Mare Inbrium   作:ネクタリス──我、飲酒を恐れる莫れ

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マルティン・ルターですわ~!(タイトル)
前話あとがきで申し上げた通りアニメ11話の内容を匡導視点で語りますわ~!


幕間Ⅲ:Verum est quod pro salute fitmendacium

 ──これは、秘密を抱えたとある少女の話。困難に立ち向かうと決めた少女を支え、例え地獄だろうと傍に寄り添うと決めた、その決意をする前に男が知った、悍ましい真実の話だった。

 会議室とは違う、面談等に使うようなスペースに通された烏森匡導は、そこで缶コーヒーを男に投げられる。

 

「それで? 態々俺に連絡してくるってことは……大方の予想はついてはいるんだろう?」

「あァ、アンタに会いに来たのはほぼ、答え合わせみたいなものだよ」

 

 猛禽類を連想させる鋭い瞳にやや気圧されつつも、匡導は頷いた。

 彼が対峙した男の名前は烏森孝臣、匡導の実父であり本来ならば豊川グループの中でも芸能関係で中核を担う切れ者、だった。

 ──そんな予定が狂ったのは20年以上前のこと、とあるアイドルを担当した孝臣はそこで彼女と恋仲になってしまった。

 反対を押し切り、駆け落ち同然で結婚したそのすぐ後、第一子の妊娠が発覚、烏森家にとっては忌み子のような扱いを受けるようになり、その子どもは両親のことを最も嫌悪する大人として認識している。

 

「まずお前が調べたことを聞かせろ、回答を確認してからの答え合わせだろ?」

「アンタが担当してるアイドル、sumimiの三角初華は、()()()()……正確に言えば俺が三角初華と呼んでるアイドルは、三角初華()()()()

「──その通りだ」

「それで……ここからは俺の妄想も混じってることだが──」

 

 匡導はおそるおそると言った状態でまずは調べるだけ調べた彼女の家族関係を語っていく。

 ──三角初華の母親は約20年前、現在地から遠く離れた関西、瀬戸内海にある小豆島にある豊川家の別荘の管理人をしていた女性であり、その後、丁度三角初華が生まれる前後で辞めていること、その後地元の漁師と結婚しているという事実を話した上で推論を述べた。

 

「三角初華の父親は……豊川会長、だった」

「どうしてそう思った?」

「単純な連想ゲームだよ、こちとら現地まで足を運んだんだからな」

「探偵か刑事ドラマのような口振りだなァ」

「茶化すなよ、別荘周辺は異常に口が堅かったけど、全員の口を止めることなんて出来やしねェんだ、誰かがどっかで漏らす」

 

 小豆島の別荘は豊川定治の妻が好きだった場所、初華の母も彼女を慕っていたこと、そして三角初華が生まれる前に、そんな彼女は早逝してしまったこと。その死を悼み別荘に足を運んだ傷心の男とそんな彼女を慕い、仕えてきた傷心の女が同じ場所に居た。その結果がどうなるかというのは似たようなことをしてしまってきた匡導はよく解っていた。

 

「きっと会長だって放置するようなヒトじゃねェ筈だけど、あの人は婿だ、実力で会長という座に就いているだけで、豊川の血は流れてねェ……だから、三角初華は豊川には成れなかった」

「妄想だな、バカバカしい」

「そうだな、こんなの根拠のないゴシップだ……けど」

 

 一蹴されても尚、匡導は続けていく。父も母も豊川の血が流れていなかったが故に豊川であることを否定された初華を守るべく、彼女の母は別の人と結婚をした。それも義務感ではなく幸せな日々だったのだろう。その証拠に二人の間には子どもが儲けられた。或いはそうすることで狭い島の目を誤魔化すねらいもあったかもしれないが、それは今、関係のない話だった。

 

「その妹が、三角初華だった」

「ヘェ、じゃァ俺が担当してる初華は?」

初音(はつね)──三角初音、姉の名前であり、俺たちが三角初華と認識しているアイツの本当の名前だ」

「……戸籍を調べたのか、どうやってかは聞かねェがバレたらまずいなァ」

「黙れ、これでも豊川の使いっ走りなんでな、アンタら両親のせいで」

 

 三角初華、否、三角初音という名前を否定しなかったことでやはり「sumimi」として活動し、その後「Ave Mujica」のフロントになった彼女が初音であることは確実となったと匡導は真正面から否定された豊川定治の娘という説を補完するための事実を並べていく。

 

「三角初音は、小豆島の別荘には絶対に近づくな……って言われてたらしいな、島民の一人がそう言い聞かせてるのを知ってたよ」

「そりゃァ、天下の豊川の別荘だろう?」

「初華には、そう言い含めていなかったことも知ってたよ」

「……雑なやり方だなァ、姉妹両方に言い聞かせとけばよかったもんを」

 

 だからこそ、初華は知らず知らずのうちにその周辺の森をあそび場としていた。天真爛漫で、虫取りが好きだったやんちゃな初華はある夏のこと、そこでまるでお人形のような少女と出逢い、共に過ごすようになった。

 ──それこそが、豊川祥子であり、彼女が幼い頃遊んでいたと語っていた三角初華は、()()()()()()()()()という事実が浮かび上がる。

 

「お嬢の存在なんて、羨ましいと思う以上に妬ましいだろうな。自分を捨てた父の孫娘がドレスみてェな服を身に纏い、お嬢様としてバカンスで別荘に来てる、なんて」

 

 特に初音にとっては家族に捨てられたという気持ちが鬱屈としていただけに、初華の話を知る度に様々な感情がごちゃ混ぜになったことだろう。

 ──それが祥子を求める気持ちになったのかは匡導にもはっきりとは解らない話だったが。彼女が三角初華と妹の名を名乗るのは、明るく元気な彼女に何かしらのコンプレックスを抱いていたのかもしれないというのは感じていた。

 

初音(アイツ)にとっちゃァ、豊川の孫娘は主人公なんだよ」

「主人公?」

 

 そこで初めて孝臣から言葉が紡がれる。祥子を主人公とすることで初音は対比される存在に成る。豊川の孫娘として祝福され、愛される祥子と、定治を父と呼ぶことすら許されず、豊川とは認知されない()()()()初音という構図、不幸で可哀想で憐れな自分という悲劇のヒロインを演じることが出来る、悲劇に酔っていれば自分を慰める術もある。だからこそ彼女は祥子を求めるのだと。

 

「お嬢に執着する理由が、それだと?」

「それだけじゃァねェとは思うがな、一つの真実としてはこんなところだろうよ」

「胸糞悪ィな、会長も、豊川家も」

 

 苦々しく呟いた匡導に対して、孝臣はふっと口角を上げる。

 ──見ないうちに大きくなった息子、愛されずに生まれてきてしまったことに対してそれでも藻掻いて、大人と関わってきた彼の怒りに、だがまだまだだなという気持ちを口許に含めた。

 

「違ェな、匡導」

「はァ?」

「会長は、愛していたんだ、初音という娘をなァ」

「……冗談だろ」

「瑞穂様への愛情が如何に深いのかは、お前もよォく知ってるだろ?」

 

 そう言われて、匡導は頷いた。豊川瑞穂、祥子の母を間違いなく溺愛していた。故に彼女の忘れ形見である祥子のこともやり方はともかくとして愛情深く庇護しているということは、匡導の存在が証明していた。過保護でなければ自分の息が掛かった従順な狗を傍に置いておく筈がない。

 そうすると、一つの真実が浮かび上がってきた。

 

「──やっぱ、()()()()()()()()

「あァ、俺は初音のためにこの事務所に残らされてる」

「どう考えてもおかしいんだよ……アイドルと駆け落ちって不祥事を起こしたアンタがどうしてまだのうのうとアイドル部門のプロデューサーをしてるんだもんな」

 

 烏森恒彦という力だけではどう頑張っても説明できない不可解な問題だった。だが初音を担当させるためにそこに居るとすれば辻褄も合う。

 そもそも、初音が東京で一人、しかも養父を喪ったばかりなのにも関わらずに親の力も借りず、今日まで不自由なく生活していることの証拠を、匡導は豊川定治の罪悪感だと勘違いしていた。

 まさか、それが父親として出来る精一杯だった、とまでは考えが至らなかった。

 

「娘と呼ぶことさえ許されねェが、会長は初音を娘として愛している。けどな──豊川家全てがそこまで慈悲深くはねェんだよ」

「……三角初音の存在が露見すれば、創業者一族という地位が揺らぐ……特に瑞穂さんが亡くなって、豊川の血が祥子にしか流れてねェ状態だと、乗っ取られかねない」

「──だから清告様は、失脚した」

 

 孝臣の静かな怒りが籠った言葉に、匡導は目を大きく見開いた。確かに祥子の父が豊川を追われたのは妻が亡くなってそれほど経っていない頃だった。

 だが、匡導もあれが地面師グループによる詐欺事件であることは知っていたしネットニュースにもなっていた。それが真実ではないかもしれないということに焦りが隠せずにいた。

 

「あれは、地面師詐欺じゃ」

「きっかけはなァ……けど、168億なんて金、補填できねェグループだったか? 豊川が」

「……つまり」

「切るしかなかったんだよ、豊川家の妨害があってなァ」

 

 本来、豊川グループの力があれば詐欺事件すら表に出すことなく、清告の首を切ることなどせずに解決できるレベルの話だった。

 だがその時、彼は三角初音の存在を公表しようとしていた。初音を豊川家へ受け入れようとよりにもよって親族会議での打診をしようとしてしまったことで、結果的に自分だけでなく祥子にまで辛い生活を強いることになってしまった。

 

「豊川家ってのはそういう家だ、お前は創業者一族、会長や清告様、お嬢様とばっかり関わってるから気付きようはねェだろうがなァ」

「アンタはsumimiのプロデューサーに成る前からずっと、三角初華を」

「そうだ、烏森家での地位を復活させること、そして匡導、お前の立場を会長の力で上げることを条件にな」

「……じゃあアンタは、父さんは俺を売ったんじゃなかった?」

「売ったんだよ、売り込んだ──是非、将来ご令孫を守るために使ってやってくださいってな」

 

 それこそが、匡導が羽丘の教師になった真の理由であること、急に定治が手綱を祥子に譲った真の理由であることに気付いて愕然とする。

 ──烏森家でも、もう匡導を「忌み子」として扱うものはいない。豊川グループ創業者一族に近しいのだから手を出すことも出来ない。それが、真実の親心だったのだと。

 

「会長は解ってたのさ、初音が狙われることくれェ、だから暇してた俺が監視として選ばれた。上京してすぐ、まなと初音をスカウトしたんだよ」

「純田まなは……?」

「いい女だと思ってなァ」

「やっぱ、アンタはクソ親父だよ」

 

 その会話を最後に、匡導は立ち上がった。空になった缶コーヒーをゴミ箱に放り込みながら、頭の中を整理する。

 ──決して自分は捨てられたわけではなかったことを知った。だが、それでも幼少期に売られたという悲しみが消えるわけではない。

 

「礼は、言わねェから」

「おゥ、クソ親父でいさせとけ、バカ息子」

「黙れ……じゃァな、時間取ってもらって、悪かった」

 

 事務所を去っていく息子を見送った孝臣は、一度も振り返ることのない匡導には見えないように満足そうな笑みを浮かべていた。

 子どもの頃、恨みを抱いていた匡導からすればまだまだ消化できない感情もあったが、蟠りだった部分は解けたのだから。

 

「親の心子知らず、か」

 

 呟いた言葉に、もう恨みは乗っていなかった。

 ──とはいえ、匡導の過去には一通りの決着はついたものの、三角初華については解決どころか彼が思っていた以上に深い闇が掘り出されてしまっていた。このまま八幡海鈴や三角初華の通りに「Ave Mujica」を復活させる方向に傾くと、確実に豊川家が会長に付け入る隙を与えることになってしまう。最悪の場合は豊川定治や烏森孝臣、恒彦だけでは庇いきれなくなってしまう恐れすらある。

 

「そうなれば……俺が守らないといけない」

 

 決意を新たに、匡導はその後地獄にまで付き合うと覚悟を決めた。例え祥子がどんな目に遭う危険があったとしても絶対に守り抜くために。

 ──或いは、三角初華が本当は祥子を恨んでいて、復讐の機会を得るために牙を研いでいるとするならば絶対に防がなければならないと。

 

「Ave Mujicaを復活させたそうだな」

「──はい」

 

 日が経ち、復活ライブが「RiNG」で行われた日の夜、匡導は一人で車を出そうとしていると電話が掛かってきた。

 早速かと匡導が通話状態にした瞬間の言葉に、彼も目を閉じて覚悟を決める。

 

「孝臣から聞いた、真実を知って尚、それを受け入れたのか」

「ご令孫は知りません、ですが……」

「……先日、初音が屋敷に来たそうだ。祥子がお前と帰ってこなくなった日だ」

「──っ! それは……」

 

 二重の意味で驚く、あの日何かがあったとは思っていたがまさか初華が禁忌とされていた豊川家へ足を踏み入れたこと、そしてその後に祥子が匡導の車に乗って何処かへ行った日だということを知られていたことに口ごもる。

 ──会長の口ぶりから祥子が自分の家に泊まっていたことを知っているだろうと思った彼が黙っていると溜息が聴こえてきた。

 

「──この際、お前と祥子の関係は不問とする」

「な、なにか……」

「これ以上初音と祥子を接させるわけにはいかん、よって──スイスへの留学をしてもらう」

「ご、ご令孫をですか? そんな急に?」

「お前と祥子の関係を認めるわけにはいかん」

 

 それだけ言われ、通話が切れた。

 急に決まったスイス留学の話、おそらく祥子に危害が及ぶ可能性を考慮しての措置なのだろうことは決まっていた。

 同時に、匡導から離すための方法として海外は最適といえるものだった。

 




どちらかというと未視聴勢のためっぽくなってしまいましたわ。ですが語らないと未視聴勢は完全に意味不明な内容になりますので、幕間で語らせていただきましたわ
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