Mare Inbrium   作:ネクタリス──我、飲酒を恐れる莫れ

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二章は死と復活の物語ですわ~! この字面だけだととっても宗教的ですわ~!
評価15件突破して17件、とってもありがたいですわ~!


二章Ⅱ:嫌悪

 ツアー公演は折り返し、残すところあと三つとなった。次の福岡ライブでもパフォーマンスを期待する声が多数あるというネットの反応、若葉睦が次に何をしてくれるのかという期待、それらの声に匡導は瞑目し、スマホを暗転させる。

 

「──お前は、ムジカをどうするつもりだ?」

 

 煙草の火を携帯灰皿で消しながら、そう訊ねる相手はテレビや雑誌、様々なメディアで引っ張りだこ状態、時の人と称してもいい天才役者・若葉睦(モーティス)だった。

 祥子がライブ演出の相談をしている合間の時間、マネージャーの袋小路に頼み込んで運転手を買って出ることで必然的に会話する時間を取ることが出来た。

 

「あ、“匡導お兄ちゃん”」

「その呼び方はやめろって昔言ったはずだけどな」

「そうだった、ごめんね“匡導くん”」

「……お前のことはなんて呼べばいい? 睦だと()()()()と被ってめんどくさくなるから区別させてくれよ」

「モーティス、私はモーティス」

「成程、ぴったりの名前だな」

 

 モーティスは少しだけ嬉しそうに自分の名前を名乗る。彼女が「若葉睦」でない名前を名乗れたこと、彼ならば睦からの変化がただの変化ではなく()()()()()()ということを理解してくれるだろうと期待はしていたものの、呼び方の変化だけで確信に至ってくれたことに笑顔を見せていた。

 

「ぴったり?」

「ムジカで演技をするための睦、だからモーティスって名前が的確だなと思ってさ」

「あはは、“本当、お兄ちゃんになってほしい”な」

「ならねェよ」

「“素が出てますわよ”」

 

 森みなみの、そして祥子のセリフをそのまま使って応答するモーティスに匡導は心底嫌な顔をして下を向いた。

 実際にはモーティスのことも、そもそも若葉睦のことも大して知らないという自負がある彼にとってみれば勝手に理解者だと思われることは心外だった。

 

「元々睦には気を遣ってねェからな」

「そうだよね──だから睦ちゃんを放っておいた」

 

 だが、モーティスの貼り付けたような無邪気な笑みがまるで最初から無かったかのように無表情──否、怒りと嫌悪を全身で表現した顔で匡導を睨みつけていた。

 無機質な、だけれど確かな嫌悪の感情に流石の匡導も思わず一歩後退る。真に迫る口調の変化だけでなく放っておいた、その言葉に思い当たることがあったのも、迫力に圧された理由の一つだった。

 そんな彼に対してモーティスは本を開くような動作をする。朗読劇を聴かせるように、彼の罪状を陳情するかのように。

 

「睦ちゃんはずっと、祥子ちゃんだけではなく、大好きな匡導くんにも助けを求めていました。彼がいないと眠ることもできなくて、でも無責任な応援をくれる匡導くんのために睦ちゃんは頑張り続けていました……けれど、匡導くんは祥子ちゃんのことばかり、最後には睦ちゃんを解っていて放っておいたのです」

「俺の優先順位の話はスルーか?」

「私ね、匡導くんのそういう大人なところが──大嫌い」

 

 本を閉じる所作だと何も言われていないのに伝わる程の演技力、だが次の瞬間には吐き捨てるように、再び恨みの感情が籠った声色に変化し匡導に詰め寄る。

 大人、モーティスからすると彼はそう形容すべき嫌いな人物だった。モーティスにとっては「睦ちゃん」が恋焦がれている人物に助けを求めたというのに()()()()()()()で自分勝手で「睦ちゃん」のことを考えもしない祥子を優先していることがまるで理解できなかった。

 

「俺にはお前が睦だろうがモーティスだろうが、やるべきことに変わりはない。お嬢の、豊川祥子が最優先だ」

「それは二人が男女の(そういう)関係だから?」

「違ェよ」

「じゃあ」

「──お前に教える義理はねェよ」

 

 ギターを愛していた彼女を守るために表に出てきたモーティスは、彼女を傷つけた存在を許さない。豊川祥子も、烏森匡導も、モーティスからすれば嫌いということになる。

 だが「Ave Mujica」の成功のために睦を利用してきた挙句に助けを求めた彼女を罵った祥子を赦す道理はなくとも、匡導は傍に居る時は気遣ってくれた、だから「大人」という役を失えば赦す余地が出てくるとも考えていた。

 ──匡導からすれば、祥子との関係はそんな一口で呑み込める程度のものではなくて、だからこそ短絡的ともいえるモーティスに対して素っ気ない態度を取る。

 

「……なんで睦ちゃんじゃダメだったの?」

「なにが」

性行為(そういうコト)する相手だよ?」

「なに言ってんだ、お前」

「睦ちゃん、匡導くんになら襲われてもいいって、えっちなことされてもいいって思ってたのに、祥子ちゃんがよくて睦ちゃんがダメな理由ってなに?」

「もう黙ってろ」

「祥子ちゃんが可哀想だったからでしょ? 泣いてて、傍に居て好きって言われたから、だったら睦ちゃんだって泣いてた! 傍に居て好きって言ってた! どうして?」

 

 捲し立てるモーティスに対して、匡導は何かを言うために開きかけた口を真一文字に結んだ。何を言っても、モーティスには通じない、そう思った。

 確かに彼女の主張を是とするなら睦と祥子に違いはない。祥子の母である瑞穂の葬儀が終わり悲しみに暮れた彼女を抱いたのは、最愛の人との死別に対する寂寥を埋め、悲しみを忘れるため、幼い恋心を抱いた相手を求めただけにすぎない。実際に二人は関係を続けることなく一時の気の迷いとして、おおよそ一年もの間顔を合わせることすらなかった。

 

「同じじゃねェよ」

「何が違うの?」

「……俺の気持ちだよ」

 

 祥子には流されて、その後は彼からも求めることもある、それが二人の関係であることは認めるしかない。

 そして睦も同じものを求めていることは解っていた。ベッドで寝かしつけた日に、誘われた時も解っていて流した。祥子と睦の違い、それは烏森匡導という人間が七つも下の少女に手を引かれたことで生まれたからというものだった。

 

「俺はお嬢を守るためにムジカに関わってる、だから何があっても俺は祥子が最優先だ」

「……それで睦ちゃんが傷ついたのに?」

「それを癒すためにお前(モーティス)が居るんだろ?」

 

 祥子を守り、癒すために傍に居る。それはモーティスの存在理由と似て非なるものだった。自発的にそういった役割を掴んでいる匡導と、そういった役割を掴むことでなんとかしがみついて生き延びたモーティスの間には決して分かり合うことのできない溝が存在していた。

 

「さて、そろそろ移動しねェとお嬢に怒られるからな、乗れよ」

「匡導くんの車なんか乗りたくない」

「電車でいいならどうぞそうしてくれ」

「……やっぱり、匡導くんなんて大嫌い」

 

 そう言って後部座席に乗り込み、それから事務所に着くまでただの一言も会話することのなかったモーティスの不満げな顔を見て、匡導は少しだけ笑った。

 分かり合えない、同族嫌悪に近いのかもしれない存在ではあるけれど、どうやら「前の睦」よりはよっぽど気が合うんだなと。

 

「俺も、お前のことが気味悪くて嫌いだったよ」

 

 物静かでかわいらしいお人形さんのような役を演じていた睦とは違い、明るく元気な芸能人の娘を演じていた睦、初めてその変わり身を知った時、森みなみからそれを告げられた時に抱いていた生理的な嫌悪感、だがそれも大人になってしまえば大したことはないんだなと第二次反抗期真っ只中だった頃の記憶を思い出していた。

 人は皆、少なからず己を偽り、演じることで他者と関わることが出来る。それが人格レベルに使い分けているのであれば多少思うところはあるものの、彼はモーティスの存在を受け入れ始めていた。

 

 

 


 

 

 

 モーティスの影響で福岡ライブへの期待は最高潮に達していると言っても過言ではなかった。今までもゴシックで、言い方は悪くなるが「暗い」印象を与えており、ひたすらに人形という世界観を守ってきた「Ave Mujica」をモーティスの明るいキャラクターが打ち消しており、それによってメディア露出も今までのモーティスとドロリスだけだった頃とは違い、五人一つのグループとして認知されていった。

 

「匡坊がウチに来るなんて、いつ以来のことだァ? 美都利(みどり)のヤツ、えらく張り切ってメシ作り始めちまってるよ」

「おおっぴらには来れねェ場所だからな」

 

 そんなテレビ番組の放送を見ながら、匡導は烏森邸、父方の実家へと足を運んでいた。

 邸宅と表現するものの、若葉邸や豊川邸と比べれば慎ましやかなものであり、住み込みの家政婦等も彼の祖母である烏森美都利と叔母夫婦が家事を分担していた。

 

「でもまァ、匡坊が訪ねてきたのはコイツのことだろ?」

「……ぶっちゃけ、スポンサーとしてどうするつもりなんだ?」

「たかがバンド一つ、潰れたところで大した損害にゃならねェよ」

「そっか、やっぱりそういう結論になるか」

「あァ──このバンドももう長くは続かねェよ」

 

 当人たちにではないものの、スポンサーからの続かないという予言に匡導は長く溜息を吐いた。メンバー間の問題、いざこざを当人たちだけでなく周囲も迂闊に触れることが出来なくなっている現状、バンドという括りの崩壊、本来ならば武道館のイレギュラーの時点で見切りをつけるべきものだ、というのは恒彦個人の意見だった。

 

「ところがTGW物産(ウチ)は豊川グループの子会社、会長から直々にスポンサーを続けろって言われちまえば、そうするしかねェのよ」

「泥舟だったとしても」

「言いたかねェが、所詮は未成年の、世間知らずのお嬢様の娯楽だったってだけのことよ」

「お嬢は……祥子は、もう限界だと、傍で見てきた俺も思う」

 

 作曲などのノルマもどんどん遅れて、夜更けまで作業しているだけでなく、時折逃避気味に性行為をしているような自暴自棄すらも感じていた。

 隣で、同居人として見守っている立場だからこそ、匡導は祥子の限界が近いことを知り、だが止められるわけでもなくこうして祖父を訪ねていた。

 

「けどなァ、祥子嬢はAve Mujicaの解散で、おそらく豊川邸に戻される」

「……だろうな、元からそのつもりっぽいのは、会長の口ぶりから察してる」

「そうなりゃァ、匡坊もお役御免になっちまう」

 

 解散すれば家に戻されて匡導は祥子と関わる術を失ってしまう、逆を返せば今のまま「Ave Mujica」が続くのならば、祥子との同居は継続され、また豊川定治から伝えられている監視という名目で彼女と関わり続けることが出来る。そんな祖父の、匡導の内面を見透かした言葉に、だが彼は首を横に振った。

 

「羽丘を辞めさせられねェ限り、絶対に話せなくなるわけじゃないんだ……祥子が苦しむくらいなら、ムジカは無くていい」

「……それをお嬢が望まねェとしてもか?」

「睦の危惧してた通りだったよ」

 

 ──このままじゃ祥が、壊れる。

 その危惧は事実であり、祥子は壊れそうになっている。最初からずっと、匡導は心の何処かで「Ave Mujica」の結成を止めなければならなかったのではないかと考える時があった。

 だがそれは欺瞞であることにも気づいている。祥子の為にという主義を掲げる匡導には、後ろ向きでも前向きでも、彼女の歩みを止めることなどできる筈もないのだから。

 

「やっぱ俺はダメだ、半端ものだな……いつまでも誰かの言いなりだ」

 

 そういった生き方を誰でもなく自分で選んできてしまったとはいえ、そう自虐的に呟く孫を恒彦は同情的な視線を送っていた。

 自由で考えなしの親を「ロクデナシ」と蔑み、反発していた彼にはそうすることでしか親の呪縛を逃れる方法を思いつけなかったのだから。

 

「祥子嬢にとって匡坊は名前の通りの存在だと思うけどなァ」

「名前?」

「お前の名付け親は俺だからな」

「それは……初耳だ」

「気になるか?」

「少し」

 

 謂わば自分のルーツとも言うべき話題が祖父からもたらされ、彼はそちらに興味を惹かれる。とはいえ、自分の名前に使われる漢字を分解すればある程度の推察はしていたことでもあったのだが。

 

「匡は正す、助ける救うって意味で、導はそのまましるべ、道を示すことだろ? 転じて正しき道を示す、それが俺の名前じゃないのか」

「それくれェは解って当然か」

「中学の時に気になってな、匡は特に普段使いしねェだろ?」

 

 だが祖父の言い方からまだ意味が隠されているという推察をした匡導は数秒黙り込む。名付けというのは「願い」に近いものだ。ならばこそ、祖父が正しき道を示す以外にどんな願いを込めたのか、目の前で歯を見せて笑う恒彦の考えは読めなかった。

 

「ヒントは音読みだ」

「音読み、キョウドウ……嚮導? 教え導くって意味の?」

「おうとも」

「成程、ダブルミーニングだったのか、でもなんでそんな名前を?」

 

 奇しくも教師を目指して、そして教師に成っている匡導からするとまるで運命を識っているかのような気味の悪ささえ感じてしまう。名は体を表すとは言うけれど、それにしたって出来すぎていると苦笑いをした彼に、恒彦は答えた。

 

「烏森の苗字が表す通りだ、慧眼であり先見の明、先を行くものの名を持ってる」

「……カラス」

「そう、孝臣が道を踏み外した、後先を考えなかったからこそ、生まれてくる子にはせめて、苗字の通りに誰かの先を歩くものであってほしい……そう思ったんだよ」

「だから……匡導、か」

 

 祖父からの真摯な願い、それを23年の月日を経て初めて知った。だというのに自分は考えることを止め、大人の言いなりでしかなかった今までが酷く恥ずかしくなってしまう。

 カラスは知恵者であり、賢者の象徴であり、現代では忌み嫌われる存在だが古代では神格化すらされた、導き手でもある。

 

「知らなかった」

「孝臣にも教えてねェからな」

 

 悪戯っ子のように笑ってみせた祖父に匡導もまた笑顔をもらった気分になる。自分の名前に込められた意味を知ったことで、彼の中にあった迷いのようなものは消えている気がした。

 未だ行く道も帰る道も解らなくなってしまって、真っ暗な中でそれでも進もうと必死で藻がして、どうにもならなくなって蹲ってしまいそうな彼女に道を示すこと、前を歩くことが出来るのならば、或いは隣を歩くことが出来るのならば。

 

「今日、ココに来てよかった」

「いい面ァなったな、匡導」

 

 週末には福岡、ライブが終わり帰ってきたなら、もう少し祥子とちゃんと話したい。それは「Ave Mujica」が今後、祥子を苦しめるのならば、もっと方法を考えて、彼女の考えていることやっていること、人生に関わろうという意識の変化だった。

 

 

 

 




とてつもないフラグですわ
それはそうと思ったよりも烏森邸の話が長くなってしまったせいで祥子の出番がなくなりましたわ、許すわけにはまいりませんわ、千早愛音……!
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