来を決める大切な選択なんだ。だから、僕が選んだからじゃあ私も、っていうのはダメだと思うよ」
諭すように彼女に言う。
今を生きる幼馴染として。
かつて彼女を救えなかったヒーローとして。
そして生徒を導く教師として。
「自分の選択を他人に委ねちゃ、きっとこの先後悔する日がくる。だからヒミコちゃん、しっかりと進路を——」
「大丈夫です」
僕の言葉を遮るヒミコちゃん。
大丈夫と言う彼女の声は、芯の通った、凛とした音をしていた。
いつになく真面目で、いつになく綺麗な笑顔で彼女は言葉を紡ぐ。
「トガの夢は 目標は、イズクくんの隣を並んで歩くことなのです。この選択はヒトに、アナタに委ねたものじゃなくて。確かにトガ自身が選んだものです」
そう言って、目を細めたヒミコちゃんは急に頭を僕の肩にぐりぐりと押しつけてくる。本当に犬みたいな子だな。
押しつけられた頭を撫でてあげれば「んへへぇ」と鳴いた。いやかわいいな。
「ほらそろそろ行かなきゃ。待ってるよきっと」
「ハッ!そーでした!」
* *
指定されたのは折寺から電車で三駅ほど行った町の外れ。
スマホのマップアプリで、メモに書かれた座標へ向かうとそこは、寂れた廃病院だった。
「危ないから、しっかり手を握っててね」
「いいんですか?!やったぁ!」
ぎゅっと握り締められた柔らかく温かな手に、確かな安心を覚える。そこで、僕自身かなり不安になっていたことに気付く。同時に、今の僕にとってのヒミコちゃんの存在の大きさも。
「じゃあ、行くよ」
決意して、廃病院の中へ入る。
入り口からすぐに待合室だったであろう空間が広がっている。僕はそこで、あえて大声を出した。
「お邪魔します!昨日の夜、志村転弧に招かれた緑谷出久です!!誰か居ますか!」
先手必勝。というわけではないけれど。イニシアチブ程度は確保したかったのだ。
すると、どこからともなく声がした。
『ようこそ色男くん。二階の外科待合室に来な。志村が待ってるぜ』
男の声だった。声質からして二十代くらいだろうか。
突然の怪現象ともいえるそれに、ヒミコちゃんは目を輝かせてキョロキョロと辺りを見回している。
そんな彼女の手を引き、聞こえた声に従って、ただの階段と成り果てたエスカレーターを登って、頭上の案内板に従い病院内を進む。
そして、外科外来の案内板の向こうへと辿り着くとそこには——。
「ようこそ色男。歓迎するぜ」
ベンチに座る、昨日志村転弧と名乗った男と数人の人影が僕らを迎えたのだった。
一晩しか進んでないし中身スカスカなのは許してくださいなんでもしますから!