生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます 作:みなかみしょう
私の弟子。マツサ。その出会いは、とても思い出深い。
きっかけは、師匠からの言いつけだった。昔の知り合いの子供を保護しにいけと言う話だ。
行き先が問題だった。遠方にあるとある国の領地内にある、とある平原。そこで人間達の世界に馴染めず、消えようとしていく獣人達の村。
その集落の最後の子供が、マツサだった。
ただでさえ珍しい狼型の獣人だが、マツサはそのとびっきりだった。
銀髪に銀の目を持つ、生まれつき強大な魔力を持つ稀少な銀狼種の獣人。狼種の突然変異で、資料の上でしか見たことのない存在だ。始めて会った時は目を疑った。
悪いことに、彼女の産まれた国は獣人にとって厳しい政策を執り行っていた。差別的と言ってもいい。順調にいけば、マツサどころか種族ごと消える、そんな状態だった。
さすがに見かねた師匠が何かしら手を打っていたようで、その中で私に与えられた仕事が、マツサの保護だった。捕まったら良くて愛玩物、最悪実験体にされてしまう恐れがあった。
師匠は昔、狼種の獣人達に何か縁があったのだと思う。自分の利益のためにしか動かない魔術師が、あそこまで熱心に動くのは珍しい。
マツサの保護は危ないところで間に合った。私が到着した時には、既に彼女の住む集落は国の雇った傭兵に襲撃されており、国内のどこかに捕まった人々ごと輸送されている所だった。
相手が傭兵だったのを幸いに、私は一暴れし、お尋ね者になる前に、マツサを連れて塔に帰った。
残念ながら、彼女の同族は同行できなかった。師匠の小細工が功を奏するまで隠れ住み、最終的には無事に他国に移住できた。しかし、少なくない犠牲が出てしまった。彼女の両親も含めて。
『沈黙の塔』で保護されたマツサは、何故かそのまま私の弟子となった。当時、まだ弟子をとるような立場でないと思っていたので抗議したが、師匠は聞く耳を持たなかった。
なし崩し的に、私はマツサを弟子にした。十歳くらいだった彼女に『塔』での生活と魔術を教える日々が始まった。
彼女は大変優秀だった。あまり魔術が得意でない獣人種だが、特殊な銀狼というのが良かったのだろう。みるみる上達し、いつしか私の弟子とも相棒ともつかぬ立場になった。
マツサの成長に合わせて私も出世し、弟子も増えた。そして、師匠はいつの間にかいなくなってしまった。
今思えば、マツサを保護した時点で、私に色々と引き継いで消える算段を立てたのだろう。『塔』の中で奇異な目で見られるマツサへ色々と対応してくれていたのを知ったのは、いなくなってからだ。
つまるところ、マツサは私の弟子であり、相棒であり、家族でもある。老齢にさしかかり、新生の魔術を使う直前まで共に過ごしていた。
同時に、魔術機の原型を設計した一人でもある。今、ミュカレーの中で私が目にする技術は彼女が仲間と作り上げたものである。
あれから二百年以上がたっているにも関わらず、マツサは変わらない見た目をしていた。
銀狼種は長命になると言われているのに加えて、魔術師としての研鑽もあるだろう。延命は魔術師の研究として基本的なものだ。
一言で言えば美しい。着ているのはローブではなく、イロナさんの作業着に近い、頑丈そうで動きやすそうな服だ。上半身のジャケットが高級感のある見た目をしていて、無骨さを大分消し去っている。
服装は大分変わっているが深い青色を基調としたものを選んでいるのは昔と変わらない。
何より、手に持った金属製の杖は、見覚えのあるものだった。
「せ、先生とは誰のことかな? 君とは初対面のはずだけれど」
色々と脳裏に去来するものはあるけれど、とりあえず私は誤魔化した。今の私はマナール。別人だ。
「誤魔化しはききませんよぉ、先生ぇ……。だって、あの遺跡に細工をしたのは私もですから」
「予定より長く寝ていたのは君も加わってたのか。意図はあるのかい?」
口先でどうにかするのは早々諦めた。昔から、この弟子に隠し事ができた試しはない。
「ミュカレー大先生からの指示でした。なので、意図はわかりません。いつも通りですね?」
「はは、違いないね」
わかっているでしょう? とばかりに悪戯っぽく笑うマツサに私は同意した。そうか、師匠の命令で細工をしただけか。
「起こされなかっただけ、マシということかな」
「はい。よくおわかりのようで、嬉しいです。それでは先生、私がなんでここにいるのか、お伝えしましょう。簡潔に」
「助かるね。『沈黙の塔』が出てきて驚いていたんだ」
私の知る『塔』は個人の魔術師ならともかく、組織立って大掛かりに動くことはまずなかった。
マツサはにこりと笑うとよく通る声で流れるように説明を始める。
「ことの起こりは『ミュカレーの書』です。そちらで転がっているヨファーナ君が大層興味を示しましてね。『塔』内部の政治力を駆使して動いたのです。ミュカレーに工房を設け、ヴェオース大樹境を研究せよと」
「自分だけでやればいいんじゃないかい?」
「同感です。けど今の『塔』だと主流派じゃないんですよね。魔術機を発明して以降、変化に乏しくて。世の中が便利になったのは良いのですけれどね」
「新しい研究材料を求めてか。なんで今さらそんなことに?」
これは以前から疑問に思っていた。ミュカレーには『塔』の接触した形跡がまったくない。新しいとはいえ百年以上前から続く町だ。すぐ隣に研究材料が山程あるというのに。あの『沈黙の塔』が手出ししていないのは異常とも言える。
「そこは大先生。ミュカレーを作ったその人との約束があるのです。『塔の魔術師はミュカレーに干渉することなかれ』とですね。恐らく、ヴェオース大樹境を『塔』の魔術師が独占するのを防ぐためでしょう」
「その約束を破ろうとしたのが、そこの彼というわけだ」
床に転がっているヨファーナ君はじっとこちらを見つめてくるのみだ。別に沈黙の魔術なんてかけていないというのに。どこか怯えた目で私を見ている。そんなに恐ろしいはずないのだけど。
「まあ、大先生は他にも色々と条件をつけていたんですけどね。もう百年以上前だし、大先生の目撃情報もないし、いいんじゃないかなーと若い子達が言いまして。それに一部の幹部も賛成して、ちょっとコネを使ってつついた、というところです」
「そして、私が出てきたわけだ」
「はい。あたしとしては、先生にお会いできたので大収穫です。いやあ、長かったんですよ。本当に長かった……長かった……長かった……」
マツサの様子がおかしい。顔を伏せて「長かった……」を繰り返している。顔がよく見えないが、これは身に覚えがある。
「もしかして、怒っているのかい?」
「……いやまさか、そんなあ。あたしも一人前でしたし、先生が第七属性に至っていたから、いつか消えるんじゃないかって思っていました……」
晴れやかな笑顔で言われたが、なんか背中に戦慄が走った。怖い。よくないものを感じる。
「でも、長かったんですよ……。先生」
あくまで笑顔を崩さずにマツサは杖を私に向けた。先端につけた宝玉が淡く輝く。それだけじゃない、彼女の全身からも強力な魔力を感じる。次々に魔術具を起動しているのが伝わってくる。
「話し合いをする態度ではないようだけれど?」
「勝負をしましょう、先生。先生が勝てば、あたしは『塔』を説得する。私が勝てば先生を『塔』にお迎えする。そんな勝負です」
「……つまり、私が勝てば、『塔』はミュカレーを諦めるんだね?」
「ええ、そこで寝ている未熟者ではなく、あたしまで負けたとなればお偉方も考え直すでしょう」
悪くない取引だ。これで今回の話を終わりにすることができる。マツサが物凄く怒っているのは気になるが、それはそれだ。何とかなるだろう。
「一つ、頼みがある。私が負けてもイロナさんやベルウッド氏などの安全は約束してくれ」
「……ご安心を。悪いようにはしませんよ」
一瞬、眉を動かしたがマツサは笑顔で了承してくれた。最低限、身内の安全は確保できた。
「よし、では始めようか。場所は……」
ここでいいのかい? と問おうとしたら、マツサが魔術を発動させた。
彼女を中心に炎をまとった巨大な竜巻が出現した。
炎と風。二つの力がもたらす破壊そのものといっていい暴力。
轟音と高温で、ベルウッド氏の別荘は瞬時に私ごと吹き飛ばされた。