──春の季節 二十三日目
「二人とも。ちょっと来てくれ」
朝食の支度を始める前に二人の身柄を確保。そして右手を出してもらい、未だ固まりきってない石鹸を塗ってずれない様にしっかり布で縛る。
「これは……?」
「石鹸の実験だ。明日まで布を外さないまま過ごしてもらい、問題が無さそうならこれから使っていくつもりだ」
苛性ソーダを使った自作石鹸ならともかく、重曹使った石鹸だしな。一日やれば十分だろう。
「石鹸なんて初めて見ました。こうなってるんですね」
「昔、私が使った物はもう少し固まっていて獣臭かった様な……?」
「獣油からでも作れるからな。たぶん、そっちだったんだろう」
ちなみに揚げ物の廃油からでも作れるし、オリーブオイルからでも作れるし、ココナッツオイルからでも作れる。
重曹の代わりに雑草を燃やし終えた灰からでも作れたりするので、異世界転移した時は周囲にある物を利用していけ。大体、何とかなるぞ。
雑草の種類にもよってはアルカリ性が足りず、失敗するが。
というか重曹が便利過ぎる。これがあるだけ異世界生活の
朝食を終え、何時もの食休み。ただ今日は少しだけやる事がある。
「メロー。スキル合成を頼む」
「……分かりました」
原作のセリーも緊張していたが、やっぱり奴隷の身でスキル合成は精神的負担が凄いらしい。まぁ、やらせるんだが。
アイテムボックスから取り出したのはスキル枠が三つあるグロリアのダマスカス鋼の剣だ。
使うモンスターカードはウサギ、ツボ式、コボルト二枚。詠唱中断とHP吸収を付ける組み合わせ。
まずはウサギとコボルトのスキルカードを合成して貰う。
「……行きます!」
──今ぞ来ませる
鈴の音の様なメローの声が響いた直後、眩い閃光が居間を照らす。光が収まる頃にはスキルカードが消え失せ、鎮座したダマスカス鋼の剣だけが残っていた。
スキル 詠唱中断 空き 空き
「うん、完成してるな」
「良かったで──」
「じゃ、もう一回頼む」
「…………えっ?」
空きがあるなら埋めたくなるのが人の心という物だ。前衛で被弾するポジションだし、回復手段は多い方が良い。
「えっと、スキルを幾つも付けるのは危険です。せっかく出来た装備が分解される可能性があります」
「大丈夫だ。失敗したとしても俺の責任だしな」
「ですが──」
「メロー。やれ」
この為に鍛冶師を買ったのだ。やってもらわなければ困る。
「……分かりました」
再び紡がれる詠唱。発動を示す閃光。そして、光が収まったその場所には鎮座したままの強権のダマスカス鋼の剣。
スキル 詠唱中断 HP吸収 空き
「よし、上手く行った。メロー、まだ余裕はあるか?」
「はい……少しだけ疲れていますが大丈夫です」
原作と違って鍛冶師のLvが高いからか、本人の言葉に虚勢は見えない。あ、魔法使いと英雄のMP上昇の効果もあるか。まぁ、取り敢えずは労いからだ。
「良くやった。これを飲んでおけ」
アイテムボックスから取り出した強壮剤を手渡し、スキル付きとなったダマスカス鋼の剣を仕舞う。そして告げるは俺の力の一端。
「これは他言無用の独り言だが、俺にはスキルカードが使えるかどうか把握する力がある。迷宮踏破を目指す以上、一つの装備に複数のスキル付与は避けられないから早めに慣れておけ」
返事は返ってこないがそれで良い。これは独り言なのだから。
「さて、メローの休憩が終わったら迷宮に行くぞ。早いところ十一層まで進みたい」
「私の武器はどうしますか?主様がダマスカス鋼の剣を使うでしょうし、鉄の剣をお借りできるのでしょうか?」
「いや、強権のダマスカスの剣は引き続きグロリアに使ってもらう予定だぞ。その為にHP吸収のスキルも付けてもらったんだ」
「えっと、スキル付きなんですがよろしいのでしょうか?」
「よろしいも何も迷宮踏破を目指すならソレを
竜騎士、鍛冶師、魔法使い。この世界で貴族になる為に必要な三種の神器はコイツらだろう。
言い方は悪いが、他の種族ジョブは代用出来るのだ。狼人族は別格だとしても、普人族の色魔は微妙過ぎるし。
「私、スキル付きの武器を使うのは初めてです」
「粗末に扱うのは許さんが、上の方では装備を破壊する魔物も居ると聞く。お前に非が無ければ別に叱らんから、そのつもりで使ってくれ」
「はいっ!大事にします!」
嬉しそうに笑うグロリアに釣られ、メローも笑みを浮かべる。この感じなら大丈夫そうか。
「よし、御茶を飲み終えたら迷宮に行くぞ。焦る必要は無いが、少しずつ気持ちを切り替えておけ」
「「わかりました」」
九層に現れる敵はミノか。ボスのハチノスはタンかリブロース辺りか?いや、タンはタウルス系の最上位の可能性が高いか。人気部位だし。
◇
ミノは皮を落とす。これ一つで皮装備の頭、手*1、足の装備が作れる。
装備に加工すれば、皮の売却額の二倍で売れる。つまり二十ナールになる。
これはやるしか無い!……とはならないのが現実だよな。
ゲームなら○ボタン連打でメローを酷使するだけで済むが、現実で百を超える皮を装備に加工して売り捌く事は不可能に近い。MP消費を考えると狩った方が稼げるし、売り先をどうするのだという問題もある。
そんな訳で何一つ美味しくないミノの居る階層は、さっさとスルーしたいのが俺の本音だ。それでも真面目に探索しているのは、エスケープゴートが居るからだ。
ただそんな心情を迷宮が察してくれたのか、ボス部屋はすぐに見付かった。というか九層の入り口からひたすら右沿いで辿り着いた。
「ボスのハチノスは力が強く、強引に後衛を狙う事もあるそうだ。だから二人は助走距離を取らせない様に動いてくれ」
「「分かりました」」
「それじゃ行くぞ」
門に突入すると同時に二人が走る。駆け寄る途中に闘牛を巨大化させた様な姿のハチノスが湧いたが、スキルを準備させる事なく戦闘開始。前回の教訓が生きてるな。
グロリアの背後に陣取り、ファイアーストームを連打。ハチノスに弱点は無いので、実は使う魔法はどれでも良い。そのせいで戦闘時間が長引くんだが。
「ッ!──はぁぁぁッッ!!」
ハチノスが力任せにグロリアを吹き飛ばそうと角を振るう。それに対し、グロリアは二本の両手剣を叩き付ける事で勢いを殺す事を選んだ。
硬質な物に金属を叩き付けた音がボス部屋に響く。力はほぼ互角。故に鍔迫り合いの様な形でお互いの動きが止まる。──その隙を見逃さない者がこの場には居た。
「そこですッ!」
拮抗したその隙を突いて、メローがハチノスへ槍を突き刺す。残念ながら転倒まではいかなかったが、先程までは拮抗していた力比べはグロリアに軍配が上がった。──それを勝者は見逃さない。
「てやぁぁぁ──ッ!!」
怯んだハチノスへ追撃の一撃を放ち、そこから左右の両手剣でさらに連擊を放つ。その勢いにメローも乗っかり、二人が猛攻を仕掛ける。
そこへクールタイムを終えたファイアーストーム。ついでにもう一回。
それからは特に語ることも無く、数分もしない内にハチノスが力尽きた。ドロップ品はブルハイド*2。牛肉じゃなかった。
確か去勢されていない雄牛の牛革だったか。鞄やベルト、靴なんかに使われるらしい。売値は三十ナールだ。
何気に今までで一番高いな。一層でミノが出る迷宮は金持ちが多そうだ。
◇