「メロー。頼んだ」
「かしこまりました」
机の上に置いたシルバークロスと芋虫のカードをさっくり合成。完成したのはこちら。
スキル 身代わり 空き
原作では奴隷全員に渡せているのに、手に入れるまで随分時間が掛かったもんだ。
「これで万が一の時も安心ですね」
「そんな機会は無い方が良いけどな」
とはいえボーパルラビットはいずれ雑魚として湧くし、似たような後衛狙いの魔物も今後は増えてくる。
その為の保険が五千ナールで手に入ったのだからカト侯爵には感謝の気持ちしかない。
「こう目の前でアッサリ合成されると、前の主が貴族に成れなんだ理由がわかてまうなぁ」
机の上に胸を乗せ、それを抱える様に伏せていたイザベラがボヤく。グロリア達は俺の前だと姿勢を正すから何気に新鮮な光景だ。
「イザベラさんの気持ちも分かりますが、元貴族としての視点から言わせて貰うと少し違いますね」
「…………?」
首を捻ったイザベラに対して、メローが指を二本立てる。
「貴族に成れる方は大まかに分けて二通りです。一つ目は言うまでも無く才能があるタイプ」
「大多数の人間が想像する成り上がりルートやね」
「ですね。なので本命は次の
「いや、それは
リアルでRTA出来る奴らと一緒にされても困る。正直詠唱省略が無かったら、俺は複数の魔法を撃てるだけの魔道士止まりだぞ。
「……そんなに凄いのですか?」
「最上位は全体魔法か睡眠の状態異常を食らわなきゃ基本的に被弾しない上に、回避しながら詠唱出来る化物だぞ?レッジ達ですら単体魔法なら普通に避けるしな。それと比べたら俺なんて、運で手に入れた力を除けばお前らと変わらねぇよ」
天才は努力で届かない場所に立つ者に与えられる称号だが、天才の中にも確かに格差は存在する。
魔王を討伐出来る勇者と、勇者を先に進ませる為の捨て石が精一杯な勇者
庶民から見ればどちらも天才だが、もどきは所詮もどきなのだ。本物にはどう足掻いても勝てやしない。
「その人ら、本当に人間なん……?」
「たぶんな」
「なるほど。物語になる方々にはそれに相応しい才能があるのですね」
「実際そうだろ?レッジ達の道程は一種の英雄譚だったが、俺達の
対策装備を完成させて迷宮討伐を作業にする。才能の無い人間ではこれが限界とも言えるが。
「……わっちの主人さま──いや、元の主人は、その為の準備が足らんかったのですか」
「まぁ、それも理由の一つだと言う事は間違いないだろう」
「それ以外にも原因があると考えてん?」
「ああ。別にお前の元主を貶す訳じゃないが、話を聞いた感じ、お前の元主達は縁を繋ぐ事を軽視してたんだと思うぞ?」
「どういう事や?」
起き上がり、目を細めたイザベラを正面から見つめ返す。エルフは目を吊り上げても美人だな。
「四十層を突破出来る冒険者だったんだろ?なら、普通は貴族が支援を申し出る筈だ。スキル装備なり魔物の対処法やらを支援して、他に行かれる前に自身の派閥に取り込む。貴族にとっても喉から手が出るほど優秀な人間だし、わざわざ勝てるギャンブルを見逃す馬鹿は居ないだろ」
「確かにそうですね。貴族になる、ならないは別としても、踏破を諦めた時に騎士として取り立てても全く不思議ではありません」
今の俺から複数ジョブを抜いて、代わりにフルメンバーにした実力者集団なんだ。貴族の立場なら唾どころか涎を付ける事も躊躇わん。
「…………何もかもが足らんかったのですか」
背もたれに体重を預け、イザベラが深く溜め息を吐き出す。そんなイザベラに対し、メローが憐憫の眼差しを向ける。
「私の居たパラーでは鍛冶師に成れなかったドワーフは例外無く奴隷に落とされるんです。幼い頃から武具の製作や合成に励まないと、迷宮討伐に必要な武具が間に合いませんから」
「……?メローさんは鍛冶師やん?」
「全て御主人様のお陰ですよ。私は成れなかったからこそ、御主人様と出会えたんです」
ハッキリとしたメローの言葉に怯むイザベラ。それを見たメローはハッとした様子で気まずそうに咳払い。
「……こほん。えっと、そんなパラーでも貴族に成り上がれる方は一握りにも届きません。装備だけで討伐に成功する人は百年に一度出れば良い方です」
「つまり、メローさんは幼い頃から準備してやっとやって言い張りたいん?」
「はい。酒も飲まず、女も買わず、淡々と迷宮討伐に全てを費やす。才能に頼らない迷宮討伐はそれぐらいの難題なのです」
その言葉を聞いたイザベラがこちらに視線を向けてきたので、先手を打って答えておく。
「俺は運で手に入れた力こそあるが、それ以外にも成り上がる為の準備はちゃんとしているぞ?」
一番奴隷に竜騎士、二番目に鍛冶師を揃え、良質な装備を作るパラーの隻眼と縁を持った。
貴族との縁を得る為に帝都の服屋も利用してるし、オークションにも顔を出している。
レーヌの件が無ければ恩売りがてら他の貴族の領地を手伝いに行く事も考えていた事を簡潔に纏め、イザベラに語ってやる。
「そ、そこまで考えてはったんですか……」
「迷宮に潜り、稼いだ金で酒や女を買う生活を否定するつもりは無いが、迷宮内では潜在的な敵同士だからな。それ以外の場所で縁を作らないと俺達探索者は名も無き英雄にしかなれん」
迷宮で魔物を狩り、その稼ぎで生きる。地元民にとっては良い客だが、領主や他の貴族に名を覚えられるまでには至らない。
日本では『ごますり』や『太鼓持ち』と言われる行為も、海外では必須スキルだ。
成果を出しても名前を知られなければ出世に繋がらないし、酷い時には成果の横取りすらされる。
それを避ける為には決定権を持つ上司に名前を覚えて貰い、正しい判断を──
能力がドングリの背比べなら、最終的に選ばれるのは上司に気に入られた奴なんだから。
「才能だけで踏破出来る奴は別として、それ以外はあらゆる手を使って漸く辿り着けるのが貴族なんだ。だから媚売りにも見える行為を鼻で笑ったり、自分には関係無いと意地張ったりすれば、その分だけ迷宮踏破に要求される才能の桁は増える」
「わっちの元主人達はそこが足らんかったと?」
「たぶんな」
大怪我を一度でも負えば休業した時間の分だけ予定が狂うし、騙されて粗悪品を掴んだら*1失った金の分だけ停滞する。
俺の様に鍛冶師を確保出来なかった場合、スキル付き装備を得られるかどうかも運になるだろう。
さらに探索者を焦らせるのが、刻一刻と迫る肉体の衰え*2という名のタイムリミットだ。
若い時から準備をしていたなら問題無い。今までの準備を全て使って討伐を目指せば良い。それで失敗したとしても後悔はしないだろう。
だが衰えからくる焦りでいきなりチャレンジした場合、当然成功する可能性はゼロに近い。
そんな無謀な探索を止めたり、準備不足を指摘して力を貸してくれるのが後援の貴族だ。
もちろん怪我をした時の治療や装備の融通も含まれるので、若いうちに後援を得られたら結果的に準備時間の短縮に繋がる事は言うまでもない。
「貴族を雲の上の人間と見るか、自分には関係無い存在と見るか、迷宮探索の先達と見るか、いずれ並ぶ仲間と見るか。前者二つなら全てが自力になる。後者二つなら銀貨数枚で
「…………はい」
情報を調べるのにも時間が掛かる。原作ではセリーが図書館で調べていたが、あの時間を銀貨数枚分の食事や酒を奢るだけで手に入れられるのだ。
これを高いと見るか安いと見るかは人それぞれだが、貴族を目指すならこの程度の小技は使えないと駄目だろう。
ちなみに貴族ではなく先達の冒険者に聞けばいいじゃないかと思うかも知れないが、相手が貴族じゃないなら情報の確度が劣化する事を覚悟しておいた方がいい。
探索者同士は基本的に潜在的なライバルなのだ。だから意図的に間違った情報を渡してくる可能性はゼロに出来ない。
それも込みで尋ねるって言うならアリだと思うが。
「ま、長々と語ったが、お前の元主が四十層まで辿り着いた冒険者って事に変わりないし、それだけの実力があるなら何処の領地でも歓迎されるからな。未練こそあるだろうが、今頃はそれなりに幸せな暮らしを築いているだろうよ」
「貴族の支援無しに四十層到達は素晴らしい功績ですからね」
そのタイミングでグロリアとクッキーを焼いていたサギニが大皿を持ってやってきた。
「私なんてこの場の誰よりも奴隷経験が長いのに、ご主人様に拾われるまで二十層にも辿り着けてませんからね。間違いなくイザベラ様の元の主は上澄みですよ」
「…………そっか」
イザベラが目を閉じて軽く息を吐き出す。まだまだ割り切るには時間が掛かりそうだ。
まぁ、グロリアですら会ってから三ヶ月経ってないし、焦っても良い事は無いしな。気長に待つとしよう。
◇