生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます 作:みなかみしょう
ミュカレー魔術師組合の会議に参加する者は大体いつも気が重い。それは、街の規模に比して魔術師の数が多いこの町において、組合といいつつもあまりにも彼らの行動を掌握できていないことに起因する。名ばかりの魔術師統括組織。そう言われて久しい彼らだが、ここ一月ほどで多くの変化があった。
まず、ミュカレーに置ける魔術師派閥の大変革。『万印の魔女』の派閥抗争離脱、『真実同盟』の急激な弱体化。どちらも組合が下手に手出しできない魔術師達であり、この事実はとてもありがたかった。
ミュカレー内の魔術師達は急激な変化に一時様子見を決め込んで、互いに牽制し合い、一時的に魔術師絡みのトラブルが激減した。
ここまではいい。この機に組合側の影響力をもう少し強められないかと、穏健な魔術師たちに働きかけていた程だ。
良くなかったのは、『ミュカレーの書』の発見である。魔術師たちが百年以上血眼になって探していた大魔術師の遺産があっさりと発見された。その上、何もしてない魔術師組合にもたらされたのである。写本付きで。
大変なことになった。しかも、内容がとんでもなかった。下手をすればミュカレー壊滅に繋がりかねない。ヴェオース大樹境の情報の数々。正直、組合員全員、見なかったことにして封印したかったが、それができない中身でもあった。
そもそも、この街でわざわざ魔術師組合に務めているような面々だ、割とお人好しが多い。そもそも目の前に出てきた以上、関わるしか無い案件になった。
その結果、魔術師組合の幹部会議はかつてないほど重い空気になっている。外からは爽やかな日差しが注ぎ込み、豪華さはないが品よく整えられた室内は実に快適だが、その場の全員、難しい顔をしていた。
「うぅん……どうしようかなぁ……。組合長?」
うめきながらそう聞いたのはベルウッド領主代理だった。魔術師組合は彼の直轄組織であり、会議に出ることは欠かしたことがない。ミュカレーは魔術師の街なのだから。
「そう申されましても。いえ、失礼しました。『ミュカレーの難題』が想定以上の効果を発揮しているのは事実です」
『ミュカレーの難題』とは『ミュカレーの書』に書かれていた情報を、冒険者や魔術師向けの依頼に作り変えた代物だ。表向きには『ミュカレーの書』の一部が発見され、それを魔術師組合と冒険者ギルドから『ミュカレーの難題』と名付けた高額依頼として開示した形になっている。
組合の保有する『ミュカレーの書』から割と穏当な案件を抽出したものだが、これだけで大変なことになった。
今、ミュカレー内の冒険者と魔術師は、こぞってヴェオース大樹境に向かっている。
「リエル君、現状を教えてくれるかい?」
「はい。『難題』に挑んだ一部上位冒険者と魔術師が衝突し、怪我人が続出。死者は出ていませんが、緊張が生まれています。また、探索中に発見した魔術具や魔獣の素材などを使ってミュカレー内で実験が行われ、二箇所で爆発が起きています。こちらも死者は出ていませんが……」
「魔術師たちが頑丈な工房を作っていてくれて良かったよ……」
がっくりと項垂れながらベルウッドが言う。爆発は彼も見た。執務室の窓から黒煙が立ち昇っていた。派閥抗争が活発だった頃は、実験失敗で弱体化するのを警戒してか、こういうのは控えめだったのだが。
「以上が、この七日間で起きています」
「多すぎだねぇ。……えっと、他にはあるかな?」
優秀な事務員であるリエルは眼鏡の位置を直してから、手元の書類に目を走らせる。
「大樹境から古い魔術陣の情報を持ち帰った一団があるようです。もっとも簡単な『難題』を攻略したものかと。内容は大型魔獣攻撃魔術。魔術の発動に失敗すると、爆発して大惨事の可能性があるそうです」
「これ以上の爆発は嫌だよっ! いや、失礼。取り乱した。よく情報を得てくれたね」
「優秀な新人がいますから」
これは魔術師派閥弱体化の良い面だった。先日、通信魔術の得意な魔術師の師弟が組合所属になった。諜報が得意で、これまでにない精度の情報が次々に集まってくる。
つまり、組合に難題が次々に積み上がっていくということでもある。
「ベルウッド様、やはり彼を頼るべきでは?」
「ぬ……むぅ……」
困り顔の組合長の提案に、ベルウッドは顔を歪める。
魔術師マナール。一連の件における、全ての元凶だ。
突如現れた古臭い風体の魔術師が、この街の情勢を大きく変えた。本当に、普通の仕事を回しただけなのに、なんで大事にして解決してくるのだろうか……。
「あの、発言をしてよろしいでしょうか?」
リエルの言葉に、その場の全員が頷く。
「ここ数件、マナール様にとりとめのない依頼をこなしていただきましたが、特に問題は起きておりません。これまでのことがイレギュラーだったと考えて良いかと思います」
「たしかに、そのようだねぇ。大人しく暮らしているみたいだ」
ベルウッドの手元の書類にもそう書かれている。一度冷静になって見てみると、最初以外は普通に魔術具を作ったり素材を納品したりしてくれている。こっそりやっている周辺調査も平穏そのもの。やたらカレーを食べているのが気になるくらいだ。好物なのだろうか?
「ベルウッド様、魔術師マナールが難事を掘り当てたのも事実なら、それを見事に解決したことも事実です」
「むぅ……。そうだねぇ。それに、悪いことを考えている風にも見えないしねぇ」
ベルウッドのマナールに対する印象は非常に正確だった。誤算なのは、彼が何故か大事を引き当ててくることだ。それだっていつもじゃない。ならばむしろ、組合に協力的で頼りになる魔術師とも言える。
「……わかった。この件はマナール殿に依頼をしよう。すぐに必要な準備を整えてくれ」
どこか不安を感じつつも、ベルウッドは組合の面々にそう命令を下すしかなかった。そもそも、組合が頼れる魔術師は多くないのだから。