生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます 作:みなかみしょう
「『わくわく実験室』……だと」
「知っているのかい? テオハルト。随分平和そうな響きの団体だが」
「名前に騙されるな。自分達の欲望のために魔術実験を繰り返す危険な魔術結社だぜ。……王都が根城のはずだが、まさかミュカレーに来ていたとはな」
「『ミュカレーの難題』の影響かな?」
私達を包囲している魔術師達のリーダーは会話が終わったのを見て、笑みを浮かべながら話を続ける。
「その通り。よくご存じだ。まあ、ミュカレーに来ることを決めたのは、この辺りの派閥争いにつけいる隙が出来たからというのもあるけどね」
「…………」
まさか、私の行いがこんな連中まで呼び寄せることになるとは。策が裏目に出てしまったか。平和に暮らすために、邪魔そうなものを片付けてるだけだというのに。
「聞いてもいいかな? ここで何をしていた?」
「魔術陣の解析と実験だよ。ちょうどいい連中が来たから、不完全なやつを教えてやったら都合良く代わりにやってくれた。いやはや、面白いね」
「ここの魔術陣が攻撃用だということはわかってるはずだろう。何をするつもりだ」
険しい顔をするテオハルトに、意外そうに答えるリーダー。
「決まっているでしょう。ここの魔術陣はドラゴン攻撃用だ。ならば、ドラゴンに試すのです」
「…………」
一瞬、顔を見合わせる我々。何を言っているのかわからなかった。
「正気か? ドラゴンに効かなかったらどうするつもりだ?」
テオハルトの疑問にニヤリと嫌な笑いを浮かべる『わくわく実験室』の面々。
「どうもしません。実験は失敗するだけ。撤退します」
「人間から攻撃を受けたドラゴンは、確実に町を襲うと思うのだが?」
ドラゴンは知性の高い、最強の魔獣だ。人から魔術攻撃を受けて無事だったら、執念深く攻撃をしてくる。奴らは人の区別なんかつかない、狙われるのはミュカレーだ。
「それがどうしたと? 我々は魔術の実験をしたいだけなのです。ドラゴン用の魔術をドラゴンに試す、それが目的です」
「……ちゃんと結果まで考えて行動した方がいいと思うよ」
彼らは危険だ、間違いなく。ヴェオース大樹境に来ちゃいけない類いの存在と言える。困った。もしかして、『ミュカレーの書』はこんな連中を引き寄せてしまうのか? 心から反省する。いや、反省は後だ。目の前の状況に集中しないと。
「マナール、話すだけ無駄だぜ。こいつらは考えた結果、こういうことをする奴らだ」
杖を構えてテオハルトが言う。やる気だ。
「魔術師の工房に、正面から入って来て、勝算があるのかな? 愚かな二人だ。この部屋を発見した者なら、仲間に引き入れてもいいと思っていたのだけれど」
「御免被るね!」
テオハルトが魔術を発動した。彼の全身に光がまとわれる。身体強化だ。そのまま無言で目にも止まらぬ速さで、先程まで話していたリーダーに接近を試みる。
しかし、向こうも大樹境の中で実験をするような連中だ。実力は確からしく、素早く間に入る者がいた。
「邪魔だ!」
「ああっ!」
テオハルトは女性の魔術師を容赦なく蹴り飛ばす。どうやら闇の魔術師は肉体で戦うみたいだ。
戦いの口火は切って落とされてしまった。もう少し話してみたかったし、穏便にいきたかったのだけど。
「仕方ない。力尽くで捕らえるか。町まで運ぶのが大変だ」
私の言葉が聞こえたのか、こちらを狙う魔術師達の杖が輝く。
「色々やっているようだけれど、無駄だよ」
軽く大地を踏む。もちろん、ただの足踏みじゃない。大地伝いに強力な解除の魔術が広がり、仕掛けられた魔術の数々を解除していく。
「なっ!」
「バカな!」
工房に設置された罠の数々は解除させて貰った。部屋に入って話しながらずっと観察していたからね。
魔術師の工房に乗り込むなら、何の備えもしないのは危険。なら、踏み込んでいくのは相応の備えがある者というわけだ。
「加減が難しいんだけれど、できるかな。たしか、こんな感じだったな。マジック・ロープ」
イロナさんの読んでいた標準魔術の本の最後の方に載ってた、魔術による縄だ。それを超高精度で作成してみようと試みる。上手く出来たようで、素早く近くの二人と倒れた女性はすぐさま拘束された。
「なんだ……標準魔術なのに……くっ」
「解除できない……」
「そこで大人しくしていてくれ。その気になれば電撃も流せるからね」
「…………」
視線を移せばテオハルトがリーダーともう一人を相手に戦っている。彼は強いな。二対一でも互角だ。
とりあえず追加のマジック・ロープを作成。そして一気に近づいていて発射してみた。
「拘束させて貰うよ」
「なめるな!」
杖でマジック・ロープを撃墜しようとする敵二人。しかし、魔術が直撃した瞬間、ロープは網と化して、一気に包み込む。
「があああ! なんだと!」
「魔力が……吸われる……?」
「君達が細工した魔術陣を参考にさせてもらったよ」
不完全な魔術陣は彼らの仕業だが、参考にもなった。応用として、魔力を吸収する仕掛けができたからね。
「マナール……お前、本当に強いんだな」
「いや、荒事は苦手なんだよ? 師匠には及ばないな」
これは事実だ、私の師匠は「暴」に秀でていた。
「テオハルト、彼らを町まで連行する手伝いをさせてくれ。その前に、資料も少し調べたいな」
「わかった。よく眠れる魔術を知ってるぜ。それと、町の冒険者ギルドに連絡する魔術具もある」
「素晴らしい。報酬は山分けでいいかな?」
「構わねぇ。いや、俺はいらねぇから、孤児院にでも寄付しといてくれ」
「闇の魔術師という通り名、考え直した方がいいんじゃないかい?」
本当に善良な男だ。普通の暮らしをした方がいいんじゃないだろうか?
○○○
ミュカレーから離れたその町は、古めかしくも賑やかだった。
王都と呼ばれる、国の中心地である。ミュカレーほどでは無いものの、賑やかな市に活気に満ちた人々。
かの町との大きな違いは市街の各所に貴族の住まう邸宅があることだろう。
ヴェオース大樹境に依存しない、歴史と格式の町の一画に、その工房はあった。
木々に囲われた小さな敷地にある小さな工房。木々もこの工房の敷地というわけではなく、広めの公園に近いだけだ。
平屋の建物もささやかで、主張の少ない作りをしている。周囲に頑丈な塀が建っていなければ、民家と変わらない。
そんな工房の窓に、一羽の鳥が降り立った。羽毛を持たない、紙で出来た鳥だ。
魔術で作られた紙の鳥は、三回ほど窓をつつくと、その場で姿形を崩し、一枚の手紙へと変じる。
それを見届けたかのようなタイミングで窓が開き、一人の女性が手紙を取った。
「あら、意外な人から来ましたねぇ……」
ゆっくりとした口調とは裏腹に、素早く手紙に目を通す。
途端、女性の目つきが変わった。あから様に焦りだし、何度も読み返す。
しばらくしてから、手紙を丁寧に折りたたみ、元の形へと戻された。
「さすがは闇の魔術師……素晴らしい仕事です」
それからうっとりした声音で、言葉が続いた。
「見つけましたよぉ……先生ぇ……」