そして、ごくせんの歌ってどれも幸吉とのシンパシーが感じる今日この頃。特にAqua Timezの虹は歌詞がめちゃくちゃ合ってる気がします。
キシキシと氷同士が触れ合う甲高い耳障りな音を辺りに響かせる。
それと同時に身を切るような極寒の風がその場にいる全員の肌を容赦なく吹き抜けていった。
「……なんだと」
渋谷の地下とは思えぬ極地さながらの冷気と巨大な氷塊。その一部は裏梅の作り出したものだった。
多量の氷を相手側の頭上に生み出し、大質量と冷気で圧倒する。力自慢には冷気で、呪力に自信の有る者は大質量の氷で潰す、隙を生まぬ必殺の術。
それが同じ氷で受け止められていた。幸吉が生み出した幾本もの巨大な氷柱は裏梅の氷を受け止めたばかりか天井まで凍り付かせ、まるで一つの芸術品へと貶められている。
「き、さま……貴様ぁ!!」
まったく別種の属性で受け止められても業腹だと言うのに、よりにもよって自分と同じ氷を用いられたことに裏梅は視界が赤く染まらんばかりの怒りを感じていた。ともすれば雄たけびを上げて下手人を速やかに始末してしまいたいほどの衝動が裏梅の胸を焼く。
「殺すっ!」
怒号と同時に裏梅の背後で爆発が有ったかのように呪力が膨れ上がり、裏梅は幸吉へと突っ込んだ。策も何も無いただの突撃は宿儺の第一の下僕としての矜持か、幸吉を下に見る強者の傲慢か。
全身から空気を瞬く間に凍らせるほどの冷気を放ち、その冷たさとは真逆の烈火の如く四肢が振るわれる。軌跡にはキラキラと霜粒が追従し戦いを彩っていく。
「ぐ!?」
裏梅の拳を防ぐ、あるいは捉えようと幸吉は動くが圧倒的な経験値の差で一方的に打ちのめされる。攻撃により揺れ続けるパワードアーマの中で、幸吉は苦悶の表情を浮かべていた。一見、守勢が精一杯の様にも見えるが、それは幸吉のマギウス・スタイルの堅牢さが特段優れているだけであり、装甲が無ければ幸吉は瞬く間に殺されていただろう。
現に裏梅が振るう苛烈な攻撃は生身で受ければ幸吉はおろか、並の一級術師でも致死を免れないほどに卓越したものだった。
「ご立派なのは防御だけのようだな。体捌きは見た目通り亀にも劣る」
見る見るうちに小さな傷が増えていくだけで手も足も出せない幸吉に裏梅は嘲る。しかし、その心の内は真逆であった。
(なんという装甲……!手数だけでは突破しきれん。……かといって距離を取ればこちらが食われかねない!)
千年前、呪術全盛の平安時代、その中でも強者として生きた裏梅をして幸吉の防御は類を見ないほどに硬い。とはいえ、威力が高い術を放とうと距離を取れば自身と同規模の攻撃に晒されてしまう。
攻められ続け追い込まれつつある幸吉と、攻め続けなければ重い一撃に貰いかねない裏梅の間で戦いが膠着していた。
だが膠着しているとはいえ幸吉は生身の身体での戦闘経験は皆無であり、重装甲は防御に優れるが近接戦では不利となる。慣れない生身での痛みも微小とはいえ、徐々に精神の負担となっていく。
「……っ」
(マスター!!)
「っ」
(マスターっ!!!)
エラーがどんどんと増えていくパワードアーマーの制御に振り回さながらリトル・エイダは悲痛な声を上げる。
幸吉の防御が甘くなったのを攻め時と感じ、裏梅は攻撃の手を更に強めていった。そして、拳を氷で包むと鎧われた幸吉の顔面を振り抜く。
「アトラック・ナチャ!!」
「なにっ!?」
殺すことはなくとも痛烈な一撃となったそれを受け止め、幸吉は捕縛術式たるアトラック・ナチャを発動させた。アトラック・ナチャは巨大な蜘蛛神であり、それが紡ぐ糸が終わりを告げるとき世界が終焉するとも呼ばれる異形の神の一柱。捕縛術式アトラック・ナチャはその糸を模した強靭な糸を作り出す魔術である。
生み出された糸は裏梅の腕以外にも天井と床に接着される。裏梅は腕を振るうが抜け出すことは出来ない。
確かに幸吉は生身での戦闘経験は無い。
戦いの痛みの経験も少ない。
呪術師としての腕はそれなりだが超一流には敵わない。
だが、知っている。この世界の誰よりも知っている。何よりも悍ましい恐怖と悪意を。
そんな悪意を払う、尊き二柱の慈愛を。
そして認めなくもないが、かの邪神に見出された魔術師としての素養が幸吉にはある!
裏梅から距離を取り、己の内から魔力を練り上げる。
バルザイの偃月刀の作成の記述。
幸吉の右腕に所々に機械の意匠が覗く見事な魔剣が握られる。
バルザイの偃月刀、神秘の魔剣であり数々の精霊が込められた宝具。その力は魔物を容易く両断し、鋼すらもバターの様に切り裂くものであるが、その本来の用途は別にある。
「大いなる強壮なヨグ=ソトースと御名と」
朗々と祝詞上げる幸吉の声と。
「ヴーアの無敵な印において」
リトル・エイダの粛々と唱える呪文が。
『力を与えよ。力を与えよ。力を与えよ』
重なる。
瞬間、幸吉の魔力が噴火の如く溢れ出す。
バルザイの偃月刀、それは剣の姿をした儀礼杖。術者の術の行使を助ける魔杖なのだ。
「くっ!」
不利を悟り後方へ引こうとする裏梅だが、捕縛術式アトラック・ナチャがそれを許さない。
「
先ほどとは数段上の力が込められた魔砲を睨みつけ逃げられぬと悟った裏梅が防御の姿勢をとった。
次の瞬間。
「本祭には遅れたが、後夜祭には間に合ったかな」
あっけらかんとしたセリフ、そしてまるで重さを持ったかのような凄まじい呪力が空間を震わせた。
場に沿わない敵意の無い口調、だがそれとは反する動くことを許さぬような攻撃的な呪力。その異質さに幸吉は攻撃を裏梅はそんな幸吉の隙を突く事を忘れていた。
嫋やかな金髪、明け透けとした身のこなし、パンツスタイルにノースリーブ如何にもな体育会系の美女の姿がそこにはあった。
虎杖と東堂が言うケツとタッパのでかい女の見本の様な女性。
日本に現在三人存在する特級術師、五条悟、乙骨憂太そして、その最後の一人。
「久しぶりだね夏油君。あの時の答えを聞かせてもらおうか、どんな女が好みだい?」
夏油と呼ばれた羂索は口角をうっすらと緩めると、その女の名を呟いた。
「九十九由基」
「しっかし派手にやったもんだねぇ。祭りは掃除が終わるまでが祭りだろ?」
「遅めの登場と思ったけど、そうか掃除のオバちゃんかな?」
「ハッハハ、言ってろよ。手縫い野郎」
頭に青筋を浮かべて分かりやすく怒りを露にする九十九だが、その内面は表情とは真逆に冷静だった。大勢の人々を対象とした呪術テロとも思えるが、その目的は最強たる五条悟の封印であったことは既に明白だ。幾ら罠を重ねても単独で有る限り、五条悟を陥れることは不可能だ。そんな無理難題を突破するには余程の奇策が必要だ。
「夏油傑、彼が堕ちたのもお前の薄汚い策略だったのか?」
「さぁてね」
五条を今でも苛む親友との決別と死。自分と他者に明確な線引きを感じているからこそ、青春を過ごした友は彼にとっては例え呪詛師と呪術師となっても特別な存在だった。
そう、相手が死んでしまっても。
そんな最強という名とは不釣り合いな柔らかな感情を今回は利用され五条は封印という憂き目に合ったのだ。
「お前の目的は何だ?」
「……そうだね。細部は違えども私達の目的は似たような箇所も有るだろう?」
「人類の未来……」
「あぁ、そうさ私も人類の未来を憂いているんだ」
戦いの場とは思えない、いや武力を押し付け合う前の最後の答弁。それは思ったよりも静寂で言い争う余地も無いほどに隔たったものだった。
「人類の未来、それは呪力からの脱却だよ」
「違う、呪力の最適化だ」
互いの主張は真っ向からぶつかり合う。主張が違うのは九十九も知ってのこと、相手がお喋りに付き合ってくれるなら、九十九にとって都合が良かった。
(乗ってきた。これなら時間を稼ぐのは容易かな)
脳内で冷たく策を練りながら、それでいて話の熱は冷ませない。絶妙は駆け引きの中、それは九十九の冷静さを吹き飛ばす言葉を紡ぎだす。
「既に術式の抽出は済ませてある」
「っ!!真人とかいう呪霊がいるだろう!魂に干渉出来る術式を持った奴だ!何処にいる!?」
「えっと、それならアイツが取り込んだけど」
「マジんが~!??」
虎杖達が騒いでいる間にそれは余裕を持ったゆったりとした動作で地面に右の掌を押し当てた。
‐無為転変‐
瞬く間にそれは空気を伝播するように広がり、日本全国へと波及した。その波に触れた人間はあるものは目覚め、あるものは薄く笑い、あるものは咆哮するかのように歓喜した。
ハロウィン、渋谷で発生した大規模呪術テロは渋谷どころか全国規模にまで波及していた。
羂索が使用した無為転変により、羂索が用意していた術式を持ちつつも脳の構造が非術師の者や虎杖悠仁の様に呪物を取り込ませながらも器の強度が足りなかった者の魂を作り替え力を振るえるように改造し解き放ったのだ。
それに加え、羂索は千年の間に契約した呪霊までをも全国に解き放った。
これにより、東京二十三区はほぼ壊滅、霞が関の機能が停止し日本の首脳陣のほとんどが安否が不明となり、国家機能すらも危ぶまれるほどになってしまう。
未曽有の恐怖に日本中に包まれその恐怖から呪霊が生まれることを危惧した暫定政府は呪霊は東京だけに発生する現象と説明することで呪霊の発生を東京に限定するという策を打ち出した。
無論、この策にて都内全域を避難命令区域と設定し、避難完了後に禁地とすると決定した。
「……メカ丸。何か言うことある」
「申し開きは有るか?」
「こっちを見なさいよ」
禪院真依、加茂憲紀、西宮桃の冷たい声が救護室のような場所に響く。
「……、……」
「何故、私の方を見る?聞かれているのはマスターだ」
京専高の生徒と庵歌姫に回りをぐるりと囲まれ、正座していた幸吉は顔色悪く俯いていた。五体を得て生身で会うという夢が叶えられた先は針の筵だった。
これでもかと縮こまる幸吉は助けるようにリトル・エイダに視線を送るが、リトル・エイダは幸吉が責められている理由を知っているので助け舟を出さないでいた。
「あ、………え……」
「ちゃんと話しなさい」
生徒どころか、教師である庵歌姫にすら詰められ幸吉はますます俯いた。
「あ、その……」
「……ひっく……ぅ……う」
「そっちは見ないで良いから、こっち見なさいよ」
「早く、話しなさいよ」
なんとか、言葉を発そうするも先程からメカ丸が生きていたことを知ってすんすんと泣いている霞が視界に入り、幸吉の集中力は吹き飛び、メンタルはへし折れていた。
桃と真依は言い淀む幸吉に詰め寄る。容赦はまったく無かった。
「……えっと……実は」
ぽつり、ぽつりと幸吉は今までの事を口にする。ぽろぽろと涙を流しながら三輪はその話を聞いていた。
無論、並行世界の神々である大十字九郎とアル・アジフの事や邪神に関しては流石に言えないため、その辺りは省いたが、幸吉が秘密裏に羂索と呪霊達に高専側の情報を流してた事を自分の口で再び話していた。
「あいつらに脅されて協力してたってことで良い?」
「……はい」
「それで、体はその取引の縛りで特級呪霊に治させたのね?」
「はい……」
憲紀や新田新も最初こそは多少詰め寄ろうと思っていたが、舞依や桃の圧が余りにも強いためにドン引きしていた。
「ちょっと、あんた達」
「あんた達も言いたい事有るでしょ?無いの?」
「あ、あぁ……私は皆が大体言った通りだ」
「えぇ……圧強っ……あ、メカじゃなくて、与先輩の体に特に問題とかは無いんですか?なんか、夏油っぽいのが死んだはずとか言ってましたが……」
遂には男性陣にも圧をかけ始めた真依達に憲紀は気圧されてしまうが、新は圧にも負けず、真っ当な疑問を口にした。
去年死んだはずの夏油は死体が乗っ取られており、その中身がかつて御三家の汚点とまで言われた加茂憲倫だった事や現代最強の五条悟が封印されたこと、その五条が檻として申し分無いといったはずの虎杖悠仁に封印されていた災厄、両面宿儺の一時的な復活。など、目まぐるしい事態の中で皆がふと忘れていたことを新は気にしていた。
「そういえば……」
「そんな事、言っていたわね」
身内が自分達が知らない間に謀略に巻き込まれ死んだことに義憤を燃やしていたはずが、思いがけずにその人物が生きていたことで怒りと悲しみと嬉しさがごちゃごちゃになった結果だった。不意を突かれた真依と桃、思わずお互いの顔を見つめ合う中、タタタと軽い足音が響いた。
「メカ丸、どうなの?痛いところとか無いの?」
「うぉっ!?」
突撃するような勢いで霞は幸吉の胸元まで近づくと両の手で幸吉の肩を掴んだ。その勢いに幸吉は思わず仰け反るが、霞はそんな幸吉にお構いなしに詰め寄る。言葉の語気や音圧こそ真依や桃には遠く及ばないが、込められた意は二人にも負けない強さが秘められていた。
「あぁ……だ、大丈夫だ。縛りで体自体は健康体になれたし、その後の怪我も完治している」
なるべく嚙まないように、たどたどしくならないように幸吉は精一杯の精神力で答えることに注力していた。生身で話すことなど数える位しかなかったというのも有るが、モニターやカメラ越しではない霞に凄まじく緊張していたのだ。
意中の相手である三輪霞、その人というのも有るが皆に詰め寄られ怒られながらも幸吉は心の何処かで確かに喜びを感じていた。夢想していた生身の体で会うという願いが叶えられたからだ。死の寸前に諦めた願い、それが叶えられた事が何よりも嬉しかったのだ。
「……良かった」
そう言って霞は再びぽろぽろと泣き始めた。
正座する幸吉の正面で女の子座りしながら泣く霞。自分の身を案じてくれていたからこその涙に幸吉は胸を焼くほどの罪悪感を覚えていた。決して他の皆を軽んじるわけではないが、桃や真依に左右囲まれていた方がまだマシに思えるほどの苦行であった。
「マスターの心拍数、血圧上昇確認。マスターがやった事は私も聞き及んでいる。だが、これ以上はマスターの身体に大きな負担、それに事態は収束しきってはいない。また後日に再開することを提案する」
「リトル・エイダ……え、後日?」
「何か問題が?」
リトル・エイダからの助け舟にほっとする幸吉だが、彼女の言葉の最後に目を見開いた。日にちを改め幸吉の幸せな受難はまだまだ続くようであった。
「概ね話は済んだか?」
「……」
幸吉達の話が一段落した空気を察したのかボロボロの着物を羽織った老年の男が真依と瓜二つの少女を伴って幸吉達に話しかけてきた。
老年の男は禪院直毘人、名字が表す通り真依と同じく禪院家の人間、どころかその禪院家のトップ二十六代当主の座に就く男であった。そしてその隣で眉を顰める少女も直毘人同様、禪院家の人間しかも真依の双子の姉、真希である。
つい、数十分前までは二人とも重症であり直毘人に至っては数日持つか持たないかの瀬戸際だったのだが、幸吉とリトル・エイダがド・マリニーの時計の魔術を用いて回復させたのだ。部分的とはいえ時間遡行、魔力の消費は生半可なものではないが、死を覆すのに比べれば大したものではない。
「まずは治療の礼を言う。助かったのも驚きだが、まさか腕まで付いてくるとはな。一つ二つの礼では足りんな。知っていると思うが、儂は禪院直毘人。禪院家の当主なんぞやっておる」
「あんたが……」
禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず。常々そう語る禪院を仕切る現当主。真依や真希がどれだけ虐げられていたか知る幸吉だが、直毘人の態度は実力者、権力者特有の上から目線ではあるものの、恩にはきっちりと礼をする常識は有る様に感じていた。
「私も助かった。あぁ、この爺も禪院っつっても、まぁ他の奴らよりは話は分かるほうだ。恩を売っておいて損はないぞ」
直毘人への態度を決めかねている真希が礼のついでに助け舟を出した。
超呪術師至上主義の禅院家、呪術師としての優れた力を持っていれば長子で無くとも、はたまた分家ですら当主に選ばれる程の実力主義であり優れた呪術師を幾人も輩出していたが、逆にそれは実力が有れば何をしても良いという悪習が生まれる温床と化してしまっていた。
現に直毘人の息子、禪院直哉は人格があまりにも酷いため、一族でもトップクラスに嫌われているのだが実力は有る為、次期当主候補筆頭に挙げられていた。似た例に直毘人の弟、禪院扇も居るがこちらも直哉以上に嫌われているが、禪院家の幹部である。
そんな家の当主である直毘人もさぞ特徴的な人格をしているかと思いきや、思ったよりもまともで有りしかもその被害者である真希も嫌そうな顔をしながらも直毘人を擁護している。
「真希とおんなじ意見なのは嫌だけど、私も概ね同意するわ」
双子の姉たる真希とそっくりな表情で真依は頷いた。
「このままだと、メカ丸は間違いなく糾弾されるでしょうね。死刑でもおかしくない」
「そ、そんな……」
「特級呪霊と組んでいる呪詛師への情報の漏洩しかもそれが大都市、国家転覆にも繋がりかねないテロに使われたとなればね……」
桃の言葉に霞の涙の量が更に増える。そして追い打ちをかけるように歌姫はメカ丸が犯した罪について言及する。死んだことで不問とは言ったが生きていると有れば話は別だ。下手に庇えば庇った全員がテロリスト認定される危険もある。
「ふむ……九相図の受肉体の言葉だが黒幕はあの加茂憲倫なのだろう。坊主は脅され縛り結ばされて情報を流してた。だがその後に体を張って事態の収拾に動き、禪院家当主たる儂の命を救ったというわけだ」
「だから、なんなんだよ。はっきりと言え爺」
「ここまで言って分からんか……真希お前、脳みそまで天与呪縛で縛られてるんじゃないのか?」
「あぁ!?」
何事かを思いついた直毘人に対し、まったく理解できない様子の真希。そんな姪の脳みそを直毘人は心配する。
「なるほど、御三家の汚点、加茂憲倫が実は生きていた等と加茂家は広められたくはない。そして禪院家は当主の救ったという借りがある。二家から働きかければ流石に不問とまでは行かなくても減刑は十分に狙えるという事か」
「流石は加茂の次代当主、理解が早い。真希よ、そういうことだ。減刑も確約は出来んが、力は尽くさせてもらおう」
そういうと直毘人は治ったばかりの腕を振って去っていった。
「思いがけず何とかなるかも」
歌姫の表情が一気に明るくなる。教師として呪術師として本来なら冷静に時には冷酷な決断を迫られるところで感情が表に出てしまう彼女。その精神性は呪術師であるならば不出来と捉えられる事も有るが、そんな一般人の様な感性を持つ歌姫は呪術高専京都高の全ての生徒に慕われていた。
「先生、喜んでる?」
「メカ丸の事、心配してたもんね」
「あぁ、あんたら!うっさいわね!!気を抜くのはまだ早いわよ」
幸吉の助命が有る程度、現実味を帯びてきたせいか京都高メンバーの空気が緩んでいく。依然幸吉は正座させられていたが、小さく息を吐く。
「メカ丸、あぁもう、与で良いわよね。とりあえず追及はここまでにしておく。でも重要参考人ってのは変わらないから、そこのところ忘れないように」
「は、はい」
「まぁ、でもとりあえず。なんとかなりそうで良かったわ」
ため息を吐きながらも歌姫の声色はいつもの様な調子に戻っていた。そして何気ない、言葉が幸吉の心を震わせる。
「っ……はいっ」
「あ、あの、あの……」
何処か晴れやかな空気の中、ようやく泣き止んだ霞がおずおずと右手を挙手する。どうやら聞きたいことが有る様子だが内通者の件、五体を得た方法、なんとかなりそうな死罪など主だった話は聞き終えて今の状況がある。
今更、聞くことなど……。
「その女の子、誰ですか?」
「?」
有った。有ったというか、額から光り輝く角を生やす見るからに一般人とは掛けなれた部位が有りながらも一切を損なわない所か、むしろ角が有る事が完璧とも呼べる美少女がそこには居た。
あまりにも自然に幸吉の隣に居ることで、体が不自由だったころに身の回りの世話係とも想像できるが、それでも尋常ならざる気配と美貌を無視できるものはいないだろう。
「三輪、聞くな。男は常に理想を追い求める旅人だ。外に出られない分、世話係のメカ丸に自身の理想をありったけ詰め込んでも不思議じゃない。いや、むしろ俺はここまで理想の具現化させたお前を褒め称えたい」
「おい東堂、適当な事をほざくな!……いや、まさか皆がリトル・エイダの事を聞かなかったのは」
いつの間にか、京都高の面々に合流した東堂葵は何故か感激した様子で幸吉を褒めちぎる。ちなみに左手は既に幸吉による治療済みである。その左手を東堂は幸吉の肩へと回して、一人でうんうんと頷いていた。
リトル・エイダに関する質問が何故か無かった理由は不自由な体だった時の幸吉が無聊を慰めるために美少女型のメカ丸を作ったと皆が誤解していたせいだった。自分の分身は如何にもなメカメカしい外見なのにお世話係は美少女の上に、頭から角を生やすという趣味に走ったと思われていたのだ。
「え、エイダじゃなくて、リトル・エイダって名前なの?」
「どういうことだ」
真依が引きつった顔を浮かべ、憲紀が困惑する。
「私はエイダを元に作られた。故にリトル・エイダで何も問題はない」
既にテレパシーにてリトル・エイダと話し、師匠たる大十字九郎やアル・アジフや邪神関連の話は皆には話さないと決めていた。なのでリトル・エイダは幸吉によって作られたと説明せざる負えない。そんな限られた手札で誤解を解く方法は残されてはいなかった。
「少女趣味なら最初からエイダで良くない?」
「理想の女性の子供の姿を作ったってこと?」
「角までつけて?」
霞以外の女性陣がこそこそと話しているが、漏れ聞こえる内容は幸吉にとってどれもこれも不利なものだった。
というか、これの制作者というか執筆者は覇道鋼造である。
覇道鋼造は自らが出資する孤児院の教師であり科学に明るい女性オーガスタ・エイダ・ダーレスの外見のモデルとしてリトル・エイダを想像したのだが、それは彼女が科学が悪しき闇から人々を照らす灯とし、立ち上がった強き生きざまを尊敬したからである。しかしながら、やはり大人のままで姿でなんら問題は無く、子供の姿にする必要は皆無である。
ネクロノミコン、もしくは魔導書の精霊体は漏れなく少女になるという法則が見つけられない限り、覇道鋼造は変態の可能性が疑われる。そして覇道鋼造の事を話せない以上、リトル・エイダの製造主が自分と説明した幸吉が変態の誹りを免れることは叶わなかった。
「ぐ……」
「えっと、エイダちゃんも幸吉が動かしているの?」
「いや、私は完全自立型だ。人格も私、独自のものだ」
「……これで幸吉が動かしていたらヤバイだろ」
霞は屈んで目線をエイダに合わせると若干、無自覚な質問を投げかける。それはある意味、一番危険な質問とも言えた。自分の理想の少女に角を生やして、自分でロールプレイする。ある意味、究極のコスプレとも呼べるが、もし幸吉が全て自作自演でしていたらと想像し憲紀は戦慄する。
「ふぅん……まぁまだ聞きたいことあるけど、でも居なくならないって事で良いんだよね。幸吉」
「……まぁな」
「だったら、ゆっくりと聞かせて貰うね」
泣き腫らした目は赤く、それを見て罪悪感とともに嬉しさを感じる自分はロクでもないと幸吉は小さく笑う。
「上からの新たな命令が無い限り救助活動と呪霊討伐を軸に動きましょう。私は校長との連絡手段を探すわ」
「「「はい」」」
裏方、回復系の術式を持つ者やそれらの護衛を置いて京都高の面々はようやく、日が昇り始めた外へと飛び出していく。
空はすでに幾筋もの光の帯が走り青空へと移りつつあった。
どこまでも続く青空は縛られず抑えられず、まさに自由の象徴だ。
だが、幸吉からすれば月夜の柔光ですら肌を焼く、晴天などそれこそ死んでもおかしくない不自由の象徴だ。薬液に浸かり、モニターから見る世界が全てだった。それが今や五感全てで世界を感じている。
今までは幸吉の空と皆の空は別物と言えるほどに乖離していた。でも、今は幸吉は皆と同じ感覚を得ている。辿り着けるかも、辿り着くかも分からなかった遠い遠い空の下に、皆と一緒に立っているのだ。それが幸吉は何よりも嬉しかった。
モニター越しとは違う自分の瞳で見る皆の背中が眩しい。幸吉の口元が自然と綻んだ。
「……ただいま」
吐息に紛れるように幸吉は呟いた。
頭の中で何度も繰り返した劇的な再会の時に告げようと決めていたそれは、自分自身の意気地の無さに呆れるような掠れた言葉だった。
でも、誰に届かせるでもないその言葉は、幸吉が一番聞いてほしい人の耳に届いていた。
「幸吉?」
「……っ」
ふわりと霞が青い髪を靡かせながら振り向いた。聞かせるつもりがない声が届いたことと、生身で霞の瞳を見る事に慣れていない幸吉の頬に熱が宿る。
「幸吉、おかえり」
「あ、あぁ……ただいま」
二人のやり取りを皮切りに女性陣もおかえりと続き、東堂が力強く背中を叩く、救出任務の前だと緊張感を持てと憲紀が呆れながら叱責するも、よく帰ってきたと堅苦しく幸吉の帰還を祝う。
紆余曲折有りながらも牟幸吉は今、京都高専の皆の前に帰ることが出来たのだった。
呪術総監部より通達。
……。
……。
……。
虎杖悠仁の死刑執行猶予を取り消し、速やかな死刑の執行を決定する。
虎杖悠仁の死刑執行約として準一級術師与幸吉を任命する。