生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます 作:みなかみしょう
花壇が完成した翌朝、私はイロナさんとマツサの三人で庭にいた。
日が傾きかけた夕方に見るのと違い、早朝の日差しの中見る花壇は、また一味違うように見える。まだ何も植えていないのでむき出しの土のままではあるけれど。
「綺麗に作ってくれたようですねぇ。それでお二人は何を栽培するのですか? 錬金術の素材とお伺いしましたが」
「うーん。そうですね……ラ・メル、ドクパル……それと……」
イロナさんが少し考えてから、いくつかの薬草類の名前を挙げていく。ちなみに、マツサは今日は朝食を終えた後に来た。時間に気を使ってくれたようだ。
「あんまり相性のよくないやつもありますね。もう少し種類を減らした方が良いかと思います」
「そ、そうなんですか?」
「栽培はマツサの特技なんだよ。私よりも詳しい」
イロナさんが私に聞いてきたので肯定しておく。これは事実だ。『塔』の中で温室を作って色々とやっていた。獣人特有の病気対策など、個人的な事情もあったようだ。希少な植物を求めて、何度か危険地帯に採集に行ったこともある。
「あ、あの。マツサさん、良ければ詳しくお話を教えてください!」
頭を下げられたマツサは、にこやかに言う。
「もちろん。貴方のことは先生からもよくするように言われていますから。栽培だけじゃなくて、調合まできっちりお教えしますよー。と、いうわけで先生。あの工房に道具一式持ち込んでも良いですか?」
「ああ、もちろん構わないよ。好きにしていい」
私だけだと持て余していた設備だ。普通の生活を重視しすぎていて、魔術師らしいことはしていなかったのが幸いしたかもしれないな。結果的に。
「では、イロナさん。さっき言った植物からとりあえず三つ選定しましょう。それから買い出しですね。こちらの予定は?」
「えっと、魔術機士のお仕事を終えた後に買いに行こうかと」
アルクド氏も復帰したけど、イロナさんが魔術機士であるのは変わらない。ミュカレーを支える大切な職業だ。私達も辞めろとは言えない。
「せっかくです。休みの日に皆で買いにいきましょう。先生もいいですか?」
「構わないよ。私も楽しみだしね」
「やった。是非お願いします!」
イロナさんと同じくらい、私も嬉しい。カレー屋に連れ回される仲間が一人増えた。我が弟子よ、カレー道にも付き合って貰うよ。
「ところでマナールさん達、二人でお仕事ですか?」
「ああ、うん。ちょっとベルウッド領主代理の所にね」
「野暮用ですので、お気になさらず。この前の件の後始末の一環みたいなものですよ」
一瞬、イロナさんの表情が強ばった。あの時、怖い思いをしたからね。
「魔術的なあれこれを私達で再確認するんだ。これだけ仲良くなったんだ、今後も仲良くできるよう、できることをしておきたいからね」
本当に、何か面倒ごとがあるわけじゃない。ただ、向こうがどう思うかはわからないけれど。
○○○
「ひぇっ! あ、し、失礼致しました。マナール様にマツサ様、今日はお二人揃ってどのようなご用件でしょうか?」
魔術師組合に顔を出すと、たまたま受付にリエルさんが居た。そして私達の顔を見て悲鳴をあげた。どういう意味だろうか。
他の職員の皆さんも一斉にこちらを見ている。おや、今日はファクサル君もいるな。お師匠ともども、頑張っているようで何よりだ。
「ちょっと、ベルウッド氏に相談したいことがあってね。マツサの処遇についてと言えばいいのかな。他にもいくつか。悪い話じゃないよ。騒動を持ち込む話じゃない」
「左様ですか。少々お待ちくださいっ」
リエルさんは慌てて受付から消えた。早い。なんだか申し訳ない。
「もしかしたら、ベルウッド氏は不在かな?」
「大丈夫。今日はこちらで執務の日なんですよ、先生」
しっかり把握してますから、と表情だけでマツサは付け加えた。ちょっと怖いな。
十分もするとリエルさんが戻ってきて、私達は応接に通された。
「や、やあ、マナール殿にマツサ殿。今日は何のご用かな?」
若干顔を引きつらせるベルウッド氏が出迎えてくれた。私達を迎え入れると、手ずからお茶を淹れて歓迎してくれる。
「まずは、マツサの扱いについてなんだけれど」
「察するにマナール殿の助手として動きたいという話かな。い、いいよ。組合から依頼を受けた上で、ちゃんと報告してくれれば。うん……これしかないよね……」
物凄く話が早い。最初からこの話を想定していたようだ。
「いいのかい? マツサは難しい立場にいると思うんだけれど」
「ですね。あたしは面倒な女です」
自分で言っていてはキリがない。自覚がないよりはいいか。
「これは、僕の想像なんだけれどね。マツサ殿はマナール殿と一緒にいられるなら、悪さはしないんじゃないかなーって思うんだ」
「さすがは領主代理。慧眼です! 先生と一緒にいるなら、あたしは満足ですから!」
「一応、『沈黙の塔』が変なことはしないように見張っているよ」
「それなんだけれど。どうせならうちの本家にも圧力をかけて貰えないかな。後々、余計な手出しをできないように……。ほら、ナイレ君の家族もこちらに呼ぶから、心配でね」
きっちり交渉してくるあたり、抜け目のない人である。まあ、このくらいでないと領主代理なんて出来ない。なにより、彼の地位が安泰なのは私にとっても良いことだ。少なくとも、ミュカレーの施政で悪いことはしない。
「マツサ、お願いできるかな?」
「お任せくださいっ。こう見えても、王都方面のコネには自信があります。少々、お時間頂きますね?」
「お、おお。そういうことなら、この件は進めよう。そ、それで、他には何を要望するんだい? あ、この前の報酬はしっかり用意しておくけれど」
軽く息を吐いて、砂糖をたっぷり入れた紅茶を口に運びながら領主代理が話す。少し、落ち着いたようだ。
「こちらも悪い話じゃない。私とマツサで、貴方の屋敷を魔術的に強化させて欲しいんだ」