Mare Inbrium   作:ネクタリス──我、飲酒を恐れる莫れ

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ムジカ終焉ですわ~! 今回は原作の四話Cパートから入って五話に突入しますわ!
アニメが終わるまでにはなんとか、二章まで終わる見込みですので、お付き合いいただきますわ!


二章Ⅴ:喪失

 睦が祥子のよく知る睦ではなくなってしまった、という事実を知った翌日の夜。さめざめと雨が降りしきる中、満員の観客の前に赤色のスポットライトが五つ降り注ぐ。

 ──人形達は訥々と語る。もう奇跡は終わった、夢はいずれ醒めなければならないのだと。

 

「月は地の果てに沈み」

「やめて……」

「アタシ達の仮初の命もここまで」

「どうしてそんなこと言うの!」

「人形達は、もういない」

「私は此処に居るじゃない!」

 

 モーティスだけは、最後まで抵抗をする。だが既に決まってしまったこと、もう音楽も必要なく別れの挨拶を告げていく。

 始まってもいない仮面舞踏会、それを壊したモーティスすらも意図せぬままドロリスが最期を告げる。

 

「今宵のマスカレードを以って──」

「やめて、言わないで!」

「──Ave Mujicaの終幕とさせていただきます」

「いやぁああ──!」

 

 金切り声、人形の断末魔が会場内に響き渡る。

 そして──暗転、観客の動揺のまま、夢から醒めたのだとばかりに無機質なアナウンスの声だけが、現実であることを教えてくれていた。

 もう「Ave Mujica」は無くなってしまったのだと。

 

「開演五分で終了、一曲の演奏もないまま物販のみ、チケットは当然──払い戻し」

「もっと言えば、残りの東京公演に至っては物販もないまま返金対応、とんでもねェ損害が出るだろうよ」

「どのくらい?」

「心配すんなよ匡坊、俺の首が飛ぶ程じゃァねェし、バカ息子と嫁が路頭に迷うこたァねェからな」

「そっちは心配してねェ、痛い目を一度見て欲しいくらいだ」

 

 事の顛末を見届けた匡導はそのまま祖父の烏森恒彦に伝えていく。傘を差した観客の、落胆、失望、悲嘆、それらを見下ろしながら「その時」がイレギュラーで大幅に早まってしまっただけだと考えていた。早まっただけ、と言いつつも出資者にとってみれば最低最悪のタイミングだったことは想像に難くない。福岡、東京の返金対応と謝罪行脚、しばらく事務所はてんてこ舞いになるのだろうと匡導はバタバタと動き回る大人たちを横目にしながら、背を向けていく。

 

「会長には報告したのか?」

「祖父さんより先にしたに決まってんだろ? なんせ監視役だからな」

「冷静だな、会長はなんて言ってた?」

「そうか、後は此方でなんとかする──ってさ、これ幸いと家に戻す準備してると思うんだけど、祖父さんはどう思う?」

「俺もおんなじ意見だが、あんまり他所で言うんじゃねェぞ?」

「解ってるって、それじゃァ」

「あァ」

 

 通話を終えて、壁を背もたれにして溜息を吐いた。事務所の損害、運営側の損害、その他諸々の対応、金銭的な損失は最悪の場合でも豊川定治がなんとかするとしても下手をすれば今後、信用問題に発展する恐れもある。訴訟されるリスクだってあるという状態だった。その全てを豊川グループ会長にして「Ave Mujica」の総指揮を摂っていた豊川祥子の祖父、定治が責任を取ってしまえば、よりこのバンドは結局お嬢様のおままごとでしかなかったという評価になってしまう。

 余りに祥子にとっては針の筵という言葉すら生ぬるい状況に追い込まれていた。こうなると知っていて、それでも彼は自分の為にモーティスを通した。

 

「……お疲れ様です」

「八幡さん、お疲れ様です──祥子は?」

「まだ中に」

「ありがとう」

 

 控室には丁度海鈴が出てきたところで、軽く会釈をする。初華は「Ave Mujica」として出演する筈だった番組や撮影の代打の話し合い、にゃむもなにやらスタッフと話し込んでいて、モーティスは未だステージ、最後の最後までバラバラのグループだと匡導は早々に立ち去っていく海鈴の背中を見つめながら嘆息した。

 

「烏森です、お嬢、今よろしいでしょうか……お嬢? 入りますよ」

 

 ノックをしても反応がない。海鈴は確かにまだ祥子は中にいると言っていたため不審に思いながらもそっと扉を開ける。着替えていて反応が出来ていない可能性も十分に考えられたものの、彼女だけならば今更下着姿くらいで動揺はしないと判断した。

 だがそんな匡導の予想を裏切る形で、祥子は未だ衣装を身に纏った状態で立ち尽くしていた。

 

「……祥子」

「匡導……わたくしは」

「──お疲れ様」

 

 放心している祥子に対して責任を感じてはいる。彼は、無理やり、義務感で続けられるものではない、万が一に義務感と責任感だけで続ければいずれもっと悪化したところで大爆発を起こすのではないかという最悪の結末を想定していた。だからこそモーティスを使って前倒しにした。

 どうあっても祥子が悪いというなら、せめて自分も少しその咎を背負いたい。匡導の我儘でもあった。

 

「帰ろうか、飛行機はまだあるし……今日は家でゆっくりしよう」

 

 身動き一つしない、俯いたままの彼女の手を引き更衣室まで誘導する。そして、オブリビオニスとしてずっと身に纏ってきた衣装を丁寧に脱がせていく。舞台の幕はもう下りた、彼女はもう人形ではいられなくなってしまったのだから。

 苦戦しながらなんとか彼の手で全て脱がされたところで、祥子は漸く動き始めた。下着を手に取り着けながら、鏡越しに眉根を寄せて彼を睨みつける。

 

「いつまで、着替えを覗くつもり?」

「……じゃあ、控室の外で待ってる」

「ええ」

 

 本気で怒っている、多少の羞恥も含んではいるものの怒気を多分に含んだ声音に押し出され、彼は控室の外へと退出する。

 慌ただしい人の往来を眺めながら待っていると、そこに彼女と同じくまだ衣装姿の初華が何処か泣き出してしまいそうな顔でやってきた。

 

「あ……お、お疲れ様です」

「お疲れ様です、今はお嬢が中で着替えています」

「……はい、あの」

「はい?」

「ムジカが終わったら……烏森さんと、さきちゃんは、また先生と生徒に、戻るんですか?」

 

 思ってもいない初華からの問いかけに匡導は少し考えた。そもそも、彼女との関係が教師と生徒になったのは豊川定治が祥子を目の届く場所に置きたかったという意図で始まっており、建前の関係と言うべきものだった。だから戻る、という表現に違和感があったのもすぐに言葉が出なかった要因の一つだった。

 

「そうですね……まァ、少なくともただの幼馴染に戻ると思います」

「……そうですか」

 

 祥子が家に戻った後、自分や彼女が一体どうなるかなんて解らない。教師を辞めさせられてしまうかもしれないし、逆に祥子が転校という形になるかもしれない。どちらかになれば彼女とは顔を合わせる回数も減るだろうという意味を込めて、けれど初華に対してそんな明け透けに全てを言う必要もないと判断し、曖昧な返事をした。

 

「お待たせいたしました──初華」

「さきちゃん……あの」

 

 控室から祥子が顔を出して、初華の顔を見て口を真一文字に結んだ。

 もう「Ave Mujica」はなくなってしまった、初華の純粋な願いを利用してまで創り上げた世界も、所詮は儚い夢でしかなかった。そんな気持ちから目を背けるように祥子は初華に頭を下げた。

 

「お疲れ様でした」

「あ……さきちゃん、ムジカなくなっても……一緒に居て、くれる?」

「……行きますわよ、烏森」

「畏まりました、タクシーは既に手配していますので」

「ありがとう」

「さきちゃん」

 

 怒りを通り越しての、失望とも言うべき視線を一瞬だけ初華に向ける。結局、誰一人として祥子の思い描く「Ave Mujica」の世界を表現でき、肯定する人物などいなかったのだから。祥子のためにとフロントを引き受けた初華も、ベースの腕を買っていた海鈴も、成長性を見込んで口説き落としたにゃむも、信頼できると思っていた睦ですら、彼女にはついていくことができなかった。理解することができなかった。

 

「よかったのか?」

「……どの口で」

 

 自分と、自分の世界を真に理解することが出来ない人物に優しさと同情を向けられたところで、惨めな気分にしかならない。

 初華ならば、自分の世界を十全に表現してくれる。そんな信頼は、モーティスの側に付いた瞬間に破綻してしまっているのだから。

 

「匡導」

「なんだ?」

「……今まで、ありがとうございます」

「気にすんなよ、俺のことは利用できるだけすりゃいい」

 

 帰ってきた後、二人でご飯を食べているところで改まって挨拶をされる。解っていたことではあるが「Ave Mujica」がなくなった今、もうこの関係もおしまいにしなければならないという事実が目の前に迫っており、匡導は名残惜しさを感じていた。

 だからと言って、追いかけて傍に居て欲しいと頭を下げたとしても、祥子が仮に頷いたとしても、いずれ豊川の家に戻されるという結末に変わりはない。

 

「明日の内に荷物を纏めておきますわ、机等は」

「そのままにしていい、もしかしたら持ち帰りするかもしれないし」

「では、そのままに」

 

 惜しむ気持ちを押し殺し、表面上は穏当に、お互い納得した上での別れの挨拶、その日は同じベッドで眠ることなく、祥子は用意されたエアーベッドで、彼は広いダブルベッドでそれぞれ天井を見上げて目を閉じた。

 ──運命は二人を分かった、その別れが優しいものであることだけが、唯一の救いなのかもしれない。

 

 

 


 

 

 

 ──祥子の宣言通り、翌日には荷物を纏めて彼女は赤羽のアパート、父の許へと戻っていった。平気そうに、笑顔で見送ったのにも関わらず、何処かで喪失感のあった匡導は何処か上の空で作業を職員室でしていた。

 

「失礼しまーす、烏森先生、ちょっといいですか?」

「千早さん……解りました」

 

 そんな彼の時を動かしたのは千早愛音だった。目的がなんなのか、少なくとも授業のことではなく「Ave Mujica」についてのことだということは察しがついていた。

 だが既に終わったバンド、別に拒否する理由もないと判断して彼女に促されるまま、天文部の部室へと足を踏み入れた。

 

「それで、要件はなんですか?」

「ええっと、ムジカのこと」

「何も解りませんよ、只の羽丘教師ですから」

「やっぱり、言うと思った~」

 

 溜息を吐かれ、匡導は少しむっとした表情をする。祥子と何かの関係があるだけで「Ave Mujica」との繋がりはない、それが彼の表向きのスタンスであり、建前。そうでなければ少しの情報から彼が昨日までとはいえ生徒と特別な関係があることを察知されかねないからだった。

 

「それに、豊川祥子さんと教師と生徒以上の関係があったとしても……貴女にだけは特別で、なんて耳打ちする筈がないでしょう?」

「あ、はは……ですよね~」

「言い掛かりか想像か、どちらにせよ千早さんの質問に真面に答える義理なんてありませんよ、失礼します」

 

 今度は落胆の溜息を吐いた愛音の横を通り抜けて、匡導は天文部の部室から去っていく。

 ──どうしても祥子のことを知りたいのなら、睦のことが気になるのなら自分が「Ave Mujica」や祥子と繋がっているという証拠を持ってこい。そんな挑発のような言葉を裏側に込めて。

 

「はぁ……」

「さっき、愛音さんと何か話していましたの?」

「さ……豊川さん」

 

 天文部の部室を出て職員室までの道、人気のない踊り場には制服姿の祥子が居た。

 たった数時間離れただけだというのに、これからもう一緒の家に帰ることはないというだけで妙な感情が湧き立ったが、それを必死に抑えようとする。

 

「今は、二人きりですわ」

「祥子、どうして?」

「バイトまで時間がありましたから、顔を見に来ましたのよ?」

「今朝顔を合わせたばっかりなのに」

「けれど、顔を見たくなりましたわ」

「そっか……俺もなんか、ほっとした」

「ふふ……それはそうと、愛音さんと何を?」

 

 少しだけ微笑んだ祥子は、再び同じ質問をする。

 何、と問われると特に何かがあったわけではないため返答に困って数秒間固まって、首を傾げた後、自信のなさそうな小さな声で匡導は返事をする。

 

「何……って、ムジカのこと?」

「探りを入れられましたのね」

「そうなんだろうな、けど千早愛音に俺と祥子のことをここまで怪しまれる意味が解らないんだよなァ」

 

 探られるのは具合が悪いのは事実、だがそれをわざわざ天文部に呼び出してまで暴き立てることのメリットが理解できないと匡導は考えていた。

 彼女の後ろに「CRYCHIC」の影があるというのは解る。とはいえ千早愛音が所属しているバンドは曲がりなりにもその「CRYCHIC」という過去とは違う道を歩んでいる。にも拘わらず祥子との繋がりを怪しんで教師である匡導に接触した。それを彼は怪訝に感じていた。

 

「わたくしのことは、もう構わないでほしいというのに……愛音さんも、燈も」

「燈? 高松燈と何かあった?」

「……いいえ、何も」

 

 後ろ手で何かを握りこんだ祥子、その何かを匡導は訊きだすことが出来なかった。

 そのまま帰っていく祥子をバレない範囲で送った後、彼はほんの少しだけ遣る瀬無さに苛立ちを感じていることに気付いた。本当は祥子のことをまだ、引き留めてでも支えたかった。監視という建前を使ってでも「Ave Mujica」結成前の関係に戻れないかと考えたこともあった。

 ──だがもう、自分は祥子を裏切っている。彼女の世界を遠回しに否定した。ならば自分はもう彼女に微笑みかけられる資格すらもないのだと、彼は自分を戒めるつもりで仕事に没頭していった。

 

 




そよ「愛音ちゃん、訊いてきて」
愛音「はい……」
これが現実ですので、匡導も祥子も予測できるわけありませんわ。ちなむとそよは単純に「どういうつもり?」というものの答えを探しているところですわ
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