斬魔廻戦   作:油揚げ

3 / 5
第三話 リトル・エイダ

 

 渋谷事変。

 ハロウィンという大型イベントに併せて行われた呪術テロ。多数の一般人が巻き込まれ、事態の収束の為に呪術師達が駆け回っていた。

 大人数を人質に取られた中、特級を含む数多の呪霊の討伐。改造人間の殲滅により呪術師側に事態が進む中、呪詛師、呪霊側の最大の策が発動し、事態は大きく動き出す。

 

 最強、五条悟の封印。

 

 たった一つの予想外。

 ここから連動する策と呪霊、呪詛師達によって呪術師側の戦力は大きく削られてしまう。

 敵対側に問答無用の理不尽を押し付ける最高戦力を失ったことで、呪術師達は後手となった。そのあまりの強さゆえに誰しもが、五条悟が害されることなど想定外にしていなかったため、戦力的にも精神的にも呪術師達は追い詰められていく。

 

 日本に住む全ての人間の命運が終わる。

 

 否、日本が滅亡あるいは大変革を遂げてしまえばその影響は全世界に波及するだろう。

 

 五条悟の封印はそれだけの意味を持っていた。

 

 

 

 

 

『……うっ……う』

 

 スピーカー越しに三輪霞の嗚咽が響く。

 呪術高専京都高の生徒と京都高の教師である庵歌姫達は皆一様に渋面を浮かべていた。それは一人の同級生の告解。

 メカ丸こと与幸吉が情報を呪詛師と特級呪霊達に漏らしていたという罪の告白。缶バッチの様な姿のそれは生前のメカ丸の思考ルーチンを真似るだけのAIである。

 機械化されたそれは自身が漏らした情報を滔々と語り、そして五体を得て会いたかったと小さく呟いた。そんな事の為に皆に迷惑を掛けたと謝罪する。

 突然の罪の告白、しかし誰もメカ丸、与幸吉を責めることはなかった。彼がした行為は最低の裏切り行為だろう。しかし、その望みはただ友人と生身で会いたいというほんの小さな願いだ。皆が当たり前にしている行為であり。決して我欲塗れた汚い願いなどではない。なんの縛りもない体を持つ彼らは幸吉を責める理由を見いだせないでいた。

 

「歌姫先生、メカ丸がしたことは?」

「不問よ、本人が死んでるんだもの」

 

 禅院真依の問いに庵歌姫はきっぱりと答えた。

 二人の顔は一様に納得できないと歪んでおり、それは二人と同じ輪を作る加茂憲紀、西宮桃も同様に悲哀を漂わせていた。

 

 ハロウィン、世間でようやく知名度を上げてきた催しは年を経るごとに渋谷を大人数のハロウィン会場へと至らしめた。それは2018年の今年も例外ではなく、前年以上の大賑わいを見せるはずだった。

 しかし、それは呪詛師と特級呪霊という悪意によって塗りつぶされていた。

 そんな渋谷の異変を解決するはずの京都高専の所属術師である加茂憲紀、西宮桃、禅院真依、庵歌姫。そして違う新幹線に乗る三輪霞の姿は現地渋谷にはない。

 それもそのはず、メカ丸こと与幸吉は死ぬ危険が少ない実力者である東堂葵と特殊な術式を持つ新田新以外のメンバーに危険が及ばないようにハロウィン当日に渋谷から遠ざけるために京都以南の任務に就くように裏工作を行っていたからだ。

 そして、メカ丸自身の人格をコピーした缶バッジ状のメカ丸が自身の罪を告白し、なんとか生き残って欲しかったと今生最後の願いを伝えた終わったところだった。

 

 皆の表情が曇っているのは、同じ学校の仲間がそんな苦悩してたことを知らなかったことと、死んでしまったことの哀悼の発露であった。

 

「随分と低く見積もられたものだ。メカ丸め」

「っていうか、東堂君なら死なないとか、私達なら死ぬとか関係ないっつーの。カワイイ後輩を泣かした奴はブチ殺す」

 

 不服そうな加茂と今回と事態と自分達の不甲斐なさに殺意を漲らせる西宮、一行は間に合うことはないと分かりながらも一路、渋谷へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三輪霞は過去を思い出していた。

 ミニバスでキャプテンをしていた頃を、中学でシン・陰流の師範と出会い。家計を助けるために呪術師となった。稽古は辛かったが、母の負担になりたくなくて毎日、毎日剣を振るった。

 呪霊と戦うようになり、死にたくないと一層、剣を振るう回数を増やした。ひたすら剣を振るった。そんな過去。

 

 その思いを記憶の全てを、右手に握った剣へと乗せる。

 

 それだけではない、今を、そしてこれからの未来の全てを込めて剣を構えた。

 

(たとえ、もう二度と刀を振るえなくたっていい!!)

 

 過去最高の集中力と過去最大の呪力。それが裂帛の気合とともに夏油に振るわれる。

 

 シン・陰流。

 

 

 

 

 

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐抜刀!!

 

 

 

 パシッ。

 

 

 三輪が持つ全てと覚悟を込めた一刀は乾いた音ともに止められた。避けるでもなく防御するでもなく、ただ当たり前のように素手の掌に受け止められ、刀は無残にもせんべいの様に砕かれた。

 夏油の表情は僅かばかりも変化はない。羽虫が飛んできたから手で払ったと言わんばかりの無関心さだ。彼我のあまりの実力差に三輪は恐怖すら湧き出てこなかった。

 

 極の番、うずまき。

 

 呪霊躁術の奥義が開帳される。吹き出す呪力に三輪は動くことも出来ずに棒立ちしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「三輪!!!」

 

 

 

 一陣の風が駆け抜け、今まさに三輪を吹き飛ばさんとした衝撃を受け止める。キンと凍えるような音が響き、清廉な薄緑色の光が辺りを包む。

 

 五芒星の中心に瞳を宿す独特な魔方陣が夏油の攻撃を受け止めていた。

 それは旧支配者、邪神達の悪意から身を守る防御陣----エルダーサイン!!

 

 

 

 

「メカ丸……いや、与幸吉(むたこうきち)か……ふぅん、生きてたんだ。死んでいたのは確かに確認したはずなんだけど……どんな手品を使ったのかな?」

 

 目の前の人物と目を合わせ、それまでの飄々としたアルカイックスマイルを消して目を見開くと、次の瞬間に本当に楽しそうに夏油、いや夏油の体を乗っ取った呪術世界の暗黒の一つかつては羂索と呼ばれた呪術師は嗤う。

 

「さぁな、お前の死亡確認がザルだったんだろうさ」

 

 

 そんな怪人を対峙するのは京都高専の制服に身を包み、左頬に独特の痣を持つ少年。それは十日前に確かに真人に殺されたはずの与幸吉、その人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は戻り、六時間前。

 

 

 

 メカ丸こと与幸吉が潜伏先としていた地下施設。

 ベッドの上に半裸の幸吉が寝かされていた。傷はなく、呼吸、脈拍ともに正常。明らかに生体活動が認められ、死んでいるようには見えない。

 そんな幸吉の瞼がふるふると震え、ゆっくりと開いた。

 

「……ここは……俺は、俺は……そ、そうだ真人は?夏油は!?」

 

 寝起きの微睡の中から、急激に意識を回復させ、幸吉はがばりと上体を起こした。真人が掌が体に触れ、体が何かに作り替えられる悍ましさと、それ以上の激痛が目覚める前の幸吉の最後の記憶であった。

 天与呪縛で生まれた直後から全身の痛みに苛まれていた彼をして激痛としか呼べない痛み。そんな中で無傷で生きているなど到底、幸吉には信じられない。

 

「どういうことだ。あの世って奴か、それとも幽霊か呪霊にでもなったのか?」

 

 凄まじい強運で生き残ったとしても、傷がないというのはあまりにも不可解。ペタペタと自身の体を触ったり、見渡すが幸吉が観察可能な範囲には小さな傷すらも見られない。

 

「マスターは確かに死んだ。故に死ぬ前に戻しただけ」

「っ!?誰だ!」

 

 淡々とした熱を感じぬ声が幸吉の耳に響く。少なくとも幸吉が聞いた声色の中に聞き覚えのある声は存在しなかった。

 声がした方向を振り向けば、中学生くらいの少女が無感情に幸吉を見つめていた。

 それは腰まで伸ばした輝いているかのように滑らかな金髪と翡翠を水に溶かしたような潤んだ美しい瞳。幼さを残しながらも凛とした美貌を兼ね備えた魔性のごとき美少女だった。

 服の衣装はところどころに歯車を付けた独特のボディースーツ。容姿と合っているかと言われるとかなり微妙である。

 しかし、そんな美貌や独創的な衣装よりも尚、異彩を放つものが在った。それはユニコーンの様に額から生えた金色の角。根元には角を支えるように金属質のリングが誂えており、異様さを助長させている。

 総合的に見て容姿も服装も、角も普通の人間というには逸脱しすぎていた。

 

「薄情なマスターだ。誰よりも貴方の近くに居たというのに、……私はネクロノミコン機械語写本……の加筆版とでも名乗れば分かるか?」

「何?」

「……エイダ()覇道鋼造()はリトル・エイダと私を呼称していた」

「リトル・エイダ……?いや、ネクロノミコン機械語写本加筆版って、つまり……」

「マスターの考えている通り。私はかの魔導書の精霊。力の回復により、ようやく再びの精霊化が可能となった」

 

 どこから突っ込めば言いか分からない幸吉を尻目にリトル・エイダと名乗る少女は淡々と自己紹介を続けていた。

 リトル・エイダはかつて、そして今も存在するかもしれぬ。遠き遠き平行世界にて執筆された魔導書であるという。オリジナルではないが、元となったのは邪悪を憎みながらも悪について事細かに示された邪悪を記す正義の魔導書ネクロノミコン。それを機械語翻訳して、さらに加筆したものである。

 邪神との戦いにより致命的なダメージを負い、精霊化出来なくなり死した魔導書となっていたが、大十字九郎が加筆という形で活力を注ぎ込んでいたのだ。

 

「……それで俺が死ぬ寸前に助けてくれたってわけか」

「いいえ、マスターは一度死んだ。先ほど伝えたが、……混乱か?」

 

 感情を一切込めず、リトルエイダはそう告げた。

 

「は?」

「……これで三度目。マスターは一度死んだ。悪性の霊的存在により脳および循環器、呼吸器の異常変形、破裂などの多数の要因で死亡している」

 

 呆ける幸吉にリトル・エイダは幸吉の体が凄まじい損壊を受けていたことを付け加えた。幸吉は朧げな意識を失う最後の記憶に集中する。

 幼子の様な笑みを悪意たっぷりに浮かべ、自身に無数の手を伸ばす真人。魔力、呪力を漲らせ迎え撃つ自分。手には必殺の簡易領域を込めたシリンジ。そしてその腕を真人に掴まれ、せめての抵抗とデモンベイン・ミメーシスを自爆させようとして、全身を悍ましいほどの数の手で包み込まれ‐‐‐‐。

 

 

「-----っはっ、はっ!!」

 

 思い出すは全身に走る凶悪な痛みと自分の体が作り変えられていく凄まじい嫌悪感。フラッシュバックする痛みと恐怖に幸吉の体が強張り、過呼吸を繰り返す。

 

「大丈夫、マスターは今は生きている。そして私が居る。今度はこんなことには決してならない。させない」

 

 震える幸吉の体をふわりとリトル・エイダは抱きしめた。小さな体では幸吉に抱き着いているようにしか見えないが、暖かな感触と香水とは違う何処か安心する柔らかな香りが幸吉の体の強張りを解きほぐしていく。

 

「あ、ありがとう……リトル・エイダ」

「礼はいらない、マスターをケアするのも魔導書の役目だ」

 

 幼い頃より天与呪縛にて脆弱だった幸吉の体。思えば人に抱きしめられたのはいつだったかと幸吉はなんとはなしに考えるが、そんな記憶は僅かたりとも思い出せない。自分を気味悪がったのか、はたまた触れ合うだけで傷つけると慮ってくれたのかさえ、定かではなかった。

 

「とりあえず、何が起こったか教えてくれるか?」

「分かった。また、震えると面倒だ。このまま伝達するが構わないか?」

「あ、ああ。それでいい」

 

 喋り方は機械的で感情に乏しいが、それでも自分を気遣っているのが伝わり幸吉は何とも言えないむず痒さを覚える。しかし、そんな態度と声色とは裏腹にリトル・エイダから伝わる身体の温かさと柔らかさ、優しい気持ちが心を落ち着かせてくれるのは確かなので、幸吉は彼女の好きにさせることにした。

 

「特級呪霊真人により、マスターの体は破壊され、マスターは死亡した。だが、その瞬間に私は再び精霊となることが可能になったのだ」

 

 最後だと感じた瞬間に幸吉は全ての力を絞り出さん勢いで真人に抗った。溜め込んだ呪力をこれでもかとつぎ込んだ攻撃は真人を祓うには至らなかったが、その呪力は確かな力となり一冊の魔導書の復活の糧となった。

 

「精霊化が可能なった私は敵対勢力の反応の消失を待ち、マスターを復活させたのだ」

「時間遡行、ド・マリニーの時計か……師匠達の体験談を色々聞いたけど、本当に可能なんだな……」

 

 ド・マリニーの時計。それは邪神と敵対する旧神が生み出したとされるタイムスペースマシンである。エイダはそれを元にした魔術を行使し、死んでしまった幸吉を蘇らせたのだ。

 

「とはいえ、戻したい時間から離れれば離れるほど魔力の消費は莫大となる。それが死を覆すためならなおさらだ。いったい、そんな魔力どっから持ってきたんだ。俺の魔力で精霊化したならそんなに魔力は残ってなかったろ?」

「マスターの魔力はほとんど残っていなかった。だがマスターがデモンベイン・ミメーシスを正しくデモンベインの模倣として作ってくれていた」

 

 ざわりと、幸吉の肌が泡立った。

 

「まさか」

「デモンベインの心臓部、獅子の心臓(コル・レニオス)、銀鍵守護神機関」

「だが、設計図通りに作ったはずだが、機能はしなかった。あれは……そう平行世界へと通ずる窮極の門の鍵、まさか」

「……夢の国へ至る扉。無限に続く平行世界からエネルギーを取り出す究極の炉心。文字通りデモンベインの心臓部」

 

 本来のデモンベインも有するある意味デモンベインの最高兵装。

 

「数十年前に設計されたとは思えない技術と超越魔導理論の結晶。起動させる糸口さえ俺には分からなかったのに」

 

 傀儡操術という機械とは抜群の相性を持つ術式を持っていても幸吉には理解不能の窮極であり究極の魔導機関。師匠達が残した資料を読み解いても理解不能だったはずのそれが稼働しているという。

 

「無論、わたしだ。そもそも私は覇道鋼三の魔術理論によって執筆された。そしてどんな魔導書よりも近くで銀鍵守護神機関の魔力を受け続け再びの精霊化を果たした。理論、技術そして身に宿る魔力の親和性、それが銀鍵守護神機関を動かす最後ピース、呼び水となった」

「なるほどな。それなら俺が起動させるのは無理だったって訳か」

「そうでもない。マスターが組み上げたデモンベイン・ミメーシスは完璧に設計図通りだった。いずれ機体自体に魔力が宿り自力で銀鍵守護神機関を起動させていただろう」

「そ、そうか」

 

 真っすぐすぎるリトル・エイダの賞賛に幸吉はガラにもなく照れていた。

 

「そ、そういえば今は何日だ?」

「十月三十一日だ。時間は……」

「何っ!?俺はそんなに寝てたのか、不味いぞ。奴らの計画実行日は今日なんだ!」

 

 リトル・エイダから勢いよく離れると幸吉は頭を全力でフル稼働させた。

 計画、それは日本呪術界最高戦力である五条悟の封印。計画の詳細は不明だが、五条が封印されるというのは呪術的には日本の破滅と同義とも言える。

 大袈裟にも聞こえるが、夏油傑が日本を転覆させるほどの計画を練っていると知っている幸吉からすればそれは決して大袈裟ではない。

 

「……どうにか、皆の場所を……」

「マスター」

「悪いリトル・エイダ。少し待機していくれ、どうにか皆の場所や状況を把握しないと」

「……私の力を使えば良い。マスターの術との相性にも優れている」

「そうか、機械を操る力か、それなら……良し」

 

 焦りながらも幸吉はリトル・エイダと力を合わせて広範囲の機械を監視下に置いていく。自らの呪力を込めた物を操る傀儡操術だが、リトル・エイダと合わせることで広範囲のカメラ等の監視機器をモニターする力をも手に入れていた。

 

「いや、待てよ。俺が残したバッジ型のメカ丸が……一つ生き残っている。よし」

 

 

 

『大好きな人がいたんダ、会いたい人たちが居たんダ。だから逆らえないというのヲ言い訳にしテ、手を貸してしまったんダ』

 

 音声が聞こえた瞬間、幸吉の体が岩の様に硬直した。

 

「マスター、どうした?……特に呪術的、魔術的異常は無いが……不整脈の様に脈が乱れている?」

 

『その人たちガ、俺に会いたいと思ってくれてるかも分からないの二』

 

 幸吉は真人達と決別するの見越し、自分の記憶と人格を宿したバッヂ状のメカ丸を三つほど用意していた。それは幸吉が死んだのちに起動するようにプログラムされており、夏油の手が掛かっていない者の手に渡るように仕込んでいた。

 今、そのうちの一つが幸吉の心を壊しにかかる。

 

『嫌!!』

 

 三輪霞。幸吉が誰よりも幸せになってほしい思い人、呪術の世界に居ながら天真爛漫なその姿にいつも救われていた。その声音が涙声で霞んでいた。

 

『さよなら、今までありがとう』

『メカ丸!!』

 

 叫ぶような声が幸吉の頭蓋内に響き渡る。罪悪感が幸吉の胸から腹にかけじくじくと焦がしていく。

 

 

 だが、それよりも幸吉の心中を暴れまわる感情があった。

 

 

「……あぁああああああああああああ!!!!」

 

 ベッドの上で頭を抱えて幸吉は蹲る。幸吉の全身を駆け回るそれは、凄まじいまでの羞恥。いっそ殺してくれと思う程の心を焼き尽くすほどの羞恥が吹き荒れる。

 五体満足の体で生きていけるという未来を投げ捨てたくなるほどの感情。本体ではないにしろ自分の記憶と人格を込めた分身みたいなものの告白。分身は本体は死んでいるからと伝えたい言葉を悔い無く言ったのだろうが、それは完全に裏目に出ていた。

 分身とはいえそれは三輪に言った言葉は紛れもない本心。自分の告白を客観的に見るというありえない光景が幸吉の精神を焼き尽くす。

 

「分身の言葉だが……最後の言葉の割に思い切りが悪いなマスター。大好きな人が居たんだではなく、お前が好きだと何故言わない?」

 

 同じ魔導書たる母ことアル・アジフよりも情緒が育っていないリトル・エイダは悶える主にトドメに近い質問を突き立てた。

 

「……っ」

 

 

 ---------。

 

 

 

 

「……その制服、え?」

「話は後だ三輪。今は生き残ることを考えろ」

 

 幸吉は振り返りもせずに淡々と告げた。視線を僅かでも逸らせば命が危うい相手と対峙しているのが一番の理由だが、単純に三輪に自身の思いを伝えた事でどういう目で見られているのか確認するのが怖いとヘタレているのも理由の一つだった。

 

「いや、本当に興味深いよ。あの巨大ロボット自体は傀儡操術で説明出来るが、死んだ状態からの復活など傀儡操術から逸脱しすぎている」

「大人しく話すと思うか?」

「口は割らせるものさ。なに、すぐに自分から喋りたくなる。恥ずかしがらなくてもいいさ」

 

「マスター!!」

 

 羂索から噴出する凄まじい呪力の奔流を察知しリトル・エイダが幸吉の制服から飛び出しバラバラと数多のページを幸吉に纏わりつかせていく。

 

「リトル・エイダ!?、こ、これは!?」

「落ち着けマスター。そして創造するのだ。マスターの戦う姿を。悪を打つ尊き御身を!!それが貴方の戦闘形態となる。それこそがマギウス・スタイルだ!」

「マギウス・スタイル……」

 

 幸吉の脳裏に九郎達から聞いたC計画と呼ばれる悍ましき企みと、それによって生み出された悲しくも気高い二人の戦士の姿が想起された。

 全身を機械的な鎧で包んだ天使達、黒き雷サンダルフォン、天使の長メタトロン。そんな二人の姿が何故か幸吉の脳裏に浮かび上がる。

 瞬間。

 幸吉の体が光に包まれる。西洋鎧と比べてなお堅牢な白亜の装甲が全身を覆う。前腕、脛はそれが更に顕著であり、胴体ほどの太さがそれぞれあった。その胴体も見るからに頑健であり、全身から放つ威容はまさに城門。破られることを想定していない。

 そんな胴体に乗る頭部は胴体に埋まるほどに小さいがその両の瞳は青く力強く輝き、羂索を鋭く射貫く。

 

「……デカっ」

 

 以前の究極メカ丸の方がまだ人間らしいと思えるほどに変貌した幸吉に、羂索は思わずそんな突っ込みを入れてしまう。それもそのはず目に映るそれは三メートルは優に超える巨躯を誇っていたからだ。

 

「って、は?」

 

 思わず見入ってしまった羂索の視界いっぱいに変身した幸吉が広がった。多少は気が緩んでいても特級を冠する呪術師、やすやすと突かせる隙は晒していないはずだったが、マギウス・スタイルと化した幸吉は羂索の想像を超えていた。

 そんな顔面に機神とも呼べる幸吉の右拳が振るわれる。

 

「ごっ!?」

 

 なんとか己の顔面と、幸吉の右腕の間に自身の左手を挟み込むが、その膂力は羂索を容易く吹き飛ばすほどの力が込められていた。

 

「リトル・エイダ、なんか師匠のマギウス・スタイルと違うんだが?」

「……私はアル・アジフ()と比べて機械系の魔術に適正が高いので……マスターと私の力が高まれば多少は……」

 

 幸吉の師匠たる九郎のマギウス・スタイルはボディスーツの様なものだったのに対し、パワードアーマーみたいな幸吉のマギウス・スタイル。どうやら二人の違いは魔導書の適正によるものらしかった。

 

 そんな二人の会話の最中に羂索は地面と水平に吹き飛び、何度目かのバウンドの後に片膝を付き体勢を立て直す。

 

「見た目と必ずしも一致しないってのは、この業界には珍しいって程でもないけど、そんな見た目でスピードも有るってのは予想外だったかな」

「ふん、反応しておいてよく言うな」

「心からの誉め言葉さ、とっておきなよ。君ほどの年齢の奴にこんな一撃を入れられたのは最近では本当に覚えがないんだ」

 

 腫れた頬を反転術式で治しながら羂索は笑みを浮かべる。幸吉の生存、そして成長というか変貌は想像外のイレギュラー。だが羂索はそんなイレギュラーに歓喜していた。普段の口調が口調なだけに皮肉に聞こえるが、幸吉に伝えた称賛は紛れもない事実であり、むしろそれ以上とも言って良い程のものだった。

 

「加茂憲倫!!」

 

 そんな上機嫌の羂索に水を差す存在が現れる。

 特級呪物受胎九相図の受肉体、脹相である。

 

「……どうやら気づいたみたいだね。こんな状況じゃなかったら少しは楽しめたんだけど、今は君に構ってる暇はないんだ。悪いね」

「「「……加茂憲倫!?」」」

 

 脹相の言葉にその場の呪術師達が一斉に反応を示した。

 加茂憲紀は自分の名が呼ばれたと反応し、そして学生達もまたそんな憲紀に視線を飛ばす。

 だが、日下部篤也と庵歌姫の教師陣は違った。一年前に五条悟によって殺された夏油傑が生きているというだけでも驚きなのだ。それが複数の未登録の特級呪霊と手を組み、複雑な条件を組み込んだ特殊な結界。あまつさえ五条悟をも封印せしめる馬鹿げた呪具。あまりにも事態が異常すぎる。

 そんな周到な計画を練れる相手など存在するのだろうか。日下部にはそんな疑問があった。

 

「妥当っちゃ妥当だな」

 

 肉体を乗り換える。または存在を偽るなどの術式を所持しているならば相手は百五十歳以上。それだけの時間を鍛錬と計画の下準備に使えるのなら、十分に黒幕足りえる。日下部は冷や汗を流しながらそう結論付ける。

 

「加茂憲倫も数ある名の一つにすぎない。好きに呼びなよ」

 

 自分の正体に一歩近づかれことに事も無げにそれはそう告げた。

 

「よくも、よくも!!俺に虎杖を、弟を!!殺させようとしたな!!!」

 

 

 

「なんだ、あいつは……?」

 

 脹相が怒鳴り声を上げながら突っ込む様に戦いの勢いを失ったのか、幸吉が呆然と呟いた。手を組んでいたはずの二人が争う様にどう手を出していいのか困惑していたのだ。

 

「……えっとメカ丸で良いんだよね」

 

 戦況は羂索と腫相そしていつの間にか羂索側に加勢する白髪のおかっぱの術者。羂索がからかうように戦っており、脹相はその勢いを生かせないでいた。

 そんな中、幸吉におずおずと声が掛けられた。

 幸吉がゆっくりと声の方向を向くと、特徴的な水色の長髪に呪術師には珍しい邪気の無い瞳を持つ少女が立っていた。

 

「……」

「き、聞いてる?」

 

 振り向くだけで反応の薄い幸吉に、三輪霞は声を震わせながら一歩近づいた。

 

(……間に合った。それは良いが……なにを喋ればいい?謝ればいいのか?待たせたなか?……は、え?ダメだ全然頭が……)

 

 五体満足。二本の足でしっかりと立つ三輪に幸吉は安堵していた。それと同時にあんな最低の告白をしたことを思い出して声が出せずにいた。

 

「ね、ねぇってば……」

「!!」

 

 そんなラブコメめいた事をしていた二人だが、状況はそれを許してはくれない。

 

『術式装備展開!!』

 

 リトル・エイダの声とともに幸吉が両の手を突き出すと光とともに強大な機械めいた棺桶が姿を現した。三メートルを優に超える幸吉のマギウス・スタイルと比べてもまだ大きいそれは一部だけだがまさに城壁。何物をも守り、外敵を拒む絶対の盾のようでもあった。

 

 何事かを三輪が口にしようとするが、次の瞬間、凄まじい冷気が吹き荒れ、幸吉が構えた棺桶を覆い尽くす。

 

 氷凝(ひこり)呪法。それは、この場に存在するもう一人の敵対者、白髪のおかっぱ呪詛師、裏梅の術式である。

 たった一度の術式行使。その場にいたほとんどの者が、あっという間に全身を凍らされ動きを封じられてしまう。規模もそうだが、自分達には影響を及ぼさない精度と特級呪物の受肉体をも拘束する強度、術式の展開速度。そのどれもが超一流と言って良い腕前だった。

 

「虫けらが私を煩わせるな」

「殺すなよ。メッセンジャーは必要だ」

「全員生かす理由になるか?」

 

 容赦の無い裏梅の攻撃に思わず制止する羂索だが、端正な澄まし顔と氷を操る術式に反して激情家なのか、手近に居た脹相を殺そうと無造作に手を向けた。

 

「させるか!!」

 

 その凶行を止めんと幸吉が大声を張り上げ、辺りを囲む氷柱の一角が吹き飛んだ。吹き飛ばされた氷片を弾きながら、白亜の巨人が躍り出る。その動きは機敏で冷気の影響は一切感じない。そしてその腕には氷撃を防いだと思われる巨躯すら越える大きさの棺桶が握られていた。

 

我は埋葬にあたわず(ディグ・ミー・ノーグレイブ)!!」

 

 棺桶の中から巨大な砲身を持つ大砲が姿を現し、そのトリガーを握るなり幸吉は術式魔砲を発動させる。ディグ・ミー・ノー・グレイブは九郎がネクロノミコン機械語写本を加筆するに際にあまりにも印象深かった為、思わず記載した項目である。加筆者、大十字九朗の永遠のライバルであり、盟友であり、気狂い。邪神すらも凌駕するイレギュラードクターウエストが生み出した兵器であり、意味不明な事にその威力は未熟とはいえマスターオブネクロノミコンたる九郎を幾度も窮地に追い詰めていた。

 

「なっ!?」

「!?」

 

 そのスピードはまさに光速。思考すら許さぬ速度で放たれたそれを裏梅は卓越した感覚で察知すると術式で生み出した氷で受け止める。分厚い氷は溶解し、衝撃で罅が入るがディグ・ミー・ノー・グレイブがそれを突破することは叶わない。

 だが、それでも現代の術者を見下している裏梅にとって意表を突かれたこと自体が驚きに値する。

 

「現代の木っ端術者風情が!!」

「おい、裏梅」

「メッセンジャーなど、虎杖一人で十分!!」

 

 意表を突かれたことに僅かばかりに沸いた感心。それを自覚したからこそ裏梅は激昂する。己だけならまだしも、此処には敬愛する主である宿儺の目が有る。この程度の些事、宿儺は気にも留めないだろうが、裏梅からすれば恥辱を与えられたと同義だ。

 

「氷凝呪法、直瀑」

 

 ぞわりと、並みの一級術師を軽々と凌駕する呪力のうねり。その場にいる誰もが脳裏に死を想起する。

 

「マスター!!この術式を!!」

「っ!?、これは……分かった!!」

 

 幸吉の前面のモニターが複雑な術法を描き、とある魔術式の名前が煌々と照らされる。

 それは、幸吉の師、大十字九朗の窮地を救った偉大なる魔術。

 北米の民に恐れられる悪神。風と冷気を司り、そのものが歩む死とも称される。

 旧支配者の一角、風と共に歩む者。

 

 

 イタクァ!!

 

 

「術式装填!イタクァ!!!!」

 

 口にした瞬間、砲塔に魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は直ぐ様、砲塔に吸い込まれ、そのタイミングで幸吉はトリガーを弾き絞った。

 トリガーが弾かれると同時、凄まじい魔力と共に氷冷がその場に顕現する。触れるもの全てを凍てつかせ、命の熱さえも奪い去る悍ましき力の奔流。それが裏梅の呪力を押し流さんと突き進んでいった。




幸吉のマギウス・スタイルはガンダムヴァーチェをイメージしてます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。