生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます   作:みなかみしょう

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第65話:奢れる者は

 彼らは奢っていた。彼らは油断していた。彼らは急いでいた。

 つまるところ、反ミュカレー派の魔術師たちは、焦っていた。

 きっかけは、同胞の魔術師ライトが成功をしたことだ。

 

 彼はたった一人で危険なヴェオース大樹境に赴き、敵対勢力であるナイレとベルウッドを害することに成功した。それも、殺害せずに向こうから譲歩を引き出すという形で。

 これは、王都の貴族からすると理想に近い結果だった。ベルウッドを殺した場合、ミュカレーに権力を及ぼす際に、他からの横槍が入る可能性があった。なので、譲渡という形になるのが望ましいとも。

 とはいえ、王都側で散々勢力争いをした後なので、基本方針として殺害を示されていたわけだが。

 

 魔術師ライトは、それを見事にこなしてみせた。大手柄といっても過言ではないだろう。

 

 それ故に、ミュカレーに潜入していた他の魔術師たちは焦っていた。このままだと自分たちは「ただミュカレーに来ただけ」になってしまう。この権力闘争の後を見据えれば、それは非常にまずい。

 ライトが持ち帰ってきた『ミュカレーの難題』は渡りに船と言えるものだった。ベルウッドから差し出されたこれを持ち帰れば、ライトほどではないが、それなりの立場は約束されるだろう。

 怪我を癒やしている間、成果を手にしてほしい。他ならぬライトがそう言ったのも、彼らからすれば今後を見据えての発言だと理解できた。今回のミュカレー潜入組は今後も長い付き合いになるだろうから。

 

 当たり前だが、全て勘違いである。

 

 実際はライトはもうミュカレー側の人間だし、渡された難題はそう容易いものではない。

 これはベルウッドの用意した単なる策略だ。

 

 「この辺りだな。ヴェオース大樹境、実際に来てみれば大したことはない。噂は過剰だったな」

「ええ、全くです。王都の森林公園の方が余程怖い。貴族とすれ違いますからね」

 

 魔術師達の間で笑いが溢れた。

 ヴェオース大樹境の中間地点まで、彼らは順調に進んでいた。人数は五名ほどだが、それぞれが相応の手練れだ。

 魔術を駆使して、これといった脅威と遭遇することなく、大樹境を歩けた。これはミュカレーにおいてもなかなかの成果だと言える。

 

「そもそも、凡俗の魔術師共にこの街を任せていたのが間違いだったのかもしれんな。領主交代の暁には、我々で正しく管理運用しなければ」

「そうですな。ろくに探索も進められなかった無能共には勿体ない場所だ」

「少々、足場が悪いですから、頻繁に足を運びたくはないですがね」

「なに、それこそ魔術師や冒険者共にやらせればいいさ。我々が手を下すのは今回だけでいい」

 

 足元に積もった落ち葉を蹴散らしながら、楽しい未来に思いを馳せる。この場に至るまで、全てが順調に進んでいる。その認識が、彼らを浮かれさせていた。

 

「さて、ここからですな」

 

 一人、地図を見ていた魔術師が木々の前で足を止めた。視線の先にあるのは、これまで以上に鬱蒼とした森だ。まるで線を引かれているかのように、そこから植生が変わっている。

 枝葉が多く、禍々しく歪んだ木々。ほんの少し先も見渡せない暗闇。見ただけで不安を誘う、嫌な森だった。

 

 しかし、魔術師達は別の感想を持っていた。既に正体は判明している。ここは蜘蛛型魔獣の住む森。相手の見当がついていれば、対策は容易なのだ。

 

「蜘蛛は光に弱い。魔術の明かりを多めにすれば、寄っては来まい」

「巣は炎で焼き払い。森は昼のように照らしながら進む。後は女王を見つけて倒せば、希少な魔石が手に入る」

「書類によると、蜘蛛自体が何か宝物を所有しているようですね。過去の魔術師が作り出したキメラの亜種なのかも?」

「それは興味深い。死体を持ち帰って、研究しよう」

 

 一人が気軽に言うと全員が同意した。魔術師達が短く呪文を唱えると、辺りに眩しいくらいの明かりが生まれていく。

 

「よし、行くぞ」

 

 希望に満ちた声で、一人の男が言うと、魔術師たちは示し合わせたように、暗い森の中に入っていく。

 

 見た目通り、暗く深い森はこれまでとは別世界だ。しかし、魔術師達に恐怖はない。辺りの木々に強力な明かりの魔術を付与して、周囲を照らしていく。

 一瞬、人間の上半身くらいはある巨大な蜘蛛が視界に入るが、光に怯えるようにさっと消えていった。

 

「うむ。やはり光が効果的なようだな。巣の方にも気をつけよう」

「お任せを」

 

 一人が足元や正面など、進路上に有る蜘蛛の巣を魔術で焼き払っていく。不思議なことに、巣だけ狙ったように綺麗に燃え尽きるのが好都合だった。

 

「面白いな。魔術に反応しやすいのかもしれない。おい、せっかくだから回収して、研究しないか?」

 

 戦闘を歩く魔術師がそんなことを言って振り返る。

 

「……どういうことだ?」

 

 魔術師たちは、いつの間にか四人になっていた。

 

「一人足りないぞ。何があった?」

「馬鹿な! 音もなく消えただと? これだけ明るいのに気配もなく?」

「落ち着け。少し遅れただけかもしれない。ここは戻って……」

 

 異常に気づき、恐慌状態に陥りかけた瞬間だった。

 明かりの魔術が、一斉に消え去った。

 森の中でも異常な暗闇に周囲が閉ざされる。

 同時に聞こえたのは足音だ。かさかさ、かさかさ、という何かが動く音。それが落ち葉を踏みしめる音だったり、枝葉を揺らす音に混ざって確実に、そして大量に迫ってくる。

 

「ひっ……! くそっ! 明かりだ! 明るくするんだ!」

「駄目だ! 魔術がすぐに消えてしまう! 何が起きた!」

「あああああ! 何か近づいてくる! くそっ、こうなったら!」

「火は駄目だ! 巻き込むだろうが! 落ち着いて…………!」

「おい! 何があった! 返事をしろ! うわっ!」

「あ……あああああ!」

 

 彼らが言葉ではなく悲鳴だけを上げる存在になるまで、さしたる時間はかからなかった。

 

◯◯◯

 

 反ミュカレー派の魔術師達は、十五分で壊滅した。

 危なかった。予想より早い。既に全員が蜘蛛の巣に絡め取られ、捕食寸前だった。もう少しライトと雑談していたら、何人か死んでいたかも知れない。

 ここの蜘蛛型魔獣は、名前こそないが大変危険な個体だ。なにせ、魔術のようなものを使って自分から暗闇を作り出すんだからね。下手な魔術の光など、消し飛ばしてくれる強力なやつだ。

 その上狡猾。最初は獲物を中に誘導してから、捕食にかかる。

 

 素直に攻略するなら、蜘蛛の使う暗闇を研究したうえで、それを上回る光の魔術を開発する必要がある。冒険者と魔術師で地道に連携が必要な案件だ。

 

 私が介入できたのは、魔術師達が悲鳴を上げはじめたところだった。

 慌てて蜘蛛の作った暗闇を解除して、強力な光を生み出して追い払った。私からすれば、蜘蛛の生み出した暗闇も、解除可能な魔術でしかない。

 

 蜘蛛の方は素直なもので、私を見ると逃げていった。どういう存在か、本能的に察知してくれたのだろう。

 

 魔術師たちは五人とも蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされた上、毒で麻痺していた。麻痺はその場で治療して、眠りの魔術をかけ、糸はそのままにしておいた。触るとべたついて嫌なんで、運ぶときはマジックロープと浮遊の魔術を組み合わせて、そのまま浮かべて引っ張ることにする。

 

 浮遊の魔術、ものを浮かべるだけの魔術だ。今回のような時のため、急遽開発した。魔力の消費は激しいけど、人やものを運ぶのに重宝するだろう。

 

「とりあえず、ライトと合流してから、今後のことを考えよう」

 

 恐怖に引きつった顔のまま眠る魔術師達を浮かべながら、私は森の中を明るくして、来た道を戻って行った。

 蜘蛛の巣の中というのは長居して楽しいものではないのでね。

 

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