僕のヒーローヒストリア   作:透亜九郎

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なんとか物語に加速をつけて軌道に乗せようと必死な第3話です。


Re:No.003 歓迎はマチェットと共に

 

 廃病院の待合室。

 

 その中央にわざとらしく配置されたベンチに、志村転弧は仰々しく座っていた。

 

「いやぁ、来てくれて嬉しいよマジで。日中模様替えした甲斐があったってもんだ」

 

 へらへらと笑う転弧。

 その後ろで、目出しのバンダナを巻き、その下から爬虫類を思わせる吊り上がった三白眼を覗かせる小柄な男が不機嫌そうにしている。

 

「転弧、ここはごっこ遊びの場じゃないんだぞ。中坊なんて呼んでどうするつもりだ」

「オマエは固いんだよシューイチぃ。昨日からそればっか聞いて耳にタコができちまうよ」

「ここではスピナーと呼べと何度——!」

「はいはい、スピナースピナー。悪かったよ。スマンね、色男に彼女ちゃん。早々に騒がしくてな」

 

 スピナーと名乗った男をひらひらとあしらって、転弧は僕たちへ声を掛ける。

 

「そんじゃ、改めて自己紹介といこうか。昨日最後に名乗ったがね、俺は志村転弧。この集まりのリーダーってことになってる。んで、後ろのこいつが伊ぐ——」

「スピナーだ!」

 割り込んだ声に転弧は肩をすくめる。

「……だそうだぜ。こいつはな、本格派なんだ」

「影で動く者として当然だろう。……スピナーだ。俺はお前たちをまだ認めていない」

 

 スピナー、伊口秀一。先ほどのやりとりでもしやと思ったが、この男はやはり『この世界』におけるスピナーなのだろう。アタリはすぐについたが、断定できなかった大きな理由。それは彼の姿にあった。

 

(異形系の個性だったはずだけど完全に普通の人間の姿だからすぐに気付けなかった……)

 

 スピナーに会釈を返しながらも、頭の中は考察の為に回転数を高めていく。

 

(異能持ちの集まりだと転弧は言った。つまりこちらのスピナーも何かしらの個性……、異能を持っているハズなんだろうけど、なにぶん異能についての情報が足りない)

 

 転弧が例外なだけだろうか。スピナーをはじめとした他のメンバーは仮面やフードでその顔がわからない。

 

「名を名乗れ、小僧。そして力を示せ。どうあれ話は、他の奴らの紹介もそれからだ。これ以上俺は譲らんぞ、転弧」

 

 頑ななスピナーにますます肩をすくめる転弧。

 ボサボサの黒髪をひと掻きして、僕に向けて言う。

「ごめんな、色男。ウチの頭ガチガチ筆頭がどうしてもオマエさんとやり合いたいらしい。相手してやってくれよ」

 

 心底面倒くさそうに言う転弧。

 しかしこれは……。

(なるほど。品定めか。趣味の悪い)

 仮面やフードで隠れて顔はわからないとはいえ自分に向けられる視線、それも興味だとか量るときの視線は特に感じやすい。つまりこれから始まるのはある意味で入団試験のようなものなのだろう。

 力を示さなければ対話の席に座れない場合があることもまた事実。僕はこの”品評会”を受けることにした。

 

「……わかりました。それで、場所はどこで?——ッ!」

 

 言った次の瞬間、僕はヒミコちゃんの肩を抱いて後ろに跳ぶ。僕が立っていた場所にはその直後マチェットナイフが突き立った。

 

「躱すか。なるほど目はいいようだ」

「セーフティがあるとはいえあまりに物騒が過ぎますよ」

「……気付かれている、か」

 

 スピナーがクンと手を返すと、マチェットナイフは床から抜けて彼の手元へと宙を飛び戻っていく。

 

「殺気が感じられませんでしたから。それを前提に見ただけです」

 

 この薄暗い空間ではこと認識しづらいが、投擲されたマチェットの柄尻には極細のワイヤーが仕込まれていた。

 マチェットが当たるようなら、ワイヤーを引き戻す算段だったようだ。

 

「もし。もしも僕がギリギリで避けたり、狙いが逸れてヒミコちゃんに当たったらどうするつもりだった」

 

 僕のすぐ横にはヒミコちゃんが居る。

 その状況下で当てるつもりはなかったとしても、ナイフの投擲は到底許せるものではない。

 僕は怒りを込めてスピナーに問う。

 

「……当てないという確信と自信はあるが、確かに戦いを知らない中学生には非道な行いだった。非を詫びよう」

 

 そう言って頭を下げるスピナー。

 

 ——正直面食らった。毒気を抜かれるほどに。

 こちらに来る前は伊口秀一とはそれなりに面会をして、彼の著作の為に死柄木の話を提供する程度の関係を得た。そして聞いた。スピナーとしての話も。

 僕の知っているスピナーは、かつてのヒーロー殺し、ステインの狂信者といえるヴィランで、最終決戦においては異形型個性迫害被害者の先導者として祭り上げられ、完全に脳無となる直前までなった。いわば他人の信念に流されやすく、その上でそれを曲げない男だった。

 

 世界が違えば人生も違う。ヒミコちゃんの場合は意図して自分が変えたようなものだったから、それを改めて思い知った。死柄木……もとい志村転弧についてはまだ量れていない。

 

「……わかりました。その謝罪受け入れましょう」

「中坊らしくねぇオトナな対応じゃんか」

 

 転弧が茶々を入れてくる。それを咎めるようにスピナーは転弧を一瞥して、僕に向き直る。

 

「感謝する。お前の寛大さと先の実力の片鱗に敬意を示し、改めて決闘を申し込む。もはや試すなどとは言うまい。もちろん場所も改め、お嬢さんの安全も保障しよう」

 

 彼の武人然とした振る舞いに無視しきれない違和感を感じながらも、誠意には誠意を持って決闘に応えることにした。

 その旨を伝えると、また感謝を述べられ、なんともいえない感覚になったのはここだけの話だ。

 

 * *

 

 イズクくんは昔からオトナって感じでした。

 

 初めて出会った小っちゃい頃から、私 渡我被身子の手を引いてくれて、ひとりぼっちだった私を明るいところへと連れて行ってくれた王子様のような存在です。

 本当は私の方がひとつお姉さんなのに、イズクくんにお姉さんらしいことをしたことがありません。むしろ私の方が年下のような、特に最近は妹のように扱われているようで少し不服です。そんな不満も彼にひと撫でされるだけで吹き飛んでしまうのも事実なんですけどね。これは私だけの特権なのです。

 でももう少し私を女の子として見てくれると嬉しいなぁ、なんて思うのはきっと贅沢でしょう。なのでしばらくはこのままで——と、話が逸れましたね。

 

 そうオトナ。年不相応とでもいいますか。

 不思議ですが、出会った頃から変わっていません。

 見た目は年相応の男の子なのに、目が、違ったのです。

 

 特に私と初めて会ったときの目が、ずっと記憶に焼き付いています。なんて言えばいいんでしょう。失くした大切なものを見つけたときみたいな、と言うと自意識過剰になるのでしょうか。でもそんな風に感じたのです。

 独りで遊んでいた私に手を差し伸べてくれた彼。 

 ちょっとした事故で一年ほど学校に行けなかった私に、毎日会いにきてくれた彼。

 私を見てくれている、そう確信できるのに。どこか遠くを見ている彼。

 きっと、私なんかじゃ到底見えないものを見ているであろう、彼。

 

 そんなイズクくんは時折、酷く淋しそうな雰囲気を見せます。きっとそれに気付いているのは私だけでしょう。

 ずっと隣に居た。ずっと隣に居てもらった私だから。ずっと彼を見つめて、考えてきた私だからこそ気付いたこと。

 

 私より。私たちよりずっとオトナな彼が見せるその姿に果たして私は何が出来るでしょうか。

 

 イズクくんは日々自分を鍛えています。運動も、勉強も。何度か気になって、勉強している本を見せてもらったことがありましたがチンプンカンプン。身体を鍛えているところを見せてもらった時は、私も一緒にと言いだしましたが三十分も保ちませんでした。

 遥か遠くを走るイズクくん。淋しそうなのは独りで先を走っているから?早く大人になってしまったから?

 

 ううん。本当はそんなこと関係ない。

 私はイズクくんを独りにしたくない。先を行く彼を孤独にしたくない。だけど、その思いが烏滸がましく感じるほどに彼は遠くに居る。

 だから、私は心の中でワガママを言います。

 酷く身勝手なワガママを。

 

 私では走るあなたを、独りになるアナタを止められない。

 だから、アナタの隣を走れるようになるまで待っていて。

 せめてそれまで私を。ただ無邪気なトガを、アナタの近くに居させてください。イズクくん。

 

 そう願う私は今日もイズクくんと一緒に家路につく。

 

 そして知ることになるのです。

 彼の、本当の姿を。彼が見る”先”の景色、その一端を。

 

 

* *

 

 

 振るわれる刃をひたすらに捌く。

 躱す、叩く、流す、投げる。

 流れで決闘となったスピナーとの闘いは、廃病院の中庭で行われる事になった。

 戦いの合図から数えることおよそ三十余合。その九割がスピナーから仕掛けられたものだ。この数分は僕に実戦での勘が鈍っていることを理解させるには十分すぎるものだった。

 

 身体は鍛えた。

 ——鍛えただけだ。

 

 知識を蓄えた。

 ——蓄えただけだ。

 

 かつての記憶がある。

 ——時間はそれを錆びさせた。

 

 決して刃を研ぐことを怠ったつもりはない。

 しかしこの約十年はあまりにも平和過ぎた。

 

「よくぞここまで……。中学生にして本物の刃の前に立ち!俺の攻撃を凌ぎ続け!その上で反撃を試みるその意気!お前には改めて敬意を表する!」

 

 攻撃の手は休めずに、僕への賞賛を口にするスピナー。

 この分だとこちらが子どもだからという油断も望めない。

 それにまだ向こうには——

 

 僕の懸念は、後方に跳び距離を取ったスピナーが発した次の言葉で現実のものとなる。

 

「緑谷出久、といったか。お前のその歳にして練り上げられた武、確かに確認させてもらった」

 

 スピナーは真っ直ぐとバンダナの下から覗く目をこちらに向けて言う。

 

「しかし!我らは異能持ちの集まり!使うつもりはなかったが、お前という戦士を前にしてそれは不敬であると理解した」

 

 瞬間、スピナーの身体に変化が現れる。

 ぱきりぱきりと音を立てて、彼の骨格は人のそれからかけ離れていく。背格好はみるみると元の身長を越して、異形の姿へとカタチを変えた。筋骨隆々とした身体。脚は恐竜を思わせる形状。腰の付け根からは鞭のような太くしなやかな尻尾が生えている。そして全身を覆う鋼を思わせる威圧感を放つ深緑の鱗。

 そして”異能”を発動したスピナーの姿は——

 

 

「さぁ!転弧が見出した戦士であるお前の異能!その力!その輝きを俺に魅せてもらおう!」

 

 

 ——最終決戦で猛威を振るった、怪物そのものだった。

 

 

「GiAAaaaAhhh!!」

 

 

 その姿に違わぬ雄叫びを上げるスピナー。

 かつてのOFA四代目継承者の個性”危機感知”を失った状態であっても、僕の生物としての警鐘はけたたましく響いている。

 

(勝つにはOFAを使うしかない……!)

 

 僕自身もまた、スピナーのように個性を使うつもりはなかった。

 しかしこの状況においてそのような悠長に構えてはいられない。

 

「征クぞッ!」

 

 吠えたスピナーが突っ込んでくる。

 先程までとは比べものにならない速さと圧力。

 

「フルカウル——ッ?!ぐっ……!」

 

 突進をギリギリで身を捩ることで回避するも、完全に避けきる事ができずに、緑の巨大が肩を掠めた。

 掠めた部分の制服は破れ、血が滲む。一瞬の接触で打撲に裂傷を負う。

 巨体の質量に、凄まじい脚力から生み出されるスピード。そして刃の如き鋭さを持つ鱗。それらが合わさる事で、ただの突進が凄まじい威力を発揮する。

 

 全体に刃が生えたトラックが意志を持って突っ込んでくるが如き脅威。

 

 全身の毛穴が開き、汗が吹き出すのを感じる。

 これは、久しく感じていなかった恐怖と”焦り”だ。

 

(なんで、なんでだ……?!)

 

「ドぉした、緑ヤいズクぅ!!オまえのチガラ、見セてみロォ!」

「ぐっ、アっ……!」

 直線的な攻撃。OFAを纏えば、5%の出力といえど回避することは容易。

 しかしどうだ。その単調な力を全力で回避することで精一杯。どころか躱しきれずに攻撃が身体を掠め、徐々にダメージが蓄積していく。

 

(どうしてッ……!)

 

 早くOFAを発動させなければ危険な状況。

 しかし、発動しない。いや——

 

(どうして発動しない……?!)

 

 発動しないのではなく、できない。

 確かに昨日、再びその火が灯るのを感じ、行使したはずなのに。

 

「なんでだよっ?!」

 

 焦りから思わず疑問の叫びが漏れる。

 それが隙となった。

 

「考えゴトとハっ——!!」

 

 遂にスピナーの拳が僕を捉えた。

 

 僕の身体は宙に浮き、次の瞬間には強烈な痛みと共に吹き飛ぶ。

 勢いそのまま壁に叩きつけられ、肺から空気が押し出され窒息状態に陥る。

 激痛が全身を走る。肋が二、三本折れた。不幸中の幸いというべきか、肺に骨が刺さった感覚はないが、甚大なダメージを受けたことに変わりはない。

 

 動かないでいる僕に、スピナーはゆっくりと歩み寄りながら言う。

 

「ナゼ異能をコうシしない?おレをガッかりさせテくれルナ緑谷。さァ、立て。オマえはこんナものデはないだロウ。テン弧が見出しタその輝きヲ、俺にもミせてグれ。さもナケれば……」

 

 巨体の影が僕を覆う。

 落胆の色が滲んだ声色で彼は僕に語りかける。

 しかし僕はもはや指一本動かすのが精一杯だ。

 

 そしてスピナーは兵器と化した右腕を構えた。

 

「——死ヌぞ」

 

 死を齎す巨拳が唸りをあげて僕に迫り、いつか覚えた絶命の気配から逃げられないことを悟る。

 

 ——OFAは未だその火を灯しはしない。




3話を読んでいただきありがとうございます。

皆様から頂いた、お気に入り登録、感想に評価がまさかこんなにもモチベーションに繋がるとは考えもしませんでした。重ねて感謝申し上げます。

休憩時間や移動時間を利用して書いているため、せめて隔週で投稿できたらと進めている拙作ですが、ふと思い出した時に読んでいただけると幸いです。
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