生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます 作:みなかみしょう
魔術師組合の中は賑やかだ。少なくとも、私が初めて訪れた時と比べると、明らかに活気が増している。原因ははっきりしていて、主に私にあるのは自覚しているのでちょっと罪悪感を覚えないでもない。
とはいえ、『ミュカレーの書』を見つけて公開していなければ、将来ミュカレーにとんでもない災いが降りかかっていたのも事実だ。最近はそう割り切って、忙しそうな組合の人達の働きぶりを見守ることにしている。
「今日までのところ、難題絡みで騒ぎは起きていませんね。何組か挑んでいる冒険者はいるようですが。魔術師の方は、どうなっているのやら……」
受付で最近の事情を聴いてみるとそんな返事が返ってきた。仕事もないのに訪れたのは、『ミュカレーの難題』絡みで事件が起きていないか気になるからだ。
「やはり魔術師の動向は追いにくいんだね。わかった。私の方でも気づいたことがあれば、報告に来るよ」
「そうしてくれると助かります。あ、依頼はどうされますか?」
「後で拝見させて貰うよ。それより、先日の報酬はちゃんと寄付できたかな」
「それは勿論」
「ありがとう。約束だったからね」
先日の闇の魔術師の一件、彼の報酬の寄付はしっかりできたようだ。組合は領主直轄だから、変なことには使われないだろう。
依頼の方は軽く目を通しておくだけにした。気になることはないな。深刻なものは直接呼ばれるから表に出るわけ無いか。
ミュカレー内に何か起きていないか確認できないと、楽な依頼を受けるのも難しいな。
メフィニスは情報網をベルウッド氏に渡すと話していたけれど、そちらはどうなっているんだろうか。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、向こうから見覚えのある人物がやってきた。
ミュカレー領主代理、ベルウッド氏だ。いつも疲れた顔をしているが、今日はさらに酷い。目の下にクマが出ているし、なんだかふらついている。
「こんにちは。ベルウッド領主代理」
「ひっ。……失礼、考え事をしていてね。どうしたのかな、マナール殿。また何かあったのかな?」
「いえ、ちょっと様子を見に来ただけですよ。そんな頻繁に珍しいことを起こしませんよ」
「うん。そう、そうだね。そうであって欲しいね……」
一瞬、口を開きかけたベルウッド氏だが、考え直したように何度も頷いた。何か、思うところがあったのだろうか?
「しかし、大分疲れているように見えるけど大丈夫ですか?」
「それが王都から親戚の……。いや、失礼。少々、身分の高い方が来客していてね。その対応に頭を悩ませているんだよ」
「ああ、親族の……。今のミュカレーに来るのは危険なのでは?」
「そう説明したのだけれどね。色々と面倒な事情があって、来てしまって……」
それは大変だ。私も最近わかってきたのだが、ミュカレーにいる貴族というのは、ベルウッド氏のように、やむをえぬ事情があって居住しているか、かなりの物好きの二種類に大別される。
活発な経済活動があるとはいえ、魔術師による暗闘が行われている都市になんて、住みたくないというのが一般的な認識らしい。
そんな事情があって、ミュカレーにいる貴族は地位の高い者が少ない。偉い人はだいたい王都にいるそうだ。領主が代理を置いているところなんて、象徴的である。
大抵の場合、魔術師だって権力者相手には敬意を払う。しかし、ヴェオース大樹境という最高の研究材料を抱えたミュカレーにおいては、その「大抵の場合」を逸脱する可能性が高い。
それをよくわかった賢い行動だと思う。あるいは、過去に何かしらあったのだろう。……メフィニス辺りに今度聞いてみようか。
「しばらくは色々と大変そうだね。そういえばメフィニスから……すまない、この話はまた今度にしよう」
「そ、そうしてくれると助かるね」
情報網の引き継ぎについて聞こうとしたらあからさまに顔色が悪くなった。その場で倒れかねない。これ以上、彼にストレスを与えるのは良くないな。立場上、面倒な案件が集中するのは仕方ないとはいえ、気の毒なことだ。
「気休めだが、私で力になれそうなことがあれば言ってくれ。ベルウッド氏にはかなり世話になっているしね」
「あ、ありがとう。そうだね、検討させてもらうよ……」
力ない笑顔を浮かべながら、領主代理は自分の仕事部屋へと歩いていった。せめて治癒魔術でもかけてあげるべきだったろうか。
ベルウッド氏のことは気になるものの、私は私で日々の生活に勤しむことにした。彼は優秀な人物だから、必要な時に声をかけてくるだろう。
まず、魔術師組合からの帰り道、一軒の庭師を訪ねた。ミュカレーの北門近くに店を構え、外に沢山の土地を持つという大きく商売をしている方だ。ちなみに店主はドワーフで、言うまでもなくワファリン氏の紹介である。
入口で名前を言うとすぐに中を通され、親方だという老ドワーフが応対してくれた。
手入れの行き届いた庭を眺めることが出来る、外のデッキで簡単な打ち合わせをする。
「こんな小さな仕事に親方を出させて申し訳ないね。新人魔術師の勉強用の花壇なんて」
「お気になさらず。我が友ワファリンを治療したという方ですもの。自分が対応しなければ失礼というもの」
「おおげさですよ。たまたま出会っただけなのですから」
「おおげさではありません。彼の瞳に再び火が灯ることがどれだけ難しかったか、近くで見てわかっていたのですから」
丁寧な物腰、穏やかな話し方、口調は少し大げさだけれど、親方のドワーフはとても感じの良い方だった。ワファリン氏の友人だったというのは嘘ではないらしく、挨拶した時に涙ながら握手を求められた。
「ワファリンから話は聞いております。現地を確認してから、レンガや土を手配します。自分も監督しますが、作業は若い者に任せることになりますが?」
「それはいい。できれば若者に経験を積ませて欲しい」
「では、そのように。聞いた通り、見た目はお若いが、深い知識と経験をお持ちのお方だ。まるで同年代と話しているようですな」
「魔術師というのも色々あるからねぇ」
話しやすいと思われたのは、私が元老人だからだろうか。体が若返っても、生きた年月はにじみ出てしまうものか。エルフの中には何百年も生きているのに若々しい人がいるけど、どんな心構えでいるんだろう。
「近い内に伺って、見積もりを出すようにします。シンプルな形状で、とのことなので時間も金額もさほどかからないでしょう」
「ありがとう。宜しく頼むよ」
今回お願いした花壇は、イロナさんの勉強用だ。レンガを積んだ四角い形状で、敷地の片隅に小さく作る。奇をてらったことはしない。将来、家を改築した時に作り変えることも考慮してのことだ。
「そうだ、マナール殿。自分はたまに腰が痛くて動けなくなるのですが、貴方の魔術で何とかなりますかな? もちろん、お代はお支払い致しますが」
「やってみないとなんとも。痛む時に呼んでください」
老ドワーフだから、自分の体のことも気になるだろう。こういうのは持ちつ持たれつだ。治療の約束をして、私は店を出た。
今日はよく動いた。魔術師組合で諸々の確認、それから花壇の商談。途中で昼食を挟んで、帰るのは夕方になってしまった。ちなみに今日の昼食はカレーを避けた。
帰宅する時、私は母屋に挨拶することが多い。そうでないと、イロナさんが毎回私に夕飯が必要か聞きに来ることになってしまうからだ。
今日もいつもの習慣通り、アルクド氏とイロナさんの自宅のドアをノックする。
すぐにトコトコと軽い足音が聞こえてくる。
「マナールさん、おかえりなさい。さっきまでお客様が来ていたんですよ」
「お客様? どういうことだい?」
そんな予定はない。もう花壇を作る下見に来たのかな?」
「魔術師組合のリエルさんです。お茶を飲んで待っていて貰ったんですが、忙しいみたいで、帰っちゃいました」
「それで、何か言っていたかい?」
なにかあったな。リエルさんが直接来るということは、普通の依頼ではないことが起きたということだ。
「近い内に依頼がいくので、待機していてください。だそうです。なんか、調整がどうのって難しい顔で言っていました」
「調整か……」
難しい顔の真似をしてみせるイロナさんがちょっと可愛かったが、依頼の内容が具体的でないのが気になった。
多分、イロナさんに詳細を伝えられない事柄か……。
なんとなく、廊下ですれ違ったベルウッド氏の顔が思い浮かんだ。