──春の季節 九日目
簡単に別れの挨拶を済ませ、宿を出る。まず最初に防具屋で盗賊の着ていた防具を処理し、次に武器屋で不要な武器を売る。
その後は奴隷商の下へ行き、竜人族の奴隷を探す予定だ──
(嘘だろ……?)
最初の防具屋で換金を終え、何となく陳列されている装備を眺めていた時に──見付けてしまった。
たとえ奴隷を後回しにしても手に入れるべき装備を。
スキル 空き 空き 空き 空き
ダマスカス鋼のデミグリーヴ 足
スキル 空き 空き 空き 空き
残念ながら他の部位にはスキル枠が無い。だから購入する必要が無いのは助かる──
(……いやいや。少し冷静になれ)
原作でバラダム家の遺品を購入した時、エストックとスタッフだけで金貨十数枚掛かったと書かれていた。もちろん『三割引』込みだ。
ここで装備を二つ購入した場合、奴隷の為の資金が間違いなく六十万を割る。男性奴隷やお手頃な女性奴隷なら購入出来るだろうが、間違いなく竜人族を買う事は出来なくなるだろう。
現状だとドワーフもまだ手に入れてないのだ。今の段階で購入したとしてもスキルを付けられる訳でも無いし、我慢するのが得策だ。
そう自分に言い聞かせ、足早に店を出た──
「ありがとうございました!」
満面の笑みの商人に見送られ、店を出る。ダマスカス鋼製の防具は予想通り二つで十万ナールを超えた。三割引を使ってこれなので、一式揃えると三十万ナール近く行く計算になる。奴隷に着せるには中々勇気の居る値段だな。
所持金は約五十五万ナール。竜人族を購入出来るか少し微妙な額だ。金貨+銀貨で支払ったので、アイテムボックスに空きが出来たのは嬉しい。
だがここまで来ると、ダマスカス鋼のガントレットも欲しくなる。プレートメイルは流石に装備出来ないが、代わりに絹のローブでも着れば良い。硬革一式を奴隷に回せる利点もある。
(奴隷が先か、装備が先か)
悩ましい。悩ましいが……悩んでいる時間も惜しい。先に見付かった方を購入すると即決し、冒険者ギルドの壁を使って次の街へ飛んだ。
◇
次の街では奴隷も装備も見付からず。その次の街も同じく何も見付からず。
考えてみれば当然なのだが、ダマスカス鋼の装備品は帝国解放会の方に流れるし、竜人の奴隷はオークションに出品されるぐらいレアな奴隷だ。
原作でもバラダム家が崩壊したから流れたのであって、一般的な装備の最上位は竜革と鋼鉄なのだろう。
そう考えると、武器屋も覗いて良品を回収しておいた方が良さそうなのだが……
(そんな金があったら悩まないわな)
軽く溜め息を吐き出し、三つ目の街の防具屋に入る。目立つところに置いてあるのはスキル付きのプレートメイル。
鑑定結果には『頑丈の鋼鉄のプレートメイル』と出た。
確か『物理ダメージ軽減』のスキルだったか。コボルトのスキルカードをケチらなければ『物理ダメージ削減』だったのに、と思うのはスロット付きかどうか分かる鑑定持ちの傲慢か。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
「ダマスカス鋼の防具を探してる」
「成る程。それでしたらこちらですね」
店員に案内されるがまま、カウンター近くのダマスカス製防具が陳列されている棚に案内される。
軽くお礼を言い、即座に鑑定。
ダマスカス鋼のガントレット 手
スキル 空き 空き 空き 空き
見付かっちまったかー……。
「どうです?当店自慢の逸品ですよ!」
「確かに、良いものだな」
本当に良いものだ。奴隷を諦める覚悟が決まる程度には良いものだ。
諦めてガントレットを手に取り、ついでにサンダルも購入して三割引を発動。それでも四万ナール程消えた。
(これで残り五十万ナールか)
店を出た後、邪魔にならない場所まで移動して大きく溜め息を吐き出す。これから先も迷宮に潜る事を考えれば、決して間違った買い物では無い。
けれど何というか──そう、今日で一人では無くなると考えていただけに、予定が大幅に狂ったのだ。
自分がここまで物欲に弱いとは思ってもみなかった。地球では一度もこんな事を悩んだ事は無かったんだが。
(せめて竜人の価格だけでも把握しておくかな)
幾ら貯めれば良いか目標を知っておいた方がモチベーションにも繋がるだろう。自分にそう言い訳をしつつ、奴隷商のもとへ足を動かした。
◇
「成る程。確かに迷宮を踏破し、貴族を目指すならば、竜人族は頼もしい存在ですからね」
入り口で館の前を掃除していた見習いに案内された奴隷商館の一室。そこで俺は館の主たる奴隷商人と向き合っていた。
「一応、六十万ナールぐらいと予想して金を貯めてたんだが、ここに来る直前に防具屋に寄っちまってな。流石に五十万程度では買えないだろうし、それならせめて値段だけでも、と思って取り次いで貰ったんだ」
「ええ、ええ。構いませんよ。奴隷は安い買い物ではありませんし、値段を知りたいという御客様はたくさんいらっしゃいます」
原作でも十万ナールを支払えず、奴隷落ちする世界だしな。本当に安い買い物じゃない。
「しかし、御客様は幸運ですな」
「というと?」
「
「いや、先程も言った様に資金が少し厳しいんだ。訳ありとは言え安い買い物でも無いし、値段だけ教えてもらえればそれで十分だぞ?」
「いえいえ。是非一目だけでも。──おい。グロリアを連れてきなさい」
「畏まりました」
奴隷商人の指示に一礼した後、見習いが奥の部屋へ消える。
「やけに強引だな?」
「彼女は所謂
「そりゃ可哀想な話だ。とはいえ俺も妥協は出来んし、そんな事が出来る余裕は無いぞ?」
「もちろん値段の方は勉強させて頂きます。ですから、せめて一目だけでも」
やけに食い下がる奴隷商の男を不思議に思いながら待っていると、見習いが戻ってきた。
その背後にはワインレッドの髪色が美しい女性の姿が。
グロリア ♀ 24歳
探索者Lv18
身長は2mを超えていると思う。その体格に見合った双丘は見事の一言。
現代ではボブヘアと呼ばれる短い髪は奴隷だからだろう。地球でも長い間、きちんと手入れしてある長髪が貴族のステータスだった時代もあった。だから、それに関しても特に言う事は無い。
ただ、奴隷商が多少強引にでも売り付けようとする理由も分かった。
「下手に希望を持たせるのも悪いからハッキリ言っておく。俺には穀潰しを養う余裕は無い」
「その点に関しては問題ありません。彼女は片目となってからも迷宮に五年以上潜り続け、二十層で戦っていた経験もあります。さらに性奴隷となる事は了承済みであり、病気に関してもこの一年で兆候すらありません。御客様に相応しい奴隷だと自信を持って言えます」
「分からないな。それならもっと買い手が居る筈だろう?」
「残念ながらこの商売は見た目という要素がとても大切でして。安い買い物ではありませんし、竜人族は前衛の要となる存在です。それが片目が見えないとなると……」
「高額なだけあって購入を渋られると」
確かに片目が見えないという要素は厳しい。迷宮では常に死と隣り合わせであり、その時の頼みの綱に最初から切り傷が入ってる様では信頼すら出来ない。
せめて左目の視力が弱い程度なら何とかなったんだろうが……残念ながら眼球を完全に切られている様で、見てる間、ピクリとも動いていなかった。
「彼女が『竜騎士』では無いという事も売れ残っている理由の一つです。探索者としての実力は確かなので、私の部下と共に迷宮へ潜らせていますが……」
「成る程。
竜人族は体調維持の為に『ボレー』を十日に一度の頻度で食べさせる必要がある。その代金に加えて日々の食事代の事を考えると、売れるなら売りたいといった所か。
「彼女とて何時までも探索者を続けられる訳ではありません。奴隷商人の中には男の竜人族を宛がい、奴隷の子を生ませる者も居ます。今はまだ私の護衛として枠を割けていますが、このままでは彼女も同じ道を歩む事になるでしょう」
「泣き落としか?」
「いえ、事実です」
お互いに真っ直ぐ視線を交える。……嘘は言ってないな。
ジョブに関してはどうにでもなる。片目で二十層まで潜っていたという事が事実ならば、戦闘に関しても問題ない。ならば、問題は一つだけ。
「値段は幾らだ?」
「三十万──と言いたい所ですが、二十万でどうでしょう?」
「安いな。それならついでにあの侍女服*1も着けてくれ。気に入った」
「畏まりました。それでは今後の事も考え、十四万二千八百ナールでお売りします」
三割引やったぜ。そして相変わらずの違和感よ。
「銀貨多めでも大丈夫か?」
「はい。構いません」
言質を取ったので、ここぞとばかりに二万二千八百ナール分放出。金貨十二枚と銀貨二百二十八枚とか俺が数える側ならキレる自信がある。
だが俺の予想に反して奴隷商は木製のコインカウンターを取り出し、手慣れた手付きで投入していく。
やっぱりあるのかよ。いや、あるとは思ってたが。
「丁度、お預かりします。それではこのまま契約を行いましょう。左手をお願いします」
指示通り左手を差し出すと、奴隷商が呪文を唱え始める。それから少しして飛び出した俺のインテリジェンスカードに再び何かを唱えると、満足した様に頷いた。
「これで契約完了です。ご確認ください」
赤城満 男 27歳 探索者 自由民
所有奴隷 グロリア
「確かに」
「奴隷の所有者には奴隷に住まいと食事を与え、税金を支払う義務があります。これらの義務を放棄したり、著しく不当に扱った場合、契約が破棄されることもあります。遺言の作成、変更などがございましたら、また当店にお越し下さい」
「分かった」
改めて俺の奴隷──グロリアへ視線を向ける。俺の視線の高さにある双丘に目が行くが、何とかその上にある深紅の瞳と視線を合わせる。
「今日からよろしく」
「はい。よろしくお願い致します」
ペコリ、と頭を下げるグロリアに合わせて胸の双子山がぶるんと揺れる。
何というかここに辿り着くまで長かったな。とはいえ苦労した分だけ妙な達成感もある。
(ある意味で今日からが本当の始まりか)
現実が嫌で、逃避した物語の世界。その舞台に俺は自分の足で立っている。もしかしたら夢かも知れない。それでも、今の俺にとってこの世界こそが現実だ。
これから先の事は誰にも分からないし、原作主人公がやって来るかすら不明。ただ一つ、現状でも言えることは──
俺は二度と後悔する生き方をするつもりは無い。
──それだけは確かだ。