「ここがパラーか」
「不思議な匂いの場所ですね」
鍛冶師の
鍋や包丁、椅子にテーブルの金具。
考えてみれば当然なのだが、鉄は日常生活の至る所で利用されている。当然、迷宮から産出する量だけでは足りず、露天掘りで掘れる幾つかの場所には国の手が入り、国有の鉱山として確保されているらしい。
ここ、パラーの街もすぐ近くに鉄鉱石が採れる山があり、そこから運び込んだ鉄鉱石を製鉄、それを出荷する事で外貨を稼いでいる。まぁ、ここまで運んでくれた冒険者の話なので、本当に正しいかどうかは分からんが。
冒険者ギルドの受付で聞いた通りに道を進むと、今まで見てきた中でも最大級の奴隷商館が見えた。入り口の守衛に取り次いでもらい、グロリアと共に中へ入る。
「いらっしゃいませ。本日はどの様な御用件でしょうか?」
「ドワーフの奴隷を探していてな」
用件を告げつつ紹介状を渡すと、商人は懐から取り出したペーパーナイフで封を開け、目を通し始めた。
「……成る程。鍛冶師の奴隷をお求めですか」
「出来れば女の鍛冶師が欲しい。奴隷の性欲管理は面倒なんだ」
「男女の奴隷が同じ屋根の下に居ると大変ですからね」
心当たりがあるのか、苦笑いを浮かべる奴隷商。まぁ、商う商品的に問題は何度か起きていても不思議じゃないか。
「この言葉を告げるのは心苦しいですが、残念ながら御客様がお求めの鍛冶師の奴隷は当店には居ません。鍛冶師が奴隷落ちした場合、領主様が即座に買い取られるのですよ」
「鍛冶師の聖地の名は伊達じゃないか。そうだな、それなら女のドワーフは居ないか?この際、多少の欠点には目を瞑るが」
「それならご紹介する事は可能です。しかし、当店に居るドワーフは鍛冶師に成れなかった者しか居りませんが?」
「人間より力のある種族だし、前に立つ覚悟があるなら迷宮探索の役に立つだろう。少なくとも普人族*1を買うよりマシだ」
「成る程。それでしたらこちらへどうぞ」
視線でグロリアに待っている様に伝え、奴隷商の案内に従って奥へ向かうと、目の前には階段が。
一応、奥に続く通路もあるので、一階に用事がある時はそちらを使うのだろう。
「一階と二階は男の奴隷が暮らしています。御客様がお求めの女奴隷は三階ですね」
「居る階層によって何か違うのか?」
「二階、四階には優秀な奴隷を集めています。一階と三階は基本的に能力や容姿に劣る者達ですが、その他にも販売時に条件を付けられた奴隷が暮らしている階になります」
「条件……」
ロクサーヌみたいなもんか。
「この街で売られているドワーフの奴隷は基本的に鍛冶師に成れなかった者達ですから。身内としても、血縁者が奴隷として扱われている姿を見たくないという事情がありまして」
「なるほど。この商館に居るドワーフは他の地域で活動する者にしか売れないという訳か」
「ええ、その通りです。後はエルフにも売れませんね。──この階になります」
目の前の扉を奴隷商が開くと、ふんわり女の匂いが流れてくる。ただ毎日温泉で身体を清めてるグロリアに慣れている身からすれば、やっぱりちょっと臭う。仕方ないんだが。
「並べ」
奴隷向けの威厳ある声でそう指示を出すと、部屋の中で思い思いに過ごしていた奴隷達が壁に整列する。
何人かブラヒム語が不自由な奴も居るのか、纏め役と思われる女が追加で指示を出していた。
「種族がドワーフで迷宮に入る意志のある者は前に出よ」
再び発された奴隷商の指示に反応したのは、三十人中六人だけ。肌の色こそ様々だが総じて身長は低く、事前知識が無かったら発育の良い子供にしか見えなかったと思う。
「こちらが当店で所持しているブラヒム語を学んだドワーフの奴隷になります」
「良く教育が行き届いているな」
「恐縮です」
一人一人鑑定で見定めていく。共通しているのは探索者のLvが10を超えている事ぐらいか。
年齢はまちまち。一番若くて十八、最高齢は三十二。とはいえ見た目に年齢を感じさせる要素は無く、鑑定が無かったら原作知識通り耳の細さで判断していただろう。
「如何ですか?」
「三番目と六番目が気になっている。ここで詳しく尋ねても大丈夫か?」
「それでしたらこちらへどうぞ」
案内されるまま一階に降りると、そのまま商談用と思われる個室に通された。先程の三十人以上が暮らしていた部屋と比べれば、かなり小さい部屋だ。
「さて、三番目と六番目でしたね。どちらの奴隷からお話ししましょうか」
「では三番目からで」
「分かりました。彼女の名前は──」
説明された内容を簡単に纏めると、三番の奴隷は明るく元気なムードメイカー的な性格らしい。
流石に鍛冶師に成れなかった時は一日ばかり部屋で泣いたらしいが、次の日には家族に笑みを見せ、自らの足で奴隷商の下を訪れるぐらい精神が強く、過酷な迷宮探索でも最後まで戦える奴隷だと自信を持っておすすめ出来るそうだ。
容姿も悪くない。胸は少し小さいが、それでも美少女と呼べるだけの容姿を持っている。他の奴隷に対しても気配りを欠かさぬ優等生で、多くの奴隷に慕われているからリーダーシップにも期待出来る。
売買に何の制限も無ければ、間違いなく四階の奴隷だったそうだ。
「────といった感じですね」
「なるほど……」
「あまりお気に召しませんでしたか」
「いや、素晴らしい奴隷だと思うぞ?だが俺は本気で貴族を目指していてな。抱える秘密も相応の数になる。だから活発な奴隷より従順で口の固い奴隷の方が有り難いんだ」
「成る程。確かにそれは大切な要素ですね。ですが、それでしたらもう一人の奴隷の方は気に入って頂けるかと思います」
「ほう?」
それは楽しみだ。
「六番目──いえ、『メロー』は領主様の血の流れを持つ分家の出身でして。奴隷落ちこそしましたが貴族としての教育を受けていますので、きっと御客様のお役に立てるかと」
「貴族の分家?それなのに奴隷落ちしたのか?」
「
そう言った奴隷商人の表情は真剣そのものだった。
「この街を興した初代様が定めた掟は絶対なのです。それを守ってきたからこそ、この地は鍛冶師の聖地と呼ばれるまで成長してきました。そこに例外は一つも無く、鍛冶師でないドワーフはたとえ貴族であろうと奴隷落ちです。いえ、掟の絶対性を示す為に、貴族こそ率先して愛する我が子であろうと奴隷に落とします」
「……想像していたより、ずっと強固な掟なんだな」
「ええ。だからこそこの街はエルフに負けない程、素晴らしい街となっているのです」
想像していた数倍は強固な掟だ。だが多数の貴族を保有しているエルフ族と
俺も将来的には貴族になるんだし、子孫が苦労しない様に考える事も必要か。
「少し話が逸れてしまいましたね。そういう訳で、メローは御客様の御希望に沿える奴隷だと思います」
「ああ、確かに欲しい。もう購入を確約しても良いぐらいだ。──それで?」
「……それで、とは?」
「多くの貴族──いや、庶民ですら我が子を奴隷になんて落としたくない。だから普通なら
例えば、五歳から迷宮に入るとする。村人の状態のまま、十層で一ヶ月ぐらいアイテム拾いをさせれば、村人Lv5には簡単に到達するだろう。
その後、探索者に転職して再びパワーレベリング。アイテムボックスの容量が九つになった段階で二層へ移動し、今度は
そうすれば鍛冶師の転職条件は簡単に満たせる筈だ。
この程度の事が貴族の教育として残っていない筈が無い。なのに奴隷落ちとなったんだ。何か理由があると考えるのが普通だろう。
「……御見逸れしました。流石は貴族になると豪語なさるお方だ」
完全に敗北を認めた奴隷商が苦笑いを浮かべる。やっぱり何かあるのか。
「もしこの話を聞いた後でも御客様にメローを買い取る意志があるならば、御詫びも兼ねてお安くお譲りしましょう」
「そんな重大な欠点があるのか?」
「いえいえ。今はもう大丈夫ですよ。──メローは生まれつき身体が弱く、貴族の生まれでも無ければ間違いなく死んでいた奴隷なのです」
「……確かに、それを聞くと購入する意志が揺らぐな」
高い金を出して買った奴隷が数年持たずに病死はキツイ。エリクシールを量産出来るぐらい強くなった後ならともかく、現状だと厳しいと言わざるを得ない。
「ええ。契約によってこの街の者には売れず、遠方からこの街へ来る者は基本的に鍛冶師を求める方ばかり。性奴隷としてお望みの方は大抵貴族と繋がりがある方ですから、メローの事情を知っている。故に奴隷となった後も売れ残っていたのです」
「確かにあの容姿で売れ残るとなると、それぐらいの理由はあって当然か」
ドワーフらしい子供の様な体格には不釣り合いな程に大きな胸。それでいて深窓の令嬢の様な儚い容姿。
迷宮探索は出来ずとも、性奴隷として欲しがる奴はたくさん居ただろう。
それがあの年齢まで売れ残ったという事は、肉体か性格に難があるだろうと当たりを付けていたが……まさか病弱とはな。
「そういえば今は大丈夫と言ったな?それは何でだ?」
「両親は高名な隻眼のお方でしてね。子の為にエリクシールを使ったのです」
「なるほど。それなら病魔に殺される事はほぼ無いか」
「ええ。ですが、身体が弱かった事は事実ですから。やはり悪評はそう簡単には消えず、今まで売れ残っていました」
奴隷商人の表情が商売人のものへと変わった。この街で大商店を任されているだけあって覇気の様な物すら感じるな。
「如何でしょう?御客様はメローの事情を聞いても、未だ購入する意思はありますか?」
「エリクシールを使ったという話が本当なら俺の方に断る理由は無い」
見た目良し、病気無し、鍛冶師に成れるドワーフだ。正に望んでいた理想の奴隷。断る訳が無い。
「では、先程の言葉通り割り引かせて貰いましょう。本来なら六十万ナールのところを五十万ナールで如何です?」
「一応、奴隷には家事も手伝ってもらうつもりでな?侍女服も合わせて欲しいのだが」
「畏まりました。それでは遠路遥々御越し頂いたという事も加味して、
三割引やったぜ。
「こちらはそれで構わない」
「では左手をお借りします」
毎度お馴染みインテリジェンスカードのチェックを行った後、アイテムボックスから金貨三十五枚と銀貨二十八枚を取り出して机に置く。
「……確かに。それでは呼んで参ります」
こちらに一礼して部屋を出ていく奴隷商を見送ると、今まで黙っていたグロリアが背後から耳元に囁いた。
「良い買い物が出来ましたか?」
「どうしてそう思う?」
「主様が嬉しそうですから」
「顔に出ていたか」
「いえ。ですが雰囲気が何時もより明るかったので」
その言葉に突っ込みを入れる前にメローを連れて奴隷商人が戻ってきた。詳しく聞くのは後だな。
「お待たせしました。メロー、このお方が本日から主となるお方だ」
「メローと申します。本日より宜しく御願いします」
鈴の様な声。僅かに艶の残る紺色の髪。小さな体格に似合わぬ大きな胸だが、御辞儀をした後の立ち姿は胸部の重さを感じさせぬ、元貴族らしい見事な立ち姿だ。
原作でセリーを悩ませていたドワーフ特有のクセ毛は布で一つに纏められている。
何と例えるのが正解かね。見たままをそのまま伝えると、ホイップテール*2の毛先だけ飾り尾*3になった様な髪型だ。
総評すると、とても満足だ。値段以上の買い物だった。
「それでは契約を始めましょう」
奴隷商が呪文を唱えると、差し出した俺の左手からインテリジェンスカードが飛び出した。
その横でメローも同じように左手を差し出し、インテリジェンスカードの更新を受ける。
「契約完了です。ご確認ください」
赤城光 男 27歳 探索者 自由民
所有奴隷 グロリア メロー
「確かに」
辿り着くまで長かったが、これで漸く前に進めるか。代えの利かない種族は揃った。後は好みの容姿を集めていけば良い。
そんな事を考えていると、メローがインテリジェンスカードが飛び出ている左手を伸ばしてきた。
「こちらも御確認を御願いします」
メロー ♀ 20歳 探索者 奴隷
所有者 赤城光
「確かに」
少し力を入れれば折れそうな、女性というよりは女の子の腕。こんな細い腕でも俺より力があるんだから不思議だ。流石ファンタジー。
「さて、これで正式にミツル様はメローの所有者となりました。所有者の義務についての説明はどうなさいますか?」
「大丈夫だ」
「畏まりました。本日は貴重な御時間を頂き、誠に有難う御座いました。御客様のまたの御来店を御待ちしております」
見事な御辞儀に見送られ、グロリア達を連れて店を出る。
さて、ここから忙しくなるぞ。まずは──自宅で自己紹介からかな。