生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます   作:みなかみしょう

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第75話:花壇とダメ出し

 朝食を取ってしばらくすると、家の外が賑やかになった。

 

 現在、私の家は古い工房なのだが、イロナさん達が住んでいる家と綺麗に並んでいる。そして、北側に色々な作業をするための土地が確保されている感じだ。昔はアルクド氏が色々使っていたそうだが、今は更地。その一画、家に近いあたりにレンガ積みの花壇を作ってもらおうというわけである。

 

 そのための材料と人手がやってきた。

 人数は三人。ドワーフが一人、人間が二人だ。

 

「おはようございます。今日は宜しくお願いします」

「おはよう。お手数をおかけするよ。何か手伝うことはあるかな?」

「いえ、大丈夫です。お話通り、若い者にやらせてみます。気になったことがあれば遠慮なく言ってください」

 

 ワファリン氏の知り合いとはいえ、こんな小さな仕事に工房の長が来てくれた。私とイロナさんに挨拶すると、彼らは素早く仕事に入った。大量のレンガが荷車からどんどん降ろされていく。

 

「後ほど土も運び込みますので。夕方には終わるかと」

 

 どうやら私達の出番はなさそうだ。仕事として依頼してるのだから、そんなものか。

 

「では、わたしはお仕事に向かいますので。マナールさん、また後ほど」

「そうだね。私はどうしようかな。そういえば、マツサは?」

「あたしはここにいます。今、無職みたいなものですから」

 

 物凄くにこやかに、マツサは無職宣言をしたのだった。

 

◯◯◯

 

 とりあえず、無職な弟子と共に工房の中に戻った。職人たちの邪魔をしてはいけないので。

 

「先生ぇ、勘違いしているようなので、事前に言っておきますね」

「なにをだい?」

「あたしはただの無職じゃありませんよ。『塔』から派遣されてるので、お金は入ってきますし資産もかなりあります。贅沢しなきゃ何百年かは生きていけるくらいの。……ただ、仕事がないだけなんですよ」

 

 室内に戻り、テーブルで向かい合うなりマツサは余裕をもってそんな説明をしてくれた。

 経済的に困窮するということはないらしい。

 

「仕事は『塔』との連絡じゃないのかい?」

「それはそうなんですが。『塔』との連絡員みたいな立場故に、ミュカレー内で下手に動けないんですよね。基本、大人しくしていて、ベルウッド領主代理から依頼があれば動く……くらいが精一杯といいますか」

「今回は『塔』がやりすぎたからねぇ……」

 

 マツサが好き放題ミュカレーで暴れ回れば、せっかく『沈黙の塔』の干渉から町を守ったというベルウッド領主代理の評判に傷がつく。地味に、ミュカレー内の魔術師達から評判が良くなったらしいのだ。

 私としては、マツサに次々と『ミュカレーの難題』を攻略して貰うというのも悪くはないのだが。

 

「しばらくは、大人しくしていた方が良さそうだね」

「はい。この町に馴染むまでは大人しくしています。とはいえ、何もしないのは何ですから……」

 

 マツサは勤労意欲が高い。恐らく、自分と周囲ごと無くなりかけた幼少期が影響しているのだろう。

 

「先生。良ければここの工房を使わせて貰えませんか? ちょっと実験するくらいなら文句は言われなさそうですから。今、滞在しているのは普通の宿ですし。堂々と工房も作れませんので」

 

 そう来たか。事情を知る上に無関係とはとても言えない私としては断ることはできないな。

 

「一つ、条件というか頼みがある。イロナさんに魔術を教えてあげてくれないかな。私の知識は古いからね」

「はい。それくらいでしたら、喜んで」

 

 ちょうど良かった。アルクド氏は老齢だし魔術印が専門。私の知識は古い。そんな中、最新の知識と技術を持つマツサが指導してくれるなら、イロナさんにとってこんなに良いことはない。

 

「では、さっそく実験室を見せて貰いますよ。楽しみです、先生の工房を拝見するのっ」

 

 ウキウキ顔で立ち上がると、マツサはさっさと工房の奥へと歩き出した。

 慌てて追いかける。申し訳ない気持ちを抱きながら。

 

「な、なんですかこれは! これが先生の工房だっていうのですか!」

 

 我が家の工房を見たら、マツサが怒った。

 それもそうだ。床も壁も何も設備がないのだから。

 アルクド氏が以前使っていた工房の実験室は綺麗なものだった。ヴェオース大樹境から切り出した特殊な岩の床に、頑丈な壁。更に魔術陣が刻まれた金属板もそこかしこに取り付けられている。これは防音や衝撃対策だ。

 そして床はとても綺麗。なにもない。隣の研究室も空っぽだ。机すらない。

 

 なぜなら、私がこの町に来てから、魔術師らしい研究はまるでしていないからだ。今更あんまり興味がなかったのである。なので住み着き始めた日からそのままなのである。

 

「いやぁ、なかなかこちらまで手が回らなくてね。やりたいこともないし」

「先生ほどの魔術師がこんな工房なんて駄目ですよ! あっ、そういえば、前も大先生から引き継いだ施設をそのまま使ってましたね! 今、理解しました! こういうの苦手なんだ!」

 

 さすが我が弟子だ。理解が早い。

 

「そういうことだから、ここはマツサの好きにしていいよ」

「ホントですか! 住み着きます!」

「それをやるとイロナさんが怒りそうだからなぁ」

 

 なんとなく、そんな気がする。もう内弟子とかいう実力でもないし。共同研究者とか、お手伝い辺りがいいんじゃないだろうか。

 

「お手伝い……。そうだ、私の仕事をマツサが手伝うということで、ミュカレーの仕事ができないかな。形としては、私が監視しているように見えるかもしれないし」

 

 悪くない思いつきだと思う。マツサに何もさせないのは損失だ。本人にも勤労意欲がある。

 

「む……。うーん。ギリギリ? いけるかもですね。ベルウッド領主代理がなんと言うかですけれど」

「ちょうどいい。明日にでも聞いてみよう。実は私もひと仕事終えて暇だったんだ」

「領主代理の心痛が増しそうですねぇ。ま、あたしとしては望む所なので!」

 

 こうして、明日になったら魔術師組合に行くことが決まった。

 

 花壇の方は、予定通り夕方までの工事できっちり完成していた。

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