生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます   作:みなかみしょう

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第56話:花壇と懸念

 案内された先にあったのは倉庫だった。

 いや、倉庫に見えたのは一瞬だけだ。整然と並べられた品々を見て、広大な敷地が何を目的として用意されたのかすぐに察することができた。

 

「これはもしかして、見本が置いてあるってことかい?」

「わぁ、凄いです」

 

 イロナさんが周囲や天井をキョロキョロとしながら感動している。

 内部に並んでいたのは、様々な形のドア、窓、照明。色々な壁紙が貼られた板があると思えば、壁の一部が様々な素材を貼り付けられている。

 

「ここは俺の工房自慢の部屋なんだ。まあ、最初は趣味で集めてたんだが、いつの間にやら見本市になっちまったって事情もあるんだが、意外と好評でな」

 

 ちょっと照れながらワファリン氏が中を歩く。床も一定距離で素材が変わっていたりして、なかなか面白い。何より清掃が行き届いている辺り、この設備が大切にされているのが伝わってくる。

 

「例えばドアだ。貴族様は装飾が沢山あるのを好むが、俺としてはシンプルなのもおすすめだ。飽きがこないからな。なんなら後から色々足せる」

 

 沢山置かれたドアを前に、説明が始まった。

 

「この丸いドア、実際に使っている人がいるのかい?」

「ああ、貴族の別荘のワイン蔵に使ってるな。ほら、樽の蓋みたいに見えないこともないだろ?」

「なるほどー。色々考えるんですねぇ」

 

 こうして、ワファリン氏による、建具見学ツアーが始まった。

 

「窓も色々ある。枠を金属にするか木にするか。ガラスは大きくすると高いぞ。統一感を出すため全部同じ窓にしている家もある」

「昔、魔術機を分解したら爆発して窓を割っちゃったことがあるんですけど。お爺ちゃんに物凄い怒られました」

「それは、イロナさんが心配だったんじゃないかな?」

 

 壁の見本が並ぶところに来ると、イロナさんが目を輝かせる。

 

「素敵な壁紙ですね! いいなー、わたしの部屋の壁紙、真っ白で面白くないんですよね。こういう絵が描いてあるやつにしたいです」

「なんなら見積もりはするぜ。何年かごとに壁紙を変える人もいるし、なんなら自分でそれをやっちまうのもいる」

「なるほど。自分で……」

 

 少し考えてみたが、出来る気がしなかった。私は無難に職人にお願いしよう。ちょっとした工作ならともかく、壁紙は失敗した時の落ち込みが凄そうだ。

 他にも屋根や床の説明を受けていくうちに、照明の置かれた場所に行き着いた。

 

「これ、全部魔術機ですね。凄い種類です」

「魔術機が出てから、照明は殆どこいつに置き換わった。まあ、ロウソクは火事になるし、暗いし、物によっては臭いがするからな。魔術機の方が使いやすいし、形も工夫しやすい」

 

 言葉通り、魔術期の照明は形が豊富だった。丸かったり四角かったり。ロウソク型で先端が魔術機になっていたりと、工夫が多い。

 

「あ、これいいです。猫さんの影ができるようになってますよ」

 

 言われて見れば、影絵の要領で猫が出てくる照明があった。色々考えるものだな。

 

「それ面白いんだけどよ。意外と使いにくいんだ。明かりつけたのに影ができちまうから」

「なるほど……」

「うーん。中間照明として使えば何とかならないかなぁ」

 

 申し訳無さそうにいうワファリン氏の説明に二人揃って納得する。

 

「マナールは魔術師だから、明かりは自前かもしれんが、悪くないと思うぜ」

「なんでも魔術で済ませるわけではないよ。うん、面白いね」

 

 その後も、私達はワファリン氏から、沢山の説明を受けた。ちなみに彼の仕事の方は、お客様優先でいいそうだ。怪我が治ってから、調子に乗って弟子の仕事までやる勢いで働きすぎて、周囲から自重するように言われているとか。

 

◯◯◯

 

「思いがけず良い勉強をしてしまったね」

「ほんとです。凄く面白かったです」

 

 想像以上に長くかかった見学後、空腹を覚えた私達はカレー屋にいた。そう、またカレーだ。他の店についてリサーチを進めなければと密かに心に誓っておく。

 

「非常に良い経験だったが、余計にわからなくなってしまったよ。選択肢が多すぎる……」

「自分の理想を見つけるのが良いって、ワファリンさんが言ってましたねー」

 

 ワファリン氏の建具見学ツアーを体験した結果、私達はよりわからなくなってしまっていた。決めるべきこと、選ぶことが多すぎる。最初は気軽に考えていたけど、リフォームというのは思った以上に難しい。

 

「理想の家……か。難しいな。過ごしやすい場所なら良いと思うけれど」

「まずはそこからですねー」

「イロナさんは理想の家ってないのかい?」

「うーん。今の家が工房付きで気に入っていますから。あ、でも花壇というか小さくて可愛い畑がほしいって最近思ってます。錬金術に使える素材を育てられるかなーって」

「花壇か。世話が大変だけれどいいね」

 

 イロナさんは自分の魔術師としての方向性から錬金術を勉強し始めている。そうすると、薬品類の原料になる植物を自ら育てるのは自然な発想である。

 植物、花……。いいな。今、私の工房周辺は何もなく殺風景だ。ちょっと色を添えるのは悪くない。

 

「そうだね。ちょっとした花壇を作ってみるのはいいかもしれない。私も昔、魔術用に草花を栽培した経験があるから、役立てると思うよ」

「ほんとですか!」

「小さなものから考えてみよう。アルクド氏にも相談したほうがいいかな」

「きっと賛成してくれますよ! 楽しみ!」

 

 喜びつつも凄い勢いでカレーをかきこんでいく。ちなみに実は二杯目だ。

 

「ぷふぁ。ところで、マナールさん。お聞きしたいことがあります」

 

 二杯目のカレーを完食し、水を一気飲みするとイロナさんが急に表情を変えてきた。真面目な話だ。

 

「なんだい? 私に答えられることなら」

「今、この町で何が起きてるんでしょうか? なんか、凄くざわついている気がして」

「…………」

 

 敏い子だ。魔術師として駆け出しなのもあって、組合などの事情は話していないのに、町の変化に気づいている。

 

「あ、聞いちゃいけない話でしたか?」

「……いや、大丈夫だよ。話しておこう」

 

 魔術師としての道を歩み始めているこの子は、遅かれ早かれ『ミュカレーの難題』にまつわる騒ぎに関わるだろう。なら、今のうちに注意はしておくべきだ。

 

「簡単ではあるけれど、説明しておくよ。それがイロナさんの安全に繋がるだろうから」

「は、はい。お願いします。あ、せっかくだからデザート注文していいですか?」

「いいよ。そこそこ長い話になるだろうからね」

 

 その後、二人でデザートを食べながら、ミュカレーの難題とそれによって起きている色々な揉め事について、説明しておいた。我ながら、和やかな食事とは程遠い話題だ。

 メフィニスが言っていた情報網の魔術師組合への引き継ぎ、上手くいっているといいな。多分、多少は楽になるだろうから。

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