Mare Inbrium   作:ネクタリス──我、飲酒を恐れる莫れ

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三章は基本的に祥子と匡導を追いかけますわ! つまりアニメシーンでおもしれー女やってる海鈴はカットですわ~!


三章Ⅱ:仮定

 森みなみの襲来から時を待たずして、匡導は祥子から呼び出されとあるスマホのメッセージ画面を見せられとんでもない爆弾を放り投げられた気分になった。

 きっかけは色々な積み重なりだったのだろう、だがそれは確実に何かのスイッチが押されてしまった感覚を二人に与えていた。

 

「……本気、なのかこれは」

「解りませんわ、あの時も何処まで本気なのか、窺い知ることはできませんでしたもの」

「この文面とはいえ、全員のグループチャットに送ってるんで多少は組む気がありそうだけど……」

 

 そこには八幡海鈴から元「Ave Mujica」のメンバー送られた「Ave Mujicaをやりませんか」というメッセージを前に頭を突き合わせる。

 どういった経緯で、どういう感情でこの文章を全員に送ったか、など二人には全く見当もつかなかったが、ただ一言匡導が感想を零すならば、胡散臭いというものだった。

 

「ひとまず、スルーでいいんじゃない?」

「……そうですわね」

「正直な話、五人揃う可能性は万が一にもないよ……大人の事情的にも再結成するのは不可能でしょ」

 

 完全に元通りの「Ave Mujica」になるために必要な条件には、事務所に所属するという内容が含まれる。アマチュアでも組めないことはないだろうが、それこそ次はお嬢様のバンドごっこの域を出なくなる。後ろ盾もない状態で「Ave Mujica」の世界を再構築するなど、色々な意味で現実的ではなくなってしまう。

 そして事務所は「Ave Mujica」の最大の被害者、そうでなくとも匡導の耳にはお嬢様のバンドごっこを払拭しようと必死になっていると届いていた。

 

「睦も、わたくしには本気なのかどうか……」

「本気だと思う、少なくとも睦は、冗談でそういうことを言うタイプじゃない」

「そう……ですわね」

 

 八幡海鈴が求めているかもしれない「Ave Mujica」の再結成と、睦が求める「CRYCHIC」の再結成という二つのバンドの板挟みになりかけている祥子は、顔を俯かせた。

 本当はどちらも再結成はあり得ない。区切りをつけるため「MyGO!!!!!」のリハーサルの時間を借りてまで二曲演奏した、色々な苦しみや痛みを生み出してしまった存在してはならない禁忌のバンド、どちらも反発や軋轢を生みだすことは匡導にも解っていることだった。

 

「──わたくしが、決着をつけなければ」

「祥子が背負う必要があることか?」

「どちらも、わたくしが発起人ですわ……ならば、責任を負うのもわたくしでなければなりませんわ」

「祥子」

 

 祥子の在り方は、ある意味では海鈴とは真逆の行動力だった。

 彼女は常に、自分の言動の責任というものを重たく考える。直近のモーティスが引きこもってしまった事件でも、会えないと背を向けたにも関わらず、最後には向き合おうと朝から晩まで睦と会えるまで待ち続けた。

 ──バンドの解散も、常に自分が泥を被り続ける。父である清告を警察署にまで迎えに行った時に、続けることは無理だと悟った祥子はあくまで自分勝手な理由であるように振舞った。モーティスがギターを弾けないのは自分のせいだと雲隠れし、事務所からの電話を無視し続けたことで他の関係者全てを被害者にしてきた。

 

「俺は、祥子の決めたことには従う。従者だからとかじゃなくて、俺がそうしたいから」

「……匡導」

「もし、最初に祥子を抱いた時に、その責任から目を背けなかったとしても……俺はCRYCHICを辞めることについて口は出さなかったと思う」

「意味のない、仮定ですわ」

 

 口を衝いて出た自分の言葉に祥子は驚く。彼女は、その場面を夢で見たことがあるから、彼は脱退に異を唱えるわけではなくただ傘を差して、祥子を待っていた。

 きっと、あの時は自分の弱さが見せた夢幻だったのだとは断定し、それでも似たような行動を匡導は取るのだろうことはそれから積み重ねてきた時間の中で確信できるものになっていた。

 

「わたくしは、睦が望むのなら……たとえ詰られようともCRYCHICを復活させますわ」

「なら、俺はそれを支持するし、今度は手伝うよ」

「ええ」

「でも復活させるとして、メンバーは兼任させるってこと?」

「了承されたとして当然、優先はMyGO!!!!! ですわ、そこはお願いする立場、睦にもそれだけは解っていただかなくては」

 

 特に匡導は、この計画が上手くいく可能性は万が一にもないと理解している。長崎そよの人となりを多少とはいえ知ってしまった今、祥子の計画を知った彼女がなんと言うか予想できてしまうからだった。

 ──だがそれでも祥子は、必要があるのならば、睦が本気ならばすぐにでもその頭を下げるつもりだった。無意味な仮定ではあるが、もし実現したとして既にバンドを組んでいる彼女たちの負担にならぬようにという計画も、頭の中には描かれていた。

 

「そういえば祥子はどうやって睦の家まで行ってるんだ? 平日も朝から居るだろ?」

「電車と徒歩ですわ、この時期は風が涼しいから、匡導も時々は歩いた方が──」

「──そうじゃなくて、どうやってあの執事さんを言いくるめているんだって話」

「簡単ですわ、朝は早めに羽丘に送っていただき、その後睦の家へ向かっていますもの」

「なるほどね、道理で」

「帰りは匡導に送っていただくと言えば、何も言われませんわ」

「実際に俺が送ってるからな……」

 

 匡導本人も正確な自分の立ち位置を理解しているわけではないが、毎日の送り迎えをしている執事の立ち振る舞いから、自分の方がやや立場が上という印象は持っていた。その根源が祖父の恒彦と祥子の直属という二つから来ていることもなんとなく察してはいた。まるで王族と王侯貴族のようなヒエラルキーに苦い顔をしつつも、利用できるというなら最大限利用するのが賢いやり方なのだろう、と割り切っていた。

 

お父様の居場所(アパート)に近づくな、という禁止事項さえ破っていなければある程度は自由ですわ、勿論、匡導が見張っている前提ではあるけれど」

「だから休日に俺を呼び出して、喫茶店で暢気におしゃべりしていられるんだけどな」

「けれどこうしているとデートみたい、ですわね」

「……そうだな」

「このまま、何処へ連れていってくれるのか楽しみですわ」

「祥子の期待している場所に」

「ええ、なら連れていって」

 

 穏やかな日常と、取り戻した彼と愛を確かめ合う時間、だがそれもすぐに消えてしまいそうなことは祥子にも感じ取れていた。カラオケで再び姿を現したモーティス、そんなモーティスが語った若葉睦の過去、そして八幡海鈴のメッセージ、その全てが祥子をどうしようもない運命の奔流に呑み込もうとしていた。

 

「申し訳ございません、お嬢様ですが本日はギターを弾きたいとのことでして……」

「ギターを?」

 

 匡導と祥子の杞憂が杞憂であったようにそれから「Ave Mujica」を再結成するという話が続くことはなく、祥子も日常に、睦を外に連れ出すための日常を過ごしていた。

 しかし、朝からギターを弾いているというお手伝いさんの言葉に、祥子は僅かに目を開いた。

 本気で「CRYCHIC」のために、今度こそ自分が納得できる演奏をするために練習しているのだとしたら、それを無理と一言で断ることはできない。温めていた作戦を実行すべきなのかもしれないと考えていた。

 ──だが、真実は祥子の思った通りではなく、先日にモーティスが海鈴に唆されたことでエアギターを練習している最中だった。

 

「睦が……それは、いいことじゃねェよ」

「ですが、やはり……わたくしの軽い頭を下げるだけで済めば、それに越したことはありませんわ」

「お嬢、それは困ります……豊川家を背負わなくてはいけない立場ですよ?」

「それでも」

 

 昼休みの音楽室、呼び出された匡導にその決意を伝えるとやはり、というべきか反対されてしまい、祥子は顔を曇らせる。

 豊川グループ創業者の血統、本家ともいうべき祥子の頭が軽いのは、例え学生だったとしてもよろしくはないという大人の理屈も理解はしている。だが、友達にまでそれを適用してしまったら本当の意味で祥子は人形になってしまう。匡導は苦言を呈したものの、こうなった以上彼女は絶対に引き下がらないだろうと両手を挙げた。

 

「終わったことを睦が理解できねェっていうなら、下げる頭は睦であるべきなんだけどな」

「いいえ、あくまで再結成したいのはわたくし、睦に責任はありませんわ」

「……畏まりました、説得は俺も手伝いましょうか?」

「貴方は、再結成した時にマネジメントを担当していただきますわ」

「納得してもらえるかどうかは別だけどな」

 

 祥子もそれには同意する。どうやらそよとは一定以上の関係を築いているようだが、一応羽丘として関わりのある燈、そして迎えで顔を合わせたものの全くの初対面に近い上にかなり他人に対して当たりが強い立希がいる。万が一この構想が現実になったとしても匡導を外付けのアドバイザーとするのは難しいだろうというのは二人の意見が一致している部分でもあった。

 

「ごきげんよう」

「祥ちゃん」

「え、今来たの?」

「……ええ」

「もうお昼終わっ……あ~」

「お二人、放課後お時間ありまして? 話したいことがありますの」

 

 早速、燈と愛音に声を掛ける。愛音は祥子とそこまで関わったことはなかったが、僅かな間と声色で彼女が少なくとも昼には居たこと、そしてその昼で()()と密会をしていたことを察知した。一時期の何処かよそよそしかった雰囲気を醸し出していたものの、いつの間にかすっかり元通りの関係になったことも愛音は敏感に感じ取っていた。

 

「単刀直入に申します、燈……わたくしとCRYCHICをもう一度やっていただけませんか?」

 

 放課後、羽丘の学食にて祥子が静かに、けれど淀みなくはっきりと告げた言葉に燈は閉じていた口を驚きに少し開き、愛音は開いていた口を真一文字に結んだ。

 燈からすれば先日終わった、やっと終わらせることが出来た筈のバンドの再結成の打診であり、愛音からすれば「MyGO!!!!!」のメンバー三人に関係があって、自分にはない、ただすぐに睦のためだと理解できてしまう提案だった。

 

「わたくしも、わたくしも……睦も本気ですわ」

「睦ちゃん……?」

「ええ、CRYCHIC復活は()()()()、わたくしは睦の苦しみに気付きながらも手を差し伸べず、挙句Ave Mujicaに利用した」

 

 立ち上がり、頭を深く垂れる。ただそれは感情と熱意の籠ったお願いというよりは、義務や責任という単語を連想させる、記者会見における不祥事による謝罪に近い何かを感じさせるものだった。

 

「──()()()()がCRYCHICであるなら、わたくしはそれを叶えたい」

「そ、それって……」

「勿論、MyGO!!!!! に迷惑を掛けません、すぐに返事ができないことも重々承知ですわ」

 

 愛音は言葉の端にある、祥子の心が籠っていないことにも気づいてしまった。あくまで彼女が語る「CRYCHIC」復活は()()()()()()()()()()()。決して()()()()()()()()()()()とは言わない。義務感と責任感、もっと突き詰めるなら睦を傷つけてしまった贖罪に燈たちを()()しようと考えていることが透けていた。

 

「立希とそよとも、これから話をするつもりです」

 

 だが、もし立希が、そよが祥子と同じ気持ちを少しでも抱いていたらどうなるのだろう、愛音はそんな不安に駆られた。彼女にとって「MyGO!!!!!」は一生続けるつもりだった。どういった形で、アマチュアなのかプロなのかも、将来設計が何もない絵空事でしかない状態だけれど、少なくとも五人で一生バンドを続けるという気持ちは持っていた。

 祥子の提案はそんな計画に支障が出かねないものであった。

 

「あの、先生……烏森先生!」

「はい、千早さん、どうかされましたか?」

「ちょっと……天文部に来てほしくて」

「解りました、急ぎの仕事が片付いたらすぐ向かいます」

 

 一応、立希やそよにメッセージを送ったものの、その返事が気になってしまう。そんな時に愛音が頼った、というよりも「MyGO!!!!!」以外に事情をすんなり呑み込んでくれるのはやはり匡導しかいなかった。

 彼は彼で愛音が声を掛けてきた時点で、既になんの話をされるのかは察しており、彼女に見えないところで溜息を吐き出した。

 

「これは、今日はクレーム処理係になりそうだな」

 

 スマホを眺めながら彼はこの後に起こることを想像して苦い顔をしたくなってしまった。

 祥子の為にとはいえ、愛音の相手をすることは少し億劫さもあり、その後か先かに控えているであろう()()()()のことを考えてもう一度溜息を吐き出した。

 ──こんなことでストレスを感じてしまっては、もし「CRYCHIC」再結成がうまくまとまったとしたら胃に穴が空くんじゃないかと考え、そして彼は首を横に振った。

 それは無意味な仮定だと。それが実現する可能性は、奇跡が起こっても不可能なのだから。

 

 

 

 




うっかりMyGO!!!!!と繋がりができてしまったが故に更に振り回される匡導、祥子以外と関わると大抵ストレスになるのはどうかと思いますわ。
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