斬魔廻戦   作:油揚げ

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脳内BGMは斬魔大聖デモンベインより、機神咆吼〜交錯する刃金と刃金


第二話 巨神

 

 まるで羽が生えたよう、幸吉はそう誤認してしまうほどの体の軽さに驚いた。次に驚いたのは体の内から噴き出すような力。抑えなれば叫びそうになりそうなほどの衝動が幸吉の全身を駆け抜けていた。

 

「どうだい?五体満足な体ってのは?」

「……」

 

 両手を開いたり閉じたり、首や腰を回して幸吉は自身の体の具合を確かめる。

 

「ま、一時でも嚙み締めなよ。どうせすぐに動かなくなっちゃうし」

「……」

 

 無言で暫し自分の体を眺める幸吉に真人は直ぐに襲い掛かることはなかった。何の力もない人間を労なく殺すのも面白いが、戦える人間とは真っ向から戦いたい。そんな戦いを楽しむ欲を真人は持っていた。ここのところずっと呪術師の目に触れないように行動していただけに、一方的に殺すというのが勿体ないのだろう。

 

「もういいかい?」

「ああ」

 

 幸吉の返答とともに頭上から数多のメカ丸が降り注ぐ。

 この日の為に用意した幸吉の戦力たちである。

 

「手伝う?」

「やめてよ、俺の玩具だよ」

 

 冗談を言うように夏油が口を開くが、腕は組んだままであり戦う気は感じられない。

 

 四方八方からメカ丸達が真人達に殺到する。幸吉の意思のもとに動いており、膨大な数にも関わらず乱れぬ連携を取りながら動くさまは訓練された軍隊のようであった。

 

「は!」

 

 真人の右腕が数倍以上に膨れ上がり、先頭の一団を薙ぎ払わんと振るわれた。空気を押しのける音が響き、ついでメカ丸達が擦れあう音が耳を突く。

 

「ん、やるね」

 

 完全破壊するつもりで振るった攻撃だったが、メカ丸達は多少動きがぎこちなくなるも、それでも即座に立ち上がり、真人に向って再び走り出した。

 真人や夏油に知る由もないことだが、これは幸吉が持つネクロノミコン機械語約版(加筆版)の持つ力の一つだった。本来なら精霊たるリトル・エイダが顕現しあらゆる機械を機械神たるデウスエクスマキナへと変貌させる超絶たる能力なのだが、今は機械を強化するのが精々となっている。とはいえ、それでも幸吉の持つ傀儡操術との親和性は極めて高い。

 凄まじい数のメカ丸の奔流、それに連携も申し分がない。十重に二十重と攻撃の手が収まることはない。

 

「まぁまぁ楽しいけど、そろそろ飽きたかな!!」

 

 真人は全身に呪力を漲らせるとハリネズミのように全身から杭を突き出した。かつて虎杖や七海達に用いて有効打にならなかった方法だが、無数に迫るメカ丸達には効果的だった。

 メカ丸達は互いの体が邪魔し合い、とっさの回避することが出来ずに無残にも体に無数の風穴を刻まれて行動不能に陥っていった。

 

「数任せが仇になったね!これで終わりだ」

 

 真人の両腕が巨大な槌のように変形し、床を陥没する勢いで振り下ろされる。

 轟音と衝撃、床に散らばるメカ丸の残骸も周囲に吹き飛び、不快な金属音が共鳴する。

 

「……逃げたか、真っ向勝負ってのをしたい気分だったんだけどなぁ」

 

 音が止み、次の攻撃を警戒する真人だったが、幸吉が居た辺りをつまらなそうに眺めていた。メカ丸達を囮にすでに幸吉はこの部屋から脱出した後だった。

 夏油と真人達の計画は五条悟にバレてはならないという性質上、計画を知る幸吉の殺害は絶対条件である。しかし、幸吉からすれば五条悟に計画を伝えれば良いため、必ずしも夏油達と闘わなければならないというわけではないのだ。

 

 

 

 

「……電波は通じない。帳も降ろされているし、まぁそうだろうな」

 

 地下からドローンを用いて外の様子を見た幸吉は溜息を吐きながら一人呟いた。自分達の敗北条件が分かっていて対策しない間抜けはいない。こうなれば幸吉が遁走するのはほぼ不可能だった。

 覚悟の時が迫る。

 

「こんな薄汚れた俺が貴方達に祈るのは烏滸がましいのかもしれない。でも二人ともどうか、俺に勝利を!」

 

 

 かつて、少年は二柱の神に見せられた巨大な機械の神に魅せられた。自身を操った忌むべき神とは対極に位置する究極の善なる機神。

 それは悪を憎悪する鋼の刃、正しき怒り、無垢なる翼。

 

「デモンベイン・ミメーシス!!」

 

 声とともに巨神の両目が眩く光る。

 全身が白磁の様に輝く巨大な機体、全身は優に五十メートルは越えるだろう。白一色に統一されているという点を除けば、その姿はほぼデモンベインと変わらない。幸吉の憧れの具現であった。

 デモンベイン・ミメーシス。模倣(ミメーシス)の名が表すように、これはデモンベインの模造品である。だが、模造品と侮るなかれ、人は古来より木材、石材はては金属にて神の模造たる神像を作成してきた。そもそも人が神を模して造られたと伝える神話、宗教は多い。それにデモンベイン自体が機械神の模造から始まり、そして真の機械神へと至った存在なのだ。その流れを組むデモンベイン・ミメーシスに僅かでも力が宿るのは必然だった。

 

 

 

 轟音と共に巨大な水柱が吹き上がり、デモンベイン・ミメーシスが日の光に晒される。

 天を仰ぎ見ると排気口から熱気を噴き出して眼下の敵を睨みつけた。

 

「ははっいいんじゃない!?」

 

 

 

 断罪術式レムリアインパクト………………使用不可。

 術式兵装クトゥグア…………………………使用不可。

 術式兵装イタクァ……………………………使用不可。

 術式兵装アトラック・ナチャ………………使用不可。

 術式兵装ツァール・ロイガー………………使用不可。

 術式兵装ニトクリスの鏡……………………使用不可。

 断鎖術式クリティアス、テイマイオス……使用可能。

 術式魔砲ディグ・ミー・ノー・グレイブ…使用可能。

 

 興味深げにデモンベイン・ミメーシスを見上げる真人を警戒しつつも幸吉は機体の起動状態に目を配る。魔導書の覚醒が完全ではないため、機体の稼働状況は半分に足らない程度、搭載された兵装も魔導書に刻まれた術式が発動しきれないため、完全発動は不可能な状態だった。魔力があれば使える兵装なら出力が低下が免れないが、使用するだけなら可能なようだった、

 ネクロノミコン機械語翻訳加筆版自体は作成者、追記者ともに超一流の魔術師であり、世界でも有数の魔導書なのだが、幸吉の魔術師としての位階は九郎の指導を受けて優れているといえるが、未だに覚醒前の死霊秘法を補える技量はない。

 

「だが、やるしかないよなぁ!!」

 

 幸吉が生まれてから貯め続けた呪力が天与呪縛として望みもせずただ与えられた苦痛を対価にして与えられた力が機神の炉に大火を灯す。傀儡、機械を操る幸吉の術式は呪力を魔力としデモンベイン・ミメーシスを滑らかに稼働させた。

 戦いの合図とばかりに全身から呪力を放ち、幸吉はモニター越しに真人を睨む。

 

「真人……夏油は、ちっ舐めやがって」

 

 自らの真正面に立つ真人に対して、少し離れた橋からデモンベイン・ミメーシスを眺める夏油。何やら思案顔をしてはいるが、幸吉が見ているのを悟ると、柔和な笑顔を浮かべている。その様子からは真人と組んで幸吉を一気呵成に叩く意思は無さそうである。

 

「夏油の思惑は分らんが、帳を排除しなければならない関係上、夏油は絶対に倒さなければならない。最優先にしたいところだが……ふんっ!」

 

 傀儡操術により、既存のインターフェイスを遥かに凌駕した操作性にて巨大な右腕が振るわれる。その右腕はいつの間にか、デモンベイン・ミメーシスへと接近した真人に直撃し、真人は流星の如く山肌に叩きつけられた。

 

「放って置くには真人は危険すぎる。夏油に手を出す気が無いなら丁度良い。真人から祓ってやろう。……術式魔砲」

 

 

ディグ・ミー・ノー・グレイブ(我は埋葬に能わず)!!」

 

 デモンベイン・ミメーシスの人間でいう臍あたりが開き巨大なビームが発射される。空気中の水分を一瞬で蒸発させ、巨大な光の帯は真人を飲み込んだ。

 

「うぉおお!!?------」

 

 実際に存在する既存の兵器からあまりにも逸脱した攻撃に晒され真人は全身を焼かれながら、その場から飛びのいた。全身の皮膚は焼け焦げ、皮膚が捲れ上がっている部位まであり、人であれば間違いなく重症と呼べるほどのダメージだ。

 しかし、そこは特級呪霊。魂に届かぬ攻撃はダメージ足りえないという破格の術式、無為転変により瞬く間に真人の体は修復されていく。真人相手に頭部破壊などの急所の攻撃は必殺にはならない。呪力が尽きぬ限り死ぬことはないのだ。

 

「やはり、魂に届かない攻撃は決定打になりえないか……まぁやりようはある」

 

 幸吉は予想していた事態に眉を顰めるかと思いきや、口角を上げ笑みを浮かべていた。

 

「はは、すごい、すごい!!まるでスーパーロボットじゃないか!」

 

 デモンベイン・ミメーシスの攻撃は真人が立っていた橋を吹き飛ばすほどの大範囲攻撃であった。それでも真人は余裕の表情を浮かべていた。今の攻撃で幸吉には魂を傷つける攻撃がないと判断したからだった。

 粉塵の中から真人が飛び出した。両足を鹿のような俊敏な形状に変えまるで跳ぶように駆けていく。

 

 デモンベイン・ミメーシスが右腕を振り上げ、真人を潰さんと振り下ろす。だが、呪力で強化された体と高速で動くことに特化した脚は、軽々と攻撃を交わし続ける。

 

「小さな相手は苦手かい?」

 

 振り下ろされた拳が地面にめり込むこと幾たび、今度は真人が攻勢に打って出た。両足で地面をしっかりと踏むと、それをバネに今まで以上の跳躍をみせる。

 瞬く間にデモンベイン・ミメーシスよりも高く舞い上がった真人は右手を何倍にも膨らませ、デモンベイン・ミメーシスの頭部めがけて、その拳を振りぬいた。

 

「断鎖術式起動!壱號ティマイオス!!弐號クリテイアス!!」

 

 それはオリジナルと同じくデモンベイン・ミメーシスに組み込まれた内部兵装の一つ。両脚部に搭載されており、空間を歪めその反発力を機動力、攻撃に転用するシステムである。

 幸吉の掛け声とともにデモンベイン・ミメーシスの両足が唸りを上げ、周囲の空間がわずかに泡立つ。そして次の瞬間、デモンベイン・ミメーシスはその巨躯からは考えられないほどの高さへと飛び上がった。その高さは優にニ百メートルであり、その巨躯が猛スピードで動いた反動で局所的な暴風が真人を襲う。

 

「は?」

 

 物理法則を完全に無視した挙動に真人は風に吹き飛ばされながらも間抜けな声を上げた。自らも既存の物理法則から逸脱しているからこそ、それを遥かに上回る光景に呆けていた。

 

「喰らえ!アトランティス・ストライク!!!」

 

 巨躯が空を舞っているだけでも異質なのに、幸吉はそこからさらに新体操さながらに空中でデモンベイン・ミメーシスを回転させ、飛び蹴りの姿勢をとる。雄々しく右足を伸ばしたその姿はライダーキック。特撮の金字塔である。

 ぶぅん!更なる反発力が生み出され、デモンベイン・ミメーシスが加速する。暴風により体勢が崩され、さらに思わぬ事態に呆けている真人にそれを防ぐ手段はなかった。デモンベイン・ミメーシスの足裏に真人は叩きつけられ、あらぬ方向へと飛んでいく。スケール差はスリッパで叩かれるゴキブリと大差はない。特級呪霊とはいえ、本来なら絶命は免れない威力だろう。

 

「はぁ、はぁ、ぶっつけ本番だったが。九郎さんみたいに動けたかな」

 

 生まれて初めて動かす五体に、これまた生まれて初めて動かす巨大ロボット。如何に傀儡の操作に適した術式とはいえ上手くいく保証はなかった。幸吉の心臓はバクバクと動き、抗議を訴えているようであった。

 

 

 

 

 

 真人が激突した山肌からもうもうと土煙が立ち上り、それを見つめる白亜の巨人。青空も相まって中々に絵になる光景の中、夏油は仲間であるはずの真人が押されているにも関わらず感嘆の声を上げていた。

 

「いやはや、ここまでとは。呪力とはやや違う力も感じるし。あの巨体であれだけ動けるとは、現在の科学力を無視しすぎでしょ」

 

 元々、ほぼ無理矢理に仲間に引き込んでいた為に、無為転変で体を治した後に反旗を翻す可能性を考えてはいた夏油だったが、それにしてもここまで物を用意しているのは予想外であった。

 

「呪力に似た力、傾向は似ているけどやはり何処か違う?それにあのキック……空間に干渉して無かったか?まさか科学の力で空間に干渉しているとでも言うのか?」

 

 空間に作用する謎の技術。自らの願いに立ち塞がるであろう最大の壁、五条悟が有する無下限術式をも突破するかもしれない力に夏油は興味を惹かれていた。

 

「とはいえ、それだけでは無為転変を無効化するなんて事は出来ないよ。でもこの呪力量なら真人の呪力切れも狙えるかもね。そうなれば……」

 

 最初の下馬評は真人の圧勝。夏油が手を出すまでもないという判断だったが、与幸吉にはまだ切ってない手札が有ると夏油の勘が告げていた。下手をすれば己も出し抜かれるほどの何かが有る。そんな勘のせいか、デモンベイン・ミメーシスの動きに夏油は目が離せないでいた。

 

 

 

 

 

「そのデカさで新体操?動きが気持ち悪すぎでしょ!」

 

 思わぬ攻撃に真人は苛立っていた。魂が破壊された訳ではないので見る見るうちに体を修復できるが、それでも呪力が消費されたことには変わりない。ただ大きいだけで、多少歯ごたえがある程度と考えていた相手に思わぬ反撃を受けたのが気に食わない様子だった。

 

「なら、こっちも飛んでやるよ!」

 

 上半身を猛禽類に似た形状へと変化させ、真人は空へと舞い上がる。

 

「バルカン!!」

 

 デモンベイン・ミメーシスのこめかみから、凄まじい数の弾幕が張られる。一発一発が人体に風穴を余裕で開けるほどの威力を誇るそれは真人を出来の悪いスポンジへと変えていく。

 

(無為転変で体を治せるからな、これ位の攻撃なら避けるまでも無いってか?……それが驕りって言うんだよ!)

 

 体をいくら削られようとも、意にも介さずに真人はデモンベイン・ミメーシスへと突き進む。遠距離攻撃、それに接近戦も優れているとはいえ、その巨体ゆえに小回りはそこまで得意には見えない。貼り付ければ、そこから打開策も有るだろうというのが真人の作戦だった。

 

「馬鹿め!」

 

 デモンベイン・ミメーシスの人差し指から矢じりが放たれる。バルカンを避けようともしていなかった真人の左の上腕にそれは深々と突き刺さった。

 

「うぉ!?って、今更こんなのが効くと思ってるの?」

 

 体勢崩し、地面へと落ちた真人だったが、自身の体を貫通して余り有るバルカンを食らっても平然としている自分にそれなりの太さとはいえ、貫通もしない杭を刺されたことに怪訝な表情を浮かべていた。

 次の瞬間。

 

 真人の左腕が肩口付近から消し飛んだ。

 

「は?」

 

 与幸吉と戦い始めて幾度目となる驚き。だが、それは更なる驚きの前座でしかなかった。

 

「再生しない?……魂まで届いたか。っ!!!」

 

 自らの魂の形に沿って左手を修復しようとするが、左手はまるで回復する様子を見せない。自らの魂を改めて観測すると、本来傷つけられるはずがない魂に大きく損傷していた。

 そんな驚きに困惑していると、突然真人の周囲が暗くなる。その直上にはデモンベイン・ミメーシスの巨大な足裏が迫っていた。

 地面が大きく陥没するが、お構いなしとばかりに幸吉はデモンベイン・ミメーシスの右足を何度も振り下ろす。周囲の木々が吹き飛び粉々になった岩が辺り一面にバラまかれていく。

 

「はっ!」

 

 辺りに散らばる岩や木々の残骸に紛れて真人が、再び空へと躍り出る。その左手は先ほどと変わりなく生えており、宙を羽ばたくのに支障は見られない。

 

「……再生した?いや無為転変で形だけこねくり回したか、魂自体は消耗しているはずだ」

 

 魂に届かぬ攻撃は決定打になりえない真人に対して、幸吉が考えた攻略法は領域内の術式を無効化する簡易領域であった。簡易領域を展開し真人の術式、無為転変の無力化し祓う。字面にすると簡単だが、幸吉自身は残念ながら簡易領域を習得することは出来ず。機械的に再現する方法を取らざるを得なかった。

 これは簡易領域をシン・陰流の門外不出を縛りとして出力を向上させているため、教えを乞うことが出来なかったためである。

 その再現には、同じ京都高でシン・陰流の使い手である三輪霞を逐一観察するというストーキング染みた努力を長年幸吉が繰り返していたのはここだけの話である。

 

「頭か胴体に当たれば終わりだったが、警戒されてしまったな」

 

 周囲を油断なく飛び回る真人に幸吉は渋面を浮かべた。油断しているうちにとびっきりの一撃をお見舞いするはずだったのだが、特級というのは伊達ではないのだろう。

 

「……簡易領域は後、三本。これをどう使う?」

 

 背中を冷たい汗が伝い落ちる。これが真人でなければデモンベイン・ミメーシスの自力でゴリ押し出来るが、決定打が三つしかない状態は幸吉を焦らせた。再現した簡易領域はペットボトル大の大きさであり、これを装填して攻撃、防御に転用できるが、拳にまとわせたり、ディグ・ミー・ノー・グレイブ(我は埋葬にあたわず)に付与することは出来ない。使い方がバレれば攻略されるのは時間の問題だろう。

 

「せめてイタクァいや、アトラックナチャでも使えれば……」

 

 魔導書さえ目覚めればと幸吉は歯を食いしばる。だが無いもの強請りしても現状の打破には結びつかない。

 

ディグ・ミー・ノー・グレイブ(我は埋葬にあたわず)!!」

 

 大空を薙ぐようにして極太のビームが走り抜ける。雲が次々と切り裂かれ散り散りになっていく。

 

「はっはははは!!そんな大振り当たるわけないでしょ!?」

 

 腹に砲口が固定されたディグ・ミー・ノー・グレイブ(我は埋葬に能わず)は手すきで使えるという利点があるが、取り回しには難がある。その欠点を見抜いた上で真人は空を舞っているのだろう。

 

「無為転変を無力化した方法は分からないけど、そろそろ終わりにしよっか」

 

 まるで子供が玩具に急に興味を無くしてしまうように、真人は淡々とそう告げた。想像以上に面白い戦いではあったが、虎杖や七海達と戦った時の様な高揚感はもう失われていた。

 

 --自閉円頓裹(じへいえんどんか)--

 

 ざわりと世界が書き換わる。

 真人の口腔から生えた二対の手が印章の形を取り、世界の法則が書き換わる。薄暗く、辺り一面から大小様々な腕が生えた悍ましい世界。腕たちはさわさわと自らの意思で揺らめいており、その不気味さをより増強させている。

 

「---------っ!!」

 

 呪術戦の奥義である領域展開。それが展開されたことに気づき幸吉の全身皮膚は泡立った。多くの領域は領域内にて自身の術式の必中を付与し殺戮効果を極限まで高めている。術式にも因るが必中だけなら致命になりえない場合もあるが、真人の術式は手に触れたものの魂を自在に変質させることである。

 

「はい、おしまい。ご苦労様でした」

 

 領域展開により、必中となった必殺の術式、無為転変。

 嘲る様に真人が呟くとデモンベイン・ミメーシスの巨体は傾き、地面へと倒れ伏してしまう。触れずとも術式効果を発動させることが可能な領域内において、コックピットなどの遮蔽物に囲まれてようともそれは無駄である。防ぐ方法は領域からの脱出や、領域を無効化する方法以外に助かる術はない。

 

 

「領域展開すれば装甲なんて関係ないしね。僕が呪力を温存すると思ったのかな?まぁそこそこは楽しめたよ、それだけは感謝してる」

 

 領域展開すれば、あっけなく決着が着くことを真人は知っていた。だからこそ、出来るだけ長く楽しむために最後の最後まで領域展開を温存していたのだ。蹂躙は蹂躙で楽しいが、手札が分からない相手との戦闘もそれはそれで楽しかった。唯一、真人が気になるといえば……。

 

「魂まで届いたあの攻撃、あれだけはちょっと気がかりかな……---っ!!?」

 

 真人の独白は突然、動き出したデモンベイン・ミメーシスが突き出した中指に貫かれたことで中断された。深々と突き刺さったそれは、背中から腹を貫通し夥しい血液が真人の下半身を染め上げていた。

 

「シン・陰流、簡易領域」

 

 モニターに映る真人を睨みつけながら、静かに幸吉は呟いた。

 瞬間、真人の体は急激に膨れ上がり、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「っは、はっ」

 

 領域が解除され真人だった肉片が、血しぶきが四方八方にぶちまけられる。幸吉は油断無く周囲を見渡すが、その息は過呼吸の様に乱れていた。

 生身での初めての戦い、しかもそれが特級でも上澄みである真人。肉体以上に精神的な疲労は激しく。幸吉の全身から汗が噴き出て、心臓の鼓動ははち切れんばかりに煩い。

 

「勝ったんだ、勝った!!---------っ!!!」

 

 操縦席で幸吉は雄たけびを上げる。それは歓喜の叫びであり、一つの困難を越えた男の咆哮だった。幸吉に倣うようにデモンベイン・ミメーシスものけぞり、声無き声を上げていた。

 幸吉が領域展開を防いだ方法、それは簡易領域を込めたボトルの一つを防御に使ったからだ。真人が終始余裕だったのは領域展開を温存していた為であり、領域展開をすれば戦いが終わると決めつけていた事が、この光景を生み出す原因となったのだ。とはいえ、簡易領域の使用がほんの僅かでも遅れれば死、そんな奇跡的な技巧をなしたことに幸吉は高揚する。

 

「高みの見物もこれまでだな夏油」

 

 簡易領域の残りは一本、魔力は十二分。数多の呪霊を従える夏油の手数は多いが真人ほどの再生力は無いと考えられる。幸吉の公算では決して不利な戦いではない。

 

 勝てる。皆に逢える。自らの望みに現実感が表れ始め、幸吉の戦意が更に高まっていく。

 

 

ディグ・ミー……(我は)

 

 そう幸吉が呟いた瞬間、胸に収まっていたコックピットの壁が粉砕される。コックピット内の警告音と無数のエラー画面。そして直接的な衝撃が幸吉の肉体と精神を揺さぶった。

 

「!?なんだと!?-----真人!!」

 

 コクピットの前面部に大穴が空き、ニヤニヤ笑いをべったりと張り付けた真人が幸吉を見下ろした。悪戯が成功した子供のような笑みだが、隠そうともしない邪気が満ち溢れており、凄まじい悍ましさを醸し出す。

 

(馬鹿な!?簡易領域は確実に発動していた!!生きてられるはずが無い!)

 

 ざわざわと体中から手を生やし、逃さんとする姿は殺意の塊。張り付けた笑顔はなまじ整っているだけに恐怖をより際立たせる。

 

「たかが呪霊が邪悪を語るなよ!」

 

 簡易領域を込めた最後の杭を構え、幸吉は吠える。かつて取り込まれかけた邪神への恐怖が真人に感じた恐怖を軽々と越えさせる。

 悍ましくも神々しい邪神達は意図が無くとも人々を冒し、狂わせる。幸吉はそんな邪神に操られ、冒涜的な神を作らされていた。彼の神からすれば一端にも満たない零れ落ちたパン屑の様な悪意も、人類を遥かに上回る特大の邪悪だったのだ。

 所詮、人が人を恐れる心など、人の域を越えることなど無いのだ。

 雄々しく雄たけびを上げる幸吉だったが、悲しいかな狭いコクピット内に逃げ場などない。必殺の術式を叩き込む為に数十の手を生やした真人の勝利は揺るがない。

 

「さよなら」

 

 なんとか無数の手を捌く幸吉にいっそ優しさすら感じる声色で真人が囁いた。それは楽しい戦いを繰り広げてくれた相手への歪な慈悲だった。

 

 

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