Mare Inbrium   作:ネクタリス──我、飲酒を恐れる莫れ

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アニメ九話から十話へと移行していきますわ~!



三章Ⅵ:対峙

 祥子が計画した「CRYCHIC」の再結成、それを阻むように八幡海鈴、三角初華、若葉睦(モーティス)の三人が──彼女にとってのもう一つの過去と言うべき「Ave Mujica」が姿を現していた。遠目で見ている祐天寺にゃむを含めて十人の運命の糸に絡めとられた少女が「RiNG」に集っていた。

 

「なんで止める」

「これは舞台だから、かな?」

「舞台?」

「そ、だから役者じゃないアンタには踏み入らせない──喝采はいらないんでしょ?」

「……祐天寺」

 

 そんな祥子のフォローに入ろうとしていた匡導を、にゃむが止める。スポットライトの当たる舞台に、裏方が立つことは許されないという理屈は、彼にも理解できる。だが祥子だけが「Ave Mujica」と「CRYCHIC」に挟まれるという状況を見ているだけというのは彼としては看過できるようなものでもない。

 

「モーティス、貴女の願いは睦を苦しめることですわ」

「どういうことですか?」

「モーティスは苦しむ睦を助けるために生まれた、だから睦が苦しみ続けることになるAve Mujicaの復活を望んでいるのです──自分が消えないために!」

 

 階上で釘付けになった匡導を置いて、祥子は立ち上がりモーティスにまっすぐ向き合う。既にもう睦が死んでしまったことなど知ることはなく、それに対して匡導が何を言ったのかなどということも知ることはなく。

 ──モーティスは迷っていた。自分が若葉睦の役を勝ち取れるのならば別に「Ave Mujica」に固執することはない。彼女の意思を継ぐならば「CRYCHIC」に、祥子の隣に行くべきなのではないかと。

 

「わたくしは、睦を苦しめる選択など絶対にしない……幸せにしなくては」

 

 だが、祥子はモーティスの存在を否定する。その姿に自分が抱いていた気持ちを少し思い出していた。

 ──私、祥子ちゃん嫌い。

 それは睦を傷つけるだけだったのに、嫌いという感情がモーティス固有のものとして胸の裡に残っていた。

 

「幸せである必要あるんですか? 満たされたら、終わりじゃないですか……Ave Mujicaを続ければモーティスさんは生きられる、二人とも生き続けられる、生きていないと幸せにもなれないんですよ?」

「それでも、わたくしにAve Mujicaは選べませんわ」

 

 海鈴の言葉もまるでモーティスを肯定されるような気持ちになる。どのみち、今のモーティスにはもう「モーティス」という役を続けることはできない。

 ──彼女が彼女のまま生き残る選択はたった一つだけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだけだった。

 

「豊川さんはモーティスさんを見殺しにするんですか!?」

「覚悟の上ですわ」

「覚悟なら私だって……掛け持ちしていたバンドを、全て辞めてきました」

 

 毅然とした態度で「Ave Mujica」を続けることを否定し続ける祥子に、海鈴は自分なりの「覚悟」を示してみせる。話を聞いていた立希が一番驚くが、それでも祥子は眉一つ動かすことはない。匡導も上で会話を聞きながら、眉根を寄せていた。

 

「どういうことです?」

「さぁ、なんか沁みる過去があるんだってさ~」

「意味が解らないんですが、その覚悟とやらはお嬢に伝わるんですか?」

「無理だろうね、ウミコの過去を知ってるアタシですら響かないんだもん」

 

 空回り、見当外れ、そんな言葉が適切に思える程に海鈴の覚悟は祥子に伝わっていなかった。恐らく一番届いているとしても友人関係を築いてきた立希くらいだろう。

 彼女の説得は無駄そうだということで、後の問題は沈黙を守っている初華と、睦役をどうこなすのか解らないモーティスだと匡導は耳を傾ける。

 

「……祥」

「睦?」

「モーティス、消えたくないって」

「えっ?」

 

 覚悟を決めたモーティスはゆっくりと祥子に近づいて「若葉睦」を演じていく。だが彼女の発する台詞は、睦が本来抱いていたものではなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意図を含んでいた。ある意味で悪意のある嘘とも取れる言葉に、だがそうなると予想していた匡導が頬杖を突いた。

 

「私も、祥が私を選んで、苦しむ姿なんか見たくない、祥が想ってくれてるように私も祥を想ってるから」

 

 微笑みを浮かべて祥子の手を取る。それは余りに睦が言うような言葉ではなかった。口調は睦のものだが、仕草は全くの別だった。

 そもそも、睦はモーティスを気遣うことなんてない。彼女にとってみればモーティスなど消えても問題ない、無かったら困るが存在を尊重することのないゴミ箱のような扱いだったのだから。

 

「CRYCHICじゃなくてもいい、祥とバンドできれば、それで」

「……睦」

「──なにそれ」

 

 その仕草が心底気に入らなかったのか、にゃむが侮蔑するような低い声で吐き捨てる。

 静かで、だが静寂だったが故に全員の耳に届いた声の主を振り返り、そして幾人かは驚きの表情をする。

 祐天寺にゃむが「RiNG」に居るという驚き、烏森匡導が「RiNG」に居るという驚き、二人が「RiNG」に居るという驚き、二人が一緒にいるという驚きが混在していた。

 

「キ──ッモ」

「ま、匡導……?」

「祐天寺さん、烏森さんまで……居たんですか?」

「それってムーコの演技? 似てる、完璧じゃん──ホント気持ち悪い」

「……CRYCHICじゃなくてもいい、祥とバンドできれば、それで」

 

 にゃむの言葉に(モーティス)は壊れた人形のように最後の台詞を繰り返していく。ニュアンスやトーンをほんの少しだけ変えたものを何通りも、口に出して、声に出してなぞっていく、だがもう真似をする対象が居なくなってしまったために正解が解らなくなってしまっていた。

 

「あれ、どれ?」

「睦? 睦はどうしたんですの? モーティス、睦は?」

「……私のせいじゃないもん! 勝手に落ちたんだもん!」

「なに? どういうこと?」

「本当に、わざとじゃ……」

 

 そこで決壊してしまったかのようにモーティスは膝を着いて泣き出してしまう。役よりも何よりも只生きたいという気持ちが、死を恐れる気持ちが守る対象だった睦そのものを殺してしまった罪悪感、それはまだ自我を手に入れてほんの僅かな幼子であるモーティスが受け止めることはできなかった。

 ──そして、そんなモーティスの感情の発露に立ち上がったのは、彼女を一人の人間として最も認めていた人物、長崎そよだった。

 

「一緒に行こうね、大丈夫だよ」

 

 モーティスを抱きしめ、付き添っていく。その一瞬でチラリと匡導を見たものの、彼が例えモーティスと睦を明確に線引きし、尊重していたとしても()()が居る以上ついてくるわけがないと諦めて去って行った。そんなそよの動きに合わせるように燈は二人の後を追って、愛音はあくまでマイペースな楽奈に声を掛けつつも燈を追いかけ、立希は海鈴を半ば無理に引っ張っていく。

 

「……で、どうすんの? ムジカやるの、やらないの?」

「さきちゃん、Ave Mujicaやろう? ずっと一緒に居よう?」

 

 残ったのは抹茶パフェを食べていて無関係を貫く楽奈を除けば祥子、にゃむ、初華、匡導の四人、口火を切ったのはにゃむだったがそれに便乗するように、睦を喪ったことを知った祥子に対して初華が声を掛ける。その言葉と態度ににゃむが怪訝な顔を、匡導が苛立ちげな表情を、それぞれ彼女には見えないところでしていた。

 ──そして、祥子からの返事も提案に対する答えではないが、明確な拒絶、睨み付けるような表情で返されてしまい、初華は目を見開いた。

 

「……帰りますわよ、烏森」

「はい」

「私、自分勝手なこと言って……っ」

「三角初華さん、これ以上は……会長に報告しなければならないかもしれません」

「──っあ」

 

 後を着いてきた初華に、半ばカマを掛けたつもりで放った言葉、だが効果は覿面で、初華の足は完全に止まった。それ以上追いかけることが出来ないことから、匡導も彼女の、三角初華という人物と豊川グループ会長の豊川定治との間に何かしらの──最悪の想定もあり得る接点があるということが浮き彫りになったと感じていた。

 

「どうして居るんですの? 必要ないと、言った筈ですわ」

「けど、結局元ムジカのメンバーと遭遇してしまいましたし」

「そもそも何故、祐天寺さんと?」

「それは偶然です、思えばその時点で連絡すべきでした」

「……今日は、一人で帰りますわ」

「祥子、でも」

「追いかけてこないでくださる? 一人にして」

「……解った」

 

 祥子の冷たく、沈んだ声が匡導を置き去りにしていく。罪の意識、贖う為の睦はもういないことが解ってしまった以上、もはや「CRYCHIC」さえも意味を成さない。そうなった祥子が取る行動など、匡導には考えるまでもなく解っていた。

 ──結局また、罪から逃げられなかった少し前に逆戻り、塞ぎこみ、逃げ続けるのだろう。

 

「うん、こっちはみんないるよ」

「そうか、じゃあ俺は必要なさそうだな……そよも居るし、そっちには行けそうにないな」

「……そよりんとなんかあったの?」

「相性良くねェの、解るだろ?」

「あ~、成程ね」

 

 モーティスの様子を見に行こうかとは逡巡したものの、愛音に電話で確認し、大人数になっていることを知って踵を返す。

 電話が切れたことを確認した愛音が溜息を吐くと、後ろからそよが彼と電話をしていたことを知った上で話しかけていく。

 

「あの人、なんて?」

「そよりんと会いたくないから来ないって」

「……は? 明日は絶対来てって連絡しておいて」

「あの、私を挟まないんで欲しいんだけど……」

 

 そよのことをある程度以上には知っているため、愛音は実のところ相性が悪いという彼の言葉は嘘だと感じていた。実際に匡導はそよと相性が悪いと思っているのだが、それは表面的な関りをしているからであって、二人の本質が近いことによる同族嫌悪めいたものなのだろうと察していた。

 だからと言って、取り持ってしまえば緩衝材に使われるため絶対にそんなことはしないと心に誓っていた。

 

「そよが居るなら、まァ大丈夫だろうし……明日は行くって愛音に連絡しとくか」

 

 モーティスのことは勿論、言われなくても様子を見に行くつもりはあったものの、それよりも今は祥子の為にも三角初華の素性を、それも豊川グループに悟られないように深堀りする方を優先すべきだと判断していた。明らかに「Ave Mujica」解散前と後で祥子に対する執着の強さが段違いなことも、解決すべきだと匡導はその足で「Win-Wing-production」に向かっていった。

 目的は三角初華と関わりがあり真実を知っていて、尚且つ自分が調べていることを豊川グループに察知されない人物だった。

 

「はぁ……」

 

 ──問題点は、その人物はある意味ではモーティスの様子を見に行った方が、気が楽とすら言える程、匡導が会いたくない、会話をしたくないと考えていることと、果たして真実を語ってくれるかどうか解らないという部分であった。

 だが、祥子のため、これから彼女がどうするかにせよ避けられないと肚を括った。

 

「アポなしで申し訳ないんですけど……烏森孝臣に取り次いでくださいませんか?」

「え……っと、貴方は」

「はい、豊川祥子の遣い、烏森恒彦の孫、烏森匡導です」

「……少々お待ちください」

 

 事務所とはなんの接点もない筈なのに名前どころか顔が割れているという事実に戸惑いつつも、豊川グループと事務所の両方にコネのある身分を便利に扱っていることもあって今更かと溜息を吐く。

 待つことすぐ、三分も経たないうちに暢気な程大きな声が、匡導の耳朶を打った。

 

「よォ! 誰かと思ったらマジで息子じゃねェか」

「……よう、会いたかったよ、クソ親父」

 

 スポーツ刈りの短い髪に体育会系、というべきがっしりとした肩幅に反して柔和な顔立ち、だがその眼は鋭い猛禽類のようだと子どもの頃から感じていた。

 そしてその風体を反抗期の彼はこう称していた──即ち「鋭い爪をチラつかせる鷹」だと。

 




常に匡導→愛音←そよという構図に一抹の憐れみがありますわね。
烏森匡導の父、孝臣が初登場ですわ。
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