生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます   作:みなかみしょう

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第70話:屋敷にて

 場違いな場所に居る。

 それが、イロナの正直な感想だった。

 自分は魔術機士で、駆け出しの魔術師だ。魔術機の知識についてはそれなりの自信はあるが、魔術は全然である。

 少なくとも、領主代理を守るのに選ばれるような人材ではない。

 

「イロナ。緊張することはない。お前の役目は決まっている」

「そうですわ。侵入者はわたし達の仕事ですもの」

 

 同じ部屋に居るアルクドとメフィニスがそれぞれ優しい口調で言ってくれる。祖父はともかく、元『万印の魔女』がこれほどまでに穏やかになったことは、いまだに慣れていない。もっと、遠くから見るだけでも威圧感があったものだが、今はまるで感じられない。

 イロナの周囲は、マナールという魔術師がミュカレーに現われて急激に変化している。個人的にはそれは好ましいことだ。生活に余裕も出来た。

 

「さ、さすがに私も戦いますとは言えないですね。これは」

 

 ベルウッド領主代理の囮作戦には欠点がある。素直に相手が信じてくれない可能性があるという欠点だ。

 なので、向こうが領主代理を直接攻撃してきた時に備え、メフィニスとアルクドが護衛として陣取ることになった。二人とも、それぞれの事情で実力が落ちているとはいえ、ミュカレーで指折りの魔術師であることに変わりは無い。

 

「大丈夫。なにかあってもマナール様はすぐ来てくださるわ。あなたは伝える役目を果たせばいいの」

「は、はい。あれくらいなら、何とかなります」

 

 イロナの役目は通信用の魔術機を使って、マナールと連絡を取ることだ。魔術師組合で実用化したものを量産し、領主の屋敷と例の別荘に取付けてある。ちょっと大きな装置だし、通信距離に不安もあったが、短い伝言くらいなら何とか送れた。

 

 あの魔術機は凄い発明です。近い将来、世の中を変えてしまうかも。

 

 最近組合に来た魔術師の発明を発展させたものだと聞いた。元々は魔術具だったものを、作り替えたらしい。以前から構想があったものの、予算と資材の関係で作れなかったものをベルウッドの支援でこっそり開発したとか。

 

「一番いいのは、こちらには何もないことなんですけれど……」

 

 イロナのそんな儚い希望はあっさりと打ち砕かれた。

 

 襲撃は突然来た。最初に気づいたのはメフィニスだった。

 

「屋敷に設置した魔術が破られましたわ。アルクド、準備を。ロビーで迎え撃ちます。イロナ、連絡を」

 

 休息用にあてがわれていた部屋でのんびり本を読んでいると、静かに目を閉じていたメフィニスが急に口を開いた。

 力を失っても元『万印の魔女』。それを嫌でも実感させる、冷たい雰囲気。室内の温度まで下がっているかのようだった。

 

「ベルウッド領主は念の為避難準備で?」

「ええ、一番深いところで待機。なにかあれば逃げてもらいましょう」

 

 アルクドが自分の杖を用意しながら確認する。公務と警備の関係上、ベルウッドの屋敷を魔術的に要塞化するしかなかったのは、あまり上手くなかったという言える。メフィニスの工房を避難先としているが、それも『塔』が相手では、あまり頼りにならない。

 

「行きなさいイロナ。マナール様が来るのなら、早いほど助かるのだから」

「は、はい! 二人共、気を付けて!」

 

 体の各所に魔術具をつけながら言うメフィニスに見惚れていたら告げられた言葉を受けて、イロナは慌てて駆け出した。

 

 ◯◯◯

 

 通信用の魔術具は、そこそこ大きなものになる。なので、ベルウッドの屋敷の倉庫に設置した。人造魔石も設置済みで、動作も確認済み。時々、短文ながらマナールと通信のやりとりもできている。

 

 それが何故か、全く反応を示さなくなっていた。

 

「ど、どういうこと? まさか、故障?」

 

 動作用の杖を水晶に押し付けて、魔力を流す。魔術機の計器類は動く。しかし、向こうからの反応がない。

 

「と、とりあえず、動作確認を!」

 

 通信先を魔術師組合に変える。今は深夜で無人だが、魔術機は常時稼働している。整備用の機能でこちらから信号を送れば返ってくるものがある。動いた。つまり、故障ではない。

 そうすると、考えられるのはマナール側でのトラブルだ。なにか、魔術機が故障するような事態が起きている……?

 

 イロナのこの推測は正しかった。この少し前、マナールのいた屋敷はマツサの魔術で吹き飛ばされていたのだから。もちろん、通信の魔術機ごと。

 

「……と、とりあえずは出来ることをっ」

 

 通信を送るのを諦めてはいけない。イロナは魔術機の水晶周辺にある小さなプレートを外し、そこから見える内部を少しばかりいじった。細かい調整を行うための場所で、設定を変えれば定期的に通信を行うことができる。

 実は、こういった微調整や再設定ができる魔術機士は大変貴重である。元々、魔術に対して高い素質を持ち、仕事熱心かつ勉強熱心なイロナは、魔術機士としてはミュカレーでも指折りの技術者でもあった。それ故に、町から直接仕事を振られたりしていたわけだが、本人はあまり自覚はない。

 

「これでよし……」

 

 五分に一回、通信を行うように設定できた。動作確認までしたいけれど、時間が惜しい。すぐにメフィニス達に報告する必要があるだろう。

 そう思った時、屋敷全体を揺らす轟音が響いた。

 

「……なにっ!? じゃない。お爺ちゃん、メフィニス様!」

 

 疑問の余地はない。『塔』の魔術師との戦いで何かあった。音がしたのは入り口、広いロビーに違いない。

 

「……大丈夫。何とかなる……」

 

 先程まで魔術機を操作していた杖を握りしめる。魔術機士の仕事とも兼用するそれは、魔術師用よりも少し長く、重い。打撃武器としては頼りになる品だ。一応、戦闘にも耐えうるとされている。

 軽くそれを振り回してから、イロナはロビーに向かって駆け出していく。

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