生まれ変わった魔術師は普通の暮らしを求めます 作:みなかみしょう
元々、ベルウッド邸は魔術的な防御が殆ど施されていなかった。先日、襲撃を受けた際、大慌てで色々ととりつけて、ようやく少しマシになった程度だ。
その防御もまた、あの時の戦いで大分破壊されてしまった。闇の魔術師テオハルトが侵入の際にしっかり対応したからだ。あの男はやはり優秀だね。
そんな事情を説明したうえで、ベルウッド領主代理に了承を貰った私とマツサは、屋敷の強化をするため早速現地にやってきた。
既に、戦いでボロボロになったロビーは掃除され、私が割ったガラスも入れ替えられている。
「さて、どうしましょうか。先生」
「大掛かりな仕掛けはできないからね。基本的なところをやってしまおう」
現代の工房は、魔術機も併用した大掛かりな結界などが敷かれている。メフィニスの工房など、壁にびっしりと魔術陣が仕込まれていた。
さすがに今日の今日でそんなことはできないので、私とマツサは二人がかりで、屋敷の各所に結界を張っていくことにした。
杖を使って、魔術陣を床や壁に書き込む。魔術陣を複数組み合わせることで色々な効果を生み出すことすら可能だ。
寝室や厨房、食堂などにいざとなったら防御障壁が出る魔術を仕込んだり、他の部屋には音が出たり、魔術封じの魔術を仕込んだりと、色々と仕掛けていく。
「先生、稼働させる魔力はどこから調達しますか? 人工魔石は持ってきていませんよね?」
「地下室があるから、そこに大地から魔力を吸い上げるようにしておくよ。ついでに、そこも逃げ場所になるように陣を敷こう」
「さすがは先生。魔術機に内蔵されているような、複雑な術を簡単にやろうとしますね」
「私が作るのはもっと簡素なものだからね」
人工魔石を作り貯めに風車型抽出機などに仕込まれている魔術陣の円盤はとても複雑だ。ただ、あれは沢山の魔力を長く安全に吸い上げるための保護機構が大半である。
今日、私が地下に設置する魔術陣は屋敷の魔術を維持する程度をひたすら供給するだけのもの。規模もそれほど大きくないので難しくもない。
「おや、地下にも通信用魔術機があるんだね」
屋敷の人に許可を貰って地下室に行くと、水晶が中央に配置された通信用の魔術機があった。ベルウッド氏の私室にもあったので、二台目である。
「緊急用ってことなんでしょうね。なかなかやり手ですよね、ベルウッドさん」
「地上に通信機を置いておくと、建物ごと吹き飛ばされるかもしれないしね」
「うっ。あれはまあ、その場の勢いでやっちゃったんですよぅ」
湖の別荘で戦った時、マツサの魔術によって、屋敷ごと通信機も破壊されていた。おかげでイロナさんが大層焦ったそうだ。あれを思い出すと、地下に予備機があるのは悪いことじゃない。
「よし。こんなものかな」
「はい。動作確認も完了ですね」
若干埃っぽい地下室で魔術陣を書き終えた後、ちゃんと魔術が発動するかも確認した。杖の先端を輝かせながら、真剣な顔つきで動作を見るマツサの姿は記憶のままだった。
立派に育ったものだ。見た目は二十歳くらいのままだけれど、何百年も行きているだけのことはある。
「なんですか先生。今、あたしの年齢について考えませんでしたか? 立派になったとか思うついでに」
「そんなことはないよ」
恐ろしい。獣人特有の感覚か、彼女はとんでもなく勘が良い。私の心を読んでいるんじゃないかという時が何度もあった。今もそうだ。
「よし。今日のところはこれで終わりにしよう。ありがとう。助かったよ」
「いえいえ、久しぶりに先生と一緒にいられて楽しかったです。もう外は夕方ですね」
地下室であっても時間の感覚がはっきりしているのも、銀狼種の特徴だ。なにか、根本部分から生き物としての強さが違うものを感じるね。きっと、魔術師以外でも大成したろう。
「そうか。じゃあ、夕食は……」
「晩御飯の相談をする前に、お話をしておきたいことがあります」
私の発言を遮るなり、マツサは杖を振って魔術を発動した。地下室内に広がったのは周囲からの干渉を遮る魔術。音も魔術も通らない、密室が完成する。これは、秘密の話をするための魔術である。
「大事な話だね?」
「はい。短いけれど。大事な話です。先生、ミュカレー大先生に会ってみたくないですか?」
「…………居場所を知っているのかい?」
問いかけに、マツサは無言で頷いた。
「会えるものなら会いたいね。きっと、面倒な所にいると思うのだけれど」
「仰るとおり。大先生がいるのはヴェオース大樹境の最深部です。そこで先生は、あるものと一緒にいます。時間にして百年ちょっとくらいでしょうか」
「ある者とは?」
珍しくもったいぶった言い回しをするな。同時に、嫌な予感もする。師匠絡みはいつもそうだ。
「ドラゴンですよ。先生」