午前の迷宮探索を終え、一度外へ出る。午前の稼ぎは二千四十ナール、約銀貨二十枚だった。この額では三人目の奴隷は無理を通り越して夢幻の彼方だな。何処かで盗賊を狩らないと駄目か。
頭の中で
「古着屋に寄った帰りにでも見てみるか?」
「よろしいのですか?」
「俺も興味あるしな」
使い潰せる外套があれば欲しい。いい加減、盗賊の返り血が面倒なのだ。後は掘り出し物があれば嬉しいなって所か。
グロリアを引き連れ、人混みと呼ぶにはスカスカな道を歩く。目当ての店の前では売れ残りと思われる古着が売られている。
「武具の手入れ用の布も欲しいし、後で適当に買うか?」
「えっと……」
「あー……」
奴隷という立場だと、あの売れ残りが基本的に買い与えられる衣服になるか。そりゃ言いづらいわな。
少しだけ気まずいまま店に入る。現代社会に慣れた人間にとっては外に積まれている古着よりマシ程度。だがグロリアにとっては違うらしく、少しだけ目が輝いてる気もする。
「好きなヤツを四着ぐらい選んでいいぞ。ついでに下着と肌着もな。代えの着替えは必要だろう?」
「私は外の品でも構いませんが」
「俺が気にする。だからさっさと選んでこい」
「……分かりました。主様の慈悲に感謝を」
少しだけ浮かれた様子で服を選びに行くグロリアを見送り、ひとり外套の積まれている場所へ向かう。
黒や茶色といった地味目の色合いは人気が無いのか、全体的に安かった。また買いに来るのも面倒なので、十枚ぐらい纏めて買っておく。
チラリとグロリアの方を見ると、真剣な表情で商品を物色していた。ただ胸も身体も大きい故に選択肢が余り無いらしく、予想より早く商品を抱えて戻ってきた。
「こちらをお願いします」
「下着や肌着は?」
「…………あ」
「待ってるから選んでこい」
「は、はいっ!」
やれやれ。古着屋でこれだと帝都ではどうなるのやら。
ただ待ってるのも暇なので、今の内に靴下を選んでおく。穴の空いた物を手直しした様な品質ばかりだが、無いよりはマシだと自分を騙し、棚から似たような色合いの靴下を取る。
それから少しして下着と肌着を抱えたグロリアが戻ってきた。他に買う物も無いので近くに居た店員を呼び、お会計。午前の稼ぎが吹き飛んだ。
纏めて俺のリュックに入れた所で、グロリア用の鞄を買ってない事に気付く。
「雑貨屋に鞄と生活用品を揃えに行くか。ついでにボレーも買っておこう」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げたグロリアに軽く手を振り、そのまま店を梯子する。リュック、コイチの実、シュクレの枝は雑貨屋で。ボレーは魚屋で売っていた。透明な膜に包まれたボレー粉らしき物は、ぱっと見怪しい薬にしか見えん。
取り敢えず購入した荷物をグロリアの鞄に突っ込み、ボレーはアイテムボックスに入れる。そして市へとんぼ返り。
「手彫りの工芸品や屋台が目立つが、意外に探索者も商品を並べてるんだな」
「探索者は基本的にアイテムボックスの整理を兼ねている事が多いです。低レベルですと殆ど入りませんし、少しだけですがギルドに売るより高く売れますから」
「なるほど──ん?」
何気無く鑑定した先で引っ掛かった、まさかこんな場所にあるとは思わなかった物。それが当然の様にボロ布の上に並べられていたので、思わず固まってしまう。
「いらっしゃい。どうだ、兄ちゃん。良ければ買っていかないかい?」
「幾らだ?」
「一枚五千──と言いたい所だが四千で良い。ここから帝都に飛んで仲介人を雇うと同じぐらい掛かるからな」
「安いな。金貨でも大丈夫か?」
「おう。銀貨二十枚返すぜ」
アイテムボックスから金貨を取り出そうとすると、何かに袖を引かれた。そちらへ視線を向ければ、心配そうな表情のグロリアの姿が。
「後で話す。今は支払わせてくれ」
「……はい」
金貨を渡し、代わりに二十枚の銀貨とカードを受け取る。少し前に使ったばかりなんだが銀貨の増える速度が早いな。もう百枚近くあるぞ。
「まいど。また手に入ったら頼むわ」
「おう。また買いに来るぜ」
軽く挨拶を交わし、探索者の男と別れる。さて、宿に戻ったら説明だな。
◇
拠点の宿に戻り、買ってきたばかりの部屋着に着替える。匂いこそないが、落ちなかったであろう汚れが薄く残ってる辺り、まさに古着って感じだ。
潔癖性の奴が転生したらすぐに死にそうだな。たぶん初期設定を弄って送られる世界を変えるだろうが。
「さて、お互いに着替え終わった事だし、懸念の解消と行こうか。お前の心配はギルド神殿を経由しないカードのやり取りで合ってるか?」
「……はい。絵師に描かせたモンスターカードを使う詐欺の話は商館で聞いていましたから」
「なるほど。その懸念は間違ってないし、これから先もその警戒心は持っておけ。だが俺にその心配は不要だ」
「もしかして主様には解るのですか?」
「他言無用な?」
ぶっちゃけ喋られたところでそんなわけ無いだろ?で片付くんだが。
「主様は本当に素晴らしいです。私は凄い御方に買われたのですね」
「俺もお前を買えて良かったよ。余り煩く聞かれるのは好きじゃないんだ。その点、お前は理解出来ずともそのまま受け入れてくれるしな」
言葉が通じないよりも、言葉が通じるのに理解されない方が正直、面倒なのだ。教師でも無いのにわざわざ噛み砕いて教える手間が嫌いというか。
仕事なら仕方ないと割り切れるが、例えばSNSで赤の他人が理解出来るまで懇切丁寧に説明しろと言われたら、ふざけんなバカ野郎と返す自信がある。
それぐらい嫌いだ。
「私はお世辞にも賢いと言える程の学がありませんから。ブラヒム語を覚えるのにも苦労しましたし……」
「覚えられただけ凄いと思うぞ。お前を買うまで色んな場所へ行ったが、酷いところだと村長すら喋れない所もあったしな」
あれは本当に困った。まぁ、エルフの村だったんだが。
こちらを見下すのは百歩譲って良いとして、もし突然皇帝陛下がやって来たらあの村はどうするんだろうな?村長すら喋れないとなると、領主の失点も凄そうだが。
「ブラヒム語は難しいですからね。私もその村に住んでいた方の気持ちは理解出来ます」
「そんなもんか。……そういやグロリアは何処で習ったんだ?やっぱり奴隷商か?」
「はい。奴隷村出身の方から教わりました」
「やっぱ、そういう村もあるんだな」
「奴隷商人も霞を食べて生きている訳では無いですからね」
原作ヒロイン達も様々な理由で売られていたし、深く書かれていなかったがベスタなんて間違いなくそこに似た村の出身だろう。
両親が奴隷なら、子は生まれた時から奴隷として扱われる。この世界のルールとして認められている以上、それについては俺にとやかく言う権利が無い。それに──
(奴隷商人側の立場で考えると、絶対に必要な施設だしな)
買い取った奴隷に教育を施したとしても、全員が全員、必ず売れる訳では無い。容姿や能力が無ければ、そもそも客の視界にすら入らない。
これが竜人族なら問題無いだろう。体格が男女共に前衛向けで、竜騎士なら両手剣二本や大盾を構えて暴れまわるのだ。主にとって、この種族ほど頼もしい存在は他に居ない。
狼人族も獣戦士という優秀なジョブで能力を証明出来る。運が良ければ、ロクサーヌの様なバグキャラの可能性もある。
だがもっとも多いであろう人間は?容姿に優れない、能力があるかも不明な人間はどうなる?
(── 十中八九、売れ残る。捨て値で捌ける可能性も低いだろう。何せ衣食住を保証する必要があるからな)
新たな貴族が生まれた時なら領民として買われる可能性もあるが、そんなものは一時的な需要でしか無い。
だが奴隷商人は契約によって奴隷に衣食住を与えねばならず、必然的に売れ残った奴らの向かう先が必要となる。
後は簡単だ。少しでも負債を減らす為に畑を耕してもらい、女には機織をさせ、買い取った奴隷の教育場所として利用する。そうした積み重ねで生まれたのが奴隷村なんだろう。戦える奴は信頼出来る仲間や奴隷に任せて迷宮に投げ込むだろうしな。
「────よし」
パンッ!と手を叩き、気持ちを切り替える。暗い話題は駄目だ。前世の罪を再び犯しそうになる。
考えるなら楽しい事の方が良い。具体的にはグロリアとの夜の運動会とか次の奴隷を何するかとか、とにかく未来に繋がる話題だ。その為にも──
「迷宮探索に行くぞ。金があれば大抵何とかなるからな」
午後の探索を頑張るとしますかね。