第八話です。
よろしくおねがいします。
出久は夜道を歩いていた。
被身子を家へと送り届けての帰路。昼間の出来事がどうにも気になってモヤモヤする。そんな心持ちを整理する為、気分転換と頭の整理を兼ねて散歩をすることにした。
「……最近色々ありすぎたから敏感になっているのかな」
ヘドロ
それら全てを受け容れるには、あまりにも勘が鈍り過ぎた。十年前、かつて教師でヒーローとなった自分ならどうしただろう。前を向くと、今を生きると決めた筈なのに。どうして今日はこんなにも揺らぐのだろう。
「あの殺気が原因だとしたら、僕はこんなにも弱くなったのか。いや、きっとそれだけじゃない」
確かに向けられた殺意は凄まじかったが、対峙は出来ていた。恐れは確かにあったが、戦いを恐れなかったことなど一度もない。それでも
感じたそれをあえて言葉にするならば。
「懐かしさ」
そう。懐かしかったのだ。出久はあの時、恐怖と共に馴染み深い気配を感じていた。元の世界での気配に酷く似ていて、それでも違うという確信。それがどうにも心のつかえとなって出久を悩ませていた。
「被身子ちゃん、八百万さん、口田くん。志村さんにスピナー、飛田さん」
『この世界』で出会ったかつての仲間に敵を目の前にした時にはその違和感は無く、同じだけど違うものとすぐに受け容れる事ができた。
「なのにどうして——」
「不用心だなぁおい」
聞き慣れた声。懐かしい声。
後ろから掛けられた、自分がよく知る声。
振り向けばそこには——
「かっ……ちゃん……?」
「ヨォ。久しぶりだなァ、
自分を『デク』と。この世界で呼ばれた記憶のないその呼び名を発する目の前の少年。髪は白く、肌は青白い、まるで死体のような出立ちで、自分の知る”彼”とは程遠い姿であるのに確信があった。彼は間違いなく、爆豪勝己だった。
「覚えてるたァ、意外だわ。テメェのことだすっかり頭から消し去られたと思ってたぜ」
「なにを……っ!僕が君を忘れるわけないだろ!」
「どうだかな。現に今の今まで抜け落ちてたろ」
「それは……」
「まぁいい。少し歩こうや。積もる話もあんだろ」
勝己は、出久についてくるよう促すように踵を返して歩き出す。遅れて出久はその背に駆け寄り並び立つ。
積もる話といいながら、二人の間に会話はない。沈黙を保ったまま勝己が歩く方へ足を進める出久は、実際のところ何を話していいのか分からなくなっていた。
不透明な面持ちのまま歩くこと数分。沈黙を破ったのは勝己だった。
「俺ァまどろっこしいのは嫌いだ。ガキんときからな」
「……知ってるよ」
「じゃあ聞くが、
「……は。それは、どういう」
思いがけない問いにますます困惑が深まる。
勝己は問いかけという体裁を取ってはいるが、何かしらの確信を持っている。彼はそういう男だ。
「聞き方を変えてやんよ。どうやって生き返ったお前。なんで生きてやがる。だれがお前を生かした?答えろ」
「い、意味がわからないよかっちゃん。そもそも僕、死んだことないよ?!死ぬようなこと——は最近あったけど……身に覚えが無さすぎる」
苛立った様子の勝己は訝しむ。どういうことだと。教えてもらった話と違うじゃないかと。
すとんと勝己は冷静になり、ある答えに辿り着く。
「なるほど、ナァ。アイツらがやりそうな手だ。まぁいい。おいデク」
「な、なにかっちゃん」
「次は学校だ。精々気ぃつけとくんだな」
「それはどういう——」
出久の問い掛けに答えることなく、勝己は闇へと姿を消した。追いかける間も無く彼は夜へ溶けていった。
「次は学校って……」
呟いた疑問に返ってきたのは、無色の不安だけだった。
そして今この瞬間まで頭の片隅で押し留めていた疑念が音となって吹き出した。
「君が、テロリスト……なのかい?かっちゃん……」
* *
乱暴に開かれたバーの扉へと、幽鬼の男——ラビュリントスは来客に向かって声を掛ける。
「おかえりニトロ。どうだった?
ニトロと呼ばれた漆黒のフルアーマーを装着した少年は苛立たしげに言う。
「……おい、ジジイ。あいつ覚えてなかったぞ、どういうことだ」
「それはそれは……」
「想定外、か?」
言葉に詰まったラビュリントスにニトロが詰める様に言う。
「俺とアイツ。二人揃ってこその計画じゃなかったのかよ。どーすんだ。始まる前から破綻してンぞ」
「代わりになるような素体は見つかってないからね……。そういえば次の
「そうだが——攫ってこいってか?」
いかにも面倒くさいといった声色でニトロは愚痴る。
「アイツら運用する時点で難易度爆上がりだわ。相性良かったとはいえ
「彼だけとは言ってないよ。他のも欲しいからね。誰にだって可能性は眠っているものだ」
「余計ダリぃわボケ。……んで、何人ほど持ってくりゃいい」
「百は欲しいな。できるかい?」
「……ケッ。明日の朝までにアイツらの調整済ませとけ。精々活きのいい素体が手に入るといいな」
言い終えてニトロは、入室時以上に大きな音を立てて扉を閉めて退室していった。その背中を眺めて、彼が居なくなった後もじっとラビュリントスは目を外さない。
「……噂に聞く反抗期ってやつかな」
「あれは元々の気質だろう」
溢した独り言に返ってきたのは、姿なき女性の声だった。
* *
[グループ:UA倶楽部!]
IZUKU>テロリストが次に襲撃する場所が絞れるかもしれません
志村>どうした急に
IZUKU>確証は持てませんが、恐らくテロリストの一員と思われる人物と接触。その際に次は学校だと言いました
八百万百>どこの学校かは分かりませんの?
༒SpinneR ༒>ただの脅し、あるいは狂言やもしれんぞ
IZUKU>あくまで学校としか……。脅しには感じられませんでした
口田甲司>警察に通報しようよ
八百万百>そうですわね……。私たちにできることといえばそれぐらいしか……。
志村>バカかよ
八百万百>なにがですの!
飛田>転弧くん、言い方
༒SpinneR ༒>警察では頼りない!我々が出るべきだ!ということだ
飛田>修一くん、そういうことじゃないから落ち着きたまえ
IZUKU>そうですね……。通報しても意味はないかと……
八百万百>緑谷さんまで!どうしてですの
志村>なんて通報するつもりだよ
八百万百>それはもちろん、テロの次の標的が学校という情報ですわ。
飛田>百嬢。そんな通報、警察は受け取ってくれないよ。
口田甲司>どうして
志村>考えてみろ イタズラにしか思われねぇよ
志村>信じたとしてなんで俺らが情報持ってるんだって話になって怪しまれるだけだ
八百万百>それは
IZUKU>僕もそう思います。だからあくまで身内で考察して対策を考えるしかできない
スマホを机において、ベッドにダイブ。
「……迂闊だった、かな。でも一人で抱え込んでまたみんなに迷惑が掛かるのも嫌だ……。弱いなぁ僕は。デクのままだ。それでも選択肢は必要だ。選べるだけでそれはアドバンテージになる」
ティロン
スマホが鳴る。画面にはメッセージ通知が一件。
送り主はトガと表示されていた。
さっきのグループでは一言も発さなかったからてっきりもう休んだものだと思っていたのだ。
[個人:トガ]
トガ>やっぱり私じゃダメですか
IZUKU>ごめんどういうこと?
トガ>今日のこと直接教えてくれませんでした
IZUKU>あの後にも色々あったから報告を
トガ>そうじゃありません
「そうじゃないんです」
「被身子ちゃん?!どこから……窓……」
「改めて、こんばんはイズクくん。お話、しましょ?」
突如出久自室(二階)の窓から襲来した被身子。
破天荒ぶりはいつもの彼女だが、どこか雰囲気が違う。
落ち着いた雰囲気で定位置である僕のベッドの脇に腰掛けた彼女。
「……で、お話って なに?」
「また、抱え込もうとしたでしょ。というか抱え込んでるね?現在進行形で」
「そ れは、だからみんなに共有を——」
「だれ?」
「ッ?!」
初手で核心へと掴み掛かる被身子。
本気度合いが窺える。
「誰と、会ったのかな。元カノ……はそもそもいようはずもないし。あの街で会った
そう言いながら彼女は隣に座る僕の手を撫でて、そのまま太ももを弄りはじめる。手はじわじわとわき腹を撫でて背中に回される。
「私、イズクくんが好きなんです大切なんです。だから、心配なんです。一人の女の子としては特に」
「心配ってそういう?!」
「当たり前じゃないですか。特別に対する心配なんです。こうして攻めにでてしまうのも致し方ないのでは??」
耳元に直接送り込まれる被身子の声が鼓膜を、脳を揺らす。どうにかなりそうな状態だが誤解は解かなければならない。
「待って、被身子ちゃん。君は誤解してるよ」
「私送った後相引きしてたことですかぁ?」
「そもそも相引きしてないよ?!もう!!」
「うひゃあ?!」
話を聞く体勢を整えさせるため、多少強引だが、被身子に後ろから被さる形で捕まえる。あすなろ抱き……っていうのだったか。その状況を作ると流石の被身子も軽くオーバーヒートを起こしておとなしくなった。
彼女が我に返った頃、夜道でのかっちゃんとの話。そもそもかっちゃんとは?の話から流して聞かせた。
「それは……トガ、なんて思い違いを……!腹を切って詫びるしかっ「はいやめようねぇ」あぁっ!」
被身子が隠し持っていた果物ナイフを没収して、刃を曲げて使えなくする。これは鉄塵へシュートだな。それにしても粗悪な鉄だ。軽く力入れただけでひしゃげてしまった。
「イズクくんも大概人やめてますよね」
「真顔で言われると傷付くなぁ」
「それで?」
「え、解決したじゃん」
「してません!デート中に現れた超怖いプレッシャーかけてきた女性の話!」
「……待って。女性?」
「はい。紛れもなく女の方の圧力でしたよあのジトッとした重苦しい感じ。後ろ姿は見えましたけど顔はちょっとー、です」
「は……そんな、勘違いだった……?昼も夜も僕はかっちゃんだと思ってた。だけど、被身子ちゃん曰く昼のは女性だったらしい。言われてみればかっちゃん特有のトゲトゲがなかった代わりに湿度というか重力的な重苦しい空気だった……!なぜ気付くことができなかった。やはり勘が鈍って?いや言い訳はいい。となると未確認勢力が増えることになる。何面作戦を張らなければならないブツブツブツブツ……」
「わ。イズクくんがくそなーどもーどに。……でも元気になって良かった。そうだ!夜食のおにぎり持ってきたんだった。イズクくー……んは聞いてなさそうだから置いて帰るねバイバイまた明日!」
身を翻して窓から飛び降り、猫の様に着地する。
こういう体術はスピナーさんに教えてもらったりしている。少し褒めると調子づいて色々と教えてくれるのだ。家の外壁登るスキルもそのうちのひとつ。
「逮捕、されないかなースピナーさん」
仲間が不法侵入で逮捕だなんて悲しすぎる。
「……イズクくん」
ぽつりと名前を呼ぶ。
はたして私はこんなにも嫉妬深かっただろうか。何かに執着して熱くなることがあっただろうか。少し怖い。これ以上ないほどイズクくんが好き。
だけどもし。
「私、どうなっちゃうんでしょう?」
「答え、教えてやろうか」
不意にかけられたその声が、私の最後の記憶でした。
* *
「君、そんな趣味だっけ?」
「確実にアイツを引きつけるための餌だ。まだ勝手にイジんなよ」
「彼のこと、随分と買っているようだけど、周到過ぎないかな?ニトロは最新技術の塊で武装も特別なものを用意した。それだけじゃだめなのかい?」
「フン。アイツはなぁ、バケモンなんだよ。自己犠牲のな。常に自分よりも他人に重点を置く。捨てるのはいつだって自分から。そんなやつ、どんな強くなったって安心できんわ」
「これは……かなり大人になったねニトロ。癇癪起こしてた子供が」
「うぜぇ。ともあれ予定は明日の昼。目標は折寺中学。やってやんよ」
「調整も終わった。能無も連れていきなさい」
「あーあ。ご愁傷様だな。これで無傷での生還は不可能だ」
「じゃあ起動するよ。起動」
ラビュリントスが徐に壁の装飾である棺のモニュメントに手を掛ける。
すると、辺りがカタカタ揺れだし、棺が壁から迫り出してきた。
轟ッという機械の音と共に蓋は開き、中からは身の丈四メートルはあろうかと見える異形の巨人が棺の中から現れた。その右腕には電熱線が張り巡らされた大型の棒状鉄板が無骨に取り付けられている。
「状態良好いつでもいけるね」
「わぁってるよ。いくぞ能無」
ニトロは、異形の巨人能無を連れてバーの外へ。
漆黒のフェイスガードの下の表情は窺えないが、どこか焦った様な雰囲気を感じさせる。
——必ず助けてやるからな、デク。
夜風に消えたその呟きは果たして
知るものはどこにもいない。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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今はまだ続けられるポテンシャルを秘めた作品になってると思いたいので、行けるところまでいってみたいです。
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それではまた次回。