──春の季節 十九日目
尤も、俺の姿を見た奴を生かす気は無いが。
今夜は都合良く曇り空。月は隠れ、雲の合間から僅かに差し込む光がお互いの光源となる。
見張りはやる気の無い男が二人。どちらも低レベルの盗賊だ。
残念ながらそこだけは他の壊れた家屋と違い、ワープで飛び込む為の視界を確保出来なかった。そればっかりはどうしようも無いので、出てくるまで放置するつもりだ。
理想は一番最後。異変に気付いてノコノコ出てきてくれるのが一番助かる。高望みはしないが。
深く、静かに呼吸する。肺一杯に取り込まれる森の香りが緊張を解す。
あちらの世界に居た頃は落ち着く為のルーチン。こちらの世界では覚悟を決める為の儀式。
右手に握るデュランダルを握り直し、機会を待つ。
それから少しして、絶好の機会がやって来た。
(────恨むなら、盗賊になってまで自由を望んだ自分を恨めよ)
逃亡奴隷にならなければ、少なくとも俺に殺される事は無かったのだから。
用を足しに森に消えた男を追い、背後から首を切り飛ばす。そしてそのまま少し待ち、戻らぬ男を探しに来た見張りも同じ姿に変える。これで二人目。
続いて向かうのは、家屋から明かりが漏れておらず、尚且つ艷声の聞こえぬ家だ。
日本なら台風と共に倒壊しそうなボロ屋へワープを使って侵入し、そのまま床で眠る男の首にデュランダルを振り下ろす。
そのまま一人、また一人と首を断ち、生者が消えたら次の部屋へ。
生死判定は鑑定だ。ジョブの表記が出なくなるまで狩れば良いのだから、迷う必要も悩む必要も無いのは助かる。
これまでの間に狩った人数は十五人。その内の二人は探索者だった。
正直、探索者は外れだ。討伐するとアイテムボックスの中身を抱え落ちする上に、盗賊では無いので報奨金も出ない。
多少の装備は手に入るが、盗賊と手を組む奴は大抵落伍者であり、金目の装備なんざある筈が無い。
かと言って迷宮内に逃げ込まれると、ほぼ確実に逃げられる。仲間を連れて逃げられた時の事は考えたくも無い。
ダンジョンウォークは敵が居らず、ある程度の広さがあれば、迷宮内の何処にでも繋げる事が出来てしまうスキルだ。
分かりやすく例えるなら、百階建てのマンション全てを使って鬼ごっこをする羽目になると思えば良い。
相手は室内なら何処にでも移動可能。こちらはマンション内を走り回らないと駄目。勝負になると言う逆張り好きには実際にやってみろと言いたい。
入り口を見張れば狩る事も出来るが、その労力の対価は皮装備一式程度だ。割に合わんわ。
皆殺しにした家屋の中で息を潜めていると、扉が開く音が聞こえた。どうやらこの家が寝床らしく、こちらへ向かってきている。
音を立てぬ様に死体の合間を進み、入り口の横でデュランダルを構える。
扉が開き、一歩踏み込んだ男の首をそのまま刎ね飛ばして再び扉を閉める。
直前の鑑定結果では盗賊Lv30の男だった。これは報奨金に期待出来るな。
やはり防御無視とレベル差補正無視は正義だ。不意打ちを決めた時点で勝敗が着く。
懸念はボーナス武器として出てきた以上、この世界の何処かに所有者が居ても不思議じゃない事か。フラガラッハですら怖い。あれはデュランダルからMP吸収を抜いただけの性能だし。
それから再び息を潜めて隠れていると、漸く全ての家の明かりと音が止んだ。
念のため三十分ほど待ち、それからワープで飛ぶ。
最初に飛んだ場所には、捕まえてきたと思われる狼人族の女性を抱き締めたまま眠る盗賊が居た。
そのすぐそばの床には二十歳に満たない狼人族の女の子も居る。こちらが先程殺した男の相手だったのだろう。
(母親と思われる女性は商人か。行商人辺りかね)
父親は生きてはいないだろうな。俺が盗賊なら生かす意味も無い。
取り敢えず盗賊の首を狙い、デュランダルを突き刺す。すると商人の女性と目が合った。
「騒ぐな。黙っているなら後で助けてやる」
両手で口を塞ぎ、コクコクと頷く女性を一瞥してすぐに別の家へ飛ぶ。
二件目は人間の女性が縄で縛られていた。その身体には痛々しい傷跡が残っており、周囲には馬用の鞭が転がっている。
そのすぐ側には下半身丸出しの盗賊の姿が。
(目は死んでいるが、身体は生きようと足掻いている、か。大した手間でも無いし、この世界に俺を転生させてくれた神に感謝しろよ)
キャラクター設定を弄り、戦士を僧侶に変えて手当てのスキルを発動。一度では足りず、三回ほど使う必要があった辺り相当
「…………?」
「今は寝てろ。起きた時には少なくとも盗賊からは助かっているさ」
不思議そうな表情で首を捻る女性に背を向け、次の家に飛ぶ。
三件目は楽だった。男も女も全員盗賊だったので、一人一人切り捨てるだけの作業で済んだ。
流石に完全に音を消すことは出来ず、何人か物音に気付いて起きたが、オーバーホエルミングを使って叫ぶ前に全員沈めた。やはり英雄は英雄だった。
「後は頭目だけか」
他にも家屋はあるが、片方は食糧庫、もう片方は盗品置き場の様に見えた。
金目の物や高価な装備は無かったので、そちらは兇賊の家にあるのだろう。もしくは側仕えの探索者のアイテムボックスか。
「どちらにせよ関係無いがな」
元村長宅の鍵穴に
少し音が鳴ったが、幸いな事に気付かれていないらしい。そのまま暗い家の中を歩き、鼾の聞こえる二階へ繋がる階段を静かに登る。
油断はしない。慢心もしない。俺がやるべき事は、速やかに頭目の首を落とすだけ。
見付けた瞬間、オーバーホエルミングを発動。遅くなった時間の中を普段の速度で走り、そのまま首を切り落とす。
これにて任務完了。後は──戦後処理か。頑張ろう。