実は俺の家で靴を履いて良いのは倉庫代わりに使ってる部屋だけだったりする。
単純に床板が傷むからだ。衛生的に良くないし。
一応メローに作らせた皮の靴が下駄箱に仕舞われているが、基本的にコレは買い出しの時にしか使われない。履き替えも室内では無く、玄関先で履き替えさせている。
二人は最初こそ戸惑っていたが、掃除の楽さに気付いたらすぐに順応していたな。適応力が高くて何よりだ。
ちなみに迷宮へ行く場合、倉庫で着替えて直接ワープする。わざわざ玄関まで行く事は無い。
俺が靴を履いたまま家の中を歩く事に嫌悪感を覚える日本人であるというのも理由の一つだが、ぶっちゃけると金属製のダマスカス鋼の靴を履いて木製の床を歩きたくない。傷だらけになるだろ。常識的に考えて。
「──ま、だから後回しにしてたんだが、せっかく帝都に来たんだ。二人で寝室、居間、玄関、倉庫で使う絨毯を四枚選んでくれ。玄関のは小さめ、倉庫のは大きめ、寝室と居間は冬を想定して厚めで頼む。俺はお前らが選んでる間に野暮用を済ませてくる」
「「かしこまりました」」
二人を絨毯屋に置き去りにして向かったのは、帝都の心臓とも言える商人ギルドだ。
目的はもちろんオークションについて。
開催日時、競売時のルール、その他諸々詳しく聞けるなら聞きたい。その内容によって俺のこれからの動きが変わるしな。
「いらっしゃいませ。商人ギルドにどの様な御用件でしょうか?」
「モンスターカードが欲しいんだ。取り扱ってる人間や場所について知らないか?」
原作だとクーラタルの商人ギルドは毎日競売やってた疑惑がある。そんな短期間に商品が集まるのか、とも思うが、最古の迷宮があるクーラタルは集まる探索者の数も文字通り桁違いだ。そりゃ分母が大きければ手に入る数量も多くなるわ。
「成る程。御客様の御要望を叶えられそうな場所は当ギルドで開催しているオークションですね。ただ五日に一度の頻度でしかやっていませんので、本日中をお望みでしたら厳しいかと思います」
「次は何日後だ?」
「二日後です」
二日後という事は五の倍数の日がオークションになるのか。覚えやすくて良いな。
ちなみにこの世界は三十日で一月だ。九十日で季節が進む。
一年は三百六十日と
「どうしても欲しい物があるなら仲介人を挟むのも手ですよ。手数料こそ掛かりますが、御客様は連絡が来た時だけ当館に御来店して頂くだけで目的の物を手に入れる事が出来ます」
「拠点がトロムソなんだわ。流石にそこまで来れないだろ?」
「……そうですね。流石に遠すぎます」
その言葉を聞いて、聞き耳を立てていた商人達が散る。現金な奴等だ。
「次はオークションについて聞きたい。金さえあれば商品を購入出来るのか?」
「そうですね。基本的な進行としましては──」
説明された事を纏めると、以下の通りだ。
売る場合、まず最初に売り手が最低入札価格を提示。この時の価格は売り手が決められるが、入札が零だった時はペナルティとして預託金が没収される。
だからコボルトのカードが銀貨一枚で買える事は無いが、金貨まで行く事も無い。結局、相場を上下する程度に留まる様だ。
次に買い手側のルール。
最初に入札する買い手は、最低落札価格で入札するのが他の買い手に対するマナーらしい。
入札単位は一万ナール未満は百ナール。一万から十万の間は千ナール。十万以上は一万ナールとなる。
入札単位の十倍以上はルール違反では無いが、マナー違反になるそうだ。原作でも銀貨のカンパが起きてたな。俺も気を付けなければ。
「──この様な仕組みとなっております」
「なるほど。助かった」
アイテムボックスから銀貨を取り出して受付に置くと、そっと俺の方に押し返された。表情を見る限り本当に必要ないらしい。
「この程度で情報料を頂いてしまいますと、ギルドの看板に傷が付きますから」
「なるほど。それなら今回は貴方の御厚意に甘えて、その分をオークションに落とすとしようか」
「それは素晴らしい。ギルド一同、御来店を御待ちしております」
受付に別れを告げ、ギルドを出る。何というか商人ギルドの受付に座っている意味を正しく教えられたな。
何人の人間が
あれは商売を正しく理解している人間だ。上手く損して得を取れる人間だ。
そして客に気持ち良く金を吐き出させるプロでもある。
(ったく……異世界に来てまで財政界の魑魅魍魎と同じ雰囲気を醸し出す人間に会うとはな)
本当にツイてない。こういう日は下手に動いても駄目だし、さっさと絨毯買って帰るかね。
◇
コラーゲンコーラルから奪ってきたゼラチンをお湯で溶き、三人で協力して床と壁に絨毯を張り付けていく。
玄関に置いたのはマットの様な小さな絨毯だ。扉の外で履き替える時の足置きになると思う。この絨毯には膠を使わず、定期的に洗える様にしてある。
出入り口は汚れるもんだからな。仕方ない。
居間と寝室に置いたのは、冬場に足元の冷気を遮断してくれそうな厚い絨毯だ。色は全体的に重めで、正直言えば俺好みの色合いをしている。
ワインレッドと黒の絨毯は寝室に。居間には深緑と紺色で何かの紋様が描かれた重厚な絨毯を敷いた。
三人で寝転んでみた感想としては──重厚な見た目に反して柔らかく、全員そのまま寝落ちしそうになった、とだけ言っておこう。
倉庫の壁に貼った絨毯はワープを使う時の扉代わりだ。それ以上でもそれ以下でも無い。
お値段は全部で金貨二枚。高い買い物だったが、生活の質を上げるための必要経費だと割り切るべきかね?
「あっ」
「どうしました?」
「夕飯の買い出し忘れてました……!すいません、すぐに行って来ます!」
「あ、グロリアさんっ!私も行きますっ!」
絨毯の上で寛いでいたグロリアが飛び起き、財布を持ってパタパタと居間から出ていく。それを追うようにメローも飛び出せば、この場には取り残された孤独な御主人様の姿が。
慌て過ぎて完全にワープの存在を忘れてるな、アイツら。今から追い掛けても良いが……新品の服を着るのを楽しみにしていたし、その為の準備でもしておくか。
という訳で実験室へ向かい、石鹸の出来を確かめる。
「……うん。使えるな」
軽く指で押せば、粘土に指を突き刺した様な感触が返ってくる。未だ固まりきっていないが、ドロドロでも石鹸としての役目は果たせるし、特に支障は無い。
「後はパッチテスト次第だが──俺は大丈夫か」
抑え布を外して朝方に塗った場所を確認するが、特に赤くなっておらず、痒みも皆無。
ならばと軽く削った石鹸を温泉に持ち込み、両手を親の敵の様に洗う。
「おお……!」
地球時代は当然だった艶のある両手。気が付けば失っていた、人類にとって(衛生的な意味で)大切な物。
現代のハンドソープやシャンプーと比べれば決して高い効能がある訳では無い。それでもこの世界の文明を考えれば、とても価値のある物。
「今夜はじっくり丁寧に洗ってやらないとな」
新品の服には綺麗な身体が必要だ。その為にも念入りに、じっくりと、身体の隅々まで洗ってやらねば。
それが御主人様の義務ってヤツだ。
「……よし。二人が帰って来るまでの間に石鹸の増産だ」
レシピはしっかり残してある。材料もまだまだたくさんある。ならば迷う事は無い。
これから毎日使える様に頑張るとしますか。