生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます   作:みなかみしょう

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第61話:話し合い(不発編)

 魔力探知しつつ、明かりをつける。

 

「ここも空ですか……。周りに実験材料を保管する場所があるはずですから、せめてそれを……」

「もしかしたら隠し部屋もあるかもしれません。お嬢様、希望を捨ててはいけませんぞ」

「二人とも、動いてはいけない」

 

 何もないがらんとした室内を見て、それでも動き始めた二人を手で制する。

 正面、過去には魔術陣が敷かれてたであろう、広い床の中央部分に魔力の反応がある。非常に巧妙な術だ。ご老人が気づかないのも無理は無い。

 

「なるほど。思ったよりも優秀な護衛を連れていたようだねぇ」

「!?」

 

 突然響いた声を聞いて、ナイレ嬢達が驚きに目を見張った。

 気づいていなければ、何もない空間にいきなり現われたように見えたことだろう。

 

 現れたのは若い青年だ。顔は仮面で隠している。動きやすい服にジャケット。魔術機士のようだが、明らかに品が良い。右手に持った細身の杖も、全身につけた魔術具もかなりの物だと見て取れる。

 

「気長に待っていてご苦労なことだ、何か言うことは?」

 

 そう言うと、青年は明らかに不機嫌な気配を発した。なにがしかの仕掛けがあるからだろうけど、何時間どころか何日も前からここで待っていたはずだ。さぞストレスが溜まっていることだろう。

 

「何か言うべきはそちらだろうが! 状況は理解できているのか!」

「勿論、理解できています。貴方の声にも聞き覚えがあります。たしか、宮廷魔術師の候補に挙がっていた方ですね……」

 

 ナイレ嬢の声は震えていた。正しく状況を理解しているということだ。彼が刺客であること、凄腕の魔術師であること、自分達が罠に誘い込まれたこと。

 しかし、宮廷魔術師の候補とは、なかなか大物が出て来たということかな? 現代の宮廷魔術師の地位は知らないが、低いということはないだろう。

 

「さすがはナイレお嬢様。全て察しているのなら、話は早い。貴方がここで死ぬことで、目障りなベルウッドも失脚し、情勢は我々に傾く。それで、今回のお家騒動は終わりということです」

 

 青年が杖をこちらに向けた。先端に魔力が集まっていく。眩しいくらいの輝きだ。なるほど、腕は悪くはないようだ。

 

「そこの古くさいローブの魔術師も不幸だったな。当方の用意した魔術を解除したことは褒めてやるが、無警戒に目の前に現われるとは。所詮、田舎の魔術師よ」

 

 仮面の向こうの笑みが透けて見えるようだ。絶対の勝利を確信している。杖のみならず、全身の護符まで発光させて、魔術を練り上げる姿は、堂に入っている。

 ナイレ嬢とご老人は観念したように、私の後ろで静かに目を閉じている。逃げても無駄、覚悟を決めた様子だ。

 

「最初に殺してやるぞ、ローブの魔術師。何か言うことは?」

「御免被るね」

「えっ……わぷっ」

 

 仮面の魔術師は一瞬で部屋の隅まで吹き飛んだ。

 きらきらと光り輝く魔力の軌跡を残して壁まで飛んでいく姿は、いっそ芸術的ですらある。

 

 私は右手を振って衝撃波を発する魔術を使っただけだ。勿論、練り上げた魔術は、目の前の男が張っている防御結界への対策済みのものである。

 彼は長く話しすぎた。ベラベラ喋っている間に、まとった魔術は解析させてもらった。

 

「え? 爺、今のは一体?」

「マナール様が、彼を倒したようですな……。いや、信じられませぬ。素人目にも並ではない結界をまとっていたのですが」

「ミュカレーの魔術師の方が戦い慣れていた。それだけですよ」

 

 そういうことにしておこう。

 さて、面倒なのはここからだ。今倒した魔術師を捕縛した上でミュカレーに帰らなければいけない。できればこんな遺跡ではなく、町中で陰謀を働いて欲しかった。手間がかかってしかたない。

 

「ぐ……貴様……何者だ……」

 

 意識がまだあったらしい。近づいた私を見ながらそんなことを言われた。動かせるのは口だけのようだ、全身を打っているし、骨もいくらか折れているだろう。

 

「少しはミュカレーで情報収集すべきだったね。さて、君が大人しく町でついてくるのなら、治療するのもやぶさかではないが?」

 

 できれば自分で歩いて欲しい。魔術を使うとはいえ、人一人背負ってヴェオース大樹境を進むのは嫌だ。

 

「ククッ……随分と余裕だな。わざわざこんな場所で暗殺を企む者が、他の手を残していないとでも? ナイレは今、お前から離れている……」

「っ!?」

 

 しまった! まさかあのご老人か。慌てて振り返る。

 ご老人は短剣を手に、ナイレ嬢に向かい合っていた。刃を見せつけるように、私のすぐ後ろでそれは起きていた。

 

「爺……そんな……」

「…………」

 

 ご老人は動かない。その手に持った刃をじっと見つめている。

 なにか、様子がおかしいな。

 

「……やはり、いけませんな。これは」

 

 そう言うと、短剣を下ろした。こうなると気が気でないのは刺客の男だ。意識を保つのも難しいだろうに、激昂して口を回す。

 

「貴様! 何を考えている! 自分の役割を忘れたのか!」

「私の役割は、お嬢様をお守りすることですから。いや、正直、心は動いていたのですよ。しかし、マナール様を見て、心が決まりました」

 

 朗らかに大変なことを言ったな、ご老人。ギリギリまで裏切る覚悟があったんじゃないのか?

 

「私は、マナール様が協力するベルウッド様に賭けることに致しました。敬愛するお嬢様が生き残る可能性に賭けるのです」

 

 言いながら、ご老人はナイレ嬢に深く頭を下げた。

 

「お嬢様。私めをお好きなように罰してくださいますよう。今後はベルウッド様を頼りになさるのが良いでしょう。生き残る、ただ一つの道かと思われます」

 

 言葉を言い切り、顔を上げるとナイレ嬢に短剣が手渡された。これで好きにしろ、そういうことだ。

 

「そんな言い方をされたら切れるわけないことを、わかって言っていますね。爺」

「お嬢様はそういうお方ですから」

「この短剣は預かっておきます。今日のことは忘れないように」

「承知致しました」

 

 ご老人から差し出された鞘を受取って、短剣はナイレ嬢のものとなる。自分を裏切りかけた相手を許すのを、甘さと取るか度量ととるかは人によるだろう。ただ、ナイレ嬢にご老人は必要な存在に見える。同じくらい、ご老人にはナイレ嬢が必要そうだ。案外、元々裏切る気なんか無かったんじゃないだろうか。

 

「さて、あちらの話は丸く収まったようだよ?」

「く……馬鹿な……こうなったら……」

 

 刺客の右手に魔力が集まる。私の攻撃から生き延びた指輪の魔術具を発動させようとしているようだな。

 

「悪いけれど、この遺跡を崩壊させる仕掛けなら、最初に解除させてもらったよ」

 

 彼の最後の手段。自分ごと巻き込んでの遺跡の破壊だ。勿論、最初に魔力探知をした時点で気づいたので潰してある。

 

「なん……だと……」

 

 今ので残る力を使い果たしたのか、刺客の魔術師はそのまま気を失った。

 

「やれやれ、結局、私が運んでいく流れか……」

 

 涙ぐむご老人を笑って励ますナイレ嬢を見ながら、私は帰り道の心配をするのだった。

 せめて、この後の始末はベルウッド氏にお願いしよう。できれば、彼女たち主従の関係が良い方向にいくように。

 

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