生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます 作:みなかみしょう
『星の道』、それは第七属性に至った二番目の魔術師が作り上げた夜空に浮かぶ巨大な魔力の通り道であり、世界のどこからでも観測できる大魔術でもある。
私はメフィニスを今の状態にするにあたって、『星の道』こそが第七属性へ至る一番の近道だと話し、いくつかのヒントを与えた。
彼女は真面目に研究していたというわけだ。
「なんとまあ、見事なものを作ったものだね」
草原の真ん中に鎮座するメフィニスの実験用魔術具。見た目は樽だが、近づいて見ると、金属板で密閉され大変頑丈に作られた魔術具だった。
「これ、中に魔術機使ってますか?」
じっと観察していたイロナさんが言うと、メフィニスが頷いた。
「ええ、魔術機も魔術具の一部。むしろ、長く安定して使えるという意味では、今回のような目的には最適なの」
そう言って、メフィニスは樽の一部に触れる。すると、表面に魔術印が輝き、一部の板がゆっくりと開いた。
中にあるのは、ミュカレーの外で見かける風車型抽出機によく似た機構。
「ほう。魔力は人工魔石を使うのですのう」
「天然ものは高いもの。こうして魔力を蓄積して自由に扱えるだけでも、魔術機の存在は素晴らしいといえるわ」
軽く内部を見てみると、魔術陣が張り巡らされているのが目に入る。
「思ったよりも簡易な構造だね。これも安定性のためかい?」
「はい。今回の目的はあくまでこれが『星の道』にたどり着くことですから。複雑なものは避けました」
「え、じゃあ、これが『星の道』まで飛んでいくんですか?」
「先行研究を参考に作りましたの。自由に空を飛ぶ魔術は難しいけれど、風と火の属性を使って一直線に飛び上がらせるのはそれほど難しくないのです。魔力源は人工魔石がある現代なら、そこまでは可能、問題は『星の道』に近づいた時にあります」
「あの光に近づくと、弾かれる。『星の道』は大魔術だからね。仕掛けがあるのさ」
厳密には、『星の道』の周辺には結界が常時展開されている。それも強力な。地上と『星の道』を別世界に切り分けるという壮大なやつだ。
故に、『星の道』への着陸は非常に難しい。手段として一番手軽なのは、どうにかして『星の道』側から魔力を吸収して、あちら側の存在にしてしまうことだろうか。
「今回は、あくまで観測を目的としておりますの。そのために属性や魔力量を測定する機材を乗せております」
「回収できるのですかな?」
「わたしの手元の魔術具に常に数値が送られてきますのよ。最近、魔術師組合に入った新人の技術です」
「ほう……興味深いね」
その魔術師というのは、元『探求の足音』のファクサル少年とその師匠のことだろう。色々あって、魔術師組合と協力している。まさか、こんなに早く独自技術を開放するとは……。いや、メフィニスのことだ。何かやったんだろうな。
「あの、この実験にわたし達を呼んだ理由はなんですか? マナールさんはともかく、わたしとお爺ちゃんまで呼ぶ理由がわからないんですけど」
「皆さんには、観測をお願いします。遠見の魔術で、この観測機が『星の道』に到達できるかを」
そういうことか。『星の道』は目に見えるがかなりの距離がある。この樽など、ただの点になってしまうだろう。複数人の魔術師で観測するということだ。
「既に準備は完了。わたしの合図一つで観測機は『発射』されます。皆さんには、魔術で追いかけて貰えればと。少しは見ごたえがあると思いますけれど?」
「これは、なかなか面白そうだね。さっそく準備しよう」
私はさっそく遠見の魔術を発動させる。樽……観測機が飛び出してもずっと見ていればいいだけだ。
「では、儂も……」
アルクド氏は眼鏡型の魔術具をかけた。いつも持ち歩いているやつだ。
イロナさんは呪文を唱える。
「あまねく万物に宿る魔力よ、我が身に万象を与える力よ、はるけき彼方を見通す力を……ディスタント・ビュー!」
杖と呪文を使って危なげなく発動させていた。
「もう標準魔術を使いこなしているのですね。さすがです」
「イロナさんは恐ろしい速さで習得しているね」
「才能がありますもの。わたしが目をつける程度には」
「手出しはしていなかったようだけど、理由を聞いても?」
「魔術印を刻むと潰れてしまいますもの。もったいなくて」
それほどか。イロナさんはこれから、どんどん力をつけていくことになりそうだな。
「では、参ります」
私達の準備が整ったのを確認すると、メフィニスは樽型観測機の前に立ち、懐から小さな杖を取り出した。
樽型の表面を杖でゆっくりと撫でていくと、刻まれた魔術陣が輝き、徐々に観測機が本来の姿を表していく。魔力で輝くその様子は『星の道』目指して飛び立つ、雄々しき挑戦者だ。
「では、準備完了。皆さん、良いですか? …………発射!」
メフィニスが鋭い声を発すると、観測機の底面が白色に輝いた。
風と火の魔力だ。私がそう感じると同時、巨大な魔術具が空に向かって飛翔する。早い、あっという間に空に登っていく。
時刻は夕方から、夜へと移行をはじめている。今日は快晴、『星の道』はよく見える。
「今更だけど、あそこまでどう誘導するんだい?」
「『星の道』の発する魔力を感知する技術は確立されていますので。それを利用して誘導をかけています。一直線に、あの光に向かって飛ぶはずですわ……」
自身も遠見の魔術を発動して、じっと観察しながらメフィニスが言った。
発射後は、こちらから手出しする手段はない。
「いけ! せめて真っ直ぐ飛んで!」
メフィニスの切実な叫び。彼女の得意分野は魔術印。こういった魔術具は専門外だ。短期間でここまで作り上げたのは見事だが、本人なりに不安はあるということか。
「どんどん上がっていきますね……あ、もうわたしじゃ追えないです」
魔術に不慣れなイロナさんは見失ってしまった。そのくらいあの樽は速い。速度だけなら立派なものだ。多分、ドラゴン相手でもぶつかれば即死させられるだろう。
「む、そろそろ『星の道』に近づきますのじゃ」
「ええ、ここからですわ!」
「…………」
私達の目には『星の道』に向かって一直線に飛ぶ観測機が見える。そして、私からはもう少しで結界に接触する様子まで確認できる。さて、あれに接触してどうなるかだが……。
次の瞬間、『星の道』が維持する強力な結界に阻まれた観測機は、大爆発した。
「うわ。一瞬、光りましたよ。魔術なしでも見えました、あれって観測機の爆発ですか?」
「うむ……まさか、近づいたら爆発とは」
「砕け散るくらいは想定していたけれど……」
三者三様の驚き方をしている。
「メフィニス、大丈夫かい?」
心配して声を掛けると、実験を計画実行した当の本人は楽しそうな笑顔で私を見た。
「もちろんです! 見てください! しっかり観測の数値が出ていますよ! この魔術凄いですわ! 色々と使い道が……」
興奮気味に、懐から魔術具を取り出してまくしたててきた。全然大丈夫そうだな。
「実験は大成功。これは色々やりがいがありますわー!」
「なんか、口調が変わっていないか?」
「師はもともと、エルフのお嬢様で、こちらの口調が素なのですじゃ」
そうだったのか。それが人間社会の中で魔女と呼ばれるようになるなんて、色々あったんだろうな。
「えっと、爆発しちゃったけど成功で、お祝いですかね、これは?」
微妙に混乱しながらイロナさんが言ったが、無理もない。
この後、興奮するメフィニスを落ち着かせてから、ささやかな宴を開いた。彼女が『星の道』に到達する日はまだ遠そうだが、確実な一歩目を踏み出せたというところだろう。