生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます   作:みなかみしょう

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第71話:イロナの戦い

 領主の屋敷といっても、ミュカレー内ではそれほど広大な敷地が確保できるわけではない。広さとしては、それなりだ。大樹境の中にある、開拓基地の方が余程広いくらいである。

 走り出してすぐに目的のロビー前の扉に到着したイロナは、影から戦場を覗き込む。

 

「……お……っ!」

 

 声が出そうになり、慌てて口を閉じた。

 

 ロビーの床で、祖父が倒れ伏していた。外傷はないが、やられてしまったのは明らかだ。

 すぐに駆け寄りたい気持ちを抑え、イロナは状況を観察する。

 先程の爆発と比べて、静かだ。見れば、メフィニスが一人の男性と睨み合っている。

 

 彼女の方はボロボロだ。失った全身の魔術印の代わりに、魔術陣が織り込まれた衣服を着込んでいたのが、かなりの部分が焼けたり破れている。

 しかし、その目から戦意は失われていない。

 

「なかなか手こずらせてくれましたね。墜ちたとはいえ、さすがは魔女と呼ばれるだけはある」

「『塔』の魔術師に褒められるとは光栄ですわね。ですけれど、勝ち誇るにはまだ早いですわよ」

 

 相手の方は嫌らしい笑みが良く似合う男だった。後ろに撫でつけた髪に、嫌らしい目つきといい、実によく似合う。無駄に良い衣服を着ているのも外見からくるイメージ通りだ。

 

「まだなにかあると? もう勝負はついたでしょうに」

「勝負というのは、最後までわからないのですよ……っ!」

 

 一瞬、メフィニスがこちらを見た。こちらの体が動くんじゃないかというくらい、力強い視線だった。

 

 わかっています……。

 

 イロナの前で、戦いは最終局面に入っていた。メフィニスの着ている衣服に残った魔術陣が発動し、部屋全体を風と光が舞っていた。強風ではなく、涼しさを感じるくらいの心地よい風。その渦巻きの中に、輝く魔力の光がある。

 

 幻想的ですらあるその光景は、危険な死地であることは、見習い魔術師であるイロナにもわかった。

 これはメフィニスの作った結界だ。今、この空間の中なら、彼女は自在に相手に魔術をぶつけることができる。

 

「……魔力よ。我に見えざる力を……ハイド……ビハインド」

 

 標準魔術の隠れ身だ。うっすらと自分の体が周囲に溶け込んでいく。魔力感知であっさり見破られてしまう魔術だが、眼の前の空間に飛び込む分には大丈夫なはずだった。なにせ、部屋の中は魔力で満たされているのだから。

 

「なるほど。これが『万印の魔女』が最後に使う大魔術ですか! いやはや、なかなか良い見世物だ。しかし、この程度でどうにかできると思ってもらっては困りますねぇ……」

 

 にちゃりという音が聞こえて来そうな粘着質な声でいうと、男は懐から小さな杖を取り出した。

 そこめがけて、イロナは接近する。やはり、気づかれていない。

 

「私以外の魔術よ……静寂なれごふぁぁ!」

「でぇい!」

 

 魔術機士の杖の一撃が、男の鳩尾に叩き込まれた。イロナよりも頭半分くらい大きい、男性の肉体がくの字に折れる。

 

 余談だが、魔術機士は基本的に鍛えている。魔術機のメンテナンスは肉体労働になりがちだし、魔獣のいる場所への出張も多い。

 そして、イロナには自分を鍛える理由もあった。幼い頃、自分が強ければ、悪人のところから脱出できたかもしれない。力があれば、誰かを助けられるかもしれない。

 そんな思いが、彼女を必要以上に強くしていた。恵まれた体格と、国外から持ち込まれたという怪しげな武術を教えた祖父の存在も大きい。

 

 つまり、こと接近戦に限れば、イロナはかなり強いのだ。

 

「はっ! てい! とう!」

 

 金属製の魔術機士の杖で連続で打ち据える。反撃させてはいけない。相手は格上だ。接近できたこの時しか、勝機はない。

 

「魔力よ……我が手に打ち勝つ力を……エンチャント……ウェポン!」

 

 標準魔術の武器強化も乗せて、更に追撃を加える。打撃は入っているが、手応えがいまいちだからだ。多分、服の下にいろんな魔術具を仕込んでいるんだろう。魔術師はだいたいそうだ。

 

「く、調子に乗るな、小娘ぇ!」

「ひゅっ……」

 

 体勢を立て直した男が拳を振るったのを、軽く避けた。その時、手袋に魔力が乗っているのを確認するのを忘れない。やはり、全身魔術具だ。ならば、自分にできることはただ一つ。

 

「はっ! てい! とぅあ!」

「ぐは! ぐほ! ぐば!」

 

 相手が動かなくなるまで叩き続ける。それしかない。魔術を使わせる隙を作ったら負ける。

 

 普通の人間だったら重症になってるかな? くらいの打撃を加えた辺りで、男がキッとこちらを睨んだ。

 

「壁よ……」

「てぃ! ああっ、障壁!」

 

 魔術障壁を張られた。標準魔術しかない自分には対処不能だ。

 

「調子に乗るなと言ったはずだ。小娘。バラバラに引き裂いてやる……っ」

 

 鼻血を吹き出しながら男が言った直後だった。

 

「わたしをお忘れですよ。編み上げました。風よ……光よ……舞いなさい」

 

メフィニスの呪文と共に、部屋全体に満ちていた魔力が、光と風の刃となって男に殺到した。

 

「………かっ」

 

 男は叫ぶ間もなく吹き飛んで、回転しながら壁に激突。そのまま、動かなくなった。

 

「はぁっ、はぁっ、あ、危なかったです……」

「全く、ヒヤヒヤしましたわ……」

 

 息を切らすイロナに呆れた様子でメフィニスが言う。

 

「え、でも、私を見て「やれ」って言ってたじゃないですか?」

「あれは「逃げろ」ですわよ! いくらなんでも見習いに無茶はさせません!」

 

 どうやら、読み間違えていたようだ。そのことに気づき、顔を青くする。結果的に勝ったから良かったものの、危険な橋を渡っていたわけだ。

 

「まあ、良いでしょう。これで何とか、マナール様への面目も立ちました」

「そうだ! お爺ちゃん! 大丈夫!」

「む……すまぬ。途中で腰がの……」

 

 体が戦闘についていけなかったのがアルクドの敗因だった。多少、体調が良くなったとはいえ、長く動けなかったという事実は老体には大きい。

 

「もう、無茶するんだから。しばらく安静だよ。マナールさんに治療もしてもらって……」

「おっと、そいつはどうかな」

 

 男の声が、戦いで半壊したロビーに響いた。ようやく立ち上がったアルクドも含めて、全員がそちらを一斉に見る。

 

「遅いぜ。闇よ……捕らえよ」

 

 男の声が響いたと思ったら。周囲がいきなり真っ暗になった。

 

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