午後からの探索は上を目指す事に決めた。目指すは敵が切り替わる境界線である十一層。
そこで戦えるなら他の迷宮でも戦えるだろうという打算もあるが、十、十一、十二層は
そんな訳で八層に来たのだが……
「面倒だな、これ」
エスケープゴートが呆れるぐらい逃げる。他の魔物を倒した後に、もう一度魔法を放たなければならないぐらい逃げる。
正々堂々勝負しろとは言わないが、もうちょい何とかならんのか。
「えっと、主様。これでも楽な方なんですよ?」
「そうなのか?」
「はい。普通のパーティーだと逃げるエスケープゴートをみんなで追い掛けるか、狼人族の方がビーストアタックを使い、逃げる前に仕留めるしか選択肢が無いですし」
「私の居た館の狼人族の方もそう仰っていましたね。慣れてくるとトドメのタイミングが分かるとか」
「ほ~……」
確かにラッシュやスラッシュでは火力が足りないだろうし、必然的に狼人族頼りになるか。
原作でデュランダル数発分と言われていたスキルは伊達じゃない。主人公は巫女に変えていたが。
それから暫く迷宮を徬徨っていると、逃げるエスケープゴートを追った先でボス部屋を見付けた。確かエスケープゴートのボスはパーンだったか。
妨害の銅の剣を五本用意して敗北した冒険者の話だったので印象に残っている。
「少しだけ準備させてくれ」
二人に断りを入れ、経験値十分の一を外してボーナス武器五を付ける。デュランダルでは無くフラガラッハだが、無いよりマシだろう。
ちなみにデュランダルとの違いは基礎攻撃力とMP吸収の二つだ。レベル差補正無視も防御貫通もしっかり付与されているので、パーンのスキルを止める事に支障は無い。
「グロリアは鉄の剣の代わりにこれを使え」
「私でよろしいのですか?」
「まだダマスカスの剣に詠唱中断を付けてないからな。妥協策だ」
グロリアから鉄の剣を受け取り、アイテムボックスへ。代わりに渡したフラガラッハを何度か振らせ、感覚を掴ませる。
「行けそうか?」
「大丈夫だと思います」
「よし。それじゃ次は戦術の説明だ」
とは言っても、説明する事なんてあまり無いんだが。
「まず間違いなく開幕は全体魔法だ。だからグロリアは駆け寄ってフラガラッハで殴れ」
「わかりました」
「メローは隙を見て攻撃。いずれお前の槍にも詠唱中断を付けるつもりだから、スキルの兆候に合わせて攻撃する癖を身に付けておくと良い」
「畏まりました」
「万が一魔法が発動しても気にするな。フラガラッハにはHP吸収が付いてるし、俺が即座に回復する。何か質問はあるか?」
「「ありません」」
「それじゃ行くぞ」
開かれっぱなしの門を潜ると、即座に門が閉まり、ボス部屋に閉じ込められた。
そして中央に黒い靄が集まり──ヤギ角が生えた炎を纏う全裸の変態が現れる。
低階層から全体魔法を使う強敵だ。
「行きますッ!」
グロリアが駆け出し、パーンに斬りかかる。だが一歩遅く、
「すみませんッ!」
「反省は後にしろ」
痛いと思ったら全体回復。反射的に出来る様になればMP切れになるまで死ぬ事は無い。
流石の俺でもそこまでの事は出来ないが。それでも歯を食い縛って全体回復を使う程度の事は出来る。無詠唱様々だ。
一度パーンの近くまで近寄る事が出来れば、後は
魔法を使おうと距離を取ろうとするパーン。即座に近寄り、斬りかかるグロリア。
そこへメローも同時に攻撃を入れるのだから、パーンは必然的に防戦一方になる。
只でさえそんな状況なのに、部屋の隅へ追いやられたら
「さて、グロリア」
「……はい」
「俺は謝罪より改善案が欲しい。お前は次に戦う時、どうすれば巧く行くと思う?」
「……えっ?」
「聞こえなかったか?改善案を出せと言ってるんだ」
ドロップ品を拾いながらそう問いかけると、呆けた声が返ってきた。……ヤギの肉は夕食だな。シェーマとかいうハーブが肉の臭み取りに使えるんだったか。
「えっと、怒らないのですか?」
「同じミスを繰り返すようなら叱るぞ?」
最初から完璧な人間なんざ何処にも居ない。もし居たとしたら、ソイツは
失敗を責めるのでは無く、自分で考えさせ、二度と同じミスを起こさない様に改善させる。
それが
「だから改めて問おう。どうすれば今回の失敗は起きなかった?」
「……ボス部屋に入った瞬間から走れば間に合ったと思います」
「じゃ、試してみるか」
「私も一緒に走るので頑張りましょう」
「はい。頑張りましょう」
ワープを使って入り口に戻り、二戦目に挑む。とはいえ前回ですら最初以外は完封だったのだから、今更苦戦する訳も無くあっさり撃破する事に成功。
後一個とってジンギスカンでも作るかね?大した手間じゃないし。
「今回は上手く行きましたね」
「上手く行って良かったです」
嬉しそうに笑う二人をこのまま褒めても良いが、上を目指すならこの程度は出来て当たり前にしなきゃ駄目だ。
それを踏まえて少しだけ考え、俺は口を動かす。
「二人とも良くやった。とはいえ上を目指す以上、この程度で満足してもらっては困る。メローは家に帰ったらパピルスに今日得た教訓を残しておけ。グロリアは今回の教訓を忘れるな。上の階層は雑魚ですら普通に魔法を撃ってくるしな」
「「はい!」」
「よし。残りの時間はパーンを連戦する。忘れない内に体に覚えさせておけよ」
分かりました!と元気良く返事をする二人に軽く頷き、再びワープを開く。
カード落ちねぇかな。ヤギのカードは一枚で良いんだが。
◇
本日の稼ぎは三千ナールに到達した。ヤギの肉が思った以上に高く売れたのだ。
最初は夕飯にしようかと思ったヤギの肉だが、脳内に残ってるレシピは下処理も含めると一日掛かりの大仕事になるので、大人しく断念する。
赤ワイン煮込みとか冷蔵庫に一日寝かせる必要があるしな。
そんな訳でウサギの肉を確保し、原作再現を目指す事にした。
「俺はこっちで作るから、お前らはもう一つの釜で夕飯を頼む」
「お手伝いは要りますか?」
「大丈夫だ。上手く行くかも分からんしな」
用意する物はウサギの肉、生姜?、ニンニク?、玉葱?、赤パプリカ?、月桂樹?、こっそり帝都で買っておいた魚醤らしき調味料とシェーマの葉。ついでに微塵切りにした唐辛子?だ。
疑問符が付いている物は異世界産の物で、色も形も何もかも違うが実際に齧って味を確かめた物となる。
「さて、やるか」
まずはウサギの肉を小さく切って火を通す。そして焼けた物を何も付けずに口へ運ぶ。
うーん、これは処理が完璧なウサギ肉。現代に勝るとも劣らない処理がされているし、鶏肉の代わりに使えそうだ。
というかこの世界、間違いなく畜産関係が発達してないな。肉は迷宮で手に入るし、酪も確かあった筈だ──いや、迷宮産は高級品か。そこらへんで住み分けているのだろう。
頭の片隅でぼんやりそんな事を考えながら、鍋に洗っておいた生姜?一片を皮付きのまま薄く切って投入。さらにシェーマの葉と塩少々、ウサギの肉を入れ、肉が浸るまで水を注ぐ。
沸騰するかしないかの温度に火加減を調節しながら二十分ほど茹でれば、下拵えは終わりだ。
次に唐辛子以外の香辛料と調味料をすり鉢に叩き込み、ペースト状になるまで潰す。さらに隣で作ってる野菜スープを多めに投入する。
そしてペースト状にしたスパイスを織火で三分から五分程度炒めれば準備完了。後は粗熱の取れた茹でたウサギ肉を手でほぐし、スパイスと唐辛子と混ぜ合わせ、シェーマの葉で包んで焼くだけだ。
葉に包む為の糸はエスケープゴートのドロップ品であるヤギの糸を洗った物を使う。透明の膜で包まれた状態で落ちるので、少なくとも普通に販売されている糸より清潔なんだよな。迷宮は料理人の為の設備だった……?
フライパンにシェーマの葉を敷き、その上に包んだウサギの肉を乗せ、その上にさらにシェーマの葉を被せて蓋にする。
火加減はとろ火。弱火よりもさらに弱い、消えるかどうか瀬戸際の火だ。薪でやる奴は馬鹿だと思う。やってるが。
二十分から三十分ほど焼いたらひっくり返し、両面を焼いていく。正直な話、とろ火の維持が料理するより大変だった。
シェーマの葉が少し焦げてきたら完成だ。包まれた状態のまま皿に移し、食べる直前に開くだけ。
「まぁまぁだな」
「これでまぁまぁなんですか……!?」
「わ、私は本当に凄い御方に買われたのですね……!」
奴隷二人は感動しているが、
固形ブイヨンやコンソメ、うま味調味料が欲しい。そうすりゃもうちょいマシになるんだが。やっぱりドラゴン狩りはしないと駄目だな。竜皮を俺に寄越せ。
食後の片付けは二人に任せ、終わったら仲良く温泉へ向かう。美食効果か今日の二人は積極的だった。