生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます   作:みなかみしょう

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第59話:大変なおしごと(巻き込まれ)

 私にもベルウッド氏の気持ちが分かった。

 

「お嬢様、走ってはいけません。危険ですぞ!」

「あら御免なさい。つい、気持ちがはやってしまって」

「足元にお気を付けて。私から離れないように」

 

 今、私の目の前には先日出会ったナイレお嬢様がいる。彼女との出会いは偶然だが、この状況は偶然ではない。

 王都から来たナイレ嬢を、ヴェオース大樹境にある朽ちた遺跡に案内せよ。

 それが、私に与えられた依頼だった。

 当然、抗議した。いくらなんでも危険すぎる。話によると同行しているご老人は魔術師であり、護衛も兼ねているそうだが、いかにも老齢だ。戦い慣れている感じもしない。

 ナイレお嬢様に関してはもっと酷くて、護身術の心得はあるが実戦経験は無し。秘められた実力があって、いざ戦いになったら頼もしい……なんてこともないらしい。ベルウッド氏が保証してくれた。

 

 簡単にいうと、これは王都の権力争いの一環らしい。ナイレお嬢様の家はかなりの劣勢で追い込まれており、敗北が見えている。ついでとばかりにベルウッド氏に汚点をつけるため、巻き込むために派遣されてきたらしい。

 

 つまり、今この時点で私も王都の貴族が関わる陰謀に巻き込まれているわけだ。

 

「マナール様、近づいているはずですけれど、何か感じませんか?」

「いえ、特には。完全に朽ちてしまっているのかもしれません」

「そんなはずありません。我が家が逆転する切り札がそこにあるのです!」

 

 ナイレ嬢は随分と熱心だが、隣のご老人は疲れた顔だ。

 我々が目指しているのは、ナイレお嬢様の御屋敷の書斎から出てきた古文書に記されていたという遺跡だ。

 過去に懇意にしていたという魔術師の工房らしく。そこにいけば多くの価値ある品があると予想されている。

 それらで得た資金でもって、勢いを盛り返そう、というのがナイレ嬢の考えである。

 

 実際、古文書は本物だし、冒険者による事前調査で遺跡も見つかっている。

 それゆえに、ベルウッド氏も止めることができなかった。何より本家の「行かせてやれ。むしろ行かせろ」という圧力が凄まじいらしい。

 

 つまるところ、これは陰謀なわけだ。ナイレ嬢を亡き者にし、ベルウッド氏に「守れなかった」という汚点をつけるための。

 権力の関係で断れず、上手くかわすこともできなかったという。彼女がミュカレーに来た時点で、ベルウッド氏はほぼ敗北が決まっていたといえる。

 

 そこで私の出番だ。色々考えた末、ベルウッド氏は私に依頼を回すことにした。正面からこの陰謀に挑み、生還して欲しい。直接呼び出され、頭を下げて頼まれた。

 報酬も破格だった上、話を聞くと断るわけにもいかなくなった。ベルウッド氏は今、メフィニスから情報網の引継ぎ中だ。ミュカレーのためにも、いなくなられては困る。

 

「ナイレ嬢は思ったよりも強いな。大樹境に入って二日たつのに心が折れていない」

「お嬢様は幼いころから野外訓練を好んでいましたから」

「前からヴェオース大樹境を探検したいと思っていたのです。魔獣の影もありませんし、良い探検ですわ! 後はお宝を見つけるだけ!」

 

 倒木の上を身軽に乗り越えながら豪語された。今はスカートではなく、イロナさんのような作業着風の姿に髪をまとめているナイレ嬢は若い冒険家に見えなくもない。ちょっと楽観的すぎるのが心配だが。

 

「お宝か……果たしてあるのか……」

「マナール様もそう思われますか」

 

 魔術師だというご老人が小声でいうのに頷き返す。

 

「ご老人、貴方は事情を全てご存じのはず。なぜここまで同行しているのです?」

「私はお嬢様をお守りするために生きております故。なに、老い先短い身の上ですので、今更命を惜しむ理由がないだけですよ」

 

 そう語るご老人の目には、確かな知性と覚悟の光があった。なんとも善良な二人だ。だからこそ、権力争いで窮地に追いやられているのだろう。……私も巻き込まれているので他人事ではないな。

 

 時々ナイレお嬢様の足元を気遣いつつ歩いていると、比較的木が低い一画に到着した。起伏が多かったこれまでと違い、平坦な地形だ。

 植物に飲まれてわかりにくくなっているが、こういう所に何かあるのがヴェオース大樹境だ。地図とも合致する。

 

「資料によると、この辺りだね。話の通り、大樹境で手に入れた品を魔力に変換する実験を行っていたというなら、何かしらあるだろう」

「そこに期待ですね! 工房は一時閉鎖ですから!」

 

 古文書によるとそうなっていた。都合が良すぎるが、ありうる話でもある。実績が出ていたが、責任者が王都に戻る必要が生じて一時閉鎖。その後、戻ってこなかったので放置されたとのことだ。

 

「さて、ここからが問題ですね。少し明るいけれど、何も違いがわかりません」

「そうですなぁ。魔力も無いように感じられます」

 

 二人揃って平地をじっと眺めながらそんな事を言っている。大樹境内に作られる工房は安全のため隠ぺいされることが多い。一時閉鎖したなら、なお念入りに隠しているだろう。

 

 古文書の内容が正確かどうかは置いておくとして、ナイレ嬢を謀殺する仕掛けをするなら、この場所で何かしらの準備をしている可能性が高い。

 ご老人は魔力を感じないと言っていたが、申し訳ないが実力の問題だ。陰謀に加担するような魔術師は、隠し事が得意である。

 

 なので、私は念入りに周辺の魔力探知をする。周辺に魔獣はいないね。こっそり魔獣避けの魔術を使っていたおかげだ。怪しいキメラの気配もない。魔獣の仕業に見せかける計画ではないようだ。

 

 感覚を研ぎ澄ませるとすぐにわかった。地下に魔力の反応がある。今も稼働する魔術があるのは間違いない。それでいて、付近まで魔力の流れが伸びている。工房として稼働しているな、これは。

 それともう一つ、上手に隠れているが、施設内には魔術師が一名。刺客だろう。これは無力化すべきだな。

 

「なるほど。わかったよ」

「いかがされましたの?」

「こちらです」

 

 近くにあった木の根元を軽く払う。すると、土の中から魔術印が記された石板が現れた。

 

「まあっ。凄いです!」

「さすがはベルウッド様がご推挙するだけはありますな」

「二人とも、ここから先はより危険です。私から離れないように」

 

 簡単な作りだったので、起動はすぐに出来る。問題はこの後になる。

 

「お嬢様、私めの後ろに。それからマナール様のお言葉に従うようにしてくだされ」

「はい。わかりました」

 

 すぐ後ろに来た二人が揃って神妙な顔になった。状況はわかっているようで何よりだ。

 最悪、これを起動した瞬間に攻撃されることだってある。軽く見た感じ、ただ入口が開くだけに見えるけれど。

 

「では、動かします。危険と判断したら撤退しますよ」

 

 危険極まりないヴェオース大樹境で言うことではないなと思いながら、そんなことを言っておく。二人揃って頷いたのを確認して、石版を起動。

 周囲からくぐもった音、低い地鳴りが響き始めた。地面が小刻みに振動を始める。

 

「どうやら、無事に起動したようだね」

 

 時間にして数分だろう。眼の前にあった木々の間に、地下への階段が現れていた。魔術で物理的に稼働する扉が仕込まれていたらしい。

 

 近づいて、中を覗く。暗闇の奥に階段が続いている。植物や動物が侵入した様子はなし。

 少し、周囲から土や草が落ちているが、問題はなさそうだ。工房として、稼働し続けている状態だと言える。

 

「確認します。二人共、内部を探索しますか?」

「…………」

 

 私の問いかけに、ナイレ嬢はしばし逡巡した後に、まっすぐ瞳を見ながら言う。

 

「勿論です。そのために来たのですから」

 

 それを聞いて、私は魔術で明かりを生み出しつつ、工房内への魔力感知を念入りに走らせ始めた。

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