──春の季節 二十二日目
「んー……どうするかな」
「どうかなさいましたか?」
昨日のボルシチは余らなかったので、諦めて定番になりつつある卵を使った朝食を終え、現在は食後休憩中。
御茶を味わいつつ悩みを漏らせば、即座にグロリアが反応した。
「狩り場を十一層に上げるか悩んでる。戦力的には行けると思うんだが、カード狙いなら数をこなせる今の階層の方が良いんだわ」
レベル30を越えてから本当にレベルが上がらない。経験値十分の一を付けてる俺でこれなのだから、グロリア達はもっと上がらない。
小説版だと四十四階層でセリーの鍛冶師がLv45だったので、階層=Lv上限という可能性は無い。実際、七層でLv35まで上がってるしな。
だが十の桁毎に必要経験値が有り得ないほど跳ね上がっている可能性は普通にある。本当に悩ましい。
「オークションを利用しますか?帝都ならそれなりの頻度で行われていますし、行ってみる価値はあるかと」
「やっぱ、それが一番か」
何となく原作の舞台に関わる事を後回しにしていたが……いい加減、一度くらいぶらつくのもアリだな。
食後休憩を終えれば、迷宮の時間だ。そして二千五百ナール分のドロップを集めて終了。カードはやっぱり出なかった。
「徒労感が凄い」
「私は長年迷宮に通っていますが、それでも見た回数はそう多くないですね」
「私も一度か二度だけです」
「そんなもんか」
やっぱり上の階層に行くべきかね?九、十、十一層でウサギ、ヤギ、コボルトが出る迷宮は何処だったかな。
◇
軽く昼食を終えた後、食後休憩の時間を利用して実験室へ向かう。食器を洗ってる姿を見て石鹸の存在を思い出したのだ。
用意する物はコイチの実とシェルパウダー。それと石鹸専用にする為の鍋。
コイチの実はこの世界の石鹸ポジションに居るファンタジー植物だ。ロクサーヌの話では高級な衣服を洗う時に使うらしい。
シェルパウダーはクラムシェルが落とすドロップアイテムで、この世界では消火剤として認知されている。まぁ、重曹なんだが。
それでは手順の説明に移ろう。
まずはコイチの実を細かく砕く。次にシェルパウダーと砕いたコイチの実を1:2の割合で混ぜ合わせ、混合物を鍋に入れる──のだが、素人は1:2.5~3ぐらいを目安にした方が安全だったりする。そこら辺は好みだな。
この段階で投入する水は混合物の重さの半分にする事が大切だ。俺は勘でやるが。というか勘でしか出来ない。
混合物の混ざり具合によって石鹸の出来が変わるので、出来るだけ均一になる様に混ぜておく事をオススメしておく。
準備してる間に火を起こしておき、織火になったら鍋を乗せる。後は混合物を混ぜながら加水していくだけだ。
鍋底に付着して焦げるのを避ける為、ひたすら混ぜて、混ぜて、混ぜる。絶えずかき混ぜる事で均一に加熱する事が重曹石鹸作りのポイントとなる。
泡が出始めたら火を弱くする事を忘れずに。現実ならツマミを弱火に弄れば良い。異世界転生した時に作ろうと考えてる奴は品質を諦めろ。もしくは魔法で何とか出来る事を祈れ。
最後は低温でじっくり加熱して水分をある程度飛ばせば完成。後は風通しの良い日陰に置いて、三日から五日待てば重曹石鹸の出来上がりだ。
補足として説明しておくが、素人がよくやる失敗として多いのは重曹を過剰投入して石鹸が
大抵この場合、石鹸は使い物にならないので市の処理方法に従って捨てる事をオススメする。アルカリ性が強過ぎる為、肌を刺激する劇物になってると断言出来るからだ。
後はパッチテストせずに使い、痒みに襲われる事も多い。
軽く肌に塗って絆創膏を貼るだけなのだが、四十八時間、七十二時間、一週間待つのが面倒という人間が全身に使い、痒みに苦しむのはよく聞く話だ。
(ただ、コイチの実がファンタジー植物の可能性も十分あるんだよな)
原作でパッチテストしたのはロクサーヌのみ。しかし、他の奴隷が痒みを訴えた描写は無い。
話のテンポが悪くなると言われればそれまでだが、デリケートな秘所を雑に作った石鹸で洗い、全く影響が出ないとなると、考えられる可能性は二つ。
一つ目はさっきも言った通り、コイチの実がファンタジー植物の可能性だ。
何せこの世界は剣と魔法の夢の世界。人体に全く悪影響を与えない、米ぬかと似た効能を持つ魔法の植物があっても全然可笑しくない。
すでにビーツらしき野菜がここは地球と違う事を教えてくれたしな。高さ一メートルぐらいの植物に実る『キュピコ』とかいう名前のニンジンもあったか。
二つ目は、俺達の肉体が地球人とは比べ物にならないぐらい強靭な可能性だ。
考えてみれば分かる事だが、全体魔法を食らって『痛い』で済むのだ。地球だったらファイアストームで丸焦げだろう。
「……一と二の合わせ技な気もする」
一応、明日の朝にでも二人に塗ってもらい、布で縛って試してみるかね?