Mare Inbrium   作:ネクタリス──我、飲酒を恐れる莫れ

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楽しみましょう、などとキレイごとは言いませんわ~! 何故ならわたくしたちは所詮、同じ穴の貉ですもの~!
おーっほっほっほっほっほ!

評価バー二本目点灯致しまして、お気に入り50名突破致しましたわ〜! これからもよろしくお願い致しますわ〜!


一章Ⅱ:開幕

 祐天寺にゃむを無事メンバー入りさせることに成功した祥子は、意を決して睦の家へと足を運んでいた。

 家政婦の山田とも顔見知りであるためすんなり通され、リビングで睦と対面した。

 

「既に他のメンバーは集まりましたわ、後は貴女だけ──」

「──入る」

「……後戻りはできませんわよ?」

 

 入ると決めれば、若葉睦として世間から注目を浴びることも覚悟しなければいけない。五人の中で最も話題性を持っているだろう彼女のことを考えると断られることも計算に入れての勧誘だったのだが、睦はまっすぐ祥子を見つめて加入の意思を伝えた。

 

「私も、祥を支えたい……祥が二度と、壊れないように」

「……いいご身分ですわね」

 

 だが睦から出た言葉は、そんな後先を考えているとは到底思えないものであり、まるで追い詰められているところに余裕そうな表情で手を差し伸べられているような、プライドに障るような不快感を祥子は表情に出す。

 それが失言だったのだと気づいた睦は口を開きかけたものの再び真一文字に結んでしまい、何も言わないのだと悟った祥子は立ち上がり、宣言する。

 

「心配は結構、弱いわたくしはもう──死にました」

 

 弱かった、悲しみに暮れるしかなかった豊川祥子は、もういない。少なくとも睦の前に見せる彼女は、以前とはまるで違う。冷たい仮面を着けた人形でしかないのだから。

 祥子は理解していた。睦の言葉は嘘ではない。だが内心全て自分の為を思っているわけではないこと。

 ──私()、祥を支えたい。その言葉の奥に居る誰かへの想いが見え隠れすることに、苛立ちを感じていた。

 そのまま門をくぐり、日傘を広げようとしたところで車の短いクラクションの音がしたことで怪訝そうな顔で視線を向けると、そこには見覚えのあるスポーツタイプの車がハザードランプを点灯していた。

 

「おや、お嬢じゃないですか、奇遇ですね」

「……白々しいですわね烏森、言い訳すらする気はなくて?」

「ついでですし、乗っていきます? 歩くのは暑いでしょう」

「お言葉に甘えさせていただきますわ」

 

 呆れ半分、諦め半分の顔をした彼女に対して、わざとらしく助手席のドアを開けた匡導は、あくまで運転手然とした態度を貫く。もう咎めることはないとはいえ「お嬢」と呼ばれることを嫌がっているのに、あくまで普段はその呼び方と敬語を崩さない、敬語が崩れても()()()()()()()()()を決して見せようとしない余裕の態度が、今の祥子の神経を逆撫でしてしまう。

 

「貴方も、いいご身分ですわね」

「睦に何か言われました?」

「うるさい、貴方には関係ありませんわ」

「……お嬢、眉間に皺が」

「誰のせいだと──!」

 

 飄々とした応対が許せない。自分の身体で興奮する年下趣味の癖に、従者ぶっておいていざベッドの上になると急に態度が大きくなる癖に、少しでも余裕のないところを見せるとすぐに大人の顔をする。そんな普段はありがたいとすら感じている彼の言動にすら噛みつきたくなるほど、苛立ちをぶつけたくなるほどに祥子は睦の言葉に動揺を見せていた。

 ──全ては、暖かくて優しい日々を忘れるため、CRYCHICという温もりを忘れるために過ぎない。今のバンドも、彼すらも。

 死とは、忘却である。あの日の自分を忘れることこそが、弱い自分が死ぬ本当の時なのだから。

 

「……今日は予定もないようだから、泊まるかと思ってたんだけど……どうやらそういう気分でもないみたいだね」

「あ……え、ええ……そうですわね」

「何処で降りる?」

「パソコンが使えるところ、ネットカフェでも行きますわ」

「了解しました」

 

 しかし、苛立ちをぶつけて返ってきた言葉に、優しくも冷たくすらある対応に祥子は自己嫌悪する。同時に、まるで墓穴の底から這い出てくるように、不安が彼女を襲う。

 CRYCHICとしての日々を忘れるために利用しているだけの筈なのに、ただ自分で開けた墓穴を埋めるためだけに匡導を使っているだけなのに、いつの間にか彼が離れていくのが、彼との日々を忘れることが恐ろしいと思うようになっていた。

 

「その……匡導」

「ん?」

「……ごめんなさい、少し苛立っていて、貴方に当たってしまいましたわ」

「怒ってないよ、むしろ俺の方が無神経だった、ごめん」

 

 段々と冷静になり、その間の無言に耐えかねた祥子は眉を下げる。同時に、自分自身が如何に子どもなのかを実感させられ、悔しさを滲ませてしまう。

 匡導は怒らない、彼女の傍にいて手を貸すことがある種の仕事であり、未熟な彼女を支えることが役割だと解っているからだった。

 

「無理しないように、俺との関係はそのためにあると思ってればいいよ」

「それは幾らなんでも甘やかしすぎですわ」

「そうか? 祥子は本来、そのくらい許される立場だと思うけど」

「やめて」

 

 思わず左腕を抱き込む。それは拒絶であり、拒絶ではない。

 まるで丹念に、心血を込めて鍛えた刃を潰されるような鈍い痛みだった。春の微睡みのような、優しすぎる言葉はまるで自分が間違っている道を進んでいるような、迷路の行き止まりを感じさせるものだった。

 ──認めたくはなかった。最初から初華も睦も巻き込んだ復讐(バンド)ではなく、彼の腕の中で居場所を求めることで得られる安寧が最も楽で、安易な死を迎えることが出来たのだと。

 

「わたくしにこれ以上……与えないで」

「……出しゃばりました、申し訳ありません」

 

 少なくとも、未だ何も成していない今、彼の温もりに依存しすぎてはいけない。喩えいつかの未来で、匡導と生涯共に歩むことになろうとも、その時は「Ave Mujicaの豊川祥子(オブリビオニス)」であったことを世間に刻んでから、自分で何かを成した先の幸福であるべきだと考えていた。

 

「けれど、その……作業は、貴方のパソコンでもよろしくて?」

「もちろん」

 

 匡導は最初からそう言われると解っていたかのように、ウィンカーを出して進路を変更していく。祥子がその指先で内側に内包していた世界を表現していく。赤と黒、暖かい春の日差しとは真逆の冷たい月の光。

 

「──しかし、祥子にこんな世界観があるとはねェ」

「勝手に覗かないでいただけます? 家主とはいえ、わたくしのプライベートですわ」

「仕事でしょ、半分以上」

「……知りたいのなら、文字としてではなくわたくしたちの声で、音で、その眼でお願いしますわ」

「そうはいかないんだよ、一応俺は会長の狗なんでね」

「お祖父様にはわたくしの方から報告致しますわ、貴方には……是非完成した姿を、完成したAve Mujicaを」

「Ave Mujica……それが、バンドの名前」

「ええ──憐れな人形達の、新しい(よすが)ですわ」

 

 マグカップを片手に、匡導は「Ave Mujica」というバンド名、そしてチラリと見えた人形達の名前に目を細めた。

 悲しみ(ドロリス)(モーティス)恐怖(ティモリス)(アモーリス)忘却(オブリビオニス)、五体の人形が織りなす狂える月下の仮面舞踏会(マスカレード)

 招待された人間たちはその麗しき人形に魅了され、こぞって彼女たちを求める。

 

「……仮面バンド」

「ええ、こうすれば誰も睦だとは思いませんわ。彼女は若葉睦ではなく(モーティス)、そう捉えさせ、同時に二足の草鞋を履く初華、幾つものバンドを掛け持ちしていらっしゃる八幡さんへ関心が向くこともなくなりますわ」

「それだけ聞くと合理的だ」

「……何か懸念でも?」

「いや、別に」

 

 仮面を外す時はいつか訪れるだろう。だがそれは音楽性と世界観を十分に評価され、その考察、一体仮面の下は誰なのかという予想が高まったタイミングがベストだろうか。それまで一年、或いは半年、もっと短いだろうか。

 音楽と世界観に没入させた上で、メンバーの話題性で乗り切る。そんなプランニングなのだろうと匡導は予想を立てた。

 

「俺は経営に関しても、音楽に関してもド素人だからな……祥子だって独断でやってるわけじゃないだろうし」

 

 安らいだような祥子しか知らないが故に、まさかワンマンだとは露ほどにも思わず匡導は口を出すことはしなかった。そんなことしなくても、てっきり事務所やメンバーに話し合った上で合意を取っているものだと彼は思いこんでいた。

 それが誤りであったことに気付くのは全てが手遅れになった後なのだが。

 

「──少し疲れましたわ、長時間パソコンに向き合うのはしんどいですわね」

「バイトでもやってるでしょ」

「それとこれは別ですわ……んっ、痛っ」

 

 寸劇のセリフ、設定、その他諸々の作業は集中力を使うせいか普段のアルバイトよりも目や肩が疲れている気がする、と伸びをしているとそんな祥子の肩に匡導が手を添えて、首の根本あたりの筋肉に親指を這わせていく。

 

「凝ってますねェお嬢」

「な、なんですの……?」

「解してあげようと思って、祥子は猫背やストレートネックとは無縁だろうから、余計な気遣いかもしれないけど」

「いいえ……お願い致しますわ」

「そのためにはまず風呂かな、一緒に入る?」

「な……っ!」

 

 サラリと放たれた誘いに祥子は口を大きく開けて驚く。これまで()()を経験したことがないわけではないが、油断していたタイミングでは羞恥心が勝ってしまっていた。

 だがすぐにマッサージは風呂上りがいい、というなんとなくの知識を呼び起こした彼女は頬をやや染めながら立ち上がった。

 

「からかわないで、わたくしは子どもではありませんわ」

「子ども扱いはしてないよ……むしろ、逆だよ」

「……きゅ、急にスイッチ入るのはやめてくださる? 」

「今日は最初っから()()()()()だからね」

 

 後ろから腰を抱かれ、半ば無理やりのようにも見えるほど強引に唇を重ねられた祥子は、だがやがて身体の向きを変えて彼に密着する。

 子ども扱いはしていないという匡導の言葉は真実であり、少なくとも交わりやその前後で彼は祥子を対等な、一人の女性として見ていること、見られていることを彼女は知っていた。

 その行為の中に同情や憐れみ、善意などは一切なく、ただ欲望のまま本能が訴えるままに貪り合う。それが祥子には心地よかった。

 

「ちょっと巻き猫背気味になってるね」

「んん……キーボードも、腕を前に出すせいですわ……っあ!」

「変な声出さないで、ムラムラしてくる」

「匡導が一度や二度で終わるわけがありませんわ」

「今ので終わらなくなった」

「どうぞ……わたくしも不完全燃焼ですわ」

 

 マッサージをしてしまったせいか夜には家に戻る予定だった筈が目を覚ました頃には日が昇り始めており、祥子は少し慌てたように彼を起こして、家まで送らせる。

 こうした日常の中で、祥子のプロジェクトは進み、そして「Ave Mujica」は鮮烈なデビューを果たすことになった。芸能事務所と、大企業をバックに付け、初めから大きなハコでのライブを大成功に導き、そして彼女たちはあっという間に武道館という一つの目標点に辿り着いた。

 

「史上最速、か……順調だな」

 

 そんな大成功の影に隠れて、問題は徐々に、まるで下から闇が這い上がっていくかの如く顕在化していく。本人たちもそれを自覚しないままに、成功という一時の麻薬に溺れてしまう。

 ネットニュースになったソレを眺めている彼女たちの関係者は匡導だけではないのだから。

 

「関係者席って遠いのな」

「文句があるなら自力で抽選を勝ち取ってはいかが? そもそも匡導が関係者席を埋めていることそのものが優遇されている自覚を持つべきですわ」

「そうっスね、お嬢が寛大でよかった」

「それと、これからしばらくはこうして会えないでしょうから、そのつもりで」

「忙しそうだもんね」

「次は武道館……終わればツアーですわ。武道館までに後四曲を完成させなければなりませんもの」

 

 ハードすぎるスケジュールだなァ、とぼやきつつ匡導はティーカップに紅茶を注ぎ、シーツのみで裸体を隠した彼女の前に置いた。

 仮面を被り、秘密を抱えた彼女たちの物語、その中でも暖かった春の日差しの全てを忘却の霧の中へと隠そうとした豊川祥子は、もう一つの秘密を抱えていた。

 

「ですから……その」

「ん?」

「今日だけはもう少し、ここにいさせて」

「どうぞ」

 

 羽丘女子学園教師であり、また豊川グループが祥子を見守り、監視するために送り込まれた男、烏森匡導との関係は正に甘すぎる秘密だった。

 決して許されざる関係、その歪みは二人だけの関係に留めることなど不可能であり、それは「Ave Mujica」だけでなく、かつて「CRYCHIC」だったメンバーも、否応なしにいずれ知ることとなる。

 

 

 

 

 




いずれ知りはしますが誰もヒロイン入りするとは言っていませんわ
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