生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます 作:みなかみしょう
『ミュカレーの難題』とは上手く名付けたものだと思う。魔術師組合は、私の発見した『ミュカレーの書』を慎重に運用開始した。ある程度、この町で騒ぎになるのを覚悟した上でのことだろう。あの内容はとても無視できるものではないからね。
この『難題』が少しずつ解放されることで、魔術師達の目線がヴェオース大樹境に向くことを期待したのだけれど、思った以上に効果があったらしい。
昨日、ベルウッド領主代理に呼び出され、依頼を受けた。内容は『ミュカレーの難題』に挑戦して魔術的な収穫のあった結社が行おうとしている実験の阻止だ。
私は依頼を受諾した。こういった仕事が回ってくるのは想定していたし、無視できるものでもない。穏やかな生活を望んでいるが、ある意味自分の撒いた種だ、しっかり刈り取らせてもらう。
今回発見された『難題』産の魔術は、大型魔獣討伐用の攻撃魔術陣だ。大樹境の割と浅いところにある工房で研究されていたもので、広範囲では無く単体へ強力な攻撃魔術を構築するのを目的としていた。上手くすれば、ドラゴンすら倒しうる技術だったそうだ。
現在は遺跡となっている工房には放棄された魔術陣が確認できたらしい。土地の魔力を利用する術式だったため、使用条件が厳しくて諦めたようだ。師匠がそれを消さなかったのは、これを後の世代への「宿題」とするためだろう。
単体用の魔術とは、強大な魔力を一カ所に集中して打ち出すことを意味する。そのまま解放するだけの広域攻撃魔術と違い精妙な魔力のコントロールを必要とする。つまり、それに失敗すると魔術が暴走して大惨事になるわけだ。
依頼のあった魔術師達はミュカレー内の小屋を工房へと改装。実際に使えるかの準備を進めているそうだ。
恐らく、失敗して大爆発する。見つけた魔術陣は完璧ではないだろうし、関わったのはこの町の中堅にあたる魔術結社だ。調べによると魔術機と人工魔石を購入し、足りない魔力と技術を補おうとしている形跡があるそうだ。
つまり、完璧にはほど遠い状態で魔術を行使しようとしている。危険だ。やっぱり爆発すると思う。
そんなわけで、依頼を受けた私は、魔術で姿を隠しつつ高速移動して現地に向かった。
「これは一体……」
組合の情報通り、倉庫に偽装された工房を見つけた私は、魔力感知を駆使して接近。ある違和感を感じつつも、慎重に内部に侵入したのだが、目の前の光景に呆然としていた。
工房内の魔術師達は無力化されていた。眠りの魔術だろう。私が見たのは、縛って眠って転がされている何人かの魔術師だ。
大規模な実験をしている割には静かすぎるとは思ったけれど、これはどうしたことだろうか? それでいて、工房の中心部には巨大な魔術の気配がある。
考えられるのは、別派閥の魔術師との衝突かな。魔術師組合でも、そこまでは情報を把握できないだろうし。
いつでも魔術を放てるように準備しつつ、私は工房の中心部へと足を踏み入れる。
「動くな! ここはもう制圧済みだぜ!」
部屋に入るなり、鋭い警告が飛んできた。
私は声の聞こえた方とは逆、部屋の右側を見る。ついでに明かりの魔術を発動して室内を明るくする。
「うおっ! てめぇ!」
「待った。私は組合から派遣された魔術師だ。不必要な争いは望んでいない」
部屋の片隅で細長い杖を持っていたのは、鋭い目つきの癖毛の男だった。背は私よりも高く、筋肉質だ。これで杖ではなく剣でも持っていれば、冒険者として通用するだろう。
「組合だぁ? ミュカレーのは殆どお飾りのはずだが? いや、最近は違うそうだな」
「私はマナール。この工房で危険な魔術実験が行われていると聞き、止めに来た。君は? できれば、名乗ってほしいんだが」
極力穏やかな口調でそう言うと、相手は毒気を抜かれたように一瞬肩の力を抜いた。しかし、杖は下ろさない。戦い慣れているな。
「ほう。まさか、噂の魔術師がここに来るとはね。合点がいったぜ。この魔術陣、一体なんだ? 連中は何をしてやがった?」
「質問に答えてくれないかい? 君の名前は?」
察するに、この男は詳しい事情も知らずにこの工房に乗り込んで、魔術師達を制圧したようだ。実力の割に、行動原理が謎だ。師匠などは「嫌な感じがするねぇ」と言ってその辺の工房に殴り込んでいたけれど、彼はそういう手合には見えない。
私がじっと見つめると、男は軽く舌打ちして、面倒くさそうに口を開いた。
「俺はテオハルト。流しの魔術師だ。闇の魔術師なんて呼ぶやつもいる。ちょっと調べ物してたら、この魔術陣に行き当たってな、今から調べようとしていたところだ」